「第11回知多新四国お遍路ウオーク」六日目に参加  05年4月23日(土曜) 天気 晴  距離 15キロ
コース = 名鉄河和駅からバス→ 師崎港から高速船→ 篠島港から0.5km→ 38番・正法禅寺から0.1km→ 番外・西方寺から0.3km→ 医徳院から1.0km→ 篠島港から高速船
→ 日間賀島港から0.1km→ 番番外・呑海院から0.02Km→ 37番・大光院から0.1km→ 日間賀島港から高速船→ 師崎港からバスで内海駅へ            '
内海駅から4.3km→ 48番・良参寺から2.1km→ 49番・吉祥寺から0.8Km→ 56番・瑞境寺から0.2km→ 52番・密蔵寺から0.3km→ 53番・安養院から0.2km     '
→ 50番・大御堂寺の隣0.0km→ 51番・野間大坊から1.2km→ 55番・法山寺から2.4km→ 57番・報恩寺から2.0km→ 名鉄内海線・知多奥田駅ゴール

4/23(土)今年も半分以上が過ぎた今日のお遍路ですが、昨年来の16連勝の晴れ続きには驚くべき偶然というものを感じています。  不安定な春の天気や梅雨入りにも掛かる6月までのこのウオークですが、もう十分に感謝を超えたものを頂戴している「知多新四国お遍路ウオーク」の我々で有ります。
朝の電車では一緒に座った垂井の伊藤さんや大垣の辻さんたちが小豆島88ヵ所巡りをして帰って来たばかりだと言って、楽しかった一週間をお話ししてくれました。   富貴で乗り換えた時には大勢のミナサンから娘の子の誕生(孫とは言わないもんネ〜)を祝ったご挨拶を頂いちゃいましたが「ジジババおめでとう」と言うお祝いに目尻が下がり鼻の下が伸びてしまうワタクシでございます。
   
                     「嬉しさの 気持ち素直に ありがとう でも俺
パパで ジジじゃナイのだ!」 

今日も今年四回目の名鉄・河和駅(こうわ)でしたが、ココからバスで知多半島最南端の師崎港に行き船で島へと渡るのです。  朝の一枚は貸切バスの前で杉岡博士とパチリですし、先週は愛歩で一緒にコースリーダーをしたヒゲおじさんの清々しいドアップです。 そして船を待つ波止場で指を指し「コチラがババです」って祝ってくれる先週も本四国行きだった岩田さんと、弥富金魚の芝やんもご一緒パチリでありました!

このウオークの世話役たちは「いつどのように手配をしてくれているんだろうか」と思うけど、ほとんど待たずに我々を貸切船で「篠島」へと運んでくれましたが無風で「ベタなぎ」の水面は船の先頭に座っていてもほとんど揺れない状態でした。 として主要メンバーの中ではタローおじさんが所用で不在でしたがあとはみなさん勢揃いって感じの船内であります。
そしてアッと言う間に到着下船ですが、きっと歩仕事人さんが「パパママがジジババになった」と広めてくれたのだと思います・・・娘の子ども(孫って言わない)の、可愛さ(特に女の子の)を教えて頂きましたデス。 ママも前を行く吉田さんからも祝って頂けるし「一人の子」の誕生が「いっぱいの喜びや笑顔を連鎖して行く」・・・ほんとうに有り難うございますデス。 


