第4回「熱田−伊勢125キロ・初詣でウオーク」3日目の一歩たち 08年1月13日(日曜) 天気 晴れ 距離 36キロ
コース = 近鉄白子駅 勝早日神社スタート〜 河芸町民の森 〜 津市内(昼食) 〜 雲出川越え 〜 松坂市内 〜 松坂駅ゴール

熱田−伊勢初詣でウオークの三日目ですが1/13(日)は三重県ウ協に運営がシフトして、フリーで歩ける本日です。
向う中央線の一番電車でしたがケニヤ出身でニューヨーク在住だという方が金山駅から乗ってきて、ワタシと目が合い「ハーイ・グッモーニング」で簡単な自己紹介だったのですが、ナニを気に入られたのか今買ったばかりだと言うワンカップのお酒を「デユゥーライク・サケ」で「もちろん大好き」って言うと「フォーユー」なのです。
遠慮なく頂き「今から何処へ行くんだい」って聞くと「大阪へ」といい、今度は手に持っていた袋入りの高そうなシャンパンも「フォーユー」ってなり、押し問答の結果も「お前を気に入ったから是非とももらってくれ」って事となったのです。
でママが移動の近鉄駅で出会った海上保安庁の上山さんのお友達の平本さんとパチリの時に持っているのがコレで、乗り込む近鉄急行には西川ご夫妻やらいっぱいの伊勢路ウオーカーがワンサカの朝なのです。
暗かった空が明るくなり伊勢湾越しに赤く大きな太陽が昇るのを眺めながら近鉄電車に揺られて到着は7時半の
白子駅です。

駅を出ると愛歩伊藤会長がワタクシを出迎えようと待っておられましたが(ウソウソ、用事で駅に来ただけのよう)一緒に会場へと行きますと、会長夫人を筆頭に愛歩のキレイどころが並んで参加者を出迎えてくれていて賑やかとなる会場です。




オレがスタッフとしてこの二日間も、楽しげに歩いておられて印象に残っていたこの方は
敦子さんともお知り合いだそうで紹介して頂きましたが、ママの隣りは福島県の柳沼さんと仰られ記念のパチリもしましょうネ〜


フリーの本日はカメラ片手にウロウロ・キョロキョロで、鳥居のすぐ横では姿勢正しく丁寧にきちんと帽子を取ってご挨拶をされる日歩の大内副会長ともお友達となった今回ですが記念のパチリもさせて頂きます。
アハハハ・ハって大きめにパチリですがスタッフカラーのジャンパーを脱いだヒゲおじさんとママもアップでネ〜
更には我が愛歩の大家老・奥田事務局長と伊藤会長と間に三重にこの方有りの元三重県ウオーキング協会会長でもある元気な89歳・柴田さんです。
仕事の無い本日はのびのびと出来ますナ〜♪〜


戦後も60余年を過ぎて長寿命国となったこの国の元気さの証のような方々がいっぱいに集まった三日目の勝早日神社境内です。
ワタクシは四回目になる今年にして初めて参加の三日目コースでしたが、毎年我々のの為に氏子の方々が焚いてくれる焚き火と朝日に照らされてほんのりと赤みがかったホホを緩ませアチコチで談笑の朝です。
愛歩のスタッフ仲間も昨日までのお揃いジャンパーから普段着ですし、ママもそうでしたが自分がブロイラーか七面鳥になったかのようにクルクルと焚き火の側で前を後ろを暖めていて、今度は敦子さんが大分の二宮ご夫妻を紹介してくれましたが、友が友を呼び友に紹介をして共歩きとなる輪が生れます。


午前8時となって出発式が始まりましたが三重ウ協の会長さんや大内さんのご挨拶も有り鈴鹿市長も来賓としてご挨拶をされましたが「この神社にお参りをすると選挙に勝つという縁起のイイ神社で、年初からのご挨拶をさせてもらえコレで安心です」って笑わせていましたが、勝早日神社での鈴鹿市長からの一声なのでした。

そしてもっと笑ったのが本日のストレッチ体操ですが、筋を伸ばす際にはジィーっとゆっくり伸ばして静かにしないと「弾みを付けたりすると反って筋肉が硬くなりますからね」とかの丁寧な説明を真剣にしている84歳をパチリのいたずらのオレで、筒井ママにも「正恵さんもアップでネ〜」って伸ばした筋と緩む顔筋です。
更には「前の人の肩を叩きましょう」って見知らぬ前の方の肩をトントンで「ハイ・こうたーい」って180度回転して今度は叩いてもらう番ですが自然な和みの生れている会場なのでした。





当日のスタッフをしていますとゆっくりとスピーチなどにも耳を傾けるということが出来ませんが、本日はウオーカーの輪の中で
カメラを持って耳をダンボにするワタクシでスタート直前の「出発の檄」は三重ウ協の長老・柴田さん89歳なのでした。

