第12回 知多新四国88ヶ所巡り お遍路ウオークの一歩たち

2006年2月18日〜7月8日 10日間の日程  運営は愛歩世話役のみなさまです。

「第10回知多新四国お遍路ウオーク」第八日目に参加  06年6月10日(土曜) 天気 薄曇り  距離 24キロ

6/10本日は常滑駅が集合場所でしたが、朝早速に7日目のレポートの昼食前後とお遍路寺が違っていた事をヒゲおじさんが教えてくれました・・・イイカゲンなオレでスミマセヌが言われても「ああぁそうだった!」とも思い出せないワタクシなのです。
さてさて では今回は間違えないように・・・常滑駅を出て歩き始めたハリコからスタートとなりますが、セントレア空港の玄関口に変貌して立派になった駅舎コンコースを出て早速に北上のようです(自信がナイ・・・)    ココまで来るといろいろなお遍路の記憶たちがゴチャゴチャで最初に陶磁器団地へ行ったのは覚えていたのですが「ココは通った記憶あり!・・・だからこの先ゃアッチだろ!」って思っていると違うほうに曲がるし風景も予想と違うし・・・「去年と違う道を歩いているんじゃ!」ってほどですが、キチンと見知った場所へと来るのでアリマす。


常滑駅を出てしばらくはセントレアにつながる真新しい幹線道路を横断したり古い住宅地をチョコチョコと曲がったりもして、郊外では新興住宅地に更に新しい家々が建ち並び(これもセントレア空港のお陰かも)売り出しの赤い昇り旗もヒラヒラしていましたが来年来るときにはまたまた風景も変わってしまうかもなのです。
そしてとこなめ焼卸団地で一服後は早苗たちが可愛く並ぶ変わらぬ風景の田んぼの中をワイワイと語り合いながら抜けて行きますがこの全てがお遍路道中なのです。


朝スタートして6キロちょいを歩きましたが大野城というお城が建つ山の東側にある66番・中之坊寺さんが本日最初の弘法寺であります。
お参りをした帰りに「お城の西側が我が家なんだよ」って以前に教えてくれた鶴田さんはこの近辺も散歩コースだそうですが、この66番の門柱のことを教えてくれました・・・「施主 名古屋旭廓・・・」って彫ってありましたが、この門柱は「くるわ」の主が寄進したもののようです。
どんな縁(えん)が有ってココに建てたんでしょうネ〜

左は人物が小さくなりましたが前をママと行くのが鶴田ママでコッチを向いているのが鶴田パパと吉田さんデスが「山の上の大野城の向こうっ側が俺んチなんだな」って教えてくれる鶴田さんご夫妻です。     お二人はまだ結婚マナシの若かった頃にこの知多半島に製鉄所を建設するための先発隊として岩手から愛知に来られたそうですが、人生の大半を鉄と共に過ごされたそうです。   その鶴田パパがまたまた教えてくれたけど次に行った67番・三光院さんは時宗(じしゅう)と言って「一遍上人が開祖」で「ねんぶつ踊り」で全国に時宗を広められたのだそうです。
一遍さんのお名前やねんぶつ踊りという言葉は聞いたことがありますが・・・次週(じしゅう)にでも調べましょうかネ〜・・・ってオヤジギャグのオレでアリマす・・・スミマセヌ。


踊りねんぶつってナンだろうか?って思いますが、人々が大勢集まっての盆踊りや今ハヤリのヨサコイそーらん踊りのようなものでしょうか・・・刹那的な意味ではなくて「今を楽しく生きる」という事を意識して過ごすことは大切なことだと思います。
そんな事を思いながらのナムナムですが、ふと上を見上げるとニギヤカそうな提灯で更に天井にはひと枠毎に花や鳥や動物などの絵も書かれているのです・・・「人々は常に自然と言うものの中で草木や他の動物たちと共に生きているのだよ」って一遍さんが言っているようです。