先ずは篠島(しのじま)での三カ寺のお参りのスタートですが、昨年は日間賀島(ひまかじま)が先でした。  廻るコースや順番も変幻自在の世話役の方々に連れられて身を任せる我々ですが、港を上がった目の前の公園で奥田世話人代表の久々に朝のご挨拶でありました。
そして早速にウオークが始まりますが海に浮かぶ島特有の風景が広がります。  観光船の出入する船着場とは別に、湾を包むように漁船いっぱいの港ですし、島中の石油を貯蔵するタンク郡も港の外れに有りました。  道も狭くお土産店が並び直ぐに傾斜となる島の土地には傾斜に従いいっぱいの家々が建っています。  当たり前だけど建築資材は島外から運ぶんだろうし、狭い傾斜の道をどうやって柱たちを入れたんだろうか?って思うほどの建物たちです。  そして本日最初のお寺は「38番札所・正法禅寺」さんですが、ココの太い柱たちを見ているとミンナで担いで登ったのかナーでありました。  更に島を昇り「番外札所・西方寺」さんですが、ココからは篠島の港全体が見渡せるいいロケーションの場所でした。 でも写真が上手に撮れずお参りを済ませ裏手から次の札所に向かう我々の図が下でありました。


さあぁ 今度は篠島での三カ寺目となる医徳院さんへ足を向けます。  左右に家々が並ぶ傾斜地をジグザグと登り、幼稚園も兼ねている立派な39番札所・医徳院さんに参りました。  ココには九十歳を越える優しいおばあちゃんが居られたのですが、穏やかな笑顔でご朱印を押してくれたその人も一昨年に他界されました。  今日はどなたがご朱印を押して頂けるんだろうかと思ってましたが、おかあさんって感じの方が対応して頂いています。

     「年移り 時流れても 変わらずに 有る風景と 居らぬ人々」
                                              ・・・コレは鯖弘法さまでの感想も含んでいるのです。


往復二キロほどで三カ寺を廻った篠島の波止場に戻りましたが、途中の土産屋サンでは「ナントカの釘煮」というものが美味しくて皆さんナンパックも買われていました。 パパも試食をさせて頂きましたがまだ出来たてなのか暖かさも有りやわらかく本当に美味なのです。 そしてまた船に乗り日間賀島(ひまかじま)に移動となり入れ違いのようにお遍路参りの方々が大勢下船されてきますが、お互い様に「幸多かれ」って思いながら朝のご挨拶をしてエールを送るパパですが、弘法様にはいっぱいの遍路びとが日々交代のご挨拶で・・・弘法さまはどんな人だったんだろうか?って思っちゃいました。
移動の船の中では「どうして飯田に行かなかったの〜」って言いながら歩仕事人さんと記念のパチリですが、直ぐ後ろには弱小瀬戸歩の久恵副会長ちゃんも良い笑顔でパパのパチリにご参加下さいました。


日間賀島に到着して港の道路を渡りお土産屋サンの裏手に行くと思い出の「番番外の呑海院さん」で有りますが、鯖弘法さまって言ったほうが通じるそうです。 納経帳の一番最後の白紙のところに寺院名のハンコも押し、ご朱印も押して頂きました。

我々は直ぐ近くの「37番札所・大光院さん」に移動してお参りも済ませたころに、ようやく世話役の方々が呑海院さんでのご朱印たちを頂き、大光院さんでのご朱印を頂に戻って来られました。  その間に皆さんはお寺の目の前のお土産屋さんで昆布やヒジキや天草や海苔などかさばるお土産をいっぱいご購入でありました。  パパはよく分かりませんでしたがどれにも「オマケ」が付いてかなり安いようです。 どなたかが教えてくれましたが「大田さんのヒジキ」と言うのが売っていて本当に美味しいそうです・・・値段も他のものの倍ほどでしたがどんな味のものなんだろう???
日間賀島で2カ寺をお参りをして海の幸のお土産も手にして船に戻りますが、両方の島は共に知多半島から10分も掛からない距離です。  船から見る知多半島は「どちらが島なの〜」って思うような風景に見えていましたが、ベタなぎの海に安心して座っていたら突然にドカンと揺れて全員がビックリ!・・・目の前を横切った大型船の波に乗り上げたのでした。 師崎港に戻りバスに乗って前回自分の足で歩いたコースを名鉄・内海駅まで送って頂きましたがココで昼食となりました。 パパママはお弁当無しだったので駅横の食堂に入りましたが、食後に集合場所に戻ったらジジババ祝いのビールを持ってパパを探していた方という方が居られました・・・ゴメンナサイでそして有り難うございましたデス。





