第12回 知多新四国88ヶ所巡り お遍路ウオークの一歩たち

2006年2月18日〜6月24日 10日間の日程  運営は愛歩世話役のみなさまです。

「第10回知多新四国お遍路ウオーク」第三日目に参加  06年3月11日(土曜) 天気 晴れ  距離 20キロ

3/11(土)パパママがこのお遍路ウオークに参加した二年前から不思議と晴天の日が多いのですが今日は朝の出掛けから「冬の防寒具は絶対に要らないネ!」って言っていた朝の今回も昨年同様にマイカーで出掛け名鉄知多半田駅近くの無料駐車場に車を置かせて頂きましたが、集合場所のJR乙川駅に歩いて向うお遍路の主・木村ご夫妻とバッタリでありました。
車を置いて木村の親分と姐御の後を追うパパママですがウソかと思うくらい足の速いお二人ではるか先まで見通せる阿久比川沿いに出ても前に見えず発見出来たのは集合場所の乙川駅ででありました。
ほとんどの方が電車で名古屋方面から来るのですが、出発予定時間をちょっと過ぎた電車にも乗っている人が居るだろうとお待ちして正解ですが10人ほどが降りてきました。
「待っててくれると思わないからタクシーで追いかけようか!ってミンナで相談してたの〜」って言う河西さんでしたが「河西さんが来なくて出発する訳ナイじゃなーい!」ってパパが言うと河西さんが感激していたのは事実です!?
そんなワイガヤが早速に始まって駅を出て中埜酒造の酒の香りを楽しんで本日最初のお遍路寺へと軽いステップが始まるんです〜♪


 

乙川駅から1キロほどで着いたところが19番札所・光照院さんで本日最初のお参りをさせて頂きます。   ママたち世話役の方々も納経帳を預かりミンナがお参りしている間に納経帳にご朱印を押してもらいまたミンナにお戻しをしてスタンプ?の確認をして頂きます。
考えたらパパたちは弘法堂の前で般若心経を腹から声を出して歌っているけど、納経帳を返す為にママたちはミンナの名前を腹から呼んでこころのナムナムをしているんだよね。


知多半島のアチコチにある黒壁の路地をクネクネして半田の北部地区を歩いていますが、またまた1キロ弱で昨年の桜が満開の時に岩田さんたちとお参りに来たこともあり今日は予想通りにまだ蕾の20番・龍台院さんへとやって参りました。   入口は山門も無く派手さはありませんが一歩境内に足を踏み入れると弘法様の暖かさを実感出来るパパの大好きな弘法寺の一つになっていますがきれいに花の飾られた石仏が並んでお迎えです。

そんなに広くはありませんが境内の左右にお地蔵様が並びキレイなおべべを着させてもらい花も飾ってもらっていますがいい笑顔を我々を迎えてくれていますし、境内のイブキの木の中には可愛いコイツも昨年同様に笑顔で「いらっしゃ〜い」をしてくれています。
そしてミンナにまたまた講釈のパパですが
「みなさん よくお参りを頂きました 当山ではこのようにミナサマとのご縁に従って五円の吊るして頂いております・・・ナムナム・・・この五円(ご縁)はココに一年間下げられて翌一年は仏様の前で日々のお勤めを共に過ごしていただきます。 そしてその翌年にはミナサマからの浄財を元に境内の花たちとしてまたミナサマをお迎えするのです」
と言うパパの説明に感心をして聴いていた皆様ですが、最後にパパが「・・・だったら良いのにね〜〜」って冗談を言ったもんだからズッコケていましたが「本当だからね〜」って言ったらミンナ信じて五円(ご縁)結びに参加をされていましたデス。


龍台院さんを通じて弘法様との五円結びを楽しみお参りもさせて頂きましたが入れ違うようにお遍路装束の団体さんが大きなバスで来られました。
 
                
 「遍路道 行き交う人は みな同じ 己がこころの 置き場求めて

                         
ご縁だと 吊るす五円に 託します こころに結ぶ 思いそれぞれ」

半田の町のど真ん中を歩いて名鉄の線路を踏み切り越えをして住吉町駅の横を通り半田駅横や雁宿会館の前も通って更に南下をしますが2キロほど歩いて来たところは木村ご夫妻の毎朝のお参り寺でもある21番札所の常楽寺さんです。
ココは徳川家の流れをくむお寺だそうで大きな敷地に立派な本堂が建っていますが社務所も立派で玄関を入ると見事な龍の衝立が置いてアリマした。  昨年からお寺の大改修も行なわれていて去年は仮の弘法堂でお参りでしたが今年は修理の済んだ正統派の弘法堂にてお参りをさせて頂きます・・・屋根や梁が新しくなっていますが使えるところは昔のままの材料で建て替えたようで、上手に風格を残して修復をされたようです。


