YKさんのご案内でプライベートウオークin「塩屋から明石まで」の一歩たち 06年8月13日(日曜) 天気 晴れ 距離 ?キロ
コース = JR三ノ宮到着・塩屋駅スタート  〜 恋人岬 〜 明石海峡大橋 〜 明石駅(明石焼きの昼食) 〜 三ノ宮・東遊園地 〜 ポートアイランド 〜 三ノ宮駅ゴール

8/13(日)から何日前のことだっけ??
「青春切符で関西方面に歩きに行こう!」って思ってその情報を得る為にYKさんとコンタクトをしていたパパママですが、お盆休みで関西でも「その日は例会などの行事が無いけどワタシが案内しましょうか!」って言って頂き「ではおねがーい」ってルンルンで朝一番の電車に乗って四時間ほどの乗り継ぎで来たやって来た一年半振りの神戸です。
三ノ宮の駅を降りてYKさんとも合流をしてご一緒に遅めの朝食もして「パパママの知らない神戸を案内しましょう」って仰って頂き、再度電車に乗って「塩屋」という駅で下車しましたが今からドチラへ行くのでしょうか??
駅を降りると潮風の香りと共にボンボンさんが「大好きだ!」っていう向日葵の花がいっぱいでしたが、ヒマワリロードだそうでボンボンさんがいっぱいの笑顔でパパママを迎えてくれているような感じがしたワタクシです。


そうそう 今朝三ノ宮の駅に到着をしてご指定の中央口を出たんだけどYKさんが居ない・・・ホームの上まで迎えに来て頂いていたのに気が付かなくてスレチガイでしたが、だっていつもの赤じゃないんだもんネ〜
YKさんのご説明では神戸には四つの漁港があるそうですがその一つがここ塩屋港で、子どものころにはこの辺まで自転車で「アナゴやベラなどを釣りによく来たんだよ」って言い、以前は下のヒマワリ写真のガードのところが防波堤になっていてその先は直ぐ海だったんだけど今は埋め立てられてステキな公園も整備されているこの道たちだそうです。
どこかでも聞いたような名前の「恋人岬」ってネーミングのところで記念のパチリですが「おーい 岬でもナンでもないマッタイラの海岸線じゃんかよ〜」って、二人が照れて並んでをパチリなのです。


平磯緑地というところを歩きながら「寶ノ海(たからのうみ)神社」や「海(うみ)神社」など、ココが漁師の町であることを裏付けるような地元の守り神を祭る神社もありましたが、今度は垂水漁港も通って海岸沿いを歩が進みます。
埋め立ての地には大きなアウトレットモールや広い住宅展示場なども連なって有りましたが、子どもが空高くゴムひもで舞う遊具なども一角に有り賑わいのひとつとなっていました。
そしてその中に有った「さかなの学校」という水族館のようなところで最初の一服休憩をした我々ですが、この瀬戸内の海はとんでもない大きな魚も釣れるようで両手でも抱えられないようなデカイ魚を釣った写真たちなども展示されていたり、水槽には海の魚たちも展示されていました。


暑いながらも海風が涼をくれる海岸のステキなロケーションの中を歩いていましたらYKさんが「ほらあれが海峡大橋だよ」って教えてくれるドデカイ橋が視界に入るようになりました。
大きな橋が見える海岸には人工砂浜だという海水浴場の横も通りましたが、水着の女の子が目の前を通ったり真っ黒に陽に焼けたオトコどもがムサイ格好で甲羅干しをしていたり、子供たちが浮き袋を腰にはめたまま駆けている砂浜など・・・久々に見る真夏の海の風景でしたデス。





プロジェクトXの「昴の歌」が聞こえて来そうですが・・・「我が国の 技術の粋の 集大成 海を渡って 結ぶ架け橋」なのデス!

