第13回 知多新四国88カ寺 お遍路ウオーク 1日目

         期間 = 2007年2月10日〜6月23日まで10回に分けて基本日程は「第二・第四土曜日」開催
         運営 = 愛知県ウオーキング協会  世話役幹事のみなさん 大代表は奥田さん

  一番札所から九カ寺を巡拝  07年6月23日(土曜)  天気 晴れ  歩行距離 23キロ
集合 東海道本線・共和駅(AM8:30) − 88番 円通寺 − 87番 長寿寺 − お礼参り − 八事山 興正寺 ゴール(PM3:30)

6/23(土)我が人生のライフワークとなっている今年のお遍路最終日ですが、強い雨の前日と一転して抜ける様な青空の共和駅前です。
このお遍路が始まった第一回目から無欠席を続けておられた猪又御大が、今年は体調不良で断念だと聞いていて寂しい思いのお遍路でしたが「今はどうして居られるんだろう」ってずーっと気になっていた御大が笑顔で我々のところに向かって来られビックリなのでした。
お聞きすると「足はどうも無いけど血圧が高くて時々ふらつくので遠慮した」ってお話でしたが変わらぬ笑顔に嬉しさいっぱいで、ミンナとの再会スナップをパチリパチリです。


パパは猪又御大から頂いた「この般若心経の扇子をカバンに入れて周ったんですよ」って伝え、御大からも「ミンナを思って書き続けた」という小さな字で書かれた般若心経をカードにしたものをまた頂いた朝です。
遅れて到着のナビ野儀さんとも再会の固い握手です。


実は前回9日目も猪又御大の住む東海市を通った時に84番・玄猷寺さんで2時ごろから30分以上も我々を待ち続けてくれていたという御大で「雨降りを考えて何時もより早めの歩きだったんです」って、我々は既にその時間には東海市から大府市へと強い雨の中を丘越えをしていたのです。
そして土砂降りの5番・地蔵寺さんでお参りをしていた時に我々を思って同じ時を過ごしていた玄猷寺さんの猪又御大だったというのです。

残念ながらその時は会えなかったけどお互いに心をつないでいたお遍路です。


今朝の開会式では今年の10回完歩者表彰もあり記念品も渡されましたが、「来年は是非ご一緒に」って固い握手もして元気な声やご様子に安心もして猪又御大に見送られて共和駅を出る我々なのです。
猪又おんた〜い 来年は二百年祭ですので是非ともご一緒にネ〜!!


梅雨真っ盛りのお天気ですが、お遍路結願の6/23は前日や翌日のすごい雨の天気を思うと不思議なほどポッカリと晴れた10日目なのでした。
ミンナの中には昨年の結願日のバカ暑さが思い出として残っていて暑くなりそうな予感に「今日は最後まで歩けるかしら」って心配をする人も居られましたが・・・





「涼しいうちにドンドンね〜」って
本日のリーダーのタローおじさんと小旗を持つ小川さんの後を河西さんの歩も弾んでいます


共和駅を出たのが8時45分ころで北西へと歩を進め収穫作業をされている真っ最中の玉ネギ畑の中を抜けて30分チョイで88番・円通寺さんへとやって参りました。
お寺の位置関係の都合で87番を後に残して先にお参りの為「ああぁ とうとう88番か〜・これで最後のお寺だね〜」って言う、知多新四国八十八ヶ所フニッシュの感激がちょっと薄いのですが、昔から遍路のコースにお礼参りのお寺というものが有ったのでしょうか?


本四国をお遍路された方が、88番を終えて一番札所にもう一度お参りをして高野山へと足を運ばれると聞くけど、最初から高野山参りも有ったのだろうか?
知多新四国でも最後に八事山・興正寺さんへと行くのですが、どうも新四国霊場の配置から考えると、また一番に戻るかのような感じで位置する87番と88番です。
でもここには弘法さまと二人連れで助けられながらお遍路道を歩かれたことに感謝をしてか、古い弘法堂に金剛杖がたくさん納められていて「やはり88番だね」って実感をするのです。


