21世紀の朝鮮通信使  ソウル−東京・友情ウオーク36日目をお見送り 07/5/6(日)


「清道旗(チョンドゥキ)を なびかせ進む 熱き輪の 優しさ強さと 過ごした七日」・・・その7日目(*^^*)

公式ホームページもご覧下さいネ

東海道岡崎宿(グランドホテル岡崎前)から吉田宿(JR豊橋駅)まで 07年5月5日(日曜) 天気 晴れ 距離 33キロ 

パパママにとってこの五月のゴールデンウイークというものは特別で、二人が一緒に人生を過ごす事を誓い合った結婚記念の5月5日が巡ってくるのですが、今年は特に格別に思い出に残る記念日を過ごさせて頂いた連休になりました。
朝5時に自宅を出て東名高速を使いマイカー本日の宿泊先へと向いましたが、時間が早かったことも有りスイスイドライブで予定時間より早めに到着のホテル日航豊橋なのでした。
車をホテルに置かせて頂き岡崎へと電車移動でしたが、電車の中でも「パパ〜 少し落ち着いたら〜」ってママから言われますが、心が躍りワクワク感が高まるこの興奮はナンなのか!
本隊の皆さまと過ごす最終日となる我々ですが、忘れることの出来ない「最高のセブンデーズ」を過ごすことが出来て、あの32年前に勝るとも劣らないアニバーサリーとなる本日が始まります。
その一瞬たちをとらえる金井さんが居て大津パパも居て、パパも大切な一瞬をカメラに押えますが、中村さんの檄でスタートとなりました。


ホームページというものを開設して四年が経ちましたが、オレンジ隊の夢男さんからネット上で札幌のユキちゃんを教えて頂き、函館のえっちゃんともお知り合いになれました。
その二人が更にご縁で伊能の歩きが原点だという昨年の7次中山道ウオークに参加させて頂いたパパママですが、今回は金井さんとも出会うことが出来たしアルクハイマーの中村さんともお話が出来、韓国の宣(ソン)さんや韓(ハン)さんや崔(チェ)さんともお友達になり、美人で声のきれいな康(カン)さんとも気安くお話が出来るようになったのです。
岡崎の街では朝市も出ていましたが良いお天気の中を大平川を越える友情ウオークの皆さまです。





東海道・美合地区を心地よい風に吹かれて

一生を掛けてもこの様なウオークを経験することは滅多に出来るもので無いと思いますが、一年ほど前から具体的に事務局が設けられ計画が進められ韓国体育協会の宣会長のお力も有り成立をした平成の朝鮮通信使ウオークだそうです。
歩きながらその一端を本隊の皆さまから色々と教えて頂きましたが、韓国内でのウオークをガードされたのは警察だそうでそのガード振りは壮観ささえも有ったそうですし「毎回の食事も全く同じものを食べなかったが、牡蠣のキムチが美味かったナ〜」ってかめさんなのでした。
森宴会部長のリードで美合から松並木の東海道を歩き一旦は平行して走っている名鉄本線の藤川駅のトイレ休憩をしようと駅舎に行きましたが、電車にユキちゃんやえっちゃんが手を振っています。





往時の雰囲気がまだいっぱい残る道中を嶋さんとママが語らい
カメラを提げてご参加の伊藤会長も遠藤さんと笑顔だし
更にはムードメーカーのオッパーさんや延与さんで後ろには敦子さんたちが・・・笑顔で進む隊列です。


朝鮮通信使の清道旗(チョンドゥキ)を立てて歩く隊列に沿道の方々からも「いったいナンなんかね」って声が掛かりますが、守山頃から「この400年前に朝鮮通信使の人々が歩いた道を、今我々が日韓の友情を見直しもし深める為にとソウルから江戸までの道中である」ことを書いたA4のチラシを各隊員が持っていて、お渡しもして説明もする皆さまです。
ネット上では「ハット中村」のHNの中村進さんが手渡して説明をしていたのは音羽町近辺でしたが、彼は歴史に詳しく雀(チェ)さんの質問にも上手に答えています。
関ヶ原では「トクガワパーティーとトヨトミパーティーがバトルだった」とか、垂井宿では「宿(じゅく)は旅館がいっぱいあるところ」と説明をして、その棟並びに塾(じゅく)が有ったのですが「似た発音だけど意味がチガウ・コッチはスモールスクールだ」などと、横で聞いているオレが「へえぇ〜」なのです。


