第12回 知多新四国88ヶ所巡り お遍路ウオークの一歩たち

2006年2月18日〜7月8日(日程変更) 10日間の日程  運営は愛歩世話役のみなさまです。

「第10回知多新四国お遍路ウオーク」第七日目に参加  06年5月27日(土曜) 天気 薄くもり  距離 21キロ
日課の朝のパソコン前にて・・・
レポートが滞りがちのお遍路ですが実はまだまだ書き足らないと思っているワタクシでして、オレのこの熱い胸の内の歓喜たちをどう表現してどう記録に残せるのか・・・まだまだ修行デス!・・・などとチョット夢見心地で思いにふけっていると、そんなパパを「余分なカキコばかりをしているからヨ!」って寝起きのママが後ろから突っ込みますが、ではでは7日目のお遍路を始めますネ〜(~~;)
5/27(土)は前日の天気予報ではどしゃ降りの終日って予報に覚悟とその用意をして出掛けましたが、金山総合駅では中山道ウオークのコースリーダーをされていた垂井の伊藤さんもお元気にご参加の本日でした。
朝はいつ降っても良いように重装備の我々ですが、先頭を行くナビ野儀さんも猪又御大ももちろん途中の列詰め休憩ではほとんどの人がカッパを脱いで「プァアァ〜・暑っつ〜」となってしまう今朝なのでした。


ひとの記憶というものはイイカゲンなものでパパは知多奥田の駅を出て直ぐに海岸道路に出た記憶でいましたが、実際には山手の街なかを通って暫らく歩いてから出た海岸の堤防道路でありました。
1ヵ月振りのお遍路ウオークだからなのか雨の予報にも関係なくほとんどの重要メンバーがお揃いですし、前回は本四国にお出掛けだった「この人が居なくちゃお遍路が物足りない!」って思うコーラスリーダーの木村の姐御も居られ「歩く良識派の長老」で「歩くご意見番」の木村の親分もご一緒の本日でママも嬉しそうですネ〜♪〜





歩き始めて小1時間、堤防を越えて砂浜べりを進むミンナの服装が替わっているのがお分かりでしょうか・・・
ミンナして「暑い・あつい」ってカッパや服を一・二枚減らしたあとですヨ〜


三回目の参加のパパなのに「この日のウオークの記憶が薄い」のはナゼか・・・ステキな海岸堤防を歩いていますが、本日は大潮で潮干狩りの絶好日だそうでアチコチの砂浜で朝から大勢の人が潮干狩りを楽しんでいました。
余談ですが潮干狩りは有料で、海岸に入る所々には地元の漁村の方々が居られキチンとお金を払っているかどうかの確認や、規定量以上の持ち帰りがないかどうかチェックもされていました。
そして「マンガ禁止」って注意書きの看板もいっぱい有って、パパがお聞きすると読むマンガではなくて、アサリを大量に取れる専用道具のことをマンガと言うのだそうです。
この海で日々の生活をされる方々に敬意をはらって、上手に海や海岸を楽しみたいものですネ〜
そして記憶が薄くなる原因の場所へと到着したのは、スタートしてから約7キロ・・・「ココはドコだ・ワタシはダレだ!?」・・・


まだまだ一ヵ寺も廻らずのお遍路寺なのに、辿り着いた場所は盛田酒造の「味の館」の中ですが、試飲・試飲と言いながら朝からゴキゲンで大き目で底には蛇の目模様が書かれたぐい飲みでカンパ〜イ〜・チーンなのです。
でもママも木村の親分もパパが注いで来たぐい飲みを座って味わっていますが、プロ?のパパは試飲カウンターの前でビタリと動かずフム・フムフムってナニがフムフムかよく分からないけど、シィーーンとして試飲?を繰り返しています。
そして振り向くとヒゲおじさんも尾関お姉さまも河西さんも名物のところてんをツルツルとしておられました・・・でもプロは「酒に魚など不用・・・しろうと衆はダメだネ〜」って言いながら再度試飲カウンターへ・・・ウィイィィ〜〜


お遍路ウオークなのに一ヵ寺のお参りもせぬままに朝からシッカリとご機嫌になった我々ですが、無制限で座っている訳には参らぬ遍路旅、「味の館」を出て千鳥足で・・・さあぁ コノあとはドコへ行ったんだっけナ〜???

酔い覚ましに具合のいい伊勢湾から吹いてくる潮風を受けながら北上を続けている我々に見える風の色はキラキラの虹色でアリマしたが、中山道リーダーの伊藤さんとご一緒に歩きながらママが電話でお話ししている相手は札幌のユキちゃん隊長です。
今日は3週間後に開催される「第10回北の都札幌ツーデーマーチ」の下見歩きをされている最中だそうですが伊藤さんの声も聞いて頂いたりしながら着いたところは本日一ヵ寺目の
番外札所・曹源寺さんなのでありますが一番札所と同じお名前のココを覚えて居なかったのはナゼでしょうか??
でも気合いを入れて本日初めてのナムナムコーラスをさせて頂きますデス・・・ナムナム


