碧海幡豆W協2月例会「日本のデンマーク 安城市内散策ウオーク」に参加  06年2月19日(日曜) 天気 くもり  距離 18キロ
コース = 名鉄本線・新安城駅スタート 〜 中井筋緑道 〜 新幹線・三河安城駅  知立弘法(昼食) 〜 西井筋緑道 〜 東海道知立の松並木 〜 公園ゴール

2/19(日)体調も戻ったパパは久々に前日のお遍路に続いて「今日も歩きに行けますヨ〜」ってルンルン気分で「さてドチラへ」だったのですが、こころの中で実は決めていた敦子さんのトコロへ出発の朝です。
そして出会えると思っていためがね君とは乗り換えの金山総合駅で出会い、ご一緒になった久恵さんとも席を並んで電車に揺られオニギリをパクパクしながら着いた名鉄・新安城駅なのでアリマした。
駅前を出て国道1号線をくぐって集合場所となった小さな公園ですが「やっぱり居る・いる」の敦子さんたちが朝の受付をしてくれていて忙しそうでした。
碧海幡豆の第1回目もココが集合場所だったそうですが「その日はどしゃ降り雨で1号線をくぐる地下歩道を利用しての出発前だったんだよね」って誰かが教えてくれました。   さあぁ出発式ですが小森さんの説明に真剣に耳を傾けるめがね君といい加減なママをアップでパチリのパパです・・・おーい 真面目に参加しろよナ〜


伊能で全国を歩き通し昨年は韓国一周もした西川パパのご指導に気合いの入るストレッチですが、パパはカメラを持ってパチリなどもしながらも肝心要はビシッとやっていましたが、毎度の事ながらママの気合いの入らないストレッチをウオッチしているとナゼか笑えてしまいます・・・おーい 真面目にストレッチしようよネ〜

今日は安城のどんなコースを歩かせて頂けるのかと期待に胸を膨らませてのスタートでしたが、ナ・ナ・ナント 最初の見どころは西川ご夫妻のおウチなのでアリマす!  しかも小森さんも藤森さんなどもご一緒のマンションにお住まいとの事で「駅近・店近・自然有り」で名鉄駅はもちろんJR新幹線の三河安城駅も歩いて行けるいい具合のところなのです・・・などとマンションの販売員のような説明ですが・・・
ゴール後は西川家で宴会かな?などと冗談を言っていましたが、今日は碧海幡豆W協の総会ウオークとの事です・・・垂井の伊藤さんと二人して「それでは敦子さんチも分かったことだし、カギだけ先に頂いてビールでも飲んでお待ちしましょうかネ〜」などと笑っていましたが、適度な高さの角部屋をシゲシゲのみなさまだったのです。

明治用水というのはこの三河平野のアチコチまで農業用の水が行き渡るようにと名前通りに明治時代に作られた愛知の中でも特筆の大土木事業だったと思いますがどれほどの人が係わって作られたのでしょうか!  人の血管のようにはり巡らされた水路たち・・・そして時代と共に水路にフタがされたり暗渠となって上に緑道が作られ人々の憩いの道となっているのです。
上手に見事に手入れもされていますし、木々も立派になりました・・・イイね〜 いいコースだね〜・・・って、本日のコースリーダーは小森さんがお努めです。


今日は寺さんもご一緒でめがね君とも会話をしたようですが「寺さん流のパチリ」をされているのをパパ流のパチリで押えるワタクシですが、咲いたというにはちょっと桜さんご本人が照れるのではと思われるほどの恥かしくも可愛い咲き方の1本をママも携帯カメラで撮っていました。
敦子さんからは「ココでホタルが飼育されているのよ〜」って、真っ黒ネットで囲われた場所も教えて頂き「夏には蛍を見られると聞いて来たらこの中だったの〜」などと話題もアレコレですが、向けたカメラの先には真面目顔から笑みがこぼれるお二人なのです。
さあぁ 明治用水緑道「中井筋」という真っ直ぐの道を2キロほど楽しんでまた街なかが見えてきました。


JR東海道線の三河安城駅が有りすぐ隣りに接するようにJR新幹線の三河安城駅が有りましたが二つの線路が斜めにクロスしているポイントです。  新幹線の名古屋と豊橋の間に新駅が出来る構想が起き上がったのは何十年前だったでしょうか? 最初は岡崎にという話も有ったのですが世界の自動車メーカーになったトヨタのある豊田市も両市と隣接をしている中、企業や政治的な思惑も有ったかもですが最初は田んぼと梨畑しか無かったココが開発の余地を含めて選考されたのだと思います。
そしてその通りに30年前と様変わりの二本木地区でアリマした。
さあぁ トイレ休憩も済ませ今度はどっちに行くんだろう?・・・地図も見ずに付いて歩く・・・コレまた楽しからずや・・・なのです ネーみなさん


