「第11回知多新四国お遍路ウオーク」三日目に参加  05年2月26日(土曜) 天気 晴  距離 20キロ
コース = JR武豊線・乙川駅から1.0Km→ 19番・光照院から0.7km→ 20番・龍台院から2.0km→ 21番・常楽寺から3.0km→ 22番・大日寺から0.4km
 23番・蓮華院から1.5km→ 24番・徳正寺から2.6Km→ 25番・円観寺から2.6km→ 番外・華航寺から4.0km           '
 番外・影現寺から2.2km→ 26番・弥勒寺から1.4km→ 名鉄河和線・河和駅ゴール

3/12(土)は恒例となった知多遍路のウオークに出掛けて参りましたが、前回参加に引き続き本日もマイカー活用でありました。  日曜感覚で出掛けた前回は意外に交通量も多く土曜の朝も通勤ラッシュなんだよなーって感じだったけど今回は全くスムーズに半田市に到着なのでありました。 車を公共場所に置かせて頂きましたが本日最初にお参りの19番札所も名鉄知多半田駅も直ぐ近くのグッドな場所でした。
朝の余裕時間にJR駅前のカラオケ喫茶でモーニングをして、本日の一枚目は昨年3月瀬戸歩でパパリーダーがご案内した中埜酒造さまの「酒の文化館」前での朝ママです。 そしてJR乙川駅までお迎えウオークをしましたがやって来るではありませんか! わざと時間をずらし「今日はパパママ不在かな」って思わせておいて出迎えるこの「驚かせ作戦」の今朝でしたが「やや成功」でありました。 

JR乙川駅にはトイレが無くて毎年の事ですが本日最初の19番・光照院さんでお参りをしてからおトイレタイムとなるのです。 今日は「倉敷ツーデー」ですが遠征組の顔もチラホラで「あれー行かなかったの〜?」って会話もしたりしていましたが、直ぐ近くの20番札所・龍台院さんに移動ですが、きれいに着飾り花もいっぱいのお地蔵様たちにも出迎えして頂きます。

             「こんにちわ ようお参りに ござったね つらさも苦労も 置いていってね」

何時だってこの子たちがハモってミンナを送迎してくれているのです。


パパも昨年五円を吊るしましたがこの中に有るのでしょうか? 岐阜の岩田のとしちゃんも名古屋の吉田さんも心を込めてゴエンを結んでおられました。  今朝はココの世話をされている方が不在でしたのでパパがミンナに説明をしましたが
「この五円・・・一年間はココに下げられ翌年は本堂祭壇に祭られその翌年にお寺を飾る花の為の浄財になるんですヨ・・・こころしてお吊るし下され ナムナム」・・・信じて頂けたでしょうか??
そしてお参りした後、何気なく見ていたら庭の真ん中に有る大きなイブキの木のくぼみにかわいい弘法様が居られました。 来年もお会いしましょうネ〜


今度は本日の3カ寺目 21番・常楽寺さんです。 ココは格式も高いようで塀の白い線の本数も多いのです(この本数で格を表しているそうです) そして有名な彼岸桜なのですが、すいませんさんのところに上手に撮れた写真をハリコさせて頂きました。
本堂も釈迦堂も大改修中で仮堂にてお参りをさせて頂きましたが、ココは先達を務めて頂いている木村の親分・姐御ご夫婦の朝の散歩コースでもあり毎日お参りに来ているお寺だそうです。 お参り後はスタートから1時間近くのため一服となりタローママの早苗さんや久恵さんともパチリのスナップです。

ココの彼岸桜の開花時期をこの地方の季節予報に取り入れていると言うこの木ですが、樹齢何年なのか意外に小さくカワイイ木なのです。 ママと二人で小さくなって撮って頂きましたが後ろが隠れちゃうほどのサイズの彼岸桜さまでした。 そして昨年も眺めたこの石像・・・生の目で見ると「小さな子なのにオッパイが大きい」ってミンナで言ってたのですがよくよく見ると膝を抱えて座っているのでした(恥) 写真だと違和感無く見えますが立って見下ろすと感じが違うんです。 来年は立った目線でパチリをしようかなー  お接待でステキな袋を頂戴した常楽寺さんですが、きっと木村の姐御さまのご縁もあってのことだと思います。    古風な布地たちが集まって良い柄に変身の袋をパパは頂いた時から早速に「時々落としてしまうデジカメ君」の住居とさせて頂きました。 サイズも具合良く裏地も付いていてなかなか手の込んだ作品ですが大切に使用させて頂きますネ〜

