碧海幡豆ウ協6月例会「新緑の太田川から大高へ公園巡りウオーク」の下見たち 07年5月21日(土曜) 天気 薄曇り 距離 16キロ
コース = 名鉄知多線・太田川駅スタート〜大池公園〜メルヘンの森〜聚楽園・しあわせ村〜斎山神社〜氷上姉子神社(昼食)〜大高緑地公園〜名鉄・左京山駅ゴール

5/21(土)は表記タイトルの通りでございますが、6月3日の第一日曜日に予定されている碧海幡豆ウ協6月例会の担当スタッフとして山賀さんとママとワタクシの三人で下見歩きをして参りました。
原案は鈴木さんが作られていたのですが下調べの結果から若干(かなり)のアレンジを加え、ただ今から紹介するコースを当日の予定としたいと思っております。
どなた様も宜しかったら当日の朝に集合場所となるここ「名鉄・太田川駅」東口出口の駅前に来て頂ければ、ご一緒ウオークをご案内をさせて頂きますデス。
さてさて 可愛い昔風の太田川駅・東口をスタートしたのが丁度ピッタンコ9時でしたが、最初に行ったのが駅から目と鼻の先にある知多新四国札所の83番札所の弥勒寺さんです。


入る時には弥勒寺さんチの横に新築の家でも建ち、だから基礎打ちのコンクリートを流しているんだナって思って見ていたのですが、納経所に居られた住職にお話を聞いて思い出しました・・・そうだあそこにあの仁王様が居られ山門が有った場所だったのだ!(それを見たい方はウオーキング日記06年度版のお遍路9日目をご覧下さい)
新しい山門を作るためのコンクリートによる基礎打ちがされている現場の横で、800年前の礎石となった石たちもこの工事を眺めている様子を見ることが出来た我々ですが、住職の話によるとあの凄味のあるボロボロの仁王様たちは廃棄の運命に有ったというのです。
元々は作られた年代さえも分からず修復などということも考えられず、知多新四国開基200年に合わせて山門と仁王像の作り替えを決めていたその後に、市から仁王像の調査をさせて欲しいとの依頼が来たと言うのです。
調べた結果は八百年前の作で愛知県内でも三本の指に数えられる歴史のある仁王様ということで、痛みの程度がひどくなければ県指定ともなれるほどの文化遺産だということで、今回の修復を決めたとの事です。
この山門と仁王像の落慶法要は08年5月24日だそうですし、その前に県博物館でのお披露目もされるとのことですので興味のある方は是非どうぞデス。
つづいて東海市市役所前を通りますが

     手前が細井平州像で 「勇なるかな 勇なるかな 勇にあらずして 何をもって行なわんや」とあり

        ひかえて建つのが上杉鷹山像で「なせば成る 成さねばならぬ 何事も 成さぬは人の 成さぬなりけり」なのでした。

そうです!今を歩く朝鮮通信使友情ウオークの皆さまを見ていると、どちらの言葉も相応しく「勇を以って成す」方々なのです。


弥勒寺さんと道路を挟むように、東海市役所に隣接するのか市役所が隣接しているのかよく分からないほどの大きな大池公園という立派な公園の中に入って行きますが、お遍路で何度か来ているここの中の菖蒲園も覗いてきました。
シメシメ・ウシシで「まだ愛(う)いヤツじゃ」って花の咲かない菖蒲たちに「もう一ヶ月チョイ咲かずに待っててね」って眺め、公園外周を一周しようとしたけど知らぬ間に元の場所に戻ってしまい「どないなってんねん」の大き過ぎる迷路の様な大池公園なのでした。
でも「おおぅ ココは知ってる。任してネ!」って初めて来たと言う山賀さんを、大池公園からメルヘンの森へとご案内のワタクシとママなのです。


国の基幹産業である製鉄工場群の活気のある風景を眺めながらを工業地帯のグリーンベルトとして設けられたメルヘンの森を抜けると、ここもお遍路86番札所となる観音寺さんですが、どでかい千年の大クスノキが我々を迎えてくれます。

ところで本四国を35日間で歩き通したという山賀さんが教えてくれましたが「札所」というのは昔は木札を納めて遍路寺を歩いたのが語意で、遍路寺にお参りすることを「何番を打つ」というふうに言うのも木札をお寺に打ち付けて歩いたことに由来するとの事です。
三人で観音寺の弘法さまに般若心経をあげて進む歩の先には「ここも初めてなんだわ」っていう山賀さんをご案内して聚楽園しあわせ村へとやって参りました。


愛知県にこの様な鎌倉の大仏さまより大きな大仏さまが居られる事を知らない方も多いかもですが、小さな子がキャア〜ってお父さんの肩の上から大声をあげる鉄の町を見下ろすように座っている聚楽園大仏です。
この大仏さまは名古屋の実業家の山田才吉さんという方が昭和天皇のご成婚を記念して昭和2年に作らせた(本人が作ったのではナイ)そうですが、高さ18.8mの立派な
聚楽園大仏さまの下でお茶とおやつ休憩の我々にも、優しい陽射しと優しい大仏さまの目が下見ウオークを見守ってくれている本日デス。

太田川駅からどんどんと北上をするように歩き11時半ころに船津神社というところにやって参りましたが、入口の鳥居から奥行きのある社殿へと行き神社の由来が書いて有ったのをシッカリと大声で読んでいたら、たった今お払いの仕事から帰ったという早川宮司さんが声を掛けて頂けました。