ここの名物でもありこの地域の季節を読む木にもなっている背は低いですがミゴトな枝振りの「彼岸桜」が満開の今日ですが、ポカポカ陽気にこの木の蜜を吸いに可愛いハチたちも仕事をしに来ていました。
そして記念のパチリをご所望の名古屋郊外組?や世話役組のママたちですが、そうそう 今朝遅れてきて「待っててくれて感激〜」って言っていた河西さんはママの反対側のトンボメガネの方ですヨ〜  ミンナ〜 いい笑顔でハイ・チ〜〜ズ!


本日3ヵ寺めのここでたっぷりの休憩もしたり水分補給もしたりしていましたがパパ自身も上手に撮れたかもの写真をハリコします。

そしてバカ話・・・ココのお寺の塀には五本の線が入っていましたがこの線の数で格式を表していて五本が一番上だそうです・・・そんな会話をしながら山門を出る我々でしたが見上げると「天龍山」と山号がアリマした。
パパは真面目な顔で「ココは徳川の流れをくむ由緒あるお寺で別名を「りゅうかくさん」とも言うんですヨ〜」って教えたのですが「ほおぉお〜」って感心をして頂いた後で「ハイ 五本といえばりゅうかくさんデス!」・・・「キョトン?!?」・・・「ハイ ゴホンと言えば龍角散」・・・バカな話しでしょう〜


 

大笑いをした「ゴホンと言えばりゅうかくさん」の常楽寺さんを出て懐かしの武豊の町へと南下をつづけ、途中のコンビニでお昼ゴハンの調達もして3キロほどを歩いて22番札所・大日寺さんへ到着の我々です。   ナムナムの後には歩きに余裕の出て来たママは境内の花の写真を撮ったりして楽しんでいますが、パパもカッパの堀さん用にメダカが泳ぐ水盤のカッパをパチリとしたりして楽しんだココでした。

パパママが9年間住んでいて子どもたちが幼い時期を過ごした「ふるさとのような武豊の町」ですが、JR武豊線の踏切が見えてくると懐かしい思い出がいっぱいわいて来ます。
昭和58年の春だったと思います・・・北海道育ちのパパと長崎県対馬のママが愛知県で夫婦となって自分たちの落ち着きどころが欲しいと思っていて縁が有り20才代でマイホームというものを初めて手にした武豊の町でした・・・仕事の都合で小牧に移り住むまで過ごし子どもたちが通った富貴の幼稚園や小学校ももう直ぐです。
そんな思いもアッという間の500mも歩かずに
23番札所・蓮花院さんでしたが、大日寺で一緒になったジャンボタクシーでお参りの方々とまたご一緒になり「もう歩いて来たの〜」って言われてしまいました。  さあぁ ちょっとオシャレな弘法堂で弘法さまにコンニチわ〜の後は昨年同様にココで昼食休憩となりました。

ポカポカの陽気の中を二階の日なたで食事を済ませて境内に下りていくとウオーク仲間の武豊の青木さんがこれまた例年同様にステキな服を着てお菓子を持って来てくれました。
去年は何となく普段と違う服装に照れてしまったワタクシですが今年は違います!   着ている着物の生地を見て「おおぅ コレは大島ですネ〜」って言うと「へえぇ〜大島が分かるのネー」って感心をされて、今度は中に着ているセーターを見て「コレは八丈島でしょう」「そしてこの靴は淡路かな」などといつもの軽い会話のワタクシだったのです。
更には青木さんが乗ってきた電動自転車にも試乗をさせて頂きましたがホントに軽くスイスイで驚いたパパです。
ココを出掛けにミンナにお菓子を配って頂きましたが「青木さ〜ん ごちそうさま〜」 さあぁ 歩きましょうネ〜


