岐阜ウ協9月例会「多賀三社巡りで長寿祈願ウオーク」の一歩たち  07年9月9日  天気 晴れ・一時通り雨  距離 14キロ
コース = 近江鉄道・多賀大社駅前駅スタート〜女・男飯盛木〜名神・多賀SA〜胡宮神社〜楢崎古墳〜大滝神社(昼食)〜あけぼのパーク多賀〜多賀大社〜大社前駅ゴール

残暑の中にも涼感を感じられるようになった滋賀県湖東地方でしたが、9/9(日)は表記例会に出かけて来たパパママです。
青春キップを使える最終日曜日とのことで遠路で開催の多かった各ウ協の例会のようでしたが、我が愛知小牧からは費用と時間共に圧倒的に有利で便利なマイカーで家を出たのが函館レポートを終えた8時15分頃です。
家から目的地まで走行距離約80キロで、小牧から彦根インターまで名神を使い下車から多賀大社駅前までが10分も掛からずで、所用時間1時間チョイと近い滋賀県でアリマした。
左の一枚はカッパの堀さんカメラマンによる俺がそのデジカメをお借りする前の出会い時の一枚デス。


さあぁ 本当に久し振りに通常例会に参加の岐阜ウ協ですが、9時40分到着の多賀大社前駅に近江鉄道から降りてくる懐かしい顔たちをパチリとしようとリュックからカメラを出そうとして・・・出そうとしたら・・・出てこない。。。
又も見合す目と目とパパママですが、ガビ〜〜ンって自宅に取り残してきた我がデジカメ君です。

トホホホ・ホって諦めていたら、一本前の電車で到着で既に先に多賀大社にお参りもして糸切餅も食べて来たって言うカッパの堀さんが戻ってこられ、そのことを話しすると早速に二台持っているというカメラの一つを「貸してあげるよ」ってお借りするワタクシですが、ウオーク必需品のカメラを忘れたオレの天の救いの堀さんで、二人で写す湖東はどんな景色となるのでしょうか?
さあぁ ミンナ 撮っちゃうヨーン♪


カッパの堀さんお陰で進むレポートですが「一度に400枚以上撮れるよ」って言うお言葉に甘えてパチパチのワタクシの撮る画像です。
高速道路利用などで多賀サービスエリアというところは何度も寄ったことが有るのですが、実際に「お多賀さん」と呼ばれる多賀大社に行ったことも無く、彦根からのアクセスとして引かれた近江鉄道の支線、行き止りの多賀大社前駅というところへも初めて来たパパママです。
最初は駅から大鳥居を背にして刈り取りの始まる田園地帯へと歩が進みますが、アンカーの平井さんを最後尾に長い列の向う先に本日のリーダーの林さんが樹齢1200年だと説明の大きなケヤキの木が二本黄金色の絨毯の先に見えてきました。


上の左写真で分かりますように大きなケヤキの木の二本ですが、最初に寄ったのが女飯盛木(おんないもろぎ)といい、その先200mほどのところに斜め45度に天を向くのが男飯盛木(おとこいもろぎ)と呼ぶそうで木のナの由来も表示されていました。
「養老元年に時の天皇が病いに臥したとき、平癒の祈祷の為にお供えとしてご飯と一緒にご飯を盛ったしゃもじも添えて多賀大社に参ったところ天皇の病いが治った」との謂れが飯盛の地名になり「その杓子をつくった木の余りを地に挿したのが生長して飯盛木になった」と書いてありました。
男木も女木も形を見ると説明無しにハハ〜ンって納得でしたが、いつ頃に夫婦木の男女の形になったのか?その先には「月の木」という地名の集落でしたが、リーダーの林さんと旗手の加納さんの先導で神代の時代を背負う近江の国の歴史満載の地を歩かせて頂けるようです。


高速道路が南北に突き抜ける多賀町の一旦は琵琶湖側を歩いていた我々ですが、多賀サービスエリアでトイレ休憩などもして高速道路を渡る長い歩道橋を通ります。
サービスエリアの従業員の方々も普段は見られぬ大行列に窓から顔を出し手を振ってくれましたが、その先には今日の三社の一つ胡宮神社(このみやじんじゃ」へと到着です。


ここ胡宮神社も古い歴史を持つ神社で「壽福・延命」のご利益を求めて参る神社だそうですが、本殿も風格が有り裏から入ったので気が付きませんでしたが高台に建つ社殿から急な階段と坂を下るように長い参道が続きます。
そしてそこから先の集落と神社とを大きく遮るように高速道路が伸びていて、リーダーの林さんが説明してくれましたが「高速道路が出来る前はここに仁王門が有ったのです」って、ちょうど真下の左右に一対の基礎部分を見ると仁王門のデカサがどれほどだったのかが想像出来るほどの大きさです。
戦後日本の物流や交通の要所として最初に作られた自動車専用高速道の名神高速ですが、眺めていると今も二人の力こぶの仁王様が基礎の上に立ち両手をあげてグイッと高速道路を支えているように見える高架下なのでした。
長谷さんやカメラを借りたカッパの堀さんや二週間前に函館ツーデーで一緒になったきのっぴとも話しを弾ませ、稲刈りの始まった田園地帯を南下です。