パパも安城の隣町の刈谷というところに住んでいたのでよく知っていた二本木近辺でしたが、日本のデンマークと呼ばれていた広大な平野に縦横無尽に張り巡らせた水路を有効に活用してお米はもちろん梨やイチジクの名産地でも有りいろいろな農産物が作られています。    新幹線駅近辺は大きく開発もされ梨畑たちは住宅地に変わってしまいましたが、安城は広い!土地はまだまだいっぱい余っていますしもちろん自然もいっぱい残っています。   
楽しい方々と出会い語らいお腹の底から笑い合いですが、村の「鎮守の森」そのままの谷田神社にも寄ってお参りをして立野公園のトイレ休憩では若くてひょうきんなメガネ君も交えてハイチーズのひとコマなのです。  この公園を出ると昼食場所が直ぐ近くだそうですがそろそろお腹も空いてきました・・・大竹さんにも「お腹が空きましたネ〜」って言ったら「ガソリン切れだからスピードを上げなくちゃ!」って、足取りも軽くまだまだ十分に余っているエネルギーのようです。


ママが中山パパと「コチラです」ってご案内ですが「知立弘法」って地元では呼ばれている遍照院さんという立派な大きなお寺で昼食休憩となりました。  パパママは昨日から「知多新四国」のお遍路巡りをしていますが、この三河にも「三河新四国」というお遍路道があるそうで、但し一番のお寺は知立の別のお寺でココは「知立三弘法の一番札所」に当たるそうです。
弘法様は四国だけでなくアチコチでウオーク?をされていた方なのでしょうか?・・・いい加減なオレです・・・でもナムナム・チチンプイプイのホンじゃらへ?って正しくお参りをさせて頂きますデス ハイ!


「さあぁ ゴハンじゃ〜」って、札幌で冬眠をしながらなどと言いつつ中仙道の準備に余念の無いユキちゃんに見ていただきたくて眠さなどものともせずにカキコとハリコを続けているパパですが、コレをご覧下さい!  「春は名のみの風の寒さよ」とか言いますが寒さなどは関係ナイナイで、室内での昼食休憩も可能だったそうですが靴を脱ぐほうがめんどくさいくらいのコトですし「咲かぬ桜の木の下で我らが花を咲かそうぞ!」ってなもんです。
そして見てください! このメンバーとこの豪勢なごはんやおかずたち、思わず箸を持ったままドコへ箸を伸ばそうかと悩むほどのアレコレですが「ママカリ寿司」「タコめしにぎり」「菜の花のナンとか和え」「ウナギの肝煮」などなど・などなど・などなど・などなど(しつこい)・・・実はまだまだ廻ってくるおかずたちにパパママは持参のコンビニ弁当はそのままテイクアウトとなったほどです。


パパは食べ始めるとカメラなど「そっちのけ」なのですが、敦子さんの手作りのママカリ寿しが美味しくて・おいしくて・オイシクテすでに頂いていたのに、チラチラのパパの目線を感じたのか敦子さんが「良いわよ〜 私はいつでも作って食べられるから〜」って最後の一つもパパが頂いちゃったのです。
思わずカメラを引っ張り出したパパですが「ママカリちゃ〜ん ハイチーズ」です・・・でもコレはなんと言う魚なんだろうか・・・酢が上手にご飯にも魚にものっていて柔らかくて尻尾まで食べられちゃう・・・本当にお世辞抜きに美味しかった! 良いよな〜 阿羅漢さん・・・イイですネ〜
さあぁ 作った人も頂いた人もごちそう様のイイ笑顔でアリマしたデス。


、美味しすぎてお腹が苦しいほどの昼食タイムを過ごして午後のスタート前の知立弘法さんでアリマす。
ママは真民さんの「念ずれば 花ひらく」の石柱をパチリですし、メガネ君は弘法さまの悟り「生かせ命」という文言をパチリとしていました・・・この世の中に無駄なものは一つも無いし、人も自然もそれぞれに生命の輝きをもって常に生きているのだ・・・それが永遠の中の一瞬であり連続なのだ!って内容でした。
ママもメガネ君も自分たちの一瞬をカメラに収めてこころに残し、思い出となる碧海幡豆W協の今日なのです。  さあぁ食後の腹ごなしウオークが始まりましたヨ〜


知立市内(ちりゅう)を歩いていて名鉄電車の線路をドデカイ歩道橋で越え更にはもう一つのドデカイ歩道橋で国道1号線を越えましたが、どちらも人や荷物の大動脈でいっぱいの人々が電車で移動をしていたり、大きなトラックや乗用車たちもいろいろな目的が有ってこの道を走っているのだと思います・・・そこを交差するように我々がウオークをしている・・・どの場所も人生の交差点なのです。
そして1号線を越えると旧東海道の松並木が目の前に現れましたが、後で聞けば豊橋W協も新居の関所や舞阪などの旧東海道を歩いていたとのコトです・・・つながる道たちの東西で歩を楽しんでおります。


今は知立宿(ちりゅう)という書き方の地名になっていますが東海道五十三次の時代には「池鮒付」という地名だったそうです。   地名と呼び方や書き方が変化している場所も多いですがココはどのようにして今の知立という字に変わったのでしょうか?
まだ防虫こもを巻いたままの松並木ですが、もう取らないと虫たちがここから逃げていきそうな気候に変わっている2月半ば過ぎの本日です。