蓮花院さんでのお昼休憩を済ませて武雄神社の横を通って懐かしのJR武豊駅前も通って踏切から西を見ると名鉄知多武豊駅や武豊の役場も見えます。  「おおーい!たけとよく〜ん またパパママが帰ってきましたよ〜 みいちゃんも元気かナ〜〜」などとこころで大きな声でしたが24番札所・徳正寺さんへとやってまいりました。   道順は諦めていますがお寺の順番さえもいい加減なパパは「次は富貴だよな」って思っていたら路地のような道をカックンと曲がって「アレレ お寺じゃ〜ん」なのでアリマす。
山門のところに千体仏のカンバンが有りましたので本堂や小さなお堂も見たけれどドコにも無くて、ワンコと一緒に納経帳のハンコを押しているお母さんに尋ねると大事にしまっていて公開はしていないとの事でした。





ママはお手伝い係を済ませてお参りをしているミンナのほうに納経帳を抱えて戻ってきましたが
そのままドコに行くのかと思ったらキレイに咲き始めている「梅の木?の花」をパチリとし始めました。
それが面白くてママをパチリに行ったパパですがお遍路のご意見番の木村の親分がジロリとママを見ているのに
気が付いたのは帰宅後の写真整理をしている時でした。  だって石の上に乗ってコレだもんネ〜

路地のような道を突然カックンと曲がったと思った徳正寺さんでしたが先ほどの細い道に戻ってみると曲がった手前にはちゃんと指印のついたお遍路道標が有りました。  この石柱も知多の遍路路のアチコチに同じようなものが有りますが何時ごろに誰が作ってくれたものでしょうか?   遍路道の優しさを感じる「コッチ君」をパチリもしたり、味噌や醤油工場の匂いを鼻からいっぱいに吸い込んで歩く武豊の路地たちに歩が弾むパパです。

名鉄の線路と並行するように南下を進め富貴駅北の踏み切りを越えますが元の我が町の25番札所・円観寺さんへと来ました。   お遍路三年目の今回ですが何度来ても懐かしさに変わりはアリマセンし、直ぐ横の富貴小学校には娘も息子もお世話になり、しかも息子の小1・2の時の先生が蓮花院で会った青木さんチの娘さんだったのです(よくよく読まないと分からないかな?)
駅前のかわいいスーパーや酒屋さんや床屋さんや文房具屋さんや電気屋さんなどなど・・・小さな町の小さなお店たちが地域の人々の生活を支えていた我が自慢の田舎町でアリマす(富貴のミナサマ このカキコはパパの独断勝手な思い込みですのでゴメンなさいネ〜)
そんな思い出の町ですが、短い休憩時間を使ってママは息子の同級生だったお友だちの家にオミヤゲを持ってご挨拶にも行けた円観寺さんでの一服タイムでありました。


今日は土曜日でお昼を過ぎた時間で、友達同士で遊んでいた子どもたちが声を掛けてくれました・・・我が家の子どもたちも正にこのくらいの大きさのころにこの町でを過ごした富貴ですが、あの当時の子どもたちも我が家同様に立派な成人になっているんだよネ〜
住んでいた高台の我が家からも海がチラリと見えましたが「春かすみ」のころは船の霧笛がボー・ボーーって聞こえるステキな朝を迎えたことも思い出のひとつですが正に右の写真の風景そのものでアリマす。
いっぱいの思い出をこころの中で繰り返すパパですが、歩く足は快調そのままでドンドンと進み布土(ふっと)の村に進んで行きます。


名鉄河和線越しの三河湾を民家の屋根越しにチラチラと眺めながらの歩が進み木立に囲まれ一列にしかなれない細い道を行くと今年も無事に建っていた番外札所の華航寺さんに到着です。
尊敬の念をもってパパが言うボロ寺ですが屋根のトタンの侵食もやや進んだかナ?って心配をしてしまいますし、お寺の普請はもとより日々の生活もだいじょうぶ〜・・・って思っちゃうほどです。
でも昨年も思いましたが「ドコよりも誰よりも清いこころの方がお守りやお勤めをしておられるのでは」ってパパは思います。
お経をあげてウン万円・戒名を付けてウン十万円・乗ってる車は高級車〜なんてお坊さんが多い中、お遍路参りの我々を暖かく迎えて頂き「来年もつぶれないで建っててよネ〜」のワタクシが根性を入れて「まかはんにゃ〜」ってさせて頂きました。
ココは華航寺という名前でしたが海の見える高台のお寺で船乗りの無事を祈るお寺なのでしょうか??

