碧海幡豆W協9月例会「薩垂峠を越えて由比宿へ」ウオークに参加  06年9月3日(日曜) 天気 晴れ  距離 11キロ
コース = JR東海道線・興津駅スタート  〜 薩垂峠(昼食) 〜 由比宿   東海道・広重美術館 〜 JR東海道線・由比駅ゴール

9/3(日)は碧海・幡豆ウ協が主催の青春18キップを活用した静岡県へとお出掛けとなりました。
パパママももちろんJRですが、前日のウオークで大勢の方が「明日は私も薩垂峠(さったの正式な漢字がパソコン上にナイので残念ですがこの字を代用表記とします)に行きますヨ!」って言うもんだから、ひと列車早めにゆったりと座ったまんまで浜松で乗り換えて集合場所となるパパママ訪問が初めての町JR東海道線・興津駅(おきつ)にほぼ10時に下車をしたのでした。

そして前日に耳にしていましたが今日のコースリーダーを予定されていた鈴木さんが突然のように8/29(火)に亡くなられたとの事で、開会式では故人を思い全員で黙祷をさせて頂き、今までのウオークでのご功労に感謝をし哀悼の意を捧げさせて頂きました。
ニギヤカ好きだった故人に代わって急遽一昨日に下見に来たという小森会長からも「代打ながら大勢の参加者の皆さまと故人を思い楽しく歩きたいと思います」って言葉でしたが、敦子さんご指導のストレッチもして、さあぁ 薩垂峠だヨ〜ン


知らない町で下車すると商店街や民家などで分かりませんでしたが、駅前を数百メートルも歩かぬうちに旧東海道を左に折れて歩いていると潮の香りがしてきて、直ぐそこには駿河の海が広がっていました。
町並みを抜けて国道1号線や直ぐに深くなりそうな太平洋の波打ち際を横目に興津川を渡り左の山手側へと歩を進めていますが、道端には東海道の表示もありました。
敦子さんは「この道を伊能で歩いたの。当日は雲って見えなかったけど翌日が休養日でもう一度歩いたらステキな富士山だったわ〜」って、今日は今からどんなところを歩くとすいませんさんが以前に写真で紹介してくれた風景と出会うんだろうか??




昔から興津側から由比方面に行く道として海岸線を歩く「下道」山の奥手を通る「上道」というものが有ったそうです。
そして我々が歩いた道は1655年に朝鮮通信使が通る為に切り開いたという説明書きの有った「中道」という道を通らせて頂きます・・・よそからの賓客の為にわざわざ新しい道を作ることになった・・・と言うことは今まで使っていた道はどんなだったのだろうか?!って思ってしまいますが、ココだってケッシテ楽ではない一気に急な登り道となっています。


鈴鹿峠や箱根越えの比ではナイでしょうが(どちらも経験していないパパですが・・・)カンバンによると東海道で「それに次ぐ難所の薩垂峠峠」だそうで、登り口でリーダーの小森さんから「キツイのは10分くらいだからネ〜」って教えて頂きました。
その登り口の側に具合のいいことに「ご自由にどうぞ」って杖がいっぱい置いてあってストックを忘れて来たママも拝借させて頂きましたが、借りて良かった登山道なのでした。
そして本当に10分ほどを一気に登って出た先の視界にワーオですが、べた凪(なぎ)の駿河の海がコンニチワ〜って我々に微笑んでくれ、登り道に吹き出した汗を一気にからだ中から飛ばしてくれる風が駆け上がってきます。


この高さから見下ろす駿河湾やその先にシルエットのように見える伊豆半島を眺めると「あっぱれ・あっぱれ まさに絶景じゃのう〜」ってお殿様気分になれますが、雲一つ無い青空と真っ平な青い海を眺められただけでもやって来た甲斐があったというものです。
しかも「へえぇえ〜」って感心ですが急傾斜の下の方を眺めると海岸にへばりつくように電車が通り国道も通り東名高速などは後から作ったために場所が無かったのか海へと膨らみながら道が走っています。
「清水市指定名勝」の標識もありましたココですが、現在は市町村合併で静岡市の一部となっているそうで「清水区」って訂正書きにこれまた「ヘエェエェ〜」だけど、自然の風景は変わらぬままに健在の本日です。
ママ〜 よそ見していると滑って海岸まで転げ落ちていくから足元に気を付けてネ〜


亡くなった今日のコースリーダーだったはずの鈴木さんの写真を持って先頭を歩く小森さんでしたが、2日前に急遽仕事を休んで下見に来た結果で「晴天ならばトイレが側の展望台近くよりもここの木陰ある場所が良いんです」って、興津の駅を出てからほぼ1時間ほどシッカリと登り道も歩きましたのでどっかりと腰を下したかったママにとってはモッテコイのお昼休憩となりました。
いつも同じシートで敦子さんや水野パパママ手作りのいっぱいの料理たちを一緒に食べていた鈴木さんでしたが、ナンかワイワイとしている横に鈴木さんも居るようにも思います。
ミンナして青い海を眺めながら思い出を語った休憩タイムでしたが、シンミリなどとはしていない我々を、空から「今日は天気で良かったネ」っていつもの優しい笑いジワの目尻を更に深くして笑って見ていてくれるようです。


この日の前にも敦子さんからママにメールで「オニギリだけで良いからネ〜」って連絡があったのですが、写真に写らない「まだまだいろいろ」が有って、帰りのリュックの中にその「だけのオニギリ」を入れて持ち帰ったほどお腹いっぱいに食べたアレコレなのです。
特に美味しかったデザートのヒエヒエに冷やした「イチジク」も敦子さんからでしたが、食事が一段落したころにクーラーボックスから出て来て「これがまた!」・・・美味しいものは食うにいそがしくて写真がナイのが常の我がレポートたちです。
代わりに敦子さんとのツーショットなんぞを、いかがざんしょかネ〜♪〜





鈴木さんの発案で実現した今日の「薩垂峠からの風景」はワーオのみデス!!