曹源寺さんを出て直ぐ隣りが58番札所・来応寺さんでコチラでもナムナム、ほんでもってまたまた直ぐ隣りが59番札所・玉泉寺さんでココでもナムナム・・・前年のお遍路7日目で「味の館」のことはシッカリと記憶にあったのにそのあとに続けて3つのお寺が重なるように並んでいたことは全く記憶にナイ
でもナムナムのこころにはナンの偽りも無く、自分自身に係わって先に逝った人たちのことを意識のほかで思い出しもし、瞑ったまぶたやこころの中によみがえる一人ひとりとオレ自身が見つめ合うのです。
いまだに歩きから帰ると待っているように思うゴン君も、まだ若かった父・母との北国でのひとコマも、一緒にウオークを楽しんだり会話をしあったあの方々も・・・いっぱいのナムナムたちです。


トントントンと三軒を廻ってそれから約2キロ、雨とも完全にオサラバで心地よい風に吹かれて先頭を行くナビ野儀さんや猪又御大や黄旗のヒゲおじさんたちですが、ハッキリ言わずともご存知の通りパパはドコへ行くやら、今現在のココがドコやらちっとも分かっておりません!
でも歩いているうちに弘法さまがコンニチワって言ってくれるお寺さまが出て来ますでしょうし野儀さんたちが案内してくれちゃうのです。
最後尾のママも木村の姐御と仲良し会話を楽しんでいるようですが「着いちゃったもんネ〜」って
60番札所・安楽寺さんへと参りましたデス。

安楽寺さんの境内は禅寺の庭のように砂で作られた庭園があるのですが今年の写真は失敗でアリマした(気になる方は05年のお遍路レポートを見てねぇ)でも、昨年は丸い富士山のような形が三つでしたが、今年は丸と三角と四角の三つの形の小山が作られていました。
パパはコレを見て「ねえぇミンナ〜 コレはきっとこの世の全てを表現しているんだよ〜」って言っていたのですが、何かのモノの本に「この世にカタチのある全てのものは○と△と□から出来ているのだ」って・・・いろいろ考えると正しいようなちがうような?!?・・・普段なら納経所に行って直ぐに聞くのですが、まだこの時は「味の館」を出てマナシの夢心地タイムのパパでした。


安楽寺さんのお参りを済ませ早苗の並ぶ前の水田も通り越して「オーイ・ドコまでいくんだーい〜」ってミンナしてエンジンが掛かってきたお昼前なのでありました。
エンジンが掛かった歩きのミンナとは対照的に適度な食前酒のお陰もあり「お腹空いたヨ〜」って腹減り時間となってきたワタクシで有りますが最後尾近くを歩いてまたもや約3キロ、やっと61番・高讃寺(こうさんじ)さんへと到着ですが「オレはもう、こうさんじゃ」ってまたまたつまらぬ親父ギャグでスミマセヌ・・・トホホホ・ホ〜

階段を上がって長ーい参道を通り立派な阿吽の仁王様の立つ山門を入って行くとポッカリの空間に建つ弘法さまのおウチ・・・森の中に住む弘法さまって感じですがナムナムをさせて頂き「また来るからネ〜」ってバイバイをさせて頂くのです。

               
「なに思う ナニを願って 手を合わす 気が付きゃ無にて 経を読むオレ」

さあぁ ご飯はまだかナ〜


ナビ野儀さんは「またお天気が崩れるかも」って「チョット早足で歩きました」との説明でしたが、ドコをお参りした後に昼食休憩だったのかを覚えていなかったパパもやっと「こうさんじゃ」を済ませて毎年使う公園でお昼休憩となりました。
ハイ・言わずともご承知の通り飲み食い時間はパチリのことをすっかり忘れるワタクシですがセントレア空港の見える公園で食事も済ませ、またまた午後のスタートもして
62番・洞雲寺さんへと参りましたデスよ〜ん
朝から当たり前のように納経帳のスタンプ係りをされている世話役のミナサマのうしろ姿もパチリをするパパですが、参加されるミンナ・ミンナがひとつになってお遍路のアレコレが進んでいるのです。


洞雲寺さんもこんなお寺は有ったかいな?って記憶でしたが今回で忘れないお寺となりました・・・本堂から一段高くなったところの弘法堂でお参りをする我々のナムナムをお堂の中で静かに聴いていたおばあちゃんや、ここの境内の掃除をされていた若住職ともご一緒に記念のパチリをさせて頂きましたが「願掛けお地蔵様」というものが置いてあり願い事の是非をこのお地蔵様がピタリと当ててくれるというのです。

しかも木村の姐御があとで教えてくれたのですが「○○のことは叶うでしょうか?」ってお尋ねして持ち上げ「再度○○のことがイケナイのならじっとしていて下さいネ」ってもう一度持ってみて初めて心配事や相談事の是非が分かると言うのです。
ママなどは初心者ナものだから初めっから持つ気満々で二の腕にスジを立てて一回で一気に持ち上げようとしているのがアリアリですが、流石の木村の姐御は丁寧にお地蔵様と語り合い自然体でナニ事かをご相談ですし、河西さんなどは「願い事なんて言っても、そんなにはね〜」って言いながら片手でヒョイってほどなのでした。
そして最後に登場のワタクシでありましたが・・・おーい お地蔵さま〜 かなっても叶わなくても構わないからネ〜・・・って持ち上げようとすると結構重くって座布団から浮いたか浮かぬ程度で・・・ムムムム・ム〜・・・おぬし・なかなかじゃのう〜





