第12回 知多新四国88ヶ所巡り お遍路ウオークの一歩たち

2006年2月18日〜7月8日 10日間の日程  運営は愛歩世話役のみなさまです。

「第10回知多新四国お遍路ウオーク」結願日に参加  06年7月8日(土曜) 天気 晴れ  距離 21キロ

日々のウオークに忙しくして肝心カナメの結願日レポートをほったらかしにした昨年の二の舞にならぬようにと連日連夜じゃなくて連朝のパパですが、お遍路最終日をキッチリと着手して仕上げたいと思います。
7/8(土) 当初の予定では2〜6月の第二・四土曜を使い五ヶ月間で満願の予定でしたが、途中で他の行事との調整行為が入った為に本日が今年の十回目で最終日となったのです。
お天気はというとご覧の通りで初夏を思わせるような朝を迎えていますが、ここ三年間のお遍路では雨降りと認識した日は一日だけで今年もパラツクことは有りましたが雨無しお遍路が確定した本日です。
朝からママは撮りにも撮ったお遍路の写真たちをミナサマにお配りをしていましたが、さあぁ笑顔の奥田総大将からの朝のひと言でアリマして
「みなさまのお陰で今日も良いお天気で今年の結願を迎えることが出来ます・・・」って満面笑みのご挨拶です!


今年の参加者で10日間休まずに参加をされた方々にご褒美ということでお祝いのプレゼントが贈られましたが、パパママはもちろん「宴」という字のステキな書を書いて頂いた鶴田パパもですし「パパママ二人でその呼び方はイイけども、マゴさんにはジイジィ・バアバァって呼ばせてあげなさいね」ってコンコンと言ってくれた尾関さんも、他にも大勢が休みナシの参加の方々が五本指の靴下をいただいたのでした。

「今日も猪又さんのペースで行きましょうかネ〜」って言うナビ野儀さんですが、このお二人の先導で足の向くまま気の向くままの珍道中の始まり・はじまり〜って共和の町を北上ですが住宅地をチョイと抜けると直ぐに収穫真っ盛りの春玉ネギ畑の中を歩いて行きます。
ほらね〜 桑名のパパのお姉さまも居ますし「パッパァ〜 写真は朝のうちにしてよネ〜」って言う岩田さんも居られ、我等がコーラスリーダーの木村の姐御も朝から日傘デス。





ドチラかというと黄旗持ってのパパですので、先頭集団が多いのですが

本日・最終日のお参りは2ヵ寺を残すのみで、その後は結願報告の八事興正寺さんまでですが距離はシッカリとありますし朝のこの清々しい空気も歩き出すと体が暖まるなどとは言ってられないほどのムシムシ感が出て来ます。
先頭が行きアンカーの奥田さんの赤旗までもが入ってのこのパチリ・・・イイでしょう〜♪〜
集合場所の共和駅を出て約2キロ半ほどですが、黄旗安全班にお似合いの黄色いポロシャツのタローおじさんとヒゲおじさんが「パパは先に行って次をネ〜」だったけど「ハイ・ハイ・OK〜」って次はドコやら・・・のオレでアリマす!


お寺の位置関係から廻る順序が前後していますが先に最終番号の88番・円通寺さんへと到着をしてお参りとなり、裏手の藪のようなところからお邪魔させて頂きました。
ココは前にも紹介していますが
「しも弘法」とも呼ばれていて「お通じのお寺さま」として下半身関係をご担当だとのことです・・・お寺の名前が「えんつうじ」だからお通じ(快便)というのも安直な感じがしますが、大昔からそのような語呂を遊びながらもお寺に特徴を持たせたウイットのある住職が居られて、真剣に悩んで困った方々がそのゴリヤクを求めてお参りをされる方も多かったのだと思います。
さあぁ 我々もこれからも「しっかり快食・いっぱい快便」「たっぷりと水分補給でタンク空っぽの放尿」が出来ますようにとお参りをさせて頂きますデス。
そうそう あるお医者さんが便器に並んで立った時に言ってましたが「気持ち良く放尿出来ることが当たり前って思っているうちはシアワセですからね〜」って、そして「人は飲み食いすることには真剣だけど、出すことに無頓着だ・・・その原因は水洗便所に有り!なんだナ」ってもおっしゃっておられましたデス・・・ミナサマもご参考にネ〜


円通寺さんは最後の番号のお寺ということもあるのでしょうが、お遍路を済まされた方々が奉納された金剛杖(パパはお遍路をするようになって知った杖の名前です)たちがいっぱい弘法堂の中に立て掛けてありました。

              この一本一本の杖の持ち主はどんな方だったんでしょうか?
              我々同様に歩き遍路をされたのか
              はたまたジャンボタクシーでお仲間と巡られたのか
              ご夫婦だったのかご家族がご一緒だったのか
              それともお一人だったのか・・・イヤイヤ「同行二人」で弘法さまとご一緒で決っして一人では無いでしょう

