第13回 知多新四国88カ寺 お遍路ウオーク 1日目

         期 間 = 2008年2月9日〜6月28日まで10回に分けて「第二・第四土曜日」開催
         運 営 = 愛知県ウオーキング協会  世話役幹事のみなさん 大代表は奥田さん

  11番札所から十一カ寺を巡拝  08年2月23日(土曜)  天気 晴れのち雨のち晴天の暴風  歩行距離 21キロ
集合 JR武豊線・東浦駅(AM8:30) → 11番・安徳寺 → 12番・福住寺 → 13番・安楽寺 → 14番・興昌寺 → 15番・洞雲院 → 17番・観音寺
        → 16番・平泉寺 → 18番・光照寺 → 番外・海蔵寺 → 54番・海潮院 → 番外・東光寺 → JR武豊線・亀崎駅ゴール(PM4:15)

2/23(土)は朝起きてテレビを点けたら知多半島の梅の開花の生レポートだったのですが、傘をさしての中継に「なぬなぬ?」って我が家の窓のカーテンを開くと「おやまあ・雨が降ってるじゃん」って慌ててカッパを出してリュックに入れて出発の朝でした。
今回は参加者も多くスタッフモードのパパママは一本早い電車で、前回帰宅時は雪で一時間以上も待たされたJR武豊線・東浦駅へと到着ですが、早いスタッフやなじみの顔も半田方面から早々だし定刻の電車からはいっぱいの仲間が電車を降りて来てあっと言う間に大行列となった受付です。
今回からは事前に渡した参加票の提出で出欠確認をして、納経帳料も事前に徴収をして確認のリボンを着けて頂くシステムとなっていて、今までのように各お寺の前で集金をして都度納経帳の冊数とお金の確認というややこしい手間が要らなくなっている第14回目の知多遍路です。


東海地方各地に降っていたようで雨具姿の方もチラホラでしたが、電車の移動中に空も明るくなり青空も見えてきてホカホカ過ぎるほどの陽気となり風も無く穏やかな空気に奥田さんの朝のご挨拶にも「前回は大変だったけど今朝は」って笑みがこぼれます。
ヒゲおじさんも「この分だと上着も要らねえなぁ」っていうほどで、軽いストレッチ運動にさえも汗が出るほどのポカポカの春を引き連れて本日のお遍路となりそうな予感なのです。


一本電車を乗り遅れて来られた方を待ち出発式やストレッチをして東浦駅を出たのが8時45分ころでしたが、ママは納経帳のお世話係りで先頭を行きオレはアンカー役で最後尾を歩き、駅から500mほどで本日最初のお遍路寺の11番札所・安徳寺さんへと直ぐなのでした。

大きな本堂と広い境内の安徳寺さんですが右端の本堂からつづく庫裏に納経所があり、その本堂反対側の左の端に弘法堂がありますが、あっちではどばっ積まれた納経帳との格闘だしこっちではのんびりとお勤めの始まりです。
本日最初の般若心経が木村の姐御の涼やかに響く声とリズミカルな木魚のポクポクですが、前に立つ宝塔は「月光を以ってしても存在を隠すほどのものや、吹く風も無いのに竹がぶつかり合ってカラカラと音を成す」と言う意味なのか、禅問答のような文字たちが並んでいました。

                       「前庭に月有りて松に影無し 欄外に風無く 竹に声有り」

雨上がりの濡れた路面から陽射しに照らされてやわらかな湿気が立ち上がり軽い足元が更に軽くなる大行列を路肩の石柱が静かに見守ってくれる道中です。
そんな中を安徳寺さんから細い路地を進んで有脇小学校の裏手に当たる
12番札所・福住寺さんへと30分ほどで到着です。

長蛇の最後尾でオレが山門をくぐった頃には一段落のママや植野さん達ですが、例年の倍を越える納経帳の数にスタッフたちはテンテコマイのようで、納経帳を山門先