トイレ公園にてむさい男衆(オレって失礼でしょう)のハイチーズです。

朝は名鉄内海線の知多奥田というところをスタートしましたが常滑の市内へと歩が進みます・・・常滑は常滑焼きという赤茶色の急須などでも有名ですが、全国的に知られているトイレやお風呂や台所関連の「イナックス」という陶磁器メーカーの発祥の地でその関係からでしょうか?一服休憩中のごきげん顔が並んで座っているところは「トイレ公園」と言いステキなトイレがいっぱい並んだ場所でもありました。
その創業者や親戚縁者の立派なお屋敷の前も通って
64番・宝全寺さんですが、ココの境内のなんじゃもんじゃの木の花は終わったのかまだなのか・・・でももしかしたら笠置山のあの大木の縁者かも

宝全寺さんを出て常滑の町を歩きますが、ヒゲおじさんは納経帳を配ったり黄旗を持ったりと一人でナン役もこなしてこのお遍路に欠かせないお一人となっています。
パパも走り回ってはいるけれどいまだにドコをどう歩いているのかチンプンカンプンのまだ三年目ですが、見覚えのあるドでかいカイヅカイブキの木のある
63番・大善院さんへと到着です。

立派なカイヅカイブキがこのお寺さまの歴史を無言で語ってくれていますがそのカイヅカが見てナニを思って居るであろうかと思う大善院さんの本堂です。
このお遍路ウオークをさせて頂いた一昨年も昨年も屋根に大きなテントを張ったままで最初は改修工事の始まりなのかなって思っていましたが、どうもそうではなくて雨漏り対策としてのこの大屋根のシートのようですが今ではそれもボロッちくなってきています。
ココでもママや木村の姐御は願掛けお地蔵さまと遊んでいましたがナニを願っているんだろうネ〜





パパが勝手に思うボロ寺のこと・・・お遍路3回目に行った番外札所の華航寺さんには負けるけどこの遍路道中で間違いなく第二位のボロ寺のココ大善院さん・・・きっと誰よりもマジメに地元の檀家様のことを一番に思い「清らかな心でお寺を守っていたらこんなになっちゃった」のだと思います。

やれお彼岸だ・お布施だせ・それ葬式じゃ・戒名料じゃ・・・そして命日リストを持っては高級車で年中檀家の家々を巡っては、いっぱいの集金に走りまわるエセ坊さんのところではあり得ないこのボロ寺、お年寄りからなけ無しのお布施を頂くことにも恐縮をしてましては普請の為に寄付を求めるなぞ・・・でもキッチリと宗派上納のお布施はマジメにお努めされている・・・そんな人がここのお坊さんなのではって勝手に思っています。

パパは立派に栄える社寺がイケナイと言っているのではなく、後世に社寺を維持しながら地域の生活の中に溶け込むその責務が住職という人に課せられた義務だと思うけど、ナニ事にも節度が必要で人の心を説く人のワキマエだと思うのです。

おーい 大善院さ〜ん・・・でも もう少し頑張ってこの屋根をナンとかしてよネ〜・・・って、勝手な想像をして勝手に決め込んでるオレなのだ

さあぁ いよいよレポートもフィニッシュとなれそうですが、本日ラストの65番札所・相持院さんでナムナムをさせて頂きますしお世話係の方々はその作業のなかで般若心経を心の中で唱えておられます。
いっぱいの弘法さまのお寺を巡らせて頂く毎回ですが、今日も雨に降られることも無く穏やかな曇り空のなかを、誰よりもハシャイで楽しんで歩いているパパのガチャガチャカキコたちをご覧頂きアリガトウございました。
「明日に礼拝・夕べに合掌」という言葉がありますが、まさに今日という日に感謝をして、今から来るであろう目の前のその瞬間たちに祈りにもにた気持ちで向かい合う・・・そんな日々を過ごしたいと思っているパパです。

                      
「合わせる手 その空間に 君が居る ナゼか手の平 温かくなる」

お参りを済ませ鐘突堂へ行ってみると1回100円だそうですが、突かせて頂けるそうです。
パパはこの一瞬たちへの感謝を込めて「ゴォ〜〜ン〜ン・ウンウン・ウ〜ン〜」って突かせて頂きましたが、我らがコーラス隊長の木村の姐御に感謝もして帰路へと向った本日です。

                 
「朝・朝 日東よりい出て  夜・夜 月西に沈む これ正に銘日なり ゴォ〜〜ン〜〜」

朝のイソイソした気持ちで合えるあなた達との日々を考えるのも楽しいものですが、過ごした一日を振り返って手を振り合って子どものようにバイ・バ〜イってまたの再会約束する時間も嬉しいものです。
ではでは コレにて7日目をチョーンだヨ〜ン




  二日目につづく   目次に戻る