第13回 知多新四国88カ寺 お遍路ウオーク 1日目

         期間 = 2007年2月10日〜6月23日まで10回に分けて基本日程は「第二・第四土曜日」開催
         運営 = 愛知県ウオーキング協会  世話役幹事のみなさん 大代表は奥田さん

  27番札所から十一カ寺を巡拝  07年3月24日(土曜)  天気 曇りのち雨  歩行距離 21キロ
   集合 名鉄河和線・河和駅(AM8:30) → 27番・誓海寺 → 番外・禅林堂 → 28番・永寿寺 → 29番・正法寺 → 34番・性慶院 → 33番・北室院         
→ 31番・利生院 → 32番・宝乗院 → 30番・医王寺 → 35番・成願寺 → 36番・遍照寺ゴール → 名鉄河和線・河和駅へバスにて(PM3:30)

金曜日頃には喉も腫れて発熱も有ったパパですが、無理はするまいと思いつつも我が人生のライフステージであるお遍路に出掛けぬ訳にはいかぬ3/24(土)で有りました。
足掛け四年目で恒例となった我が知多新四国遍路行きですが、昨年はトイレに寄った一部の人(岩田のとしちゃん)が乗り遅れた名鉄・富貴駅をママにもトイレ行きを我慢させて全員が無事に河和行きに乗り換えです。
そして着いた河和駅での朝の開会式も済ませ早速にパパがアンカーでスタートの8時15分なのです。

                    
おへんろ・おへんろ・たのしいナ〜♪  きょうぅはどんな・いちにちだぁ〜♪

てな訳でアンカーのワタクシが「駅ホーム良し!」「トイレ良し!」「コンコース良し!」「コンコン・俺の体調もまあまあぁ良し!」って全員のスタートを確認して、初めて今まで奥田さんの定席だった場所を赤旗をもってミンナの背中と尻を眺めながら行きますデスよ〜ん♪
ですので本日のカメラマンはママですが「頼んだよ」って俺の期待以上の朝からで、最後尾のパパたちをパチリとした後は先頭にぶっ飛んで行き、しかも「そんなトコを歩いたら危ないヨ〜・オーイ・早く降りろ〜」って防波堤の細いコンクリートの上に駆け上がってパチリのママだけど・・・お前・それはいくらナンでも・頑張り過ぎだろう・・・


ママのカメラアングルから細い防波堤上を移動しているのにお気付きかもですが、「おーい・止まれ〜・動くナ〜」って俺の叫びを、単に手を振っているのかと勘違いをしたママは、更に防波堤上を前に進み先頭を追い掛けてパチリもしていたのですが「オレだってあんなに風は賭けずり回らないだろう」って朝からハラハラです。
更には先頭を撮るために隊列の先頭へと駆けて反対車線に移動をして向けるママカメラに、ついつい黄旗のヒゲおじさんや中村さんの歩もママペースになってしまい後ろが開いてしまうほどです。


河和駅を出て一旦は三河湾を眺めて山手に40分ほど西進をして着いた27番・誓海寺さんですが、ママが先頭に行った理由はもう一つ有ったようで「古河まくらがの里・花桃W」に名古屋ツーデーの小旗を付けて出掛けた鶴田ママに代わって納経帳のお世話係りもあったようです。
そして確認してはいないけど久恵さんも行くと言ってた「阿波・えらいやっちゃ2DW」の徳島へ、もしかしたら木村の姐御もご一緒だったのか不在で本日の先達は片岡さんがお務めで、誓海寺さんの弘法堂と同じ境内に有る
番外・禅林堂(開山堂)さんの二箇所にお参りです。
三人の開山者によって開かれた知多新四国も来年は200年を迎えるようですが、この方々のお陰で今我々のお遍路ウオークが有り、お父様の三回忌を終えられた岡本さんともご一緒ウオークが出来ています。


誓海寺さんのお接待の事を毎回カキコしていますが、お参りを終えた我々にいっぱいのオニギリやお漬け物や茶菓子などを用意していて頂ける・・・最初に経験した時は素直に喜び感謝もして遠慮なく手を伸ばしてパクパクだったオレ・・・2回目の経験の時には半分期待もしていたオレが居て、3回目の昨年の事は06年版の記録を読んでもらえれば思いますが、今年は手を出すことに躊躇もしながら、大勢の人垣が解けたころにお盆の前に行き浄財を置いて頂いたオニギリと漬け物です。

ついついこの接待の費用というものも考えたり、一つ一つの握られたオニギリの手間を思うと「お遍路」の人に対する「お接待」という行為を成す方々に対して、遊び感覚の延長線で過ごしている「オレなんかが頂いて良いのだろうか」って疑問さえ感じます。
鳥たちを可愛がり花たちに愛情を注ぐが如く、お遍路の人々を素直に愛する・・・出来そうで出来ないことです。
だから精一杯の感謝をしなくちゃ・・・ほんとうに ありがとうございましたです。


