一宮歩こう会「真清田神社から今年の恵方に向ってウオーク」の一歩たち 07年01月27日(土曜) 天気 曇り後晴れ 距離 11キロ
コース = 尾張一宮・真清田神社スタート 〜 石刀神社 〜 伊冨利部神社 〜 籠守勝手神社 〜 木曽川橋 〜 笠松中央公民館(昼食) 〜 名鉄・笠松駅ゴール

1/27(土)は嬉しいことに一宮歩こう会の例会日で「上着を一枚減らします〜」って新聞を取りに外に出たママが言うほど暖かな朝でした。
集合場所は尾張の国の一の宮である「真清田神社」ですが、勝手知ったるココへはマイカーで出掛け、しかも無料で駐車の出来る何時もの定位置に車を置かせて頂き集合場所へとやって参りました。
今回は朝8時が集合時間で希望者が揃って「過ぎた1年間の無事に感謝もして、お互いにこの一年の健やけき事を」神前でお参りをさせて頂いたのですが、太鼓や銅鑼の雅楽やら巫女さんの舞いなどもある30分近いフルコース?の丁寧なお参りを三人の神主さん付きでして頂いた参加者たちなのでした。
そして開会式では会長の新年ご挨拶やリーダーとなる平野さんのコース説明なども有りましたが「我が会の初歩きは毎年恒例で恵方の方角へ歩きます」って事で今年の恵方「北北西」方向へと行かれるようですがどんな一日でしょうか。


パパは最近、心の中で「女かめさん」ってママのことを言っていますがメールの送受信やウオーク中に画像のやり取りやお友だちの掲示板にもカキコ・ハリコをしていたり・・・オーイ・体操の時くらいは携帯から手を離せよナ〜・・・って思うオレです・・・でもヘタな女学生よりママの方が機能をフルにシッカリと活用しているかも!?
この境内は昨年春の淡墨桜ウオークでユキちゃんやえっちゃんと一緒に過ごしオヒィーさんとも出逢った場所ですが、夏の七夕ウオークは黄色いシャツだし、冬は赤いスタッフジャンバーでパパママのウオークの思い出がいっぱい有る真清田神社と一宮歩こう会なのです。
さあぁ スタートをして 本当に今年の恵方の「北北西」方向に向いますヨ〜♪


尾張の国の一の宮の有る一宮市には大きな神社が多く北北西方面へと歩いていると逆光とチョット読難い字に「へえぇ〜 石田神社さんですか〜」って言ってたら地元の方が石刀神社(いわとじんじゃと読むんだって)と言うと教えてくれました。
更にはこの神社が土地持ちだと言うことで「自分とこの田んぼを持ってるし駐車場やマンションも近所に貸してる裕福なとこなんだわね」って説明もしてくれましたが、大昔は家康が関ヶ原の戦いに出向く際に陣地にしたほどのところで由緒も歴史も詰まっているらしい石刀神社の前を通過なのでした。
そして更に北西に進み、これまた大きな伊部利部神社(いぶりべじんじゃ)というところに到着してお参りと一服休憩ですがこれほど大きな社寺を支える地元近隣の集落の人々の生活はどのようなものだったのか・・・歴史って面白いですネ〜


伊部利部神社にはトイレが少なくてスタートから1時間チョイを過ぎていたこともあり一部の人達が大橋さんの案内でアピタ木曽川店に行くということになり「トイレとお弁当を買う人も一緒に行きましょうか〜」って事で、パパママも本隊コースと分かれてご一緒をさせて頂きました。
そして「ショートカットで歩きましょうか」って言ったのに、進んでいく更にはるか先を本隊が・・・??・・・遠回りじゃん。。。