歩き始めたのが10時ころでしたが、ほぼ2時間を歩き楢崎古墳というところなどでも休憩をして昼食場所となる「大滝神社」に到着で、境内の奥には「大蛇の渕」という恐ろしい名前の場所もある犬上川が流れていて緑陰と川を渡る涼しい風に吹かれての昼食休憩となりました。
毎度の如くで昼食風景はアリマセンが、垂井の伊藤さんの親友でもある岩田のとしちゃんや奥様のあっちゃん、大垣の辻さんなどと京都五山ウオークの時のエピソードなどで盛り上がったお昼ご飯です。





「犬上川の上流にダムが出来る前までは大滝神社の名に相応しい瀑布が見られたのです」って説明書きも有り
その面影を残す奇岩怪石を周りに大きな「大蛇が渕」というところも有りましたが
ヘビ大っ嫌いのオレは説明も致しませぬ。
1時間ほどの休憩後はまたまた加納さんの旗手を先頭に午後の出発です。




大鳥居を二つくぐって

岐阜ウ協のスタッフもされている大好きな森さんともお久し振りのウオークですが、お昼休憩の時に役員の方が集まり来年度のウオークコースの担当者決めもされていたそうで、森さんは09年の1月に荒子観音方面を担当だそうです。
「パパママも良いコースがあったら教えてちょ」ってお話でしたが、このようなスタッフの皆さまのお陰で楽しんで歩ける例会日です。
徳川家光の命で作られたと言う三つ葉葵の社額の大瀧神社を午後1時に出発して、黄金色が揺れるのを眺めつつ遥か遠くの空の黒い色のお陰か涼しい風が吹く中を田園ウオークが続きます。


午後のスタートから約一時間半、途中で傘が不要なほどの雨が降りましたが涼しくて苦にならぬ雨もつかの間で大きな「びわ湖東部中核工業団地」というところの一角にある「あけぼのパーク多賀」というところで大休止となりました。
ここは工業団地を造成する際に発見されたのか「あけぼのゾウ」と名付けられたマンモスの化石が見つかった場所だそうで、大きな骨格標本も展示されているし、資料館や図書館や虫や魚たちとの自然体験も出来る多賀町の住民の文化広場ともなっている場所のようです。
ロビーの柱にどっこらしょの長谷さん曰く「この打ちっ放しの多角柱はひのき模様も上手に入りスが無くてイイ仕事だわ」って、足の骨折も直った古越さんと一緒に建物全体の仕事振りを説明をしてくれましたが、それぞれにご自分の仕事や経験の中から見る視線の違いに感心のワタクシです。


資料館見学の時間も設けてたっぷりの休憩でしたが、外に出て歩き出して気が付く道路の濡れ具合に「おれ達が入っている間にけっこう降ったんだわ」って、リーダーが意識したのかしなかったのか本当に上手に雨宿り休憩となっていた先ほどです。
一部に傘をさして歩いている人も居ますが、日傘代わりかちょっと濡れた傘を乾かしているのか絵馬通りというところを歩いていたら突然のように
多賀大社が出て来て、我々の反対側からは古式ゆかしい行列が来るではアリマセヌか。

次から次と馬に乗った神官が通られ雅楽を先導にキレイなお嬢さんの行列が通り、黒い礼装の行列の次には祭り神輿もワッショイワッショイで、ここが最後と思われる時には町の大長老と思われる小さく背を曲げた方が杖を手に目の前を行かれ岐阜ウ協のミンナも全員で拍手でしたが、今回の長寿祈願ウオークに相応しいステキなお祭りとの遭遇なのでした。




初めて来た多賀大社・社殿境内にて

「多賀大社」での「古例祭」といわれる古式ゆかしいお祭りを見せて頂き、娘の無事の出産も祈った本殿でのお参りも済ませ、門前にある茶店に入りますがカッパの堀さんもお薦めの糸切餅を頂くことになりました。
平らな餅にアンコを乗せて筒状にしてから糸で切って1個づつにする製法が商品名になっているようですが、元祖とか本店とかいうカンバンのお店が何軒も全く同じような色形の糸切餅を販売しています。
その一軒に入りましたがお茶のサービス付きで100円で上品なデザインに甘過ぎないアンコが美味なのでした。


カメラ忘れのワタクシに「2台持っているから」って貸して頂いた堀さんのお陰で残せた今回のウオークレポートですが、午後3時半過ぎに今朝スタートした多賀大社前駅に戻ってくる河瀬会長やママがゴールポーズを決めています。
どうもあけぼのパーク多賀の中に居た時にシッカリ降った雨のようで、アスファルトの路面にも大きな水溜りが残っていた駅前です。


いい具合の時間にゴール出来たようで電車の来る時間までいつもの様に鷲見さん指導のストレッチもしたり、次月例会担当の加納さんからも妻籠馬籠の中山道の事なども説明も有り無事に解散となった本日の14キロです。
あっちゃんとしちゃんの岩田さんご夫妻ともご飯を一緒にしたり、きのっぴとも函館の思い出を語ったり岐阜ウ協のみなさまとの楽しかった一日を語りながら来た道を帰りましたが、5時頃に帰宅を出来た近い滋賀湖東なのでした。。。ではでは ネ〜




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