お参りしながら横を見ると近隣の弘法寺の地図が貼って有りましたが、イヒヒヒ・ヒってナイショの虎の巻を見っけ!なのだヨ〜ン

大野地区にはお城も有ったり「ほんとうに古くから建っているんだね」って思うような町並みも有りますがシッカリと最初から記憶に残っている矢田川と大山川の合流点で「昔は大雨でよく氾濫をしたもんだ」って鶴田パパが教えてくれるこの風景です。
真ん中写真の屋根の上をご覧下さい・・・古いカンバンたちはよく見かけますが上に蛍光灯を付けた当時のネオン看板のようなものでハイカラだったんでしょうネ〜・・・夜遅くまでお酒を買いに来るお客さまが大勢居たのかも??
更には中山道リーダーの垂井の伊藤さんもご一緒ウオークの本日で、毎回のように左手にメモ帳を持ちウオークコースをシッカリと記録しておられる「彼の歩きの財産」なのですが「世界最古の海水浴場」ってホントかよ!・・・言ったもん勝ち・書いたもん勝ちのような大野海岸なのでありますが、歩くってことは本当に楽しいしステキな色々が見えてくるものなのです。


三光院さんの地図のお陰で自分自身でも大助かりであんな道たちを通って68番・宝蔵寺さんではおふざけパパがバチ当りなことをしてハイチーズですし、名鉄の踏切を越えて行ったところは69番・慈光寺さんなのでありました。

慈光寺さんでは外からも「立派そうな木が繁っているナ〜」って見えていましたが、境内に入って弘法さまに「コンニチわ〜」をして横を見るとつっかえ棒のされた木がありました。     横の立て札を読むと樹齢600年の椎(しい)の木だそうでこのお寺が出来た時に開祖のお坊さまと大野城の城主一色満範公がお手植えされて今現在のこの木だそうです。
600年間のお寺の歴史と共に苗木であったろう一対の椎の木が今パパたちの前に立つ・・・西暦で1400年代って考えると・・・ムム無々・無〜ってなってしまいますがお寺の歴史というものはスゴイね〜

またまた上の地図を見てネ〜・・・なのですが69番から路地のような道を通って今度は70番・地蔵寺さんへとやって参りました。   ちょっと歩いては次から次へのお寺たちですが・・・ココの弘法さま コンニチわ〜 → ナムナム → ハンコペッタン → 弘法さま〜またネ〜・・・って流れ作業のようですが地蔵寺さんの帰りがけにはミンナにお寺さまからの飴のお接待も頂けましたですヨ〜ン

遍路寺を巡って歩く我々ですが「ナニがそんなにウレシイの〜」って聞かれても答えられないかものこの歩きたち、まだ真冬だった季節から防寒具に身を包んで歩き始めた2月でした。    そしていっぱいの花たちが次から次へと季節を巡って歩く中で微笑んで咲いてくれていますが、この花は「ブラシの花だよ」って教えてもらってパチリのママの写メはなおきちさんチに届いていたんだネ〜♪〜
そして先頭を行く鶴田パパもナビ野儀さんも猪又御大もミンナ・ミンナ・ステキな笑顔たちが歩を進めるお遍路道中なのです。


楽しい歩きが続いて三光院さんの地図に載っている最後の71番札所・大智院さんへとやって参りましたがココは「めがね弘法」とも呼ばれていて、おもしろいお坊さんが毎回のようにお参りを終えた我々に法話をしてくれるのです。
パパは三回目となりますが今日はどんなお話をしてくれるかな?って耳をかたむけていましたが・・・

     ミナサン 今日は歩いて参ったそうじゃがミンナ集まってナンで歩きに来るのじゃのう
     今の時代は便利過ぎて外じゃクルマばっかりじゃし、家の中に居たってリモコンパチリでテレビを変えて
     ボタン一つでエアコンで、電話と言うとコードレス! コレで横にオマルと尿瓶を置いとけば
     いったん座り込んだら動かんで済む・・・廊下(ろうか)も歩かん!・・・コレだから老化(ろうか)が進むのじゃ!