「おまえら、げんきかや〜」
「しっかり食べて、しっかり寝て、しっかりと歩かなあかんぞ〜」
って、恫喝とも思えるような腹の底からの元気な声に尻を叩かれてスタートとなる白子ですが



白子から松坂まで36キロ・歩くぞ!・歩くぞ!・あ・る・く・ゾー! エイ・エイ・オォ〜



さあぁ、まだまだ若造の我々は今日も松坂までの36キロを楽しみましょうかネ〜
・・・って、ところが柴田おじさんは所用が有って本日はコレにて失礼とか・・・ナンじゃ・そりゃ

第一回目から12年間計画で始まった熱田−伊勢初詣でウオークですが、このウオークを盛り上げようと昇り旗を持って場所を移動しながら黄色い声でウオーカーを応援の愛歩女性コーラス隊も並ぶ中を伊勢街道へと歩を進めます。
前を行く小川の完ちゃんもオレ同様に黄旗の昨日でしたが、今日は3年前に開催されたご神木ウオークの法被を着ての歩きでリュックを外した瞬間を後ろからですし、スタート時は颯爽のママも敦子さんたちと一緒に歩く本日です。


白子を出てずーっと前後して一緒に歩いていた伊能ウオーク本部隊長を務められた大内さんですが、現在も「雨の日以外は毎日歩いています」って言っていましたし、身長を越えるピッチの歩きの事を聞くとかなり意識してそのようにしているのだそうですが、段々と伸びて80センチを超える歩幅になっている現在だそうです。

40分ほどで鈴鹿市から津市へと入りましたが、伊能本部隊員として一緒に寝食の二年間を過ごされ、今も朝4時からのウオークを日課にしている西川阿羅漢さんと大内さんのツーショットは意識して狙っていたパパの一枚デス。
阿羅漢さんも「伊能のあの二年間が有って人生が変わった」って仰りますが、大内さんも同様なのだと思います。


三日目の歩も一旦は伊勢街道を離れて「河芸町民の森」でトイレ休憩などもして並んで歩く我々ですが、伊勢路に戻ると立派な黒壁の家並みが続きます。
大江戸太平の300年の中で生まれたお伊勢信仰が全国から人々を集めたのでしょうが、慎ましやかに旅の路銀を計算しながらの旅人もお伊勢さまが近くなったこの地域では大盤振る舞いをしたのか、はたまた旅人相手の商売で小銭をかき集めて蔵を増やしたのか、今も名残りの街道筋の豪邸たちです。
そんな中を歩いていたら敦子さんたちから紹介をして頂けて、我がHPも見ておられると言う昨年春の「朝鮮通信使ウオーク」で支援ドライバーをされたという背は高いのに小の字が付く小瀬古さんとも会うことが出来ました。
パパママとも「岡崎で会ってますよ」って事でしたが、こんな目立つ方が記憶に無いなんてオレとした事が・・・でも東京の民宿・嶋さんとのご縁だとのことでもう忘れない大きな小瀬古さんです。


パパはこの3日目コースが初めてで昼食も何処でするのか判らずだったもので、家から2L入りの水筒に熱いお湯を入れてリュックの中だったのですが、今朝の電車で一瞬にしてフレンドリーになっちゃったケニア人の方から頂いたシャンパンやお酒もリュックの中で、肩が痛くなるほどの重さとなっていました。
でも筒井さんや敦子さん達から「今日のお昼はうどん屋さんよ」って聞き途中で捨てたお湯でしたが、多少は軽くなったリュックを背負って三時間を越え「ねえぇ・うどん屋さんはまだかネ〜」って、空腹のお昼前に18キロチェックポイントに到着なのでした。


津市内観音寺さんというところの横の公園がチェックポイントとなっていてお弁当の予約をした人はここで配給ですが、中身はコンビニ風のオニギリ3個とおかずだそうで、スタッフとして出迎えをしていた植野さんも受け取ったお弁当の中身を見て「三つも食べれへんわ〜」って1個もらったオレなのでしたデス。。。ごちそうさま〜

そして場面転換は敦子さんも正恵さんも勧めるうどん屋さんですが「二年前に入ったら美味しくて美味しくて、昨年は残念ながらお休みで」って、今年は営業をしていましたが、客の顔を見てから練ったうどん玉にバンバンと喝を入れトントンと麺に切っていくというこだわりオヤジ夫婦がやってぃる小さなお店です。
そこに入った大人数の我々ですがバンバン・トントンの音を聞きながら待つことウン十分・・・名古屋でうどん屋チェーン店を経営の主もこのオヤジさんのところに打ったうどんを持ってきては「ダンナ、この打ち方でどうじゃろか」「うーん・まだまだ」って技を教えたそうですが、出て来たお薦めの肉うどんの美味しいことうまいこと・・・無我夢中で汁の一滴も残さずに頂いたうどんだったのです。
あまりに美味し過ぎるのと小さなお店だったので我々の秘密としてお店の前で並んで撮った写真はハリコを止めますが、50分ほども休憩となってしまったうどん屋さんなのでした。
さあぁお腹も満ちて歩きましょうかネ〜


