第13回 知多新四国88カ寺 お遍路ウオーク 1日目

         期間 = 2007年2月10日〜6月23日まで10回に分けて基本日程は「第二・第四土曜日」開催
         運営 = 愛知県ウオーキング協会  世話役幹事のみなさん 大代表は奥田さん

  11番札所から11ヵ寺を巡拝  07年2月26日(土曜)  天気 晴れのち曇り  歩行距離 20キロ
集合 JR武豊線・東浦駅(AM8:30) − 11番 安徳寺 − 12番 福住寺 − 13番 安楽寺 − 14番 興昌寺 − 15番 洞雲院 − 17番 観音寺            
 − 16番 平泉寺 − 18番 光照寺 − 番外 海蔵寺 − 54番 海潮院 − 番外 東光寺 − JR武豊線・亀崎駅ゴール(PM3:10)

冬から春への季節の移ろいを感じるような暖かい風と花粉の舞う中を有り難いことに知多新四国のお遍路ウオークをさせて頂いて来た2/24(土)で、自分自身が歩き動くことによって「日々是清風」を実感する週末ウオーカーなのです。
今回の集合場所は初日の解散場所となったJR武豊線の東浦駅ですが、金山総合駅では大好きな高蔵寺の加藤翁と本日の初パチリだし「これを納めるんだよ」って毎日書かれていると言う写経を見せて頂きましたが、丁寧に真面目に一筆一筆を進められた様子が想像出来るような一字たちです。
そして更に乗り換えの大府駅では久々の冷たい朝の空気を避けている面々ですが、徳島の佐々木さんのことをよくご存知の方々のオンパレードですが三重の松葉さんは朝一番の電車で松坂を発ったそうです。


青過ぎる空の下JR武豊線・東浦駅に降り立つ我々ですが、今日は珍しく我が愛歩城の伊藤会長もご参加で出発式では「ひと言ご挨拶を」って事で、13年目を迎え年々歳々新しい参加者も加わり変遷もしていく知多新四国お遍路ウオークが、お世話役やご参加のミンナの協力の元に継続されていることへの祝辞も頂いた朝です。
さあぁ 8時半前にストレッチも終えて歩き始める我々ですが、今日はどんな一日かナ〜♪


快晴ながら朝のヒンヤリ感が心地良い8時35分に駅を出て、知多半島の東岸沿いを走る国道366号線の信号の無い横断歩道を黄旗に活躍をさせて、進む細い路地の突き当りを左に曲がって右手上が11番・安徳寺さんで民家に囲まれたような参道を登って山門へと10分も掛からずに到着なのです。
ココの住職か檀家のどなたかのご趣味なのか二年前のレポートで一部を紹介しましたが、今回も俳句が大師堂の壁に飾って有りました。

     お題は「目立つ」のようですが
            「目立っても良い旅先で手を繋ぐ」
               「存在がひときわ目立つ白い花」
                   「目立たずに子育てだけで逝った母」
                       「目立つほど美人になれと曾孫抱く」
まだまだたくさんの句が並んでいましたが、どの一句からも「見知らぬけれど、きっとこんな方なんだろうナ〜」って思える、その方の感性やら状況などが伝わってくる五七五の世界でした。


今回は何がナンでも道を頭に叩き込み絶対に一人でも歩けるようになってやるんだ!って気合いを入れて、前準備の地図なども用意して歩いた状況をキチンと記録もして、更に帰宅後は不明確だったポイントなども拡大地図で徹底分析のオレですが、見えなかった道たちがクッキリと浮かんで来る今回です。
でも今までの三回の歩きで確実になってきた道たちがまた消えて行く・・・
その理由は先頭にいるはずのナビ野儀さんが今日はパパたちと一緒に歩き、本日のコース先導はタローおじさんがお勤めで今までの3年間とは違う道を歩くんだもんネ〜
いっ時は安徳寺さんを出てから地図とニラメッコをしていても自分がドコに居るのか判らなくなっちゃい、何とかたどり着いた
12番・福住寺さんへの道順は帰宅後に「ハハーンなるほどネ〜」って地図上に線を入れたり×で消したりした汚いメモを整理のワタクシでしたが、垂井の伊藤さんのメモを見せて頂くと「流石〜」って感心するような記録の仕方でありました。

福住寺さんを出てからも分かり難いし「ココは前も通ったっけ」って思ったり「去年はあの道を行ったよネ〜」って側にいるナビ野儀さんにも地図を見てもらいもしていましたが「昔はアッチを通っていたんだわ」とか「これは新しく出来た道なんだわ」とか・・・でもミンナの進む一瞬たちにカメラを向けることにも余念のないワタクシはハッキリ言って忙し過ぎです・・・
だってヒゲおじさんが「ほら コレはどうだ」って「顔を出した」などと言うには成長し過ぎているツクシたちも土手にニョキニョキだし梅も満開の本日なのです。


