21世紀の朝鮮通信使  ソウル−東京・友情ウオーク36日目をお見送り 07/5/6(日)

「清道旗(チョンドゥキ)を なびかせ進む 熱き輪の 優しさ強さと 過ごした七日」・・・その三日目(*^^*)

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中山道・彦根宿(JR彦根駅前)から垂井宿(JR垂井駅)まで 07年5月1日(火曜) 天気 雨 距離 34キロ 

世界的に労働者の祭典としてのメイデーが韓国でもあると宣さんが教えてくれましたが、その5/1(火)は起きた時から降り出していた雨のお天気の一日となりました。
パパは早起きをしてホテルで朝食のママを残して一旦ゴールの垂井までマイカーを移動させて戻った集合場所の彦根駅前でしたが、本日はデーリー参加の康兵衛さんが東京から「夜行ながら」で駆けつけられ朝のご挨拶なども有るスタート前のミーティングやストレッチです。
たかが三日目ですが曜日感覚にうとくなり、駅構内からあふれ出て来る通勤のサラリーマンや通学の学生たちを見ていて「ああぁ 今日は平日なんだよナ〜」って思ってしまいましたが、本隊の皆さまは既に一ヶ月を過ぎていて「これで足掛け3カ月目だな」ってオッパーさんが言います。





5月1日 メーデー AM7:53 彦根駅前にて

8時ちょうどに彦根を後にしましたが「このウオークはお天気に恵まれていて韓国では半日だけだったのヨ」ってユキちゃんが教えてくれますが、雨に煙る中を朝鮮人街道から京街道を通り中山道へと入って行き、摺針峠の天辺で一旦小休止となりました。
この中山道は昨年秋に第7次ユキちゃん隊と一緒に逆から歩いて来たことが有るのですが、おやつ休憩で見たきれいな琵琶湖ははるかかすみの先のようです。


歩いても歩いても体が暖まらず止まると直ぐに雨に濡れた体が冷えてしまい、短いトイレ休憩なども繰り返しながらも予定より早い時間に昼食場所に決めていた忠太郎食堂という番場宿の国道沿いの11時前に昼食です。
そしてカメラをリュックの中に仕舞ってしまいましたので写真が無くなりますが、伊吹山にぶつかる雨雲の強い風が痛いほどの雨と一緒に体を揺さぶる中を番場宿から醒ヶ井宿を行き、柏原宿・関ヶ原宿へと「清道」の旗も閉じてひたすらに進む我々ですが、午後3時を過ぎたころにおとなしくなった風雨です。


パパママも大好きな垂井の伊藤さんが前泊後泊有りの長期遠征で「奥の細道ウオーク」から名古屋にお昼過ぎに戻ったようですが清田さんの携帯にその連絡が有り、一旦は垂井のご自宅に帰って我々を迎えるように中山道をこちらに来られ、関ヶ原での出合った一瞬たちですが、固い握手はユキちゃんと7次中山道を支えた伊藤さんの握手をアップなのでした。
そして垂井の町に入り取材写真を撮りたいと言う人が軽トラックで現れたり、進む先の元は旅籠だったという「垂井宿お休み所」では大勢の方に拍手で迎えられ、朝鮮通信使も休憩した場所だったのだとの説明に足を止める我々です。
その責任者の方のお話しでは友情ウオークの一団が来るのを知ったのは一時間ほど前で「もっと早く知っていれば」ってお話でしたが、情報源は実は出会う前の伊藤さんで、それをお話なのが伊藤さんが通い習った学校の先生だったということに笑ったパパです。
伊藤さ〜ん「もっと早く知らせんかい!」って、小学校来頭の上がらない先生にまた怒られるかもヨ〜


冷たい雨風に体をあおられながらも34キロを歩き通して午後四時半ころに伊藤さんの道先案内で無事に垂井駅に到着しましたが、東京から参加の康兵衛さんに宣(ソン)正史から完歩賞が送られ毎回恒例の延岡の中村さん指導のストレッチが始まります。

大きなカメラをコンビニの袋で上手に濡れないように保護しながら、プロのカメラマンの目線で写真を撮り続けていた金井さん・・・「パパもあそこで撮りたいな」って思ったアングルの場所に行くのを見て「オッ・オレと同レベルかな」って思ったり、突然に振り向いてレンズを向けてパチリとしたり「足で書く」と言われる元朝日新聞のカメラマンの行動たるや、雨に慌ててカメラをリュックに仕舞ったパパと違いダテでは無かった本日です。
みんなの満足顔はどなたも本物ですヨ〜



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