誓海寺さんのお接待にお腹もこころも満足になり25分ほど更に山手に進み「つくだ煮街道」という名前の観光お土産店で恒例の休憩です。
ここでもこの時期しか漁をしないのだという小女子(こうなご)という小魚のつくだ煮や生干しや、いっぱいの魚介類のつくだ煮が試食を兼ねてショッピングも出来るし、独特な味のラベンダー茶なども楽しませて頂けます。
でも、いつもならその店内に先頭を切って行くはずのオレが、アンカーモードで奥田さんの奥義を学ぶべく・・・でもちょっと店内に味見に行こうかナ〜♪


「つくだ煮街道」という土産物屋さんでの「白いご飯さえあればおかずに事欠かない」店内試食を楽しみもしてトイレ休憩も済ませ、知多半島の半島の付根から先端部までを一気に走れる南知多有料道路の下をくぐったりもして歩が進みますが、ママカメラマンの元気度は衰えず、先頭を行くヒゲおじさんのカメラでも前に後ろに大活躍のその様子が撮らえておられました。
そして山間地の集落に有る
28番・永寿寺さんへと10時5分頃の到着です。

永寿寺さんのお参りを済ませてまたも5キロ以上の距離を次の遍路寺へと向いますが、昨年奥田さんからお借りした黄旗を置き忘れてきた思い出の場所を通ります。
ママがその無事に戻っている奥田さんの手に握られた黄旗を撮っていますが、農道を登って竹薮に入って行くけど今回は忘れ物はアリマセヌ(*^^*)のワタクシです。


「ほらね〜 去年と違い赤い旗だって忘れず持っているオレだから安心して前を歩いてネ〜」って奥田さんの定席を代わってさせて頂いているパパですが、一年という歳月の重みを感じるこの頃です。
歳月がアッと言う間に過ぎて行くという人も多いけど、一日毎の時間の経過とともに出会う新鮮な一瞬たちや、そのことの積み重なりが凝縮した日々を思い返すとやはり長ーい一年です。

午後から降るという雨を思って特に意識的に何時もより速いスピードで歩く本日の先頭のようですが、何とか周りの人に迷惑を掛けまいと頑張って歩く人も居れば「ナンで今日はこんなに早いんよ〜」って、自分のリズムに合わないスピードに付いて行けず逆にペースダウンの方も居られる。
でもハイスピードで歩き次のお寺までが長い道にブーたれる人たちはまだ安心で、無言で必死になって頑張っておられ心の中で「来年は無理かも」とか「自分は体力が落ちたかしら」って思われる方が居ることがこわいと思うオレです・・・いやあぁ 今日はまた一段と特別に早いネ〜


山間地の集落を越えて更に丘をもう一つ越えて29番・正法寺さんに到着が10時50分でした。
例年はここで昼食休憩をさせて頂くのですが、スタート前から「お天気と相談の結果、今日は更にもう少し行きましょう」ってことになっていて、一カ寺毎の距離が長い午前中がまだ続きます。
でも実際には誓海寺さんのお接待もあり、つくだ煮街道での試食たちもあってお腹はそれほど空いてないし徐々に厚くなっていく雲の様子を見ているとまだ11時前「さあぁ・歩きましょうネ〜・レッッラゴー」なのです。


河和の駅から一旦は西の半島中央部に向かいその半島中央部を南下するように遍路寺を巡って東海岸部へ戻ってきた我々ですが、途中では列詰め休憩もしてお茶で喉を潤すような時間もとって頂き、ほとんどが下り道だったこともありスイスイの歩が進みます。
カメラマンで走るママも快調で、いつ足がもつれて転ばないかとハラハラのワタクシの心配をよそに、逆に先導のヒゲおじさんの被写体にもなっていたようですがお互いが撮る画像から道中の様子が上手に記録として残ります。
そんな道をたどり着いた大井漁港の集落に有るお遍路団地へと到着で、この知多新四国遍路寺のなかで何ヶ所か有る「わずかな距離の間に凝縮の遍路寺たち」ですが、密度で言うとここが一番のところです。
配布の資料と実際に回る順番が異なることもあり自分の中でもゴチャゴチャのお寺の配置と名前でしたが、今回で完全マスターとなりましたのでもう大丈夫(なにがじゃ)で、先ずは大井集落中央部に有る
34番・性慶院さんからです。

三河湾沿いの河和駅から山奥にと向った我々は西・南・東へと進路を変えて、再度三河湾の見える大井地区へと戻って参りました。
ここは何度もご紹介ですが知多新四国随一のお遍路団地で、逆に寺町でもナイのにお寺がこんなに一箇所に何軒も固まって有るのは遍路寺じゃなくても変じゃんか!・・・なんかへんろ〜・・・ってダジャレです。