初めて間近で見る明石海峡大橋ですが、世界で一番長い吊り橋だそうですし柱と柱の間も2キロほどの間隔があるそうです。
そして説明書きに驚いたけど、工事の最中に発生をした阪神淡路大震災で当初設計をして建てていた橋の橋脚の位置がズレてしまい、悩んだ工事関係者はそれを修正するために止むを得ず中央支間長と呼ぶ橋の上の長さを設計変更したそうですが、設計段階での1,990mから1メートルもずれてしまったとの事だそうです。

パパは神戸というところを歩くたびに震災の爪跡というものを意識していますが、橋の向こうに見える淡路島でも大きな断層が出来るほどの被災だったし、この橋脚の位置さえも大きく変わってしまうほどの大地の歪(ひずみ)に、その時の海はどんな顔をしていたんだろうかって思います。
でも今は静かに潮流さえも感じさせないほどの穏やかな海ですし、橋の下は別天地かと思うほど涼やかで爽やかな風が吹き抜けていました。


既に後ろに遠くなるこの橋の橋脚たちを建てるために瀬戸内の海底奥深くへと掘削工事がなされていた事が「阪神淡路大震災」の引き金になったんだとの、まことしやかなウワサまで流れたというほどの大工事だった橋の下を通って明石の町へ向っていますが夏の空が夏をしています。
この垂水(たるみ)の風景を見て思うのは野坂昭如さん作の「火垂るの墓」のことですが、YKさんに聞くとその映画の中に出て来た公会堂が今も現存でこの町の近辺にあるそうです。

       わずか60年ちょい前のあの戦争が多くの人を苦しめ、悲し過ぎる悲劇の惨状が繰り広げられていたのに
            人々はあまりにも無頓着になり、つまらぬことにこだわって日々を過ごしている
                  あの兄妹が過ごしたのはこの浜辺の洞穴だったんだろうか・・・
                         ホタルを「火垂る」と書き、この地が「垂水」であることも重なって
                                      暑い夏に命を消した節子を思って歩いたオレです。


パパもママもココが日本の標準時を示す北緯135度の地だということは小学校のときから知っていましたが、YKさんから「ほらアレが天文台だよ」って教えて頂いたのと同じ絵柄のマンホールのフタの上を歩く頃には明石の町へと入って行きました。
明石の町に入り海岸通りから右に曲がると直ぐに駅前に出ますが、途中で通ってきたところも海岸が目の前で国道2号線が通りJRや山陽電鉄が走り直ぐ奥は山が控えているような狭いところに交通の要所が重なっていました。
歩きながらYKさんが「ふたりは並んでも美味しい所で食べるタイプ?」って聞かれましたが、パパはその逆で「並んでまで」って思うほうでママと食事に行っても待ちサインをするようなところは遠慮をするほうです。


でも何気なく歩いていたらもう午後1時半・・・アッサリ味で明石焼きのNO1かもという「きむらや」をパスして、ここも行列の「たこ磯」もパスをして、お店の名前は忘れたけど「ここの店主は講釈師でネ〜」って「怒られながら食べるのはどおぅ」ってのもパスでしたが、どれも興味津々の「玉子焼き」と地元の人が言う「明石焼き」のお店を吟味して選んで連れて行ってくれたYKさんがご案内のお店です・・・どんな味が待っているのでしょうか??

明石焼き(玉子焼き)の感想ですが全く知識もなく「たこ焼き」と同じようなものを想像してしていたらナンて言ったらいいんでしょうか・・・柔らかめの溶き卵でタコを包んだものなのですが単に卵の溶き汁ではなくてそれをおわんの汁に付けて食べるのですがこの汁も味が有るのか無いのか微妙なだし汁なのです。

最初に驚いたのはお店の外からも見える場所でガスコンロの前で女性が二人必死になって玉子焼きというものを焼いていたのですが、たこ焼き鉄板の上に油を引いて(この油の量も店によって違うらしい)茶碗蒸しのだし汁のような卵汁をザァーって広げてタコのブツ切りをチョイチョイと乗せて行く・・・そしてその間無しってくらいの微妙な感覚で、それぞれの穴との仕切りを付けるように箸で縦へ横へと卵汁に境界線を入れてクルクルと引っくり返しはじめるのですが、縦横に箸を走らせているときのだし汁が女性たちの手に掛かっているのです。
焼いているそばに居ても熱いし、食べてもハフハフなのにその明石焼きを焼く女性の根性に恐れ入ったオレでありました。

