愛歩12月例会 忘年ウオーク「中山道加納宿と御鮨街道巡り」の一歩たち 07年12月08日 天気 晴れのち曇り 距離 14キロ
コース = 東海道線・岐阜駅前スタート〜妙泉寺・加納天満宮・善徳寺〜八剣北公園(昼食)〜御鮨街道〜笠松湊〜木曽川越え〜名鉄・新木曽川駅ゴール

12/8(土)は三ヶ月振りに愛歩例会へと参加のパパママで久々感のあるバス・電車を乗り継いでの東海道線・岐阜駅行きでしたが、河西さんともご一緒になり「来年もお遍路に行きましょうね」って約束もして、下車した岐阜駅コンコースで集合場所への案内役を率先して務めさせて頂くワタクシなのです。
ホームから出てくるミンナから「アレー・久し振りじゃない」って声を頂き「何処か遠征ウオークで飛び回っていたんだろう」って図星で、誰もが「仕事が忙しかったのかい」とか「病いに臥せっていたんじゃないかい」とは心配もされず聞かれないオレなのです。
定刻9時に集合場所となる岐阜駅南口広場に戻りましたが、今年最後の例会ということも有ってか大勢の参加者で、我が愛歩の受付譲の笑顔も健在で「やっぱり故郷はいいのう」って懐かしささえも感じる朝の風景です。


ここをご覧の皆さまにもお歳暮代わりに笑顔の歩友をお届けですが、全国区歩かれ各地にお友だちを持ち、遠征地で「愛知から参加です」って言うと「この人はご存知〜?」って聞かれることもある皆さまです。
貼るからネ〜って言うと、パパカメラの先にいるあなたを思っての笑顔ですので、特とご覧下さいネ〜
そして「おおぅ、こんな所まで足を伸ばしているのかい!」って見る方も居られるかもですが、YKさんに紹介をして頂き既にパパママもお友達となったカズ奥長さんも参加の本日です。


そして「おおぅ、こんな所まで足を伸ばしているのかい!」って見る方も居られるかもですが、YKさんに紹介をして頂き既にパパママもお友達となったカズ奥長さんも参加の本日です。
「元気に歩けたこの一年に感謝の気持ちを」って、チャリティ募金を募ってからのスタートでしたが、岐阜駅から直ぐの
中山道・加納宿へと歩が進みます。

街道筋の宿場の典型ですが「道が枡形になっていて陣屋や社寺がたくさん有る」これは江戸や京へと往復をする大名たちが宿場ではち合わせにならぬようにする為の仕組みで、自分のお殿様が身分の上の殿さまと出くわし籠から降りて下座をするような恥をかかせぬように、角々の先を確認して社寺などの境内で一服と称してやり過ごすための必要性から作られた構造なのです。
実際には先発偵察の家来が何人か居て何宿も先を歩き、各宿場でその配慮が必要かどうかの情報収集もしていたし、偵察隊同士の情報交換もしてお互いに道中の時間スケジュール調整もしていたと言うのですから、徳川300年の安泰が有ったのだと思われます。

ただ現在の加納宿は碁盤目の道となっていて道標がなければ元の枡形の中山道が分かり難いのですが、鬼子母神の妙泉寺加納天満宮善徳寺など歴史凝縮の中を大人数での歩がカックンカックンと曲がって曲がってでアリマする。
だから歩き出して間ナシだけど先頭は列詰め待機もしなくちゃね。。。


そんな中を中山道ウオークで何度も紹介ですが、高蔵寺の森宴会部長と大阪の清田のダンナ様が中山道を何度も歩きペタリペタリと貼ってくれた「平成の中山道道標」がオレにこの道を教えてくれます。
その先は名鉄の茶所駅近くの歩行者のみが渡れる踏切りを渡ったのですが、先頭から三分の二ほどの集団が渡ったところでキンコンカンコンと警報が鳴り出し・・・踏切が次に開くまで待つこと20分近くを誰が予想したでしょうか?
踏み切りの直ぐ横が名鉄茶所駅で、更にその隣りには
名古屋鉄道・茶所検車区という線路が何本もある場所があり、そこに洗車などで出入りする電車たちが踏切りをふさぐ様に止まったり動いたりを繰り返して・・・踏み切りの手前で待たされる方も、渡り切って待つ方もただ只あきれるしかありません。

