「第11回知多新四国お遍路ウオーク」二日目に参加  05年2月26日(土曜) 天気 晴  距離 20キロ
コース = JR武豊線・東浦駅から0.5Km→ 11番・安徳寺から2.0km→ 12番・福住寺から3.0km→ 13番・安楽寺から0.5km→ 14番・興昌寺から1.4km
 15番・洞雲院から2.3km→ 16番・平泉寺から0.5Km→ 17番・観音寺から3.7km→ 18番・光照寺から1.0km           '
 番外・海蔵寺から3.5km→ 54番・海潮院から0.7km→ 番外・東光寺から1.0km→ JR武豊線・亀崎駅ゴール

2/26(土)この日はこの季節を代表するような冷たい風の吹く日でしたが、ウオークをするにはいい具合?のピカピカ日和のお天気でした。 当日朝にマイカーで出掛けゴール場所近くの公共施設に車を置かせて頂き集合場所の東浦駅に移動のパパママでありましたが逆方向からの下車にみなさんからご質問攻めの朝です。
本日は11番安徳寺からスタートして番外を含めて11カ寺をお参りさせて頂きますが先ずは
11番札所・安徳寺さんであります。 学校体育館の裏手に当たる場所に有りましたが、昨年も訪ねた「かすかな記憶有り!」って感じでありました。

    「後の世も この世もこころ 安徳に 仏の皆に 汚れあろうて」 ・・・と大師堂にありました。

そして 俳句も数首飾って有りましたのでご紹介です・・・お題は「門」だったのでしょうか。
            「山門を くぐり仏に 近くなる」
                「山門を くぐり遍路の 読経聴く」
                     「仏門を 叩いて釈迦の 手をさぐる」

アレコレを読んで納得やら感心やらをして先ずは1カ寺を済ませ、2キロ先の
「12番札所・福住寺さん」に参りました。

抜ける青空にこころの洗浄もバッチリのパパがこのお遍路に欠かせないお二人とママをパチリです。
その欠かせない「権現先達」の木村の姐御からママが首輪?をお借りして御満悦ですが、コレを付けて木村の姐御は本四国はもちろん北海道も坂東も歩かれている方です。 普段は静かなお話の仕方なのに「般若心経」になるとお腹の奥から声が出で来るんです。 


こんどは本日の3カ寺目ですが3キロも歩かせて頂けました。 まだ「春は名のみの風の冷たさ」って風ですし田畑も茶色ですがどんどんと伊勢湾方向の山手に向って歩いていると「はっきり言ってアツイのだ!」状態のホカホカウオークになっていました。 さあぁココは見覚えの有る「13番札所・安楽寺さん」です。 

安楽寺さんの山門が工事中で横から回って入りましたが大師堂も立派で有ります。  お遍路の皆さんは線香やロウソクも持参されていて、ご灯明をあげ、香を焚いて手を合わせておられます。 どんな思いの人生を過ごされナニを思っての合掌なんだろうか・・・って感じながらパパもご一緒にそれに手を合わせます。    
そして「14番札所・興昌寺さん」に到着ですがココは直ぐ近くで有りました。  どのお寺にも由緒や歴史が有りますがパパはまだまだその事に興味を示すほどの「ゆとり」が有りませんのでおいおいと勉強して参りたいと思っていますがココは今川勢の家臣が興山したとの説明板も有りました。





  「色々の 思いで立てた 線香の 煙りは同じ 空に消え行く」・・・byパパ

朝からのウオークも11時を過ぎてお腹も空いてきましたが午前中はココ「15番札所・洞雲院さん」までで、この後は昼食休憩になるとのことです。 それを聞いて安心のパパはスキップをしながら歩いていましたが、なかなかステキで風格の有る門構えが現れてきました。 ものは言わぬけれど「形の有るもの」の威風というものを感じずにはおられない・・・そんなお寺でありました。山門で深くお辞儀をして「ただ今到着です」ってご挨拶をすると、弘法様が山門まで出迎えてくれるそうです。 中の本堂でお参りをして、大師堂でお経を唱える・・・イッパイの「のぼり旗」にもいろいろな方々の願いや思いが込められていてその中を通り歩く・・・「イヤ!歩かせて頂ける」・・・感謝デス!