などとパパと同程度のオヤジギャグでミンナを笑わせた軽い会話でお話しが弾むのですが・・・体を動かすことの大切さを口からツバで語ってくれたメガネ弘法のお坊さんのお話でしたが「人が動いて働くと書く!働くということは、ハタを楽にさせることじゃよ 一生懸命に動きましょうネ〜」って毎週のように元気に歩いている我々には釈迦に説法のようですがアリガタイお話しなのでアリマした。
そして遊びながら向うはドデカイ旭公園ですが、ココでお昼休憩となったのであります。




東海市の旭公園(ミンナの後ろです)でたっぷりの休憩もしてお腹も満足の午後のスタートです。

大野町に集中するように有った弘法寺たちから6キロちょいの道中の中間にある旭公園でビール君ともコンニチワの昼食を済ませて午後のスタートが始まりましたがやって来たところは72番札所・慈雲寺さんなのであります。先頭にヒゲおじさんが居ますがお寺の手前に信号が有りますのでネ〜

慈雲寺さんはパパたちがお遍路に参加した二年前からずーっと工事中で正門から入ることも出来ず、弘法堂もお寺の右端のベニア作りの小屋のような仮設場所でしたが、今年は工事も終えたようで立派になった本堂境内に足を踏み入れることも出来ましたし正統派の弘法堂とも対面することが出来ました。
大勢の地元の方々の浄財が使われた「この立派」がまた数百年単位で後世の人々たちへと受け継がれて行く・・・スゴイね〜
お参りをしながらアチコチをウオッチのパパですがココにも分かりやすいお遍路地図が掲げられていました。
フムフム 今我々が居るのが下のほうにあるココ慈雲寺さんで、この先がまたまたお遍路団地でアッチへ行ってソッチを曲がってホンでもって9回目のお遍路寺たちまでもが・・・ヘエェエ〜 こんな風なんダ〜・・・ってまたまたトラの巻きを発見に喜びのオレですが、実際に歩いている道中は裏路地ばかりでこんなに簡単じゃないんだよネ〜




「ウシシシ・シ ココにも有るわい 虎の巻 これでアタシも ナビパパなのだ!」

お参りを済ませてすぐお隣の「おかき茶屋」というお菓子屋さんで恒例の「いっぱいの試食も買い物も」してまだまだ続く我らが一歩たちなのです。
そしてお菓子茶屋を出て「イザ行かん!」は醤油コンガリのような甘辛い香りのあられ菓子工場の横を通ってドッチに行くんだろう??デス。
簡単に書いているお寺の地図とは全く違う裏道を通るもんだからなお更にコンガラがりますがニコニコと先導をするこの二人が「わざとでは」って思うようなヘンテコ道たちを案内してくれいる先には思っていたのとはチョイと違う風景デス。

ハイ!ママがいっぱいになった納経帳をヒゲおじさんに託していますが、お遍路コース7不思議のひとつで(ほかの六つは〜って聞かないでネ〜)「檀家はドコじゃ」って思うような僻地の山に囲まれた田んぼのヘリに五軒も並んだお遍路寺たちの始まりなのですが、一番最初は77番札所の浄連寺さんからなのデス。
ココでは皆さんから500円を預かり世話役の皆さまがずーっと納経帳を抱えたまま五ヵ寺を巡り最後を済ませて皆さまにご返却と相成ります。

浄連寺さんとピッタリと隣同士の73番・正法院さんの山門をくぐってお参りをして振り向くようにその境内から階段を登ると、その上が75番札所・誕生堂さんってお名前だったけどいったい誰が誕生の建物だったんだろうか??