とんでもない時間を待たされた茶所踏み切りをようやく隊列が動き出したのが11時前でしたが、一対キチンと残っている中山道・細田の一里塚には両方ともに立派な榎木が立っていました。
そしてその直ぐ先に小さな公園が有ったのですが
八剣北公園というところでかなり早めの11時に昼食となった我々です。
いつもの様に食べるに忙しいパパママは食事風景というものの写真がナイのですが、12時丁度のスタート後の写真からハリコで、カズ奥長さんや一宮七夕ウオークの実動りーダー小川の完ちゃんとのスナップもパチリです。
更にご紹介が遅れましたが本日のコースリーダーは寺さんがお勤めで、パパも着ていましたがスタッフたちがお揃いのカラーで先頭集団の前を固めます。


食事休憩前は街なかを曲がってくねってまた曲がりって全体風景を撮れるようなロケーションが無かったのと、信号も多く安全班のパパも忙しかったのですが、この2月の岐阜ウ協例会でも通った御鮨街道へと入って先頭の前へ駆け出すワタクシです。
旗手は後藤粛さんがご担当ですが、この後でカッコ良く持つ愛歩旗と旗手の粛さんをお届けしますからネ〜




後藤粛さんの持つ愛歩旗が木曽川を渡る風に心地よくなびいています。

12月愛歩例会ですが見知らぬ人が突然にこのような風景に出くわすと皆さん「いったいナンなんですかぁ〜」って聞かれ「ウオーキングだよ」って言うと「へえぇえ〜」ってお口アングリです。
そして大きな旗を先頭に似たような格好でリュックを背負った長ーい行列が続くのを見て「これはこれはご苦労さまです」って意味不明の労わりさえも受けるのですが、実はワタシ自身も過去の普段の生活の中でウオーキングの行列と出くわしたことなど一度も経験がナイのです。
きっとオレだってウオーキングを知らなかったらビックリの風景かもですが、今は先頭で後藤粛さんが持つこの大きな愛歩旗が風に泳ぐのを眺め「我が愛歩旗も今年の舞い納めだな〜」ってシゲシゲと見る本日なのです。


岐阜加納から一路南下で笠松町を通り木曽川堤防へと上がって来て笠松湊(かさまつみなと)公園で大休止となった午後1時半ころですが、ここで参加者検印やIVV、更には「日本の歩きたくなる道500選」の参加認定印などの押印がありました。
これまた知らぬ人から見ると「ナニをやっているんだか」ですが、夏休みのラジオ体操でカードに参加印をもらい休まずに増えていくハンコの数にニマニマした子供時代を思い出しませんでしょうか?
カズ奥長さんからそのハンコいっぱいの500選手帳をみせて頂けましたが、一緒に関西から来られた仲間からも「500選の西の横綱って呼ばれているんだよ」って言われるほどだそうです。


12時丁度に昼食休憩を終えてスタートした時に一個しかない女子トイレにまだ長蛇の列が出来ていた八剣北公園で、アンカーをお勤めのタローおじさんの更に後ろに第二次隊が結成されていた事を知らなかったオレですが、寺さんと共にコースリーダーを受け持たれた吉田さんと愛歩城のお殿さま・伊藤会長などが20分ほど遅れてトイレを済ませた女性たちと出た八剣北公園だったそうです。
その事も有り大休止となった笠松湊公園でしたが、さあぁゴールを目指して寺さんを先頭に後藤粛さんの愛歩旗がまた風に泳ぐ午後2時前です。


午後のスタートで遅れたグループも一緒になって木曽川を越え岐阜県から愛知県入りとなりますが、我が息子と同じ歳のメガネ君もママと肩を並べて橋を越え3キロほどで名鉄木曽川駅へと近付いて参ります。

最後のスナップはこれまた全国津々浦々山々谷々の見知った皆さまへのお歳暮代わりですが垂井の伊藤さんを登場させもし、愛歩城の城代大家老さまとオレが勝手に影で呼んでいる奥田事務局長のご挨拶で締めくくった07年最後の愛歩例会なのでした。
ではでは ネ〜



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