半田の南端に近い常楽寺さんを出で3キロ、懐かしい武豊の風景ですが名鉄の線路を左に見ながら青山地区の広い道を歩きました。 パパママが住んでいた頃はお店や銀行やカーディラーなどがポツリポツリだったのに今は飲食も含めお店がいっぱいです。  子どもたちが半田・住吉町の名鉄スイミングスクールに通っていたのでお休みにはパパの車で頻繁に利用した道です。
そして22番札所・大日寺さんでお参りなのですがお世話役のみなさまアリガトウございます。 更にこの懐かしい風景 JR線超えの踏切ですがこの一本松も昔からココに有りましたし壁もこの色だったのです。 マイカーでの通勤時もココまで来ると我が家が近いって思っていたものです。

朝からご一緒だったハイブリッジさんともご一緒に23番・蓮花院さんの看板前でパチリを致しましたが、ココは宮崎作品の「千と千尋の神隠し」の主要な舞台となったあのお風呂屋さんそっくりな形のお寺です。 先ずは般若心経を読みながらお参りですが、みいちゃんが「私の事もヨロシクね」って仰っておられましたので「力」を込めて歌ったわたくしでありました! みいちゃんチのお近くのほうがゴリヤク?が有りそうかなって思ったものですから・・・

                     
 「合わす手の 中にほのかな 暖かみ あなたの心が ココに今居る」

昨年も蓮花院さん前でお菓子を持って会いに来て頂いたウオーク仲間の青木さんですが今年も来ていただきました。  普段のウオークスタイルと全く異なる格好にパパは、なんかお話もご丁寧になってしまい別人と会話しているのではって思うほどでしたがナンとか記念のパチリをして頂きました。      「おねがいもうしますがいちまいきねんしゃしんなど・・・」って会話でしたが、普段だと「ハイハイ並んで・並んで〜」なのにネー   着ているもので対応が異なるなど「拙者もまだまだ未熟者じゃのう〜」
食事も済ませ快歩を続けるお遍路道中ですが、JR武豊駅近くの武雄神社の横を通り24番札所・徳正寺さんに参りましたデス。 千体地蔵堂も有るココで伊藤さんたちと昨年はお弁当をしたのでした。 歩仕事人さんも入って頂きママが撮ってくれましたが早速活用のカメラ袋を手に持っていますのが分かりますでしょうか!?
   
                   
 「肩寄せて ママに向かって ハイチーズ いつ何時までも 共歩く仲」

お遍路レポートは一週間掛かりとなってしまっていますがパパ自身の思い入れが強い分だけ軽い作業にはなれないからなのかもしれません。  徳正寺さんを出て3キロ弱ですが、両手を広げたら左右の家に手が届きそうな道幅の中、味噌や醤油工場の香りを味わいながら富貴(ふき)の町に向かって行きます。  何度も言ってますが我が子供たちが幼少のころから小学生時代を過ごした街です。 パパもココの弓道場に日々通いつめて認定4段まで一気にかけ上ったころでも有りました。
富貴の札所25番・円観寺さんの隣りに息子の同級生の家が有りママが声を掛けたらナナ・ナント小学4年生以来の本人だったのです。  おばあちゃんともお母さんとももちろんご本人とも会話して突然の事だったのにお土産まで頂いてしまいました。  ママは携帯電話カメラで写真も撮ってお友達から教えてもらった携帯番号も息子に直ぐにメール送信でありました。
その円観寺さんでもきちんとお参りをしましたがココでもパパはこころを込めて歌わせて頂きました。
ココを出る時にはもう一度息子の同級生のお友達にもお礼を言ってお別れしましたが小学校も見え右も左も懐かしい思い出いっぱいのアチコチでしたデス。