そして今もシッカリ食べて日々健康なウンコをされて、ご健在でお過ごしでしょうか?   弘法さまにも杖という形で出会った見知らぬ方々にも、そんなことも思ってナムナムをさせて頂くパパなのです。
さあぁ お参りを済ませて正門側から出発ですがその前にも同行のあなた方とパチパチ(88)記念のパチリをするワタクシでアリマすヨ〜ン

円通寺さんを出てまだまだ歩くこんな道たちでマトモな道はケッシテ歩かない我らがナビ野儀さんであります。
今までワタクシも3回歩いたことになるこのお遍路道中ですが、こんな風景がいっぱい有り過ぎてアッチもコッチもがゴチャゴチャとなることが原因で覚えきれないのかもしれません。
でもこんな道たちを抜けると「おおぅココは通ったな!」って風景となりその前に曲がった記憶がサァーっと消えるのです。
オレも来年は春日井の宴会部長・森さんが中山道でやっている赤マークのアレをやってみようかナー


クネクネを繰り返してよく覚えている団地の中の木陰の下の広い歩道を歩いていたら前に歩道橋が有ったのでダッシュのパパは上から「おーい パチリだヨ〜ン」ってカメラをミンナに向けましたが、午前10時まだ暑い暑いと言いながらも耐えられる時間です。
我がママも時々そうですが顔の汗を拭いているうちに帽子がどんどんと上にズレてきても気が付かない・・・河西さ〜ん オデコが丸見えですヨ〜
アンカー組もパチリをして振り向くと・・・ナンだカンだと言いながらも足取りは変わらずイイ歩調で目指すは最後のお遍路寺であります。


この団地を抜けてどっかを右に曲がると名鉄電車の走る高架下のトンネルが有りそれを抜けると雪国ではなく、くぐって車道を渡ると最後の最後となる長寿寺さんがご覧の通りです。
これで今年の最後だと思うと「全てを記録に残したい!」って思いですが、本日の納経帳のお世話係りのミナサマにも並んで頂きハイチーズです。
皆さま、この楽しい仕事をさせて頂ける立場になれて良かったですネ〜


87番・長寿寺さんがコース都合で一番最後となりましたが、お目出度いお寺の名前のところが最後でイイ感じだナーって思っているワタクシです。
100くらいのお寺を巡り歌った般若心経くんも片目をつぶって歌えるようになりましたが、いまだによそ見をしているとモニョモニョで慌てて歌詞カードを目で追うワタクシだけど「誰かが言ってくれました・・・正しくはそらんじられても歌詞カードを開いて読むんだよ」・・・でも見ないでも歌えるようになりたいものです。
お参りの後は恒例の大休止となりましたが、線香の先の金子さんご夫妻も10回連続のご参加で五本指の靴下のご褒美でしたし、ママがカメラを持って休憩中のアチコチをパチリとしてきました。
どのお顔もステキな満足の笑顔ですが「心から笑顔で笑っていられる一瞬たちが有る!」ほんとうに大切なことです。


本当の最後のお遍路寺となった長寿寺さんの境内ですが、大休憩中にママがカメラを持ってパチリパチリとしてくれています・・・どうですかこの笑顔としたたる汗たち・・・暑い中を歩いてダアダアと汗を吹き出してたっぷりのお茶を飲み、お菓子や果物缶詰の冷たく冷やしたヤツなどもいっぱい食べて糖分も塩分もいっぱい補給の我々です。




「遍路寺 コレで終わりだ 満願だ 後はどこにも 行くところナシ!」

大臼歯じゃなくて大休止を終え「イザ出陣じゃ〜!各々準備にぬかりはあるまいナ〜」って感じの再スタートですが、思えば奥田さんに借りた黄旗を忘れて山を越えで取りに戻ったこともあったパパですので「チェック・チェック」と自分自身の確認にも抜かりはアリマセヌ!
そして今から暑い中を15キロほど歩いて目指すは八事興正寺さんなのです・・・暑い時こそ元気を出して飛び回りミンナに「よくそんなに動けるわネ〜」って感心もされますが、疲れたときに疲れを自分自身が表現をするとそれが体の中に倍増してしまうものです。
歩道橋があれば走って駆け上がり「オーイ・チーズだヨ〜ン」だし、しんどそうな河西さんを見ると前に行って「ファイト〜」ってカメラを向けると背筋がスクッと伸びてくれます。


お互いに歩いているとこころが通じ合い気持ちも重なって「こんな楽しい状況をお互いに一緒に共有し合えている今」ってものを強く感じますが、季節の移ろう2月からこの7月までずーっと我々の先頭を歩かれている猪俣さんと野儀さんには感謝以外のナニもありません。
途中の公園ではお昼休憩もしましたがママが朝写真のプレゼントをしたお返しなのかビールの差し入れも頂き自分で買った分も有り「頑張って呑まなきゃ!」って思ったらママドクターからストップが掛かってリュックに入れてまたまた「イザ・スタートじゃ〜」
さあぁ ドコをどう歩くのか??先頭のお二人のご案内にダマサレながらついて行きましょうかネ〜