「海恋し 理由はひとつ 簡単で 励ましあって 越える山無し」・・・説明は下にカキコです

実際に自分の足で歩いたことをカキコやハリコで自分記録をしているパパですが、特に写真を見ていると「アレも思い出」「コレも記録に」ってなってしまい昨年とは全く違うボリュウムになっています。  でもその時々の一瞬たちを大切に丁寧にカキコをしたいとも思っています。

さあぁ お遍路6日目の午後となりましたが、名鉄内海駅前の広場で昼食を済ませスタートです。  午前中はバスに乗ったり船に乗ったりで観光のような気分で過ごし、早めのお昼休憩でお腹満足・・・当然のように重くなる足でまたまた山手のアップアップのコースとなっています。  そしてひと山越えて四キロチョット歩き「48番札所・良参寺さん」へと辿り着きました。  去年もココだった記憶は全く有りませんでしたが覚えの有る木の根元の不思議な自然の造形・・・「子抱観音さま」が有りました。  我が家にも娘の子どもが誕生しましたが「ご縁」に手を合わせて感謝をさせて頂きましたデス。

    

良参寺さんのお参りを済ませまたまた山登りになりますが、パパのことをいつもは「パパ〜」なのに、今日は「ジジ〜」って呼んでいる岩田さんが「今日は登りばかりで下りがナイ!!」ってブーたれるほどに確かにアップが多く感じるこの山道ですが、苦しい中に突然の楽園が現れました。  今朝から「セリ摘み」の話は聞いていましたが山手に入るたびに「この辺だったっけ」って思って眺めた場所がココでした!  昨年は一所懸命摘んだのに全部違ってガッカリのパパでしたが、今回は「
山菜専門家の小関さん」のご指導や検閲を受けてリベンジであります!  「セリの葉先はギザギザしていて根元は赤みが有るからネー」って言った言葉をシッカリと意識して摘んでは「コレで良い〜」って確認であります。  


長いことかがんでいると腰を伸ばしたくなりますが、ママが土手の上からカメラを向けている事に気が付きイエエ〜イィ!のVサインです。  採った現物を確認もしてヒゲおじさんにもチェックをして頂きましたがマチガイなく絶対に「セリ」をゲットのパパでありました。  さあぁ 今夜は春の味を楽しみましょうかネ〜

午後の良参寺さんの後の山中でのセリ摘みも終えて辿り着いたのは「49番札所・吉祥寺さん」でありました。 朝から何となく疑問だったのですがこのコースのアチコチでの桜の記憶が有った去年だったのに今年はナゼに〜???  ココの参道も昨年はミゴトな桜の花のトンネルを通った記憶が有りましたが「今年はナンで〜」って言ってたら疑問を解いてくれた方が居ました。    昨年は10周年記念で「土・日」連続で歩いた時があったので途中から2週間もズレて早くなった昨年のお遍路たちだったのです。   「そうだったよネー」って納得をして安心もして葉桜のトンネルをシゲシゲと眺めながらのお参りですが、この近辺もお遍路団地となっているようで1キロも行かずに「56番札所・瑞堺寺さん」であります。

次は見える距離で「52番札所・密蔵院さん」で、またまた次から次へのお寺たちにミンナの「はんにゃしんぎょう」も、いい感じになってきておりますが、密蔵院さんから300メートルほどで今度は「53番札所・安養院さん」となり、写真をキチンと残しておかないと記憶も薄くなりそうなほど次から次のお寺さまたちですが、この広い知多半島でどうしてこのように弘法寺が集中している場所が有るのでしょうか?