知多半島から離れるように大高インター近くに新しく出来たホームセンターの横を通り、先日の碧海幡豆ウ協で歩いた大高小近くの道とも交差するようにしてJR大高駅方面へと向います。
陽が高くなり日傘が有り難い陽気となってきました。





心地良い風も吹きスカッとしていた青空に薄い雲が出て
強い陽射しを抑えてくれている10時頃に名古屋市内に入り森の里団地を通過です。


今年はしっかりと道を覚えたいと思って事前に地図を見て調べていたワタクシですが、JRの高架下を西から東にくぐって出ると直ぐ目の前に、お寺の後に背負うようにある山が鷲津砦だと知った87番・長寿寺さんです。
ここで「ホントにヤレヤレ・最後じゃわい」ですが、今から向う八事に近いということで最後にお参りをさせて頂くお寺の名前が長寿のお寺とは縁起も良い最後のお参りです。


「今日の納経帳係りはお寺の数が少なくて楽でイイね!」って笑うオレですが、残った二カ寺とお礼参りの興正寺さんの三ヶ所のお世話をして頂ける、早苗ママと堀さんと宇佐美さんに加わる我がママとタローおじさんです。
ミンナして交代をしながらお互いに助け合い協力をしあった10日間でしたが、お世話をする立場になれるシアワセというものも実感をしたであろう今年のお遍路仲間たちです。


巡拝札所として最後の般若心経ですが、この声のこの歌をミンナに聞かせたいと思う木村の姐御の朗々として抑揚が有り胸に響く声に従っていたら、今回のお遍路の何時頃だったのか・・・知らぬ間に歌詞カードを引っ張り出すことも無く最後まで一緒に歌えるようになりました。
ついこないだまでは「どうしたらこんな長ったらしくて意味もナイ(勝手にオレが思うだけデス)漢字の羅列を覚えられるだろう」って、諳んじて歌う方々を不思議に思っていたのですが、マサに「門前の小僧・習わぬ経を読む」で「意味などはその内に興味が出て来たら考えようかネ〜」ってナムナム・ムニャムニャと、線香の煙とともに空高く響くように舞うみんなの般若心経です。

さあぁ 今から長丁場ですので恒例の一服ですが、良いお顔のミンナをママがとらえた一枚です。

この笑顔たちをハリコすればコメントなど不要でして、今から「昼食場所までの1時間半ほどを頑張らなくちゃ」って、しっかりと腰を下ろしたっぷりと休憩もして、それぞれ持参のおやつなどをお互いに接待もしあった長寿寺さんの境内なのです。

さあぁ 饅頭有り・お菓子有り・飴有り・喉を詰まらせないでねって注釈付きの冷えたコンニャクゼリー有り・って、ナンでも手に頂いたものを次から次へとお口に運んでいたママと、河西さんやヒゲおじさんもご機嫌顔で出発へのスタンバイ、お互いの長寿を願う山門前は10時40分でしたデス。

長寿寺を出た後は本日先導のタローおじさんの生活エリアに近いことも有ってか、今年はチョット違う道を進まれて朝鮮通信使ウオークで使った名鉄本線「鳴海」駅横の踏切りを渡り発音は同じだけど字が違う「成海」神社にも一服で寄らせて頂きました。

その境内でのパパの横に座られたお二人ですが、昨年までは颯爽の姿で猪又御大とお二人が揃って並んで先導を続けられていたナビ野儀さんだったのに、控えて控えて歩かれていた今年です。
「もう何時までも続ける訳には」とか「後進に後を譲らねば」とかご自身の体力や道先案内の伝承を強く思われたからなのでしょうか?・・・そのキッカケは13年間を一緒に続けられた猪又御大のお休みに有ったのでしょうか・・・そのこころの奥底を思うオレにどこまでも笑顔のナビ野儀さんなのデス。
そして嬉しいプレゼントをご夫妻から頂き「何時までも大切にしたい」と思うオレですが、大好きな木村の親分の手元をご覧下さい。
「今年は間引きの摘果をしてやったらよう生ったわのう」って袋からビワ出してくれ「竹樋くんには大きいのをやらにゃ」って「ほら、ママにも持ってったりん」て、無骨で優しいこのお遍路に絶対に欠かせぬお二人との成海神社なのでした。
昼食休憩場所手前の中井緑道では最後尾になってしまったオレですが、お弁当をコンビニで調達で・・・待ってくれヨ〜