最初にお参りは性慶院さんでしたが、性の慶びって名前のカンバンになんかニヤニヤとテレテレになってしまうワタクシです。
人が人類としてこの地球に存在するようになり、他の動物と決定的な違いとして二足歩行をするようになり、更にはその空いた両手を活用して道具を使い、火も利用するようなった事はご存知だと思いますが、その二足歩行をすることによって人間は未成熟な状態で赤ちゃんを出産しなければならなくなったのです。
でも先人たちは愛を持って子育てをして一年以上も歩けぬ赤ちゃんを大切に育て、その子たちが大きくなってまた愛し合い子孫を育てて来た連鎖の中に我々が居るのです。
二本の足で歩いて巡拝を繰り返す弘法寺たちの中で祖先に思いを馳せ、未来につながる歩きが上手になった我が孫の萌生ちゃんのことをも思う性慶院さんなのでした。
そして横に有る昨年は葬儀中だったので門前のお参りでだけで済ませた
33番・北室院さんへと歩が進みます・・・この二本の足で歩けることへの感謝の気持ちでいっぱいです。

遍路団地のここでは性慶院さんでスタンプ代をまとめて五カ寺分の500円を払いお世話係りの方に納経帳を託すので、皆さまは普段のように納経帳の返却を受けることなく次々とお寺を巡拝されるのですが、お世話係りやその後に納経所で白衣に直接ご朱印を頂く方を見守るアンカー役のワタクシは遅れ遅れとなってしまいました。
朱塗りの山門の
31番・利生院さんでは残っていた今年から後見役に徹しておられるナビ野儀さんとママを撮り、向かい合わせに木地の山門の32番・宝乗院さんへとお参りと歩が進みます。

大井地区に有るお遍路団地の最後30番・医王寺さんでのお参りを終え五カ寺分のスタンプが増えた納経帳が皆さまの手元に戻り昼食休憩となりましたが、それを待っていたように空から雨粒が落ちてきた12時20分ころでした。
ゴハンになると写真が減るワタクシですが、医王寺さんの弘法堂の軒下などをお借りてミンナでそぼ降る雨を眺めながらの昼食も乙なものです。
ああぁ 俺たちは弘法さまに包まれて 今を生きているんだよナー・・・あらぁ〜 キンピラをご馳走さま〜・・・って、ミンナでオカズを分け合い肩寄せ合ってオニギリをパクパクなのです。
さあぁ 雨具の用意もして午後1時に再スタートとなりました。


いつもは医王寺さんを出て大井漁港の船着場から海に立つ上陸大師さまのいる聖(ひじり)公園から大井中学校へと歩を進めるのですが、我が愛歩世話役たちの十三年はダテでは無い!
降る雨には逆らわず「ハイハイ・ササッとショートカットで歩こうかネ〜」ってヒゲおじさんが先導で、今までは倍以上の時間を掛けて歩いていた
35番・成願寺さんへの道を路地を通り表通りも直進でビューンと1時20分に到着と相成ったのでアリマする。

                     煙る雨の中を知多半島の先端に向う 我が愛歩・お遍路隊 ヨッ! いいね〜


天邪鬼でなくワタクシが大好きな雨のお天気で、街の風景も建物も緑の木々も道路の色も石の色だって全てが青空の下とは違う色に変化をする・・・それらを眺めるのも素晴らしいし、大人の今この歳になって雨に濡れ水溜まりをチャプチャプとしながら飛び跳ねたくなるオレなのです。
本日は木村の姐御が不在で片岡さんが先達を務めておられ、雨音の中で唱える彼女の般若心経が成願寺さんの弘法堂に吸い込まれていくようですが、先ほどまで葬儀が執り行なわれていたようです。
お遍路道中の偶然の重なりで見知らぬ方が黄泉の国へと逝かれるところを一緒に見送ることになり、意味は全く分からないけどこころの底からいっぱいの気持ちを込めて般若心経を歌わせて頂くワタクシです。

                          残った人も行く人も 寂しくないよ 悲しくないよ
                          何時までも何時までも あなたが強く思うよに
                          ミンナの心にあなたは居るから


成願寺さんを出て進む歩も快適で久々の雨降りウオークを楽しむ先頭のヒゲおじさんたちの笑顔をご覧下さい。
四回目の本日をして豊明市に有る一番札所の曹源寺さんを出て大府市を歩き東浦町を通って半田市から阿久比町へと入り、また戻った半田から武豊町で更に南知多町へと至ったのです。
とうとう知多半島の先端部までやって来た我々ですが、このままどんどん行っちゃうと海に落ちちゃう勢いのコース先導組です。


我々が本日最後の知多半島最南端の36番・遍照寺さんへ到着するのを待つように本降りになった午後1時40分ころでしたが、雨は「天からの恵みもの」で、人はもちろんこの世に生を持つものの全てが享受されるべき大事な命の根幹なのです。
全員が無事に一日を過ごせたことへの感謝の思いも込めて歌う雨の中の般若心経でしたが、早過ぎたゴールに河和駅に戻るバス待ちでビールも頂き、バスで帰路の途中では「魚太郎」という魚屋さんにも寄って帰った我々です。
最後の一枚は バス待ちの酒屋で黄旗を忘れたのをオレが拾い、更には河和駅のキップ売り場でまたまた忘れたのをママが拾って手渡す、ヒゲおじさんに嫌われた彼の黄旗君なのです。   ではでは コレにてネ〜



  二日目につづく   目次に戻る