食べて終わって口の中にジワジワとその味たちが広がって、最初はタマゴ味ばかりであまり味が無い食べ物だと思ったのに食後に不思議な味覚が口やお腹の中にもいっぱいとなっていくんです。
この明石焼きにはアッサリ味と脂っこい味があるそうでYKさんは「やや脂っこいほうかな」って言ってましたが、食べた時はアッサリで後でジュワッって味覚が広がる不思議な昼食なのでした。
さあぁ 明石駅に行きましょうかネ〜♪〜 ゲップ〜・ウイィイ〜・ウ・ウーン 玉子焼きを食べたヨーン


一旦は明石駅で服の着替えもして明石城址公園へと歩を進めますが、ここには明石球場っていうのが有って今真っ最中の高校硬式野球の終わった後に大会が開催される「全国高校軟式野球球技大会」のメイン会場だそうで今年で51回目を迎えるそうです。
その高校生たちも喜びそうな、山盛りのカキ氷(350円)を食べたママとYKさんでしたがパパはビールを飲んでいたら札幌のユキちゃんから携帯に電話が有りました。
是非ともいつかはユキちゃんともご一緒したいってほどの「歩きたくなる道500選」の一つでしたが、さあぁ 体を休めた帰りにはロボット仕掛けのカラクリの黒田節を聞きながら、ご機嫌パパも「さーぁあぁけーは〜のめー飲め〜♪〜」って歌っちゃいましたデスヨ〜ン


午後3時過ぎに一旦は明石駅から三ノ宮へと戻りましたが、YKさんが神戸市役所となりの東遊園地という公園に連れて行ってくれました。
パパは三回目のご対面ですが、今もあの一瞬のままに時を止めてしまったこのモニュメントや、あの時の誰もが見たくないし思い出したくも無い炎を燃やし続けて人々の記憶に残る事を使命にしているこの火も見ました。

                       震災が奪ったもの 命 仕事 団欒 町並み 思い出

                       ・・・たった一秒先が予知出来ない人間の限界・・・

                       震災が残してくれたもの
                       やさしさ 思いやり 絆 仲間

                       この灯りは奪われた全ての命と
                       生き残った私たちの思いを むすびつなぐ


こんな言葉たちでは表せないような生身の人たちの悲鳴が聞こえてきそうな「鎮魂の地下」へも案内をして頂きましたが、人と人の縁(えにし)は不思議なもので、たどってたどって行くとやっぱりあなた方とも縁がある自身なのです。
命を大切にして今を大切に生きなさいよ!って、ひとつひとつの名札が語ってくれていますし、YKさんのお知り合いの方もあの日に眠ったことを記録しているココは公園の地の下なのでした。


笑っちゃうような国道だそうですが、日本で一番短い国道が神戸の町に有って向こうの信号からコッチの信号までで終わりの国道って誰が決めて作ったんでしょうか??
下のカンバンが邪魔だナ〜って思っていたらYKさんが前に立って上手に隠してくれましたが、今からポートアイランドへの橋を越えてみたいと思います。
一週間前には花火大会も有ったというホテルオークラやポートタワーやモザイクなども見えましたが、鮮烈過ぎたアチコチから燃える火の手や煙が立ち昇った11年前の神戸が重なります。
でも今は西日がキツイけど嬉しく歩ける神戸がココにあるのです。


ポートアイランドは関西のウオーク協会の例会などでも何度も利用されているそうですが、普段に海を頻繁に目にすることの少ない人たちにとってはモッテコイのロケーションです。
そして神戸の町や山も直ぐ間近に目に入り移築されたという異人館のある北公園を散策してポートライナーという電車で三ノ宮まで戻りましたが、楽しかった一日を名残惜しいYKさんと駅構内の喫茶ルームでケーキセット(YKさんとママでワタクシはまたもビールです)で過ごしてお別れをしたパパママです。

    YKさ〜ん ほんとうにお世話になり楽しく過ごさせて頂いた一日でしたし、心に残った一日でした。
                                            ではでは コーベくーん また遊んでネ〜  バイバ〜イ〜




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