21世紀の朝鮮通信使  ソウル−東京・友情ウオーク36日目をお見送り 07/5/6(日)


「清道旗(チョンドゥキ)を なびかせ進む 熱き輪の 優しさ強さと 過ごした七日」・・・その5日目(*^^*)

公式ホームページもご覧下さいネ


尾張一宮(JR一宮前)から東海道・鳴海宿(名鉄・鳴海駅)まで 07年5月3日(木曜) 天気 晴れ 距離 37キロ 

たかが四日間ほどの連日ウオークで本日は5/3(木)とキチンと書かないと自分自身も日にちや曜日の感覚が薄れてしまう毎日を過ごしていますが、朝鮮通信使友情ウオーク本部隊の皆さまは既に33日という長丁場を歩き続けておられる毎日です。
快復した青空の下に集合は前日ゴールの一宮駅でしたが、自宅で熟睡も爆睡もしたパパママでもたかが連続5日目でふくらはぎの筋肉痛が取れず、ママなどは顔に浮腫み(昨夜の飲み食いで腫れたのかな?)さえも出ている本日デス。
今日は名古屋に近いことも有り愛歩仲間の見知った顔が大勢応援ウオークにご参加ですが、伊能の顔でもある西川阿羅漢ご夫妻や本隊で今日のリーダーでもある森さんの鏡子ママなども加わった朝で恒例の参加者の一言ご挨拶の鈴木ご夫妻なのでした。
既に始まっていた出発式に遅れるように着いたパパが朝鮮通信使の史実・井上レポートを代読させて頂きましたが、下読み無しと見知った大勢の前で緊張している一瞬です(*^^;)


 

いつもパパママがお弁当などをご馳走になり甘えてばかりの敦子さんから「今日はミンナの為に」って元気の出る大福餅の差し入れが有り、全員に頂けたスタート時でしたが元気な伊能仲間の再会なのです。
でも探していた人が見つからない・・・おーい 金是在さ〜ん
昨日の嶋さんからの情報では名古屋に前泊で昨夜も一緒に夕食をしたと言い、勝手に今朝はココへ合流をされて「久々にお会い出来るかな!」って思っていたのですが、仕事の合間に駆け付けた昨夜だったようです。
さあぁ 今日も元気に ファイティー・ファイティー・ファイティ〜


 

朝から快晴でどんどんと気温も上がっていく中を美濃街道は尾張一宮から古い町並みの名残りが随所に残る稲沢を通り、五月晴れの語源となった五月ややツヅジの咲く道を歩が弾みます。




復元された清洲城をバックに

 

清洲城を通り庄内川を越えて名古屋の市内に入って行きますが、阿羅漢さんはこの伊能仲間と一緒に北海道を歩かれる予定も有る今年のようでパパママにも計画日程表を頂けた今朝です。
まだ現役の身ですので自由にならない日々ですが、ユキちゃん曰くの「大会は毎年有るけど、これは一度っきりよ」ってその言葉に、帰ってジックリと日程表を見させて頂きたいワタクシです。


日陰が恋しいほどのお天気の中を歩を進めお昼休憩は名古屋城でしたが、どっかりと野外に腰を下ろして外気と一緒に食べるお弁当の味はまた格別でこの食欲が毎日のスタミナ源となり連日の長距離ウオークを支えてくれています。
そして寝る間を惜しんで日々の金ちゃんレポートを発信の金井さんの寸暇のお昼寝をカメラに押えるかめさんですが、それぞれにこの朝鮮通信使ウオークと向き合う方々の記録の山が出来ている毎日なのです。


 

お腹を満たして午後も春日井の宴会部長・森さんがリーダーとなって美濃街道を進む我々ですが、名古屋城からほぼ一直線に南下のコースで伏見通りを白川公園を横目に大須観音前も通って、勝手知ったる名古屋の真ん中をママもえっちゃんも元気に拳を上げてエイエイオーって元気なのです。
途中のコンビニでは列詰め休憩時に本部隊の皆さまがアイスクリームを調達してミンナに振舞っていましたが、応援追っ掛けデイリー隊のほうが激励をされちゃう通信使ウオークです。

 

本日のゴールは名古屋市内を過ぎた鳴海駅なのですが、美濃街道から一旦離れて都合で本日は熱田区内に宿を取ったという宿泊先に立ち寄り、本部隊の方々は一部の荷物を下ろして肩の荷を軽くして熱田の森へと入ります。
五月とは言え午後の陽射しが眩しく暑ささえも感じた名古屋市内を抜けて、三種の神器の一つ「草薙の剣」が納められる熱田神宮では宣会長とオッパーさんがチカラ強い歩で、ママも紀乃ママも木陰が嬉しい境内を心地良さげに歩が進みます。

 

パパママには色々なウオークを通じて何度も歩き見知った風景ですが、笠寺観音の境内から往時のままに残る笠寺の一里塚でも足を止める通信使一行にはどのように映る風景でしょうか。

 

朝8時過ぎに一宮駅前を出発して美濃路を進み宮の渡しに寄り道もして東海道に入った本日ですが、午後5時前に鳴海宿へと入り名鉄・鳴海駅に37キロのフィニッシュとなりました。
愛歩仲間も大勢がデイリー参加の本日でしたが、伊能本部隊の阿羅漢さんや奥様の敦子さんも参加記念の感謝状を宣会長から受け取られます。
私の勝手な思いかもしれませんが、このウオークもやっぱり原点は8年前の伊能ウオークがキッカケのように思いますし、その時に韓国からご参加の金哲秀さんが居られた事もご縁となって実行をされた朝鮮通信使ウオークなのかも知れません。
まだまだ道半ばのこの道中ですが、尾張での一日の終りに大満足のユキちゃんやえっちゃんとママでした・・・さあぁ・早よ帰って疲れを取るために寝るべいかのう・・・そして明日も歩ける嬉しさ!




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