今から「震災10年 神戸ツーデーマーチ」に出かけて参ります。              日付:1月15日(土) 4時33分 パパ記

 昨日から心配をさせるような天気の話がテレビニュースで言っていて ひょっとしたら「雪の朝」では!?
 ・・・って思っていました・・・そして目覚めて外を見ましたが大丈夫です。

        おーい こうべ どんな朝を迎える今だろうか  
        あの日のあの時さえ無ければ、あれからの辛い思いの日々は無かったのかも
        季節が変り年が変り、日々が過ぎて行く
        でもどんな思いで振り返っても事実は変わりようが無いし忘れられない
        喜怒哀楽の中で喜びや生きている事の実感を強く感じて過ごしたはずが
        ある日突然・・・自分の意思とは全く関係なく

        そして荒涼の中、身もこころの置き所も無かった日々
        振り返り涙して・・・こころのわだかまりを抱きながら悔いる日々
       
        こんな自分たちではダメなんだ!って、こころに鞭打ちこころを励まして
        こころが暖かくなれる、ほんとうの春が来る事を祈りつつ過ごしたであろう こうべ
        いまは どんな こうべ なのだろうか 
        一歩一歩大切にこの眼を見開いて、自分の心を開放して こうべ を眺め歩いてみよう

 ではでは まだまだ余裕の朝ですが、スタンバイの準備を始めようかナ〜♪
                    


「神戸ツーデーマーチ」 初日20キロコースに参加  05年1月15日(土曜) 天気 くもり時々雨  距離 20キロ
20キロコース = 大倉山公園会場 〜 異人館 〜 新神戸駅 〜 都賀川 〜 灘ガーデンバーデン 〜 ハーバーランド 〜 湊川神社 〜 会場ゴール

熱い胸の内が醒めないうちにってカキコですが、でもきっときこの二日間のことは何時までもパパは忘れないのです。 こころのヒダに刻んだこの日々のことが忘れられない・・・絶対にいつまでも・・・出掛けて良かった神戸です。

1/15(土)朝早くからウオークに出掛ける為にスタンバイでしたが、前日の天気予報は雪かもってふうでした。 目が覚めて外を見て白くない風景と暖かい空気に安心してイザ神戸のパパママでありました。
電車や新幹線を乗り継いで神戸という町に降り立ち「ああぁ神戸君」って思っていましたし「コラ神戸」って気持ちの神戸なのです。
朝会場に向いながら一緒になったのは「滋賀の宝・因サン」です。 今年もハワイやカナダや台湾や中国へ出掛けるそうで、パパは毎日近所を歩いているんですか?って聞いたら「家に居ないもんでネー」ってお答えでした。 そして大倉山公園に着いたらナ・ナ・ナントパパママ大好きな愛知の長野夫妻では有りませんか! 遠くに来て出会える知り合いも、見知った顔の方々にも嬉しい朝でした。



日歩の岡野さんも神戸市長もご挨拶でしたが、六千名を超える死者や中越やスマトラも含めて自然災害犠牲者の方々への黙祷をしてストレッチの体操もしてさあぁ神戸の町へイザ出陣であります。 そしてスタート直後に出会ったお埼玉の嶋村さんはママが恩人って言って頂けるご縁の方ですが、パパはそう言いながら目頭を押えるお友達の清水さんに感激してしまいました。 


異人館通りを歩き写真を撮ったりして楽しみましたがママとお遊び写真でふざけていたら長野さんご夫妻とまた一緒になりました。 大勢の普通の観光のかたも沢山おられる中を楽しんで、遊んだひと時でありました。


そして背山散策路という山腹を抜ける道に入りましたが、時折り見える町から港の風景に「わーお」って美しさに感激です。
でも何回も何回もテレビで映し出された煙が昇る惨状の町とはどう考えても一致出来ない風景です。
自然道を抜けてオリエンタルホテルというカッコいいビルを眺めながら歩いていたら誰かが「新幹線の駅だよ」って教えてくれました。 パパママは新大阪まで新幹線でその後は新快速で神戸にやって来たので初めて見る駅でしたが新幹線はかなり山手を通っていることを知りました。



そしてたまたまご一緒になったアシックスという会社にお勤めの半田さんですが、地元の方で当時の事や町のことをいろいろと教えて頂きました。 灘区の山手にお住まいだそうですが、その日の朝も自分たちの現状が分からずにいたら海外の社員から電話が有り神戸の町の状況を教えてもらったとの事です。 そんなに大きくない神戸の中でも場所によって震災の被害の差はかなり有り、建物の向きによっても被災の状況が全く違ったとのことです。 今はきれいに整備されている六甲川も当時は飲料・洗顔・洗濯などのエリア分けをして使っていたとか、衣類や食料の配給事情や学校が避難所になっていた時のお話もでした。 そして某組さんの建物も教えて頂いたり金沢病院の当時の様子もでしたが、悲惨な話になるほどどうしても実感が伴わない私でした。


六甲川沿いに一気に下り灘浜ガーデンバーデンというところまで来ましたが30キロコースとの合流地点でもありました。 そして向こうから来たのはゆきさんと矢手亦さんでした。 いっぱいのお酒の試飲のお話しを聞きゴールでの再会を約束しての交差でありました。


今度は大阪の山田さんとも再会ですが奈良のまほろば以来の出会いです。
そして灘浜からなぎさ公園など海の見える整ったマンション群が続く中を歩きましたが、震災以降に整備されたようです。 それでけひどかった前だったのでしょうか・・・



大勢のスタッフにも守られて歩いている神戸の町ですが、昨年の夏に偶然通って写したあのモニュメントを再発見出来ました。 5時46分で止まっているこの時計ですが歳月が流れ10年という月日が過ぎました。
10才若かった全ての人たち・・・今ココにいるシアワセを感じずにはおれません。



パパが夏に来たメモリアルパークからハーバーランドへとやって来ました。 目立つ色と形のポートタワーやオークラの建物などですがココで昼食タイムと決めていたパパです。


さあぁ しっかりお腹も空いてかなり遅め(1時半)の昼食でしたが、ママの飲みっぷりや食べっぷりにはいつも感心です。 美味しいものをより美味しく飲み食い出来るヤツなのです。  でも・・・お〜い 一口って言ったのにその一口はチョット呑み過ぎだろー・・・って感じですが、プアァア〜 ウマイ!の一杯でご機嫌ママでありました。




携帯でやり取りをしていたガンコ者さんたちが下を通っているとの事で、食事を済ませたパパママが野外に出ましたが知らぬ間に雨となっていました。 そしていっぱいの見知った顔の方々です。 傘で隠れている方も居られますがいい写真が撮れました。

ここからゴールは直ぐで、ゴール後はすいませんさんから頂いたどでかいイチゴを皆さんに食べていただく事が出来ましたし、ゴール記念の一枚も撮れました。  そして初日のウオークが済んだ後は雨も上がりCW他の方々とお茶を飲んだり宴会をしたり、楽しいアフタータイムに移行となった我々ですが、夜の宴ではオッパーさんから頂いた本場韓国のキムチもお店にナイショでミンナで頂けましたデス。
最後にはガンコ者さんとYKさんのご案内で「もっこす本店」という美味しいラーメン屋さんにも行きました。 更にママと二人でホテルに戻りながらハーバーランドの夜景を楽しみにも行って参りました。
ではでは 神戸の夜は更ける・・・のお泊りウオーク初日の記録でありました。





「復興の 成った神戸を 歩く友 苺に和む 雨の被災地」  かめさんから頂いた一句です。



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