自分の中で道が判り見えてくるとどんどんと距離感が短くもなり「こんなに近かったっけ」って思いますが、福住寺さんから小1時間ほどを西の山手に歩き10時10分頃に13番・安楽寺さんに到着となりました。
ここも開創200年祭を意識していたのかパパママが参加し始めた三年前には本堂も建て替え、ヒゲおじさんや風間さんにも並んで頂いてパチリの山門も一年以上を掛けて昨年からキチンと出入り出来るようになりました。
今日は青く澄み渡り雲も無い空でしたが、飛び交う飛行機たちが残す白い航跡のみがクッキリの下で般若心経が響く本日なのデス。


ちょっと風が強くて帽子が飛ばされないように下を向いて歩いているところにカメラを向けたら気付いた久恵さんたちですが、安楽寺さんを出て川沿いを進み田んぼのあぜ道の様なところを進むと500mほどで10時25分には14番・興昌寺さんへと到着となりました。

何度来ていても目に入らぬものは入らずでしたが、四回目の興昌寺さんにして初めて本堂の縁側の角で日向ぼっこでもするように高ゲタをはいて座っているコヤツと出逢いました。
これを見て早速に鶴田パパを呼んで「コレはだあれ〜」って聞くと、それは「岡戸半蔵行者じゃな」って教えて頂けましたが、この知多四国八十八ヵ所を200年前に開創されたお一人でココの地の出身者だそうです。
昔も今もここの地名は福住と言い小字に半蔵屋敷とか半蔵田という彼の名を取った地名も残っているそうで、この村ご自慢の有名人だそうですが彼が生まれ育った地名が「福住」というのもステキです。
14番札所に
開創者のお一人「岡戸半蔵行者」が居られ、山門左手にも半蔵行者堂が有り縁側のと同様に面長の木像が居られる事をシッカリと記憶に留めたワタクシですが、説明書きには7年間の苦労をと書いてあっても分からぬし、本四国の風光にも似たこの知多の地と言っても本四国を知らないパパですが、彼らのこともジックリと調べてみたいと思う今日この頃なのです。

ちょっとアップの笑顔たちを遠方から閲覧のあなた様にもです。
いつも白っぽい服で金剛杖に肩ヒモも付け忍者の刀のように背負って歩かれるのは知らぬ間に親しくなった風間さんですし、同様に白い服のフードをかぶってネズミ男(失礼・冗談だからネ〜)のようなのが「孫が捨てるっていうからもらったの〜」って言う確かに捨てるにも勿体無いしそれが似合って可愛い河西さんです。
そしてパパがお遍路を始めるようになってからずーっと先頭でミンナをリードしてくれたナビ野儀さんや垂井の伊藤さんも肩を並べて一緒に後ろの方を歩き、鶴田ママは岩田さんが「ずーっと若葉さんって間違えていたの〜」って言う三重松坂からご参加の松葉さんと並んで、みんな足同様に愉しい会話も弾んでいる午前11時前の名鉄・坂部駅手前です。


名鉄・坂部駅の踏切りを越えて直ぐの15番・洞雲院さんの山門前が10時55分でした。
本日は納経帳のお世話係をお休みのママも先頭近くを歩くことなく、先導をタローおじさんに託したナビ野儀さんや最後尾近くを定位置の木村の姐御ともご一緒に山門をくぐらせて頂くと、高柳さんや久恵さんや植野さんが納経帳を預かって頂けます。


洞雲院さんまでは朝のスタートから西へ西へと知多半島の中央部に向って歩を進めていましたが、ここからは一時南下をして例年通りの昼食場所にさせて頂いている阿久比町役場へと11時10分に到着をしました。
それぞれに建物の中や外など陽だまりの中で40分ほどの昼食休憩をしましたが「11時頃に昼食なぞは早かろうに」って思う一般のミナサマ(誰のことじゃ・・・もう直ぐ近くに行くみいちゃんや、アロアさんとヤンヤンさんにだヨーン)朝が早くてこの時間には腹が減ってフラフラで、写真を撮る暇も無くパクパク・モグモグなのです。
そして11時55分には午後のスタートとなりましたが、タローおじさんが先導で旗手は吉田さんで風の中を飛ぶように歩き、キツイ風にも春を肌で実感しながら
17番・観音寺さんへと12時15分に到着となりました。