思い出しますが一昨年5月にママと二人で歩いた熱田神宮からで、今日はママに「ファイト〜」って言うと元気に手を上げて「オー」ですが、あの日はヘトヘトのヨロヨロで歩いていた(06年版06/5/3-4のレポートをごらんアレ)この田んぼの中の伊勢街道です。
リズム良く軽い足取りで歩かれる阿羅漢さんの後ろの田んぼの水路と、あの日のママの様子(レポート)を見て頂くと今は静かに休んでいる田んぼのこの場所が全く同じところだとお気付きになると思いますがと一句を詠んだ五月晴れのあの日が重なります。

             「薫風の 香りの中に 早苗立つ 伊勢路を今日は ママとへんば屋」

でも忙しくレポートカキコをしていると句を詠むヒマも無く、指をキーボードに走らせるオレの今です。
さあぁ 
雲出川を越える2時過ぎの我々ですが、どんどんと歩が進む風が冷たい雲出大橋です。

雲出橋の上やらその先やらでママがカメラを持ってパパたちを撮ってくれていますが、快調な歩が50分の休憩を挽回で前を行かれる方々からは「あれえぇ〜何で後ろからなの〜」って安心やら驚かれるやらで、知多新四国のお遍路仲間でもある高柳さんにも追い付きました。
「こんな長距離は初めての経験でね」ってことでしたが、後で聞くと無事に四日間を歩き通した守山の高柳さんで、今年も知多お遍路でご一緒ですので皆さま覚えておいて下さいネー


西川ご夫妻や筒井ご夫妻のお陰でママも引っ張って頂きドンドコドンの快調な歩きを続けていると、前を行く方々も巻き込んで集団が増えていきますが「なんで後ろから声が聞こえるンかい」って七夕ウオークの主役の小川の完ちゃんが言い「まあぁ〜、とっくに先かと思ったらまた会えたのネ〜」って久恵さんたちともご一緒ウオークとなっています。

一緒にうどんを食べた山賀さんや伊奈君たちも追い付いて来て前を歩いていた大分の二宮ご夫妻ともご一緒になり、肩寄せ合っての午後四時でした。
「もうゴールだよ」って証のような松坂牛の
「和田金」の前を通りましたがアレレ・レ?敦子さんが集団からスルスルと前に出てきて和田金のお店の中に入って行くではアリマセヌか??

前を歩いていた宇佐美さんともゴール手前で一緒になったママですが、信号を曲がった松坂駅手前をゴール会場としておられ愛歩の大幹部の皆さまや愛歩女性コーラス隊も我々を笑顔と拍手で出迎えておられました。
歩いている我々は遊び半分の気持ちですが、スタート場所もロングとショートの二ヵ所だし「そら今度は昼食会場だ」「さあぁ、ゴール会場を作らなくちゃ」って、大きな横断幕や机や備品などいっぱいを限られた時間でセットしたりたたんだり、しかも登り旗を持っての出迎えやらでおおワラワなのです。
でもこの大変さもゴールするミンナの笑顔で帳消しで、生き甲斐や満足感ともなっている四回目の熱田−伊勢です。
パパは愛歩会組織を城に見立てて「城代大家老」と呼んでいる奥田さんとママと宇佐美さんを「撮るよ〜」ってパチリだし、愛歩城主の伊藤さんたちにも並んで頂き「ハイ・お疲れさんですネ〜・チーズ」ってパチリですが、ママはキチンとオレがシャッタータイミングを伝えているのにナゼか目を閉じる不思議なヤツです。
ほらぁ オレとゴールを迎える日歩の大内さんですが、ちゃんと目をパッチリでしょう〜♪
大内さんに「我々より二時間ぐらい前に到着では?」ってお聞きすると笑っておられましたが、大きなストライブと背筋を伸ばした快調な歩きで今日もフルコースを完歩されたのだと思います。





ゴール後記念もこのメンバーですが二宮さんも小瀬古さんも今度会っても忘れない方となりましたし
西川ご夫妻の歩かれた伊能の輪のお陰でパパママもいっぱいの新しいお友達も出来た今回です。


本日は白子から松坂までの36キロでしたが、パパママにとっては特別な思いのある伊勢街道の3日目なのでした。
本日はこの後に希望者による懇親会も模様される松坂の夜だそうですが、出席される敦子さんたちとバイバイをして近鉄電車で帰路に付きました。
朝の電車で出会ったケニアのあなた 短い時間で語り合い手を握ったあなたのお名前をお聞きするのを忘れてしまったワタクシですが、頂いたシャンパンはパパママの記念の日に栓を開けたいと思います。
ではでは コレにて ネー




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