道を歩きながら昔の我が家が見えないものかとキョロキョロして歩いていたパパですが、愛歩・阿部さんチの横も通り富貴から布土(ふっと)に向かいます。 この辺りからは海もシッカリと見えてきましたし一段と風景が田舎って感じになっていきます。 懐かしい人との出会いも有りよりホカホカの心持でウオークスナップをパチリってしていましたが、なおきちさんの菜の花ツーデーを思い出してこんな写真もパチリでありました。
円観寺さんから4キロ、名鉄河和線の横を通りながらどんどんと南下ですが昨年も感じたボロ寺(失礼)って感じの番外札所・華航寺さんです。 藁葺き屋根の先が朽ち覆っているトタンも錆びてしまっています。 いつも大きなお寺を見ると檀家の方や信徒のみなさんの見えない力で成り立っていてスゴイことだなーって思うのですが、逆の場合も有るのでしょうか? 納経所を開けて頂いているだけでも幸いなのかもです。  

                「軟弱が ナニを基準に しあわせや 不幸語るは ちゃらおかしい」

きっといっぱいの悩みを抱えてお寺を維持されておられるんだろうナー・・・って勝手に想像しますが、全く違う思いで清らかなこころのみでお参りの我々を迎えて頂いているのかもとも感じました。 




「誰誘う こと無く集う この仲間 今日も歩いた 名残のへんろ路」

さあぁボロ寺!いえいえ、番外札所の華航寺さんを出ましたが、実は本日は納経帳へのスタンプももらえない秘密の番外にも寄る事を楽しみにしているみなさまなのです。 それは「大砲巻き」という名物の和菓子を作っている「飴文」さんに立ち寄ることなのです。 このお遍路ウオークが始まって3年目くらいから恒例となったそうですが、試食と言うには多過ぎるほどのいろいろを食べさせて頂き暖かいお茶もガバガバさせて頂けるのです。 そして店中の大砲巻を我々が買い占めるというステキな恒例タイムで有りまして3時前のオヤツ時間でもありました。

愛すべきボロ寺(しつこい!)を出で、大休止の美味しいおやつタイムを過ごし「地獄の坂道」をふうふう言いながら登りきったら、今度も「番外寺の影現寺」さんです。 でも同じ番外でもコチラは広大な敷地に贅を尽くした石仏たちがワンサカで写真は撮り忘れましたが海もバッチリのロケーションで考えたら知多お遍路の中で一番大きく立派かもってくらいです。

本殿前には立派なスリコギも飾ってありましたし、納経所も立派ですしご住職の邸宅にもりっぱな木がいっぱいなのでしたです。

       「身をけずり 人につくさん すりこぎの その味知れる 人ぞとおとし」

             
作り変え 「身をけづり スマート目指す この歩き そのあと酒を ひかえりゃ尊し」・・・Byパパ

裏道を通って本日最後の札所へと向かう我々ですが、この道も「田舎道」の代表のようなところです。 

さあぁ本日も最後のお寺 26番札所・弥勒寺さんです。 今日も20キロ以上歩いたようですがアチコチでいろいろ有り過ぎてそんなに歩いたって感覚は有りません。 朝からペタペタのスタンプ帳のハンコもまたまた赤色が増えて賑やかになりました。 
お参りを済ませて各自の手に戻った納経帳ですが自分が歩いた分だけページが更に赤くなり、あらためて開いて眺めると「こころの安息感」もあるというものです。 そして朝から日の傾くまで当然のようにこの世話をこなされる方々にも感謝デス。 最後は植野さんが〆のご挨拶でしたが同様の内容でパパたち黄旗班も含めて「拍手で感謝の意」の音頭取りをして頂きましたのです。 

パパママはマイカーを置いたスタート地の名鉄半田駅まで戻り帰路につきましたがママは心地良い疲れで横で眠っていました。 でも知多半島道路や名古屋高速など料金所毎に目を覚まして熟睡とはいかなかったかもです。 二人で自宅近くの馴染みの天ぷら屋さんで夕食を済ませ帰宅後は安眠タイムとなった我々です。 ではでは 一週間掛かりのお遍路三日目のご報告を長々と失礼致しましたデス。 ではでは ネー



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