飲み食いの時は無我夢中でカメラどころではナイ何時ものワタクシですが、その昼食休憩場所が鶴里公園という名前だったことをヒゲおじさんチのレポートで初めて知った今年です。
その公園のすぐ側には「成田」さんという表札が有り100歳の双子「金さん銀さん」として一躍有名になったお二人のどちらかのおウチなのだとアンカーの天野さんが教えてくれました。
いつまでも何時までも一緒に歩きたい方々との午後の歩が動き出したのは女性軍が小さなトイレに長い行列を済ませた午後1時過ぎでしたが、結願日とあってか大勢の道中で、ちょっとアップでステキな顔たちに寄ってみましょうかネ〜・・・って、寄ったり離れたりと走り回る天白川堤防道路のオレです。


川を渡る涼やかな風に吹かれながら車の心配の無い堤防道路を歩くこの笑顔たち、左ハリコは弥富金魚の柴やんと垂井の伊藤さんだし、真ん中ハリコは安城で55キロを一緒に歩いた青タオルの水野さんご夫妻の奥様が切れてしまいゴメンナサイで、その後は瀬戸歩に入ったという松原ご夫妻で、更に後には納経帳のお世話係をされた高柳さんが居られたり、猪又御大のことをお兄ちゃんと呼ぶ尾関さんも居られます。
そして右ハリコは前に一宮の川瀬さんだし、後に女性登山家の田部井さんがテレビで進めたからと言って通販で買ったという紫外線防止のサングラスの久恵さんで、「名は体を表さない」ってからかう細井さんがカメラを向けた瞬間に帽子を起こし、ママはオレの今は不要な黄旗を持ってくれている土手の上です。

                     
 「大切な この一瞬たちよ 我が全て 君を見つめて 君を思って」

もう寄るお遍路寺も無いままに長寿寺さんから15キロです。
その途中でご飯も食べ、通り道の弥富公園で水分補給の一服もして八事の住宅地を進める歩は、知多半島の自然いっぱいの風景とは違いますが10日間の最終日を実感する名古屋市内です。


延々の名古屋市内の歩もこの先の信号を渡ると目の前が八事興正寺さんだと分かった瞬間のこの顔たちは、2月から季節の移ろいと一緒に知多新四国八十八ヵ所を巡ってきた満足感でいっぱいの午後2時半です。
やったネ〜 佐藤さんも河西さんも後500mでゴールだヨ〜ン♪





2月の寒い時期から五ヶ月を掛けてやっとこさゴールするお遍路ですが、この信号を渡り切った向こうに八事興正寺が。



午後2時20分にバンザーイのママもお遍路仲間と一緒にくぐった結願御礼の興正寺山門なのです。

長い真っ直ぐの参道の先に中の門が有りその直線上の奥に五重の塔が建ち更にその奥に本堂を構える構造で、各地のお寺で塔が建つのを見ますが、珍しく山門参道から本堂への直線上に建つこの配置には何か意味があるのでしょうか?
また来年の宿題が増えますが、歩く度に新たな発見を繰り返すまだ四回目の知多遍路です。
さあぁ 最後のお世話係をされる宇佐美さんや堀さん、そして黄旗で活躍の中村さんも今日は納経帳のお世話係もご担当で、昨年までは各自個別で頂いていたご朱印と筆書きをまとめてもらう今年です。





恒例となった感の大日堂の階段を使ってカメラマンのヒゲおじさんとパパカメラに笑顔のミンナが



木村の姐御は何度も本四国へお参りに行っておられますが・・・本四国ってどんなだろう



奥の院で今年最後の般若心経です。



無事に第13回目となる知多新四国88ヵ所お遍路ウオークが終えることが出来て
奥田総大将からのご挨拶でフィニッシュとなりました。
この後は、これまた恒例となっている感のビヤパーティーで10日間の思い出を語り
暑かった本日の干上がった体に水分を与えた我々なのでした・・・ではでは ネー


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