暑い暑いお昼過ぎは天白川の堤防を歩いたりパパが名古屋郊外組って呼んでいるみなさまのお住まいの町などを通っていますが、今までだったら歩いてはお遍路寺でのナムナムってのがちょうど良い一服時間になれたのに、もう全てを廻った我々には寄るお寺がドコにもアリマセン。

でもナビ野儀さんが上手に大きな公園の一角を休憩場所として用意をしてくれていてココも記憶にある午後の一服公園で「名前は忘れました!」って言いますが、我がデジカメ君が上手に覚えていてくれ弥富公園というそうですでも弥富金魚の芝やんのところとは全く違うところです。
お昼に飲んだビールも含めシッカリととったはずの水分が全部体から抜けてしまったので、腰を下ろしてまたまたたっぷりと補給もさせていた午後1時過ぎなのです。
ワハハハ・ハってステキな笑顔の男たちですが「あんたはまだ若い!」とか「エェエ〜・そんな歳には見えません」って大笑いですが、この方々の中に居るとワタクシなどは「ケツの青いヒヨッ子だ」だそうです。


町に入ったはずなのに上手に住宅地の間をぬって信号の無い道を歩いていましたが、交通整理が忙しくなったパパたち黄旗安全班の的確な指示により(ってのは自我自賛だけです)上手にミンナが歩いていますが、こんなところを歩きこんなところを通ったよって思い出ハリコたちです。
ウオーキング日記にはハリコ枚数に制限が有りますのでココだけのハリコとなってしまう思い出たちを自分自身のこころの中に留め置く為にも辛そうな顔も嬉しそうな顔もハリコしますネ〜


足掛け6ヶ月・10日間を要して過ごした思い出のの詰まった納経長の赤いハンコたちをきちんと数えていませんが、番外を加えると100くらいのお遍路寺を巡り歩いたと思います。  そしてここまで来たらもうゴールって目印の赤くて大きな動くカニのカンバンのお店の信号を超えて結願報告の八事興正寺さんのドデカイ門柱を見て山門をくぐらせて頂きます。

二百数十キロを歩き通して用の済んだ赤旗をクルクルと丸めたこのお遍路の総大将の奥田さんも山門を入られて本日の全員が完歩です。
長い参道をゴールへと気負いこんだミンナやママたちが先頭のほうにと広がっていますが、自分自身の達成感や満足感がこんな歩きになるのかもしれません。
でも参道中門をくぐる時はやっぱりこのお二人が一番にお通りです・・・ええぇ〜 それをお前が撮ってるってことはお前が一番だったんだろう!って
川口探検隊みたいなツッコミはやめてよネ


ゴール時間がちょうど午後2時、田んぼや野っ原を風に吹かれて歩いていたのとは違い名古屋の街なかを真上から熱い太陽にに焼かれた炎天ウオークでしたが、気合いと水分を入れなおして興正寺さん本堂を前に木村の姐御の先導コーラスに従って無事に完歩のお礼の般若心経を歌わせて頂きました。
ただ歩いてくるだけならばタカが200キロチョイなのですが、手を合わせる胸の中はこの10回の凝縮がいっぱいで、思い出たちを振りかえってはジュワぁ〜〜って「ミンナして歩き切ったね・弘法さま〜 そしてみなさま ありがとう」ってなってきます。
そして最後の最後に各自が納経所に行って、いちばん最後のページにナンか分からない字だけど満願証明の筆書きを頂きご朱印帳への最後のハンコペッタンも頂いて今年のスタンプ帳ももれなくチョンなのです。
さあぁ 満足顔の一部ですが、お世話係りの秦さんも今日歩いて来たところの近くがお住まいだという名古屋てんぷくチームやタローママの早苗さんとのハイチーズです・・・後ろではまだミンナがご朱印をもらっていますでしょう〜


本堂でのお参り後の各自がご朱印を頂く間が良い休憩時間になりましたが大きな境内を奥へと進んでいくとパパ自身も良く覚えている「大日堂」というところでも結願報告です。
階段を登ったところのお堂の周りには十二支の守り本尊さまも並んでいて後ろをグルリと一周もして「あっワタシのだわ」とか「我が子の」とか言って干支の仏さまにお参りですが「エエェエ〜いっしょなの〜」って言ってお互いの年回りを確認をしあう方もおられました。




お参りを終えての恒例の記念のパチリですが、ミンナの満足顔をジックリと見てみて下さいネ〜

そして本当に最後の最後に「奥の院」さんでのお参りを最後に今年の般若心経のフニッシュです。
信心というもののカケラも無いパパですので、来年まで歌うことは無いのかもしれないしそれでまたスッカリと忘れてしまうかものこの歌ですがこころの片隅にシッカリと残しておきたいものです。
帰り際にはビールやお茶でミンナで喉を潤し奥田総大将からのご挨拶もあって今年の「第12回 知多新四国お遍路ウオーク」を無事に満了することが出来ました。
ではでは 来年まで弘法さま〜 待っててネ〜♪〜  オシマイ 




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