七夕ウオークはもちろんだけど何度も顔を見ながら話した機会のなかった大橋さんは一宮のスポーツデポ「マルゲン」さんのお嫁さんで「靴屋の三代目となる旦那に三十ウン年前に嫁いだのよネ〜」って、おじいちゃんは革靴職人で嫁いだ頃は職人さんもいっぱいいて靴をトントンやっていたとか色々なお話を聞かせて頂き、昔はバレーボールに夢中になっていたとか、歩くことを進められて6年前の制度が出来た最初の頃にウオーキング指導員の資格も取ったりと、今は一宮に幾つもある通年ウオーキングコースのコース基地のお役も務めておられます。
パパは口も悪く「冗談がキツ過ぎよ」とか「パパの冗談は通じない人もいるんですからネ」ってママから注意をされますが、ハートで語る気持ちや思いというものは発する言葉以上のチカラが有ります。
ほらネ〜・・・わずか30分ほどの会話で、アピタで買い物やトイレを済ませて着いた籠守勝手神社の鳥居正面に停まっていた工事用車両を持ち上げる大橋さんと遊ぶオレなのです。


籠守勝手神社(こもりかってじんじゃと読み、かごもりとは読まないそうです)この「こもり」の発音が「子守り」に通じる為か、真新しい狛犬の片方はやんちゃな子獅子を片足で押さえもう片方の獅子は子獅子がじゃれる毬(まり)を足で押えているという滑稽でウイットのある社殿前の獅子たちでしたがそれこそ勝手な解釈で楽しむ我々なのでした。
頻繁に行かない会に参加をしても約束をした訳でもなくよく出会える人もたくさんいますが、全く知らない顔ぶれもいっぱいで楽しい歩が進みます。


節分にコチラを向いて無言で海苔巻きにかぶりつく日だとの話しを聞く今年の恵方「北北西」へと歩を進めると、真清田神社から淡墨桜60キロウオークでも渡る木曽川橋へと来て、愛知県側から橋を越えて岐阜県側に入り笠松町へとやって参りました。
時間はまだ11時をチョイ過ぎたばかりで今から笠松町内を見学する予定だと橋を越えた土手の列詰めの時に教えて頂きましたが、大好きな垂井の伊藤さんたちと一緒に歴史が詰まった町の中に足を入れさせていただきます。


格子の町並みや黒壁の家々が続いていますが鎌倉街道や初めて聞くけど鮎鮨街道(あゆずし?)という街道筋を歩いているようで、大昔からこの地の人は木曽川で鮎を獲ったり船で旅人の川渡しの仕事などをして栄えていたようですが、屋根の上には屋根神様が乗りつながる家並みの境々には「うだつ」という独特の屋根が形作られていました(写真を撮ったんだけど上手に撮れず残念なのでした)
そして町の中心地に有る「笠松町歴史民族資料館」というところにも連れて行ってもらいましたが「特別干支展」という催しが開催されていて中を見せて頂く我々です。


館内ではスタッフの女性が詳しい説明をしてくれたこの「干支展」ですが、今年の干支である「イノシシ」を中心に様々な素材別やら、地方色がいっぱいやら、はたまた外国の十二支までもがところ狭しと並べ壁にも飾られているのです。
これらは笠松町在住の学校の教師をしていたという一個人の方が給料の大半を干支もの収集につぎ込んだ結果だそうで、実際にはここに展示してある二十倍くらいの量の全てを町にその方が寄贈をされて「今は町の宝となったこれらを毎年こうして展示してるんですヨ〜」って嬉しそうな説明のスタッフの女性なのでした。
ママがたまたま展示品の写真を撮ってたら「そうそう コチラは中国の干支で十二支の中にブタが入っていたり地方によってはパンダが干支に加わっているところも有るんです」って説明もでしたが、我々はお互いに何年かを聞きあい干支と性格などのバカ話し出て盛り上がった館内見学でありました。


干支展を見学をして笠松の町を歩き昼食休憩場所でも有りゴールでもある「笠松町中央公民館」のホールをお借りして昼食となったのが丁度12時でしたが、暖かいお部屋で食事をしてお世話になった一宮歩こう会の皆さまにご挨拶もして名鉄笠松駅まで5分ほどを歩き一日を・・・イエ!半日11キロほどを過ごした我々でパパママは午後二時前には自宅に着いた恵方歩きでありました。
ではでは コレにてネ〜




    目次に戻る