世話役の方々も次から次のご朱印で本当にご苦労さまであります。 一番右奥では骨折から復帰の植野おかあさんもですしナビ野儀さんも木村の親分も、前回本領発揮の山田邦子さんもですし、ママもヒゲおじさんもだし、久々の大代表奥田さんも・・・みなさま 本当にアリガトウございますなのデスヨ〜ん
そしてまたも200メートルで弘法寺としてだけでなく歴史の舞台であり観光寺となってもいる「50番札所・大御堂寺さん」「51番札所・鶴林山・野間大坊さん」で有りましたが・・・ハリコを悩むママの得意技「いねむり御前」の図で有りました。


50番と51番の野間大坊さまとセットになっているようで「義経の刀塚」あるお寺としても有名で大勢の観光客の方もお参りですし、お寺の廊下がお土産売り場となっていていろいろな厄除け物品が所狭しとならんで居ります。  お参りを済ませた我々にはお寺様からのお接待も有りママが皆さまにお配りしてましたが甘くて美味しい三色羊羹でありました。  そして境内を移動して「51番札所・野間大坊さん」へ移動ですが、ママと一緒に写っているおじさん?は、ココの主のようで、昨年は大御堂寺さんでお土産を売っていましたし、今年は野間大坊さんのお堂の中でお寺のテーマソングのテープを販売でありました(いえいえ・みなさまにご紹介で押し売りの空気は無しです) 
パパママお揃いのスタイルに二人の仲を占ってくれましたが実は昨年も同様のことを言われていたのです。  他の方にもいろいろを「ズバリ一言で語ってくれる」楽しい方です・・・そして貴方だけにってパパを寺の奥に連れて行ってくれましたが、これは徳川家の従兄弟だがココを起した偉い人だとのコトで?「墓標の写真を撮っていいヨ」って言ってくれました。・・・コレは有り難くナイ!
もったいの有る雰囲気で連れて行かれた人が入れないように囲いもしてあるところで「さあぁコレを写しなさい」って言われた写真はハリコしませんが「何かのゴリヤクが有るんだろうか」って思いながら一応パチリとさせて頂きしましたが、パパのことを一生懸命に仕事は何をしているのか?とか、リサーチもされたひと時でした。  来年はママとの一緒写真を持って行ってあげなくちゃで有ります!

そして面白いおじさんにお礼を言って「55番札所・法山寺さん」に向かいますが1キロチョットのそこの直ぐ横が義経公が襲われた風呂場の跡とのことでした。  法山寺さんには「山ノ神さま」も祭ってあり、お遍路仲間の山ノ神さまたちをパチリってしたパパですが、ピンクのステキなマフラーは瀬戸歩仲間でもある安井サンです。  「ココのHPも見てますヨ〜」って仰り娘の子どものことも「ココで知りました」って言って頂きました。  ステキな山の神たちの笑顔写真をハリコしますのでご覧下さいネ〜

レポートが長くなっていますがコレが終わらないと次に移れませんのでお遍路6日目の最後の一歩をカキコとハリコでありますがお寺も最後の一つとなりました。  法山寺さんを出てまたまた名鉄線路も越えて山手のほうに入って行きますが、本日最後は「57番札所・報恩寺さん」でありました。 寺の入口には弘法様も立っておられましたが今日もいっぱいのお遍路さんがあなたの前を通られましたでしょうか? だんだんと上手になっていくパパの般若心経ですが「今日も一日楽しく歩けました」って感謝の気持ちで歌わせて頂きましたデス。  ご朱印帳のハンコもいっぱい増えましたがどの1ページもが自分の足跡でもあります。

早苗さんも杉岡博士もママもホッコリとして腰を下ろして一服でありますが、後は名鉄・知多奥田駅に帰るだけです。 みなさまいつも長ったらしくきれ切れカキコでスミマセンでした。 でもママと弥富の芝やんが笑顔でバイバイをしていますのでご容赦をです。
そしてお馴染みとなり見知らぬ方も「木村の姉御」って覚えられたかもですし骨折から復帰の植野さんもルンルンで駅に向かいます。  写真はありませんがココの駅の近くには「日本福祉大学・奥田本校」が有りいっぱいの学生と共に電車で帰宅と相成ったのでありました。 ではでは コレにて6日目を終了と致しますデス。



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