眼下に広がる太平洋を眺めながらのたっぷりのお食事休憩を終えて「リュックが軽くなったわ〜」って言う敦子さんたちのお陰で満腹のパパでしたが、ドコから眺めてもステキな薩垂峠からの風景をもう一度シゲシゲとミンナで眺めます。
誰かが富士山のシルエットを捕らえたって言って「ほら あの工場の煙突のずーっと上に・・・ほら〜」って言われてもわからんワタクシでしたが目に見えなくても富士は富士だしこの風景たちだけでも十分に大満足のこのロケーションです。


人というものがまだ存在しなかった太古の昔、祖先のずーっと祖先をたどっていくと海洋生物が起源なのだと教えられたことがありますが、それが基で自分の中のDNAのどこかに海に対する望郷の念というものが存在しているようでこの広い海原を見ていると懐かしさや恋しさでいっぱいになります。
そんな中を二年間の伊能のゴールを目指して本部隊員をはじめ大勢の仲間が集って歩いたというこの道のことを敦子さんが語ってくれましたが、札幌のユキちゃんも「ワタシも歩いたのヨ」って言いこの秋に中山道を歩くミンナもここを通られたのだと思うとまたまた足下の地面にペタペタって足跡の重なり合いを感じずにはいられない薩垂峠です。


どうも興津側から登った「薩垂峠」は「ヘ」の字ようになっていたようで登りは15分も掛からずでしたが下りは急斜面のミカン畑の中を横切るように延々となだらかに下るようになっているコースでした。
しんどい登りの時間は短くて、楽ちんに海を眺めて勝手に動く足に任せてプラプラと歩くにもってこいの下り道、目の前には伊豆半島も広がり「あの高そうなところが天城山だね」そして「ほらアッチがハワイでミノを付けて踊っているのが見えるじゃん」っていい加減な話しが飛び出し「そしたらコッチが下北半島でアッチは大隈半島じゃねえのかや」って正にワイワイのマンザイ集団のお通りなのです。
そして下り切ったところは「東海道・由比の宿」だそうですが昔ながらの面影のある建物が軒を連ねている町へと出てきました。


初めて来た町ですが町の直ぐ後ろは薩垂峠から続く山々が壁となり、前にはドボンと深くなっていそうな駿河の海が広がり、細長い土地の真ん中に東海道が通り山を背と海を背にした家並みが続く町のようです。
そして東海道の宿場町らしく古い家々の二階からは三島女郎衆のような艶やかなマゲと着物の女性が「ちょいと兄さーん 遊んでいかな〜い」って声が掛かりそうな雰囲気さえもある「なかなか良いじゃ〜ん」ですが、小森さんの案内で由比の大庄屋さまのおウチでも一服などをさせて頂きました。


歩を進めていると山が奥に下がってやや広い平地となってきましたがそこにJR由比駅が有り我々は更に江戸方面へと歩を進めています。
そしていっぱい過ぎて歩き出すと同じグループなのに前と後ろで出会わない共歩きの仲間ですがパパが大々大好きなお遍路の主役「ナビ野儀さん」もご参加でご一緒ウオークとなりました。
「昨日のクツの日も行こうと思ってたけど予定が入ってサ〜・・・しかも行ったら休みでアリャリャって過ごしちゃったヨ」って笑っておられましたが一緒に歩いていると安心感が感じられるステキな空気の野儀さんなのです。
この町は「桜えび」で有名でガンコ者さんがわざわざ春の青春18キップを使って大阪から食べに来られるそうで、所々からはエビを茹でているのか揚げているのか香ばしい香りが漂ってくるところもありましたが、まだ食後間無しの我々には食欲にまでは至らずざんねーんなのでアリマした。


東海道の宿場というものは2〜3里毎に1ヶ所づつを設けられていて京都まで五十三次となっているそうですが江戸日本橋から16番目のこの宿場は名古屋と東京の丁度ど真ん中くらいの位置のようで、薩垂峠の風景を眺めるために大勢の観光客やウオーカーも立ち寄る景勝地となっているようで掛川歩こう会は下見とかだし、他のウオーキングの会の方々ともすれ違う東海道の宿場町でした。
写真はありませんが由比小雪の生家の藍染屋が残り「おもしろ宿場館」ではママもおどけて「やじさん・きたさん」と「おっ富士じゃ」ですし、小森さんが「コッチですヨ」のところは由比本陣のあったところに建つ「東海道・広重美術館」です。
ここでもたっぷりの休憩をさせて頂き来た道を由比駅へと戻って行きますが、薩垂峠を控えていた為、由比宿から一里ほど江戸方面に歩を進めても蒲原宿(かんばら)となり、広重美術館からはJR蒲原駅へも変わらぬ近さだそうなのです。


朝10時半に興津の駅前を出て薩垂峠での昼食が11時半、そして由比の駅を通り過ぎて広重美術館で丁度2時、戻って由比駅にゴールが2時40分ころでしたが歩いた距離は丁度10キロでした。
突然に六日前に亡くなった鈴木さんの発案で今年の計画となりミンナで来た薩垂峠と由比の宿でしたが、長いこと電車に揺られて足を延ばして来た甲斐の有る絶景でしたし宿場町でありました。
碧海・幡豆の会をきり守る役員スタッフのみなさんのお陰も有って無事に楽しく過ごせた本日でしたが「今頃ドコで我々のことを眺めているのだろうか」って、帰りの電車ではミンナでビールを飲みながら鈴木さんの話題で終始した帰路となりました。

                             
ありがとうでさようなら   鈴木さん





    目次に戻る