階段の上にあった狭い場所の75番とナマイキ?に番号も付いている誕生堂さんでナムナムをして、そこを右に降りて昨年はステキな老夫婦がお茶のお接待もしてくれた74番・密厳寺さんでしたが、今年はおばさんがお一人で納経帳の対応をされていました。
その老夫婦のことをお聞きするとココは檀家のみなさまが交代で納経所のお世話をされているそうで「おじいちゃんおばあちゃんはもうお年なので選手交代だけどお元気でおられますよ」だそうです。   そしてトン・トン・トンとお遍路団地最後の5ヵ寺目の
76番・如意寺さんへ参りましたデスよ〜ん

梅雨時期のこの季節ですが空からの天然シャワーたちは「木々」や「草花」や「農作物」や、そして我々が使う「夏場の水たち」の大元となる恵みの雨たちなのです・・・そんな風に思うと雨の日の歩きだってちっとも苦になりませんが、雨降り確率が異常に低いここ三年のお遍路ウオークの八日目もゴールが近づいて参りました。
数百メートルほどの面積の中に五軒も固まってお遍路寺になっているところもあれば、色々な立派なお寺の横を何軒も通り過ぎていっぱい歩いてやっとこさ辿り着くほど離れたお遍路寺たちも有る・・・今から200年も前の頃だそうですが、どうやって誰がこの「知多新四国お遍路・八十八ヵ寺や番外寺」を決めたんでしょうか?
五ヵ寺目の如意寺さんのお参りも済ませて例年のように門前の広場で一服となりましたがこれまた例年の如くの場所に腰を下ろすミナサマなのです・・・そして本日最後のおやつパーティも始まりましたヨ〜ン





五軒目にお参りをした76番・如意寺さんの山門前から東を見て撮ったものですが
左の民家の後ろの大屋根が二軒目の73番・正法院さんで山腹に屋根の見えているのが三軒目の75番・誕生堂さん
右端にお堂と大屋根の本堂が写っているのが四軒目だった74番・密厳寺さんなのです。
左端の正法院さんの影になって見えませんがその後ろ左隣に最初に寄った一軒目の77番・浄連寺さんなんですヨ〜
フゥ〜〜って自分自身でも再確認をしているワタクシです!


何度もしつこく繰り返す「お遍路団地の全容をミナサマに」って思って撮ったパチリが近過ぎてうまく撮れませんでしたが、自分記憶の為にも上に丁寧にカキコしてみました。
一服のおやつパーティも終えて本日最後のお寺へと向いますが真後ろの木陰が五軒目にお参りをした76番・如意寺さんで、右のパチリがぁー・・・アアァア〜・・・ここでも最初の一軒目が写真から外れているぅ〜
でもヒゲおじさんのほうが大事なパパだったのです・・・この時ヒゲおじさんが、あまりにカメラを左に向けるので「オレを外したな!」って仰られましたが覚えておられますか〜・・・バッチリとフレームインですヨ〜ン

お遍路団地を出て古見の町なかを通って本日最後の78番・福生寺さんへとやって参りましたが、タローママの早苗さんや井戸田さんとの門柱前のパチリです・・・どうも汚れた手でカメラのレンズを触ったようでさっきからパチリの写真たちの一部が勝手にピンボケとなってしまいましたがガマンしてネ〜
焼けん大黒様」という真っ黒ケの大黒様が境内に座っていることをよく覚えているココですが「防火」のお寺さまでもあるようです。

アッチでナムナム・コッチでナムナム・ほんでもってまたまたココでナムナムって13ヵ寺を巡って歩いた本日でしたが、無事に全員が元気に完歩が出来ました。
普通のウオークで23キロはナカナカですが、お参りがウオークにリズムを与えてくれて全く疲れないし、一ヵ寺毎がそれぞれに趣きも有って行く先々の弘法さまが我々に素敵なコンニチワをしてくれるのです。
そんなお遍路の最後にはうしろ姿ですが奥田総大将からのご挨拶も有り「次回また お会いしましょうネ〜」なのです。
帰りは名鉄・常滑線の古見駅からでしたが、駅への帰路の途中では札幌のユキちゃんや函館のえっちゃんが「今日は東京日帰りよ・いま月島でもんじゃ焼きなの〜」って電話も有り垂井の伊藤さんの声も聞いて頂きましたが楽しい一日の終了なのです。
ではでは コレにて八日目を チョ〜〜ン!(最後は写真がピンボケで失礼さまでした・・・これからは時々カメラのレンズをキュキュッとしますネ〜)




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