さてさて 午後も進む歩は廻る順番が前後した17番から500mほどの16番・平泉寺さんへと参りました。
今まで全く気が付かなかったけど四回目にして境内の一角にゴミ箱と一緒にこの石仏が座っていることを発見したオレですが、たぶんこの地域から類推するに岡戸半蔵行者さんだと思われるけど、興昌寺さんのはヒゲが無かったのにココのは長いヒゲを貯えていて面長の顔の表情も被っている帽子も似てないし・・・でも履いてる高下駄は同じようだし・・・判らんことはまた後日ネ〜
そうそう ヒゲおじさんが飛行機雲の写真を撮っていたのも12時40分ころの平泉寺さん境内からでしたが、平泉寺の山門を出て名鉄河和線の高架をくぐり田んぼを抜けて阿久比川の細くて長い橋を車に注意を与えながら一列で通り、更に交通量が多い堤防道路なのに歩道が無いために安全班の先頭と最後尾を合わせて両車線の車に止まってもらい全員が一斉横断をしたのですがこのお遍路ウオークで一番の危険地帯かもって思う阿久比川(あぐいって読むんだよ)越えです。
その後はまた車の通らぬ田んぼの中ですが、高い空の上にはいっぱいの航跡たちが筋雲となって消えて行きます。


大勢の仲間が毎年毎年歩くこの道たち「コレが楽しみなんだわネ」って言い「もう来年はミンナについて行けんかも」って半分冗談・半分真剣に思って歩かれている方も居る。
そんなそれぞれの思いを抱いて歩くミンナを黄旗をもって守る仲間が居る。


平泉寺さんから4キロ弱を歩いている道中のひとコマたちをもう少し紹介ですが、中村さんもパパが昨年置き忘れて山越えをして取って来た奥田大代表の黄旗を借りて安全班もしてくれていますし、ちょっとカメラを向けたらママをはさんで笑顔の藤井さんやマスクを取ってVサインの細井さんはマレーシア帰りの本日なのでした。
おおぅ やっとこさ山手の阿久比から知多東部半田の北部地区に戻り
18番・光照寺さんへと到着の13時20分ですヨーン♪〜

今日は三回目の知多新四国お遍路デーですので、追い越されてはマズイ我がレポートたちを早速にカキコとハリコに取り掛かるワタクシです・・・って長ったらしい駄文で遊んでいた二週間ですが、何かをする場合に当然「時間」というものが必要で、それは何時やってもその時間の掛かりように変わりはナイとお思いでしょうが「コレがサに有らず!」
ナゼかギリギリ時間に仕掛かると「あら不思議」・・・短時間で終えられてしまう・・・ほんとかナ??

さてさて お参りをした光照寺さんを1時半に出て(おいおい 飛ばし過ぎじゃんか)北へ向って1キロほどで
番外札所の海蔵寺さんへと参りましたが本日のお世話係を再登場もさせナムナムもしちゃう我々の1時45分です・・・早いでしょう(*^^*)

海蔵寺さんのお参りもして更に歩を進める我々ですが実はココで大問題!本日の道順を頭の中にもたたき込み、閻魔帳として持参した予想コース地図にも線を書き足し曲がり角の目印などもいれていたのですが、ナゼか海蔵寺さんを出てからの地図が一枚足りないのです。
アセアセしながら裏の白紙に手書きでコース記録をしながらで写真を撮るヒマもナイ状態でしたが、やっとこさ次の地図の地域に来てまたまたパチリを楽しめる余裕になったオレはこんな一瞬たちをココにご紹介しますネ〜
先達というものがどの様な方を言うのか判りませんが、本四国を何度も歩かれている木村の姐御は「権現先達」という首飾り?をされていて、普段のやわらかい声とは一味も二味も違うビンと張った声で心に響くコーラスリーダーをされていますし、風間さんも渋い声でアハハハハって笑うんです。
そして千秋ちゃんとミンナが呼ぶ水谷さんのことは勝手にオレの姉デスって決めている方なのです。
一緒に歩が進む4キロ弱の先が見えてきましたヨ〜


今日はJR東浦の駅からスタートをして知多半島を横断する勢いで西に進み半島の真ん中付近まで行き、戻って三河湾の入り江近い衣浦大橋(きぬうら)のたもと近くの54番・海潮院さんへと2時半ころの到着でありました。
ナムナム さあさあ 本日最後のお寺へと向いましょうネ〜


最後の番外・東光寺さんは何度も紹介していますが弘法さまの一生を何体もの木像ににして、幼少のころからのものや「弘法も筆の誤り」を面白おかしく表現して両手両足や耳に口にと筆を持たせたものなどが並んでいてます。
そして来年の二百年祭を意識してなのかトラックが狭い境内を占領して小さな本堂の中も改装中でしたが、あの弘法さまの木像たちはこのお遍路道中の何処にもないもので観光として見に来ても楽しめるものです。
気付かぬうちに雲が空を覆ったほぼ3時に本日のお遍路の全てを終えて約20キロを歩いた一日でしたが、この後は愛歩役員会が午後5時から開催で役員のミンナと一緒に久々に会合に出席をしたパパでした。



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