           
 「朽ちてよと 傾いてても お大師の みこころのまま 過ごす遍路寺」

ナムナム・南無南無・・・暖かくステキだと思うだろうけど南に行っても同じだよ・・・君のこころの中に春が来なくちゃ、どこに居てもドコで過ごしても一緒だよ 東西南北 そんなものは人間の都合だけで決めたものじゃよ・・・ナムナム・南無南無・・・さあぁ こころの春を迎えようネ〜・・・
このボロ寺(しつこくてゴメンです)から、そんな教えを頂けたパパでした。・・・ナムナ

華航寺さんを出て本日のウオークの番・番外である「3時のおやつ」のお接待を楽しみに歩を進めますが、お天気も良く心地よい風の中をナビ野蟻さんが「今日は山コースにしようかネ〜」って言いましたが、線路を左に曲がって越えるはずが逆方向の山の中に入っていきます。
「みなさ〜ん おやつの前の運動ですからネー」って言われての笑顔たちですが「朝から十分に歩いて運動をしているオレたちをドコへ連れて行くんじゃ〜 おやつが遠くなっちゃうヨ〜!」って、またも一山越えてやっとこ海岸へ出たとさ。。。


「さあ見てみ ホホを押えて 食べてみよ 二個が三個と 手が止まらん」

名鉄河和口ちかくの「飴文さん」という和菓子屋さんでの一服休憩ですがお世話係りのナビ野儀さんが事前に「何時ごろに何名くらいで参りますのでヨロシクお願いしますネ〜」って電話をされているそうですが、お店に入ると直ぐにお茶や試食というには多過ぎる大砲巻きというアンコを巻いた和菓子が出てくるのです。
このお遍路のベテラン組は混雑のしないうちにとカウンターに直行でお土産のお買い物を済ませてから一服ですし、しろうと組は一服を済ませてからながーい行列をしてお土産を買うために並びます。
ハイ・パパは最初から最後までお茶をガブガブしながら和菓子のお守をしていますしママは給茶係りを担当していました。
さあぁ おやつでお腹も落ち着いて出発だヨ〜♪〜


「今度は食後の運動だね」って言われて登る地獄のような急坂ですが登りに弱いママもお世話係りのために無理をして先頭組みでヒイコラ・ヒイコラと登っています。   登ったところが番外札所の影現寺さんで呼吸が整わぬままに納経帳のお世話をしていたママたちにカメラを向けるとなさけない笑顔でコッチを見ましたがハイパチリだヨ〜ン。
対比してはイケマセンが華航寺さんとは大違いの立派なお寺さまで、自分の足でヒイヒイ言って下から上がってきたら広ーい境内の本堂前に大勢のお遍路さんが白装束でお参りをされていました。


お先に来られていた方々は岡山からバスで来られて今日明日のの2日間で知多新四国の全てのお寺を巡られるそうです。  パパたちは「自分の足で全てを歩くんですヨ〜」って言ったら驚かれていましたが、バスとはいえ2日間で全てのお寺を巡られるのも大変なことです。
お互いにエールを送ってバイバイをしましたがお寺の裏からまたまた山の中に歩を進める我々に暖かいけどチョット傾いた太陽君がもう直ぐゴールだよ〜って言ってくれています。





日暮れ時 過ごした今日を 振り返り 足すこと無しの 満足を知る

今日のウオークも最後の26番札所・弥勒寺さんへと参りましたが十分に満足色の笑顔たちが歩いた20キロでした。   パパも段々と般若心経の感?も戻ってきて朝のうちは歌詞カードから目を離すとドコを歌っているのか分からなくてオロオロ・ムニャムニャでしたが段々と板に付いてきました。
ほんとうに偶然の重なり合いでご一緒ウオークとお参りを楽しむ我々ですが、大代表の奥田さんのご挨拶も頂き、今日というもう二度と繰り返せない大切な一日を楽しくこころ穏やかに過ごさせて頂きました。
河和まで戻って電車で帰宅でしたがパパママはスタート地の近くに知多半田駅で降りて、置いていたマイカーで戻った自宅です。

ではでは ながーいこと掛かったお遍路三日目のレポートでしたが、コレでフニッシュと致しますネ〜



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