ウオークレポートの後半を遅ればせの作成をしていたらコースガイドの巡拝順とズレが?・・・午前中は15番までかと思っていたらイッパイののぼり旗のところは16番平泉寺さんだったかも????
そして午後の最初の写真はお昼休憩でお世話になった阿久比町役場を出る我々ですが、お腹もイッパイになり快調スタートでありました。 そしてこの階段を直で登るのはお腹が苦しい「この時間は無理だ」とのことで裏のゆるやかな坂道から入った「17番札所・観音寺さん」でありました。 パパは一旦下まで降りてパチリをしてこの階段を登りましたがパパだけ特別のゴリヤクが有ったかも?!? そして上ではママたち世話役さんがミナサマがお参り中にこの奉仕作業をされていました。

いろいろな道を歩き町の中を抜け田んぼの中も通らせて頂きます。時には信号の無いところも通りますし、道路の右側を歩いていたけど左側に移動などもあります。 そんな時には木村の親分さんが司令塔になりヒゲおじさんやアンカーのタローおじさんやパパもで車の切れたタイミングで「一斉横断」をして頂きます。 このぐらいの大勢ですと車からの視認も良いようで、車も止まって頂け安全なウオークが出来ています。
観音寺から四キロ弱の「18番札所・光照寺さん」に無事に到着いたしました。 ココも風格や趣きの有る特徴のあるお寺です。 さあぁ「はんにゃしんぎょう」をみんなで歌おうネー


先客?でお参りをされておられる方々が居ましたが、パパは後ろに行って手を合わせながら耳をダンボにしていました。 そしてなじみとなった「般若心経」やその後の「オマケ?コーラス」ですが、チーム?によって歌詞は一緒ですがイントネーションが違うのです。 「ヘエエェ〜歌い方が違うんだぁ〜」って、みょうな感心をしたパパで有りました。  その後を我がチームの大合唱ですがお大師さまも次から次のご出演に喜ばれていると思います。 歌った後はご朱印帳のスタンプ確認をしますが、よく確認しておかないといっぱいの納経帳に押し忘れも有るかもとのコトでした。 ママはバッチリですよ〜って合図をくれました。

光照寺を出てほぼ1キロ「番外寺・海蔵寺さん」に参りましたが、ほんのチョット前に葬儀が行われていたようです。 境内の入口にはイッパイの車ですし本殿前も花輪がずらりと並んでおり本殿の中にも座布団が一面にひき詰められていました。 どなたの葬儀かは全く分かりませんでしたが大勢の人が見送られる本当に立派な葬送の儀が行われていたようです。 パパたちは静かにお参りをして失礼をさせて頂きましたが看板?だけを写真に残しました。 そして半田市乙川地区の町中を歩かせて頂きましたが高山ほど有名では有りませんが、半田は負けないほどの立派な「山車の町」でもあるのです。

乙川地区はアチコチに山車を納めた蔵が有り街並みも昔ながらの格子戸に二階は出窓の古い家も多く、きっと寺町としても賑わっていた所と推測します。 二階の窓に腰をおろした日本髪のお姉さんが「にいさん よってらっしゃいよ」って言いそうな感じの町を抜けると、飛んだ番号の札所になりますが「54番札所・海潮院さん」に到着です。 眼前には海も眺められますが、街なかをキョロキョロしていたら3.5キロも歩いていたようで午後3時でありました。 ここでも世話役の方々にご朱印の記帳をお願いの我々であります。
みなさまとご一緒にお参りを重ね、だんだんと上手さに味が出て来たパパの「はんにゃしんぎょう」ですが、時々調子コキで歌詞カードから目を離すとドコを読んでいるのか分からなくなりアレアレってやっていますデス。 

海潮院さんの境内でもスナップですが、真ん中は一緒の会社にお勤めだった「猪又御大」と「ヒゲおじさん」に「武豊の鶴田さん」も加わって会話を楽しんでますし、右の写真はもう紹介しなくても良い「橋本姫・桑名の水谷さん・弥富金魚の柴本さん」でしたデス。 どのお顔もみなさん満足顔ですネー
ココからからは1キロもない近さの東光寺さんに向いご機嫌ウオークを続けていますが、「思い出す方は思い出す!」このサボテン君です。 昨年は歩仕事人さんとママが指をさしていた写真でしたが今回は森さんたちが「ああぁ〜スゴイ」で有りました。


そして丘の上に有る「番外・東光寺さん」さんに到着を致しました。 写真は失礼かと思って撮りませんでしたが、ココのお寺には弘法様の幼少から修行時代などの様子を人形にして何十体も飾って有ります。     パパが笑っちゃうのはねじりハチマキで筆を頭の左右にさし、両手・両足にも筆を持ち、さらに口にも筆をくわえて勉強をしている姿の弘法様人形でした。 他にもいろいろ有って観光で見に来ても楽しめる感じです。 本日もこのお遍路ウオークの総元締め「奥田さん」が不在でしたが、11カ寺を無事に全員完歩して最後のシメのご挨拶をタローおじさんがされました。 本日無事完歩のお礼や、次回の集合場所の説明も頂きましたが「こちらこそアリガトウございました」デス! そして「大ジメ」をヒゲおじさんがされてジ・エンドとなったのです。
 
                     「朝焼けの 日を浴びながら 遍路道 日が暮れるから さあ帰ろうか」

この後は全員でJR武豊線・亀崎駅に向いましたが、パパママは駅近くの図書館にマイカーを置かせて頂いていたのでそこから車で帰宅と相成りました。   ではでは コレにて知多遍路2日目のレポートを終えさせて頂きます。



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