ここは昔海辺で日本武尊(やまとたけるのみことと読みにほんぶそんではナイ!)が伊勢から船で来て縄(なわ)で船を松の木に縛った場所だと言うのです。
それが由来で名和・船津(なわ・ふなつ)の地名が生まれたと言い400年ころに「お社」が設けられ、平将門くんが謀反を起こした時に成敗の旗頭となった藤原忠文さんがお参りに来て以来、各地のエライ人たちが天下泰平や国家安全、更には五穀豊穣や交通無難なども祈りに来たと言う由緒も格式もある船津神社なのです。
そして1159年には知多野間の豪族長田くんが源義朝さんをだましてお風呂を進め、裸の義朝さんが「せめて木太刀の一本たりともあったれば・・・ムム・ム〜」って言うのを切り殺して逃げた一件、べべン・ベン・ベン
それを知った義朝さんの家来の渋谷くんが、逃げた長田くんを追ってここの神社の近く橋まで来た時に、乗っていた馬が一歩も進まなくなったとの事・ババン・バン・バン
そこで持っていた名刀宗近(むねちか)を船津神社に奉納すると馬が進めたとの事ですが、その橋は留め置きの橋との名から今は「トドメキ」という地名になっているとのこの話し・・・今川義元が出てくる続きの一節は当日ワタクシが大きな声で講釈を〜〜


船津神社を出て斎山神社にも寄り延間公園で昼食休憩もして「氷上姉子神社」へとやって参りましたのが午後1時半でしたが、下見の寄り道などをしなければたぶんここ辺りが昼食場所になると思われます。
そこで宮司さんにそのお話をすると権祢宜の井上さんが丁寧に応対して頂けて、歩いて来たコースの説明もすると斎山神社(勝手にさいやまと読んでいたら「いつきやま」が正しいそうです)から、ここ氷上姉子神社(こおりうえあねこだと思ったら「ひかみあねご」だそうです)への抜け道が有ると言い「今から連れて行ってあげよう」とおっしゃるのです。


先ほどは回り道や昼食休憩もしていたので遠いと思っていた斎山神社への雑木林の道は、帰ってから確認をすると名和古墳群から続く取手山という名の山でしたがすごく近くて15分ほどで着いた斎山神社なのでした。
「ほらね、名古屋の市内も一望でこっちの方が自然がいっぱいでイイでしょう」って、ここちの良い落ち葉のステキな抜け道にワーオですがご縁というものの不思議を感じる井上さんとの雑木林ウオークなのです。


行き来する30分ほどの短い時間で氷上姉子神社の由来も教えて頂きましたが、宮簀媛命(みやすひめのみこと)をご祭神としていて彼女は日本武尊の奥さんだったと言うし、しかもあの三種の神器の一つの草薙神剣をみやす姫に預けたままに伊勢の地で病いに倒れた武尊だというのです。
その武尊の倒れた様子から「二つの膝を三重に折られた場所」との事で三重県の地名となったというお話など、神話と歴史や地名のことなどのいっぱいを短い時間で語ってくれた井上さんです。
熱田の杜に建てられたお社に草薙神剣を移され現在の熱田神宮となり、ここが元宮として熱田神宮の所轄斎宮となり全国から今も大勢の参拝者が訪れる場所となっている今なのだそうです。
そのような格式の神社を守っておられる権禰宜の井上宮司さんが気軽に一緒に歩いて、気安く道を教えて頂けるなど本当にお世話になりありがとうございました。


上左の写真のところはついついどちらに行っていいのか迷いそうで枯れ木を目印にそっと置いてきましたが、お陰できっと本日のこのことを知らない方々からは「地元でもないのにこのような自然の山の中の道をよく見つけたね」って言って頂けるかもで自信をもって先導をする予定です。
井上さんとバイバイをして名四国道の下をくぐり新興住宅地を抜け大高小学校の前も通って大高緑地公園へとやって来た我々ですが、大高の昔は火高という地名で氷上姉子神社のあるところは今も火上山という地名ですが、昔この地に大火が続き「火」という字を嫌って「火高」を「大高」と改名して、火上神社だったのを「氷」の字に変えもした今なのだとのことも知った我々です。

見知らぬ色々な方々との出会いや語らいにより、その甲斐も有っていっぱいに詰め込んだ知識と下見コースでしたが、全ては人と人のふれ合いによって得られたものです。
無口に黙って通り過ぎればそれだけだけど「コンニチワ」って一言からいっぱいの輪が生まれ、知識が広がり十二分に満足な本日でまたまた大きな大高公園内を横断する我々です。


かなりの寄り道や行き来もありゴールの名鉄本線・左京山駅に到着したのは午後3時半近くでしたが、当日の実踏距離は16キロほどでもう少し早いゴールになれると思います。
本日もシャクヤクや牡丹やシャガや八重桜などなど・・・後のは名がわからん・・・で目を楽しみましたが、例会当日もいっぱいの6月の花が咲き乱れる大きな公園を楽しんで巡れると思います。
ここをご覧の皆さまのお問合せもご遠慮なくですしお誘いもするワタクシですが、最後に左写真に写った駅前コンビニ前に居た照れる男子学生にゴール記念の三人を撮ってもらい、コンビニで仕入れたビール君を片手に一日を語り合った三人だったのです。
ではでは これにて 下見をチョ〜〜ン




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