「第11回知多新四国お遍路ウオーク」五日目に参加  05年4月09日(土曜) 天気 晴  距離 23キロ
コース = 名鉄河和線・河和駅からバス→ 師崎港西バス停から2.5km→ 番外・浄土寺から4.0km→ 40番・影向寺から2.2km→ 41番・西方寺から1.5km
 42番・天龍寺から0.7km→ 43番・岩屋寺から0.3km→ 番外・奥之院から5.4Km→ 45番・泉蔵院から0.8km             '
→ 46番・如意輪寺から2.0km→ 44番・大宝寺から3.0km→ 47番・持宝院から2.0km→ 名鉄バス・師崎バス停ゴール

4/9(土)四月の声を聞いて一気に暖かくなった愛知県ですが、ピカピカの晴天の中を今年五回目のお遍路に参加して参りました。  昨年から休まずに参加しているこのお遍路ですが、全くの雨無しウオークが続いていて「ママ称・晴れ男」のパパのジツリキが「ココでもか〜」って言うくらいのお天気であります。   朝は名鉄電車に乗って河和駅で降りて、本日の参加者全員が一台の貸切バスに乗って知多半島の最南端の地 師埼(もろざき)で下車でありました。      スタート前に行ったストレッチはナビ野儀さんのご指導でしたが色々な馴染みの運動をして最後に・・・「さあぁ顔中の肉を真ん中に集めましょう」・・・全員??・・・鼻を中心に目も口もギュっと思いっきり固く寄せるのです。 コレを3回やると一日良いことばかりとなるそうです。・・・でも気持ちはほぐれてイイ感じでありました。

そして早速に海岸から離れて山道に入って行きました。 今は海岸側に立派な道路が出来ていますがこの遍路道が作られた頃の海側は波に洗われるような崖だったかもです。 そして現在はほとんど人の通らないであろう笹藪をかき分けての峠越えでありますが道端にはスミレの花です。  もちろん パパの口からは「すぅみれのーはーな〜咲くーころ〜♪」でありました。


人も通らぬようなけもの道を登りきると畑や果樹栽培の農地に出ましたが菜の花が見事な黄色で咲誇っております。 前回まで当たり前のよう着ていた上着も本日は無しで来ましたが、それでも汗が吹き出てくる陽気で木々のトンネルや爽やかな風がありがたいほどです。  

そして峠を越えると本日最初の札所「番外・浄土寺さん」でした。  ココでは葬儀の準備中でしたので静かにお参りをさせて頂きました。浄土寺さんを出て今度は海岸道路を歩きますが本日も先導はナビ野儀さんです・・・野儀さんが居られなかったら全員迷子になることマチガイナシと思っているこの遍路道ですが、愛歩の小旗で横を淡々と歩かれる猪又御大も案外熟知しているかも?ってパパは疑っているのですがどうでしょうかネー  遠くの海上には「三島由起夫の潮騒」の舞台となった「神島」も見えますし、伊勢方面の山並みも見えます。  「あの辺りをパパも一昼夜かけて歩いたんだよナー」って思いながら眺める海の彼方ですが、屋根の上に「鯛のカンバン」が乗った「豊浜さかな広場」で試食などのお買い物休憩をさせて頂きましたデス。  パパママも仲間からの情報に従ってお昼のお弁当用に揚げタテのハンペンたちを購入させて頂きましたデス。

本日最初にお参りした浄土寺さんからさかな広場の一服休憩をはさんで4キロ先のココ「40番札所・影向寺」にやって参りました。  お寺の入口付近では一旦全員の納経帳を預かるために一番先頭でみなさんを迎えます。     メディックさんへママが携帯カメラで送った掲示物は左の写真のママの後ろに有ったものですが分かりますでしょうかネー

               「苦しみの中で 学んだ事は その人の生涯を 助ける力になる」

今日は後ろからの写真が多いですが、実は南から北に向かって歩いている為に逆光となりミンナの顔が真っ黒けばかりだったのです。  建物の影を利用して撮った海の風景ですが、冬場からこの時期まで海苔ソダが海に立つ・・・この地方の何時もの景色であります。  そしてもう一ヶ月もするとコレが片付けられ若者がはしゃぐ夏の海へと変貌していくのです。  ソダを片付けたころには「豊浜の鯛祭り」も行われますが、さかな広場の屋根に乗っているような鯛の形の神輿が何匹?も練り歩き海に入るのです。 





 たまたま通った旅館の前にミニチュアの鯛祭りの鯛山車が飾って有ったので
写真を撮るよ〜・・・って言ったら・・・ママ〜 はしゃぎ過ぎだよ〜

影向寺さんから二キロちょっとでしたがこの立派な門構えが「41番札所・西方寺さん」でありました。  本日はココで中心的にお世話係をされている方々が不在で納経帳のお世話もどうなるのかと思っておりましたが心配は入りませんでした。  後姿のご紹介で失礼ですが、元愛歩大幹部であられた「片岡さん」と「山田さん」が上手に処理されておられます。 パパママがウオークを始めた頃や役員さんの下っ端をはじめた頃はいろいろなコトを優しく教えてくれていましたが、ココでも「キラリと光る技を何気なく発揮されているナー・・・」なので有りました。 さあぁ 西方寺さんで丁度お昼です! ゴハンに致しましょう!

西方寺に到着する手前に酒屋さんが有り冷たいビールを1缶購入しましたが気持ち良い海風を浴びながらの昼食です。 ミンナで防波堤の階段に座り、さかな広場のハンペンと巻き寿司と稲荷寿司も店開きでありました。 武豊時代は知多半島のココに子ども達を連れて何度も来ましたし夏の夜の花火もホントウに何度も足を運びました。 その頃をシッカリと思い出せる懐かしい風景でもありましたデス。  そうそう 写真は有りませんが食後には歩仕事人さんは砂に絵を描いたり、パパママは海に向かって石投げをしたりもしていました。  西方寺の山門上の不思議な木彫りですが逆さカモメの背中に誰ゾが乗っておりましたデス・・・ナンなんでしょうかね〜

昨年は歩くことと般若心経に手一杯でしたが、今年はこの遍路寺の全てを記録に残そうと思って写真も撮ったりしているウオークです。  でも毎回10カ寺前後とボリュウムが有り過ぎてカキコが追いつかない状況です・・・などと自分記録に言い訳をしていてはイケマセヌ! さあぁ 歩きは続いているのです!
昼食後は海岸を離れて海辺の町特有の入り組んだ細い路地をアチコチと曲がりながら山手に向かいましたが「42番札所・天竜寺さん」にやって参りました。  ココでもお世話役の方々は木村の親分さんを中心に手際のいい山田さんたちが納経帳へのご朱印作業ですが、写真手前の小僧さんはベニア作りの看板でトミコさんが追加カキコをしたものではアリマセンですよ。
   そうそうちょっとご紹介ですが山田さんのお名前はテレビのバラエティで聞く「山田邦子さん」と同姓同名なのですヨ〜

昨年も同様だったことを思い出しましたが、ココでリュックを下ろして次のお寺に向かいます。 理由は簡単でココに戻ってくるからなのですが天竜寺さんから約1キロ、まだ三分咲きって感じの桜たちを眺めつつ「43番札所・岩屋寺さん」にお参りです。  パパママもリュックを下ろして歩きましたが普段背中に有るものが無いとナンか歩いていても不自然な感じがします・・・でも間違いなく軽い体となって歩が進むのです。  パパは本日特別出演の超ベテランお二人をウオッチでしたが片岡さんも今日はホントウにご苦労さまでアリガトウございますの図であります。

岩屋寺さんには更に奥に「番外札所・奥之院さん」が有りココでも般若心経を歌いましたが毎月17日には盛大なお参りが開かれているとのことで道端も車でいっぱいになるそうです。  そして奥の院参道を入って崖の中腹を登ったとこに有る岩窟でお参りの大合唱ですが、先達の木村の姐御の声がよく響き、空気のヒンヤリ感も心地良く歌うたびに気持ちスッキリのコーラスでありました。 みなさんは入って直ぐの三重の塔のところで手を合わせてから岩屋のお堂でお参りでしたが、木村の親分曰く「ココはお堂のお参りを済ませて帰り際に三重の塔のところでお参りが正統派なのだ」と教えて頂きました。 もちろんそれに従ったパパママで有りました・・・ゴリヤクあるのかな??

ママの横はカッパさんが「お遍路三人娘」と呼んでいるうちのお一人「鶴田さん」ですが、翌日曜日から本四国にお出掛けなのです。 その準備も有ってか毎回参加の相方たちも珍しく本日は不在でありました。  リュック無しで同じ道を引き返し天龍寺さんに戻りましたが午後二時半まだまだ暑さを感じる空気の中を歩を進めます。     
田んぼの中で仕事をされる方にもご挨拶をしたり手を振ったりして会話もしますが「師崎から歩いて来ました」って言うと一様に驚かれるほどの距離となってきました。 





 「ワイガヤと 囃して歩く 遍路道 お地蔵さまが 耳澄まし居る」

焦りの朝を迎えていますがまたまたお遍路を追い越してのウオーク日の本日です・・・「本日出掛けるまでに辿り着けるかナー」ってボソッと独り言です・・・「ああぁ〜 生け花写真で遊ぶんじゃ無かったかナ〜」ってもう一言・・・などとカキコをしていると前に進めませ〜ん?!?(このカキコは05.4.23 早朝のことでした)
奥之院さんから天龍寺さんに戻ってリュックを背負い山沿いの田園を歩いたあとは、またまた人も通らぬような二つ目の山越えウオークとなりました。 そして午後のくたびれ時間で登るスピードが遅くなったのをイイことにフキなどの山菜取りをされてる方もおられましたがシッカリ昇りシッカリ下ったところには見事なモクレンの木々たちでした。


峠を越えて下りた所は「44番札所・大宝寺さん」であります。 今が本当に見頃のモクレンとお茶屋さんが有名で「モクレン茶屋」と言う別名でも呼ばれているそうです。 ココでは大型観光バスでのモクレン見物の方々もいっぱいでしたが、今夜は知多半島の旅館で温泉や魚を楽しんで宴会となる様子の赤ら顔の方もチラホラです。 我々も遍路参りを済ませた後は赤や白の花たちを楽しんでの一服でありました。

モクレン茶屋の大宝寺さんにも一言掲示が有りました。  

                         「文句を言わない足の裏 気付けば感謝で手を合わせ」

でもコレを書いた人はシッカリと歩いたことが無いかもです・・・足の裏だって悲鳴もあげるし「もうヤメテ!」って言います。  自分の体中の全てが自分のものですし、全てに支えられて今を生きているのです。  その意味では「合わせられる手」そのものにも感謝ですし五体や五感・六感の全てに感謝でアリマすネー
山沿いの大宝寺さんを出てちょっと歩くスピードが上がっていましたが内海(うつみ)の海辺にまた戻って参りました。 今日は山に入ったり海岸に出たりを何度も繰り返していますが「45番・泉蔵院さん」は知多の海が望める町の中にありました。
そしてまたまた山手に歩を進め「46番・如意輪寺さん」でしたが、我々が大師堂でお参りを始めたらお堂の中からもポクポクとヤワラカイ木魚の音が聞こえてくるし、タイミングよくリンの音もでしたです。  後追いのような上手なリズムに腹の底からの般若心経のパパでしたが、お経を終えてからお堂の中をのぞくと背の丸い小さなおばあちゃんでした。 パパが「伴奏をアリガトウございました」って言って話し掛けると「幾つだと思うね〜」って聞かれてしまい「90才ですか〜」答えたら84歳とのコトで有りました! アハハハハ まだまだ84歳如きで歳の質問をするなど・・・おぬし若いのう〜・・・って思ったパパでした。


さあぁ ヤッホーの本日ラストのお寺様です!・・・日も西に傾きみんなの影も長くなっていますが満足感でいっぱいの一日のフニッシュで有ります!!
帰りに乗る名鉄内海線・内海駅を通過して山手に行きますが、ココも記憶にシッカリ残っていましたデス・・・ストレートに登る階段道と、横から緩やかに上がる道があり日暮れのちょっとさみしい気持ちになるような山寺の風景です。 ミンナは「ゆるやか道」でしたが、本日「最後の修行の場」などと言ってママにもコッチを勧めるのでアリました。  そしてこころを込めて読むナムナムなのです・・・などと言うほど大げさではナイけどさ・・・


今日はいつもお世話になる「世話役の方々」が重なったご都合で不在で有りました。  大代表の奥田さんも、ヒゲおじさんもタローおじさんも不在で、植野さんは骨折中だし久恵さんも来てないし・・・でもでも この方が居てくれるとナンの心配も無いのでした。
権現先達の木村の姐御さま あなたのお陰でパパは立派に般若心経が歌えるようになりそうです・・・まだ最初と最後しか覚えてないけどさ〜
一緒に並んだ下田おじさんとも本当に親しくなっていろいろな会話を楽しんだりお遍路のアレコレを教えて頂いております。

そして今日は黄旗たった一名のパパと、赤旗アンカーの木村の親分の二人で何ヶ所かの危険地帯も無事に乗り切りました! 
さあぁ カエルが鳴くから帰ろ〜 の帰路ですが、ヒイヒイ言ってアップダウンの23キロを無事に済ませ垂井の伊藤さんもウキウキです。 だって駅に行くとビール君が待っていてくれるもんネー
ナンとかギリギリセーフで6日目の朝にお遍路5日目のレポートをこの掲示板上でも完結することが出来ましたが、まだまだ続くお遍路ですので  ではでは ネー


    
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