そのハット中村さんを正面からですが、後ろではママが伊能本部隊員だった嶋さんと楽しそうな会話をされていたり、赤坂宿では今朝からご一緒ウオークの愛歩の伊藤会長が宣さんと金さんのお二人をパチリです。
そして大きくない体で清道旗を持ちスタスタと行くのは小松さんで、この隊の日本事務局をされていて、北関東特有の江戸っ子と東北弁が混じったような話し方で頻繁にかかる携帯電話への問合せなどにも丁寧に答えておられます。
全国から電話お問合せのミナサマ〜
電話の先で事務局窓口をされていてお問合せに答える小松さんはこんな真面目な方なんですヨ〜


左写真のママの後ろはかめさんの掲示板で数日前に知って「ヘエェ〜」なのですが、ネット上でオッパー掲示板などでもお名前は知っていたHNがアルクハイマーさんと仰る宮崎の中村さんで、恥かしがり屋のパパも段々と皆さまと深く親しく会話が出来るようになった一週間です。
「今日は距離が長いので午前中を頑張りますので遅れないように」と言っていたリーダーの森さんで「昼食休憩は午後の一時ころを予定している」との説明でしたが、気が付くと御油の松並木へと進んでいてココで昼食になりました。


昼食休憩では敦子さんがパパの大好きなままかり寿しやイチジクの冷製ワイン漬けを用意して来られていてミンナと一緒に頂きましたが、お腹が満腹となったその後には西川阿羅漢さんがシロツメ草の絨毯の上で例の靴脱ぎストレッチを指導して頂けました。
この靴を脱いでのストレッチをするとその後の歩きが一気に軽くなるのですが、その細かな説明は4/31のGGOGウオークレポートに有ります。
さあぁ お腹も満ちて雀さんとの記念のパチリをする女性隊員の皆さまですが、朝鮮通信使ウオークにはたくさんの女性隊員も居られて賑やかで華やかな毎日となっているけど、ムサイ野郎ども達だけではこんな楽しいウオークにはならないかもしれないと思うパパです。
本当の朝鮮通信使たちもいっぱいの人足を連れて来たと言いますが、はたして女性も居た当時だったのだろうか。





痛めた足を庇うように午前中は!って毎日頑張って歩かれる崔さんと女性軍です。

白い先頭旗を持つ太田太さんも両肩を左右に出しながらリズム良く歩かれていますが、こんな事をカキコしたら怒られちゃいますでしょうか。
連日の長距離ウオークで陽に焼けた太田さんの頭は丸坊主にされておられるのですが、キャップの部分だけが真っ白で帽子の後ろの丸い穴の部分だけが島のように黒くなっていて汗を拭う時などにその部分を見ると「太田さんもいっぱい歩いて居られるんだよネ〜」って感心をします。
そして伊能本部隊員の方々から名前だけは良く聞いていた、伊能の二年間をドライバーとして過ごされたという「しんちゃん」とも初出合いでしたが、毎日を過ごす中でいっぱいの出会いを繰り返す日々でしたデス。





「カラ元気 いえいえ違うよ 本物さ だってもう直ぐ ゴールだもん」・・・って先が見えてくると不思議と元気に!

午後になっても変わらぬスピードにデーリー参加の方々の中にはクタクタのボロ雑巾のようになって歩く方も居られましたが「ハイ・胸を張って背筋を伸ばしてネ〜」って激励もして歩が進み、陽も陰り風も出てきた心地良い豊川の堤防道路を歩きます。
オッパーさんのミンナが疲れてきた頃に出る「ファィティ〜」の檄に励まされもして応える我々ですが、川を越えるとゴールの吉田宿(豊橋駅)が近くなります。
宣会長も姿勢良く笑顔で全ての道を歩き通して居られますが、宣さんと康さんの後ろを歩くと、どなた様もウオークの姿勢というものを学べますですヨ〜
さあぁ 励ますつもりが励まされる不思議な彼らの友情ウオークに包まれ、気が付くと豊橋駅前にゴールのデイリー参加の方々なのです。





京都を出てから7日間をご一緒をさせて頂き、豊橋にてパパママのゴールともなりましたが
完歩記念のハングル文字で名前の書かれた参加証を頂くママです。





7日間を一緒に過ごさせて頂き、特別な方々にしかお渡ししていないことを知っている記念のペナントを
「パパママにも」って遠藤さんから言われて驚いてしまいましたが
ママは感激にウルウルだし、231キロの思い出が形となって残る嬉しいプレゼントなのでしたデス。





宣会長の優しく暖かい手ともこれでフィニッシュですが、大満足の一週間でした!


「清道旗(チョンドゥキ)を なびかせ進む 熱き輪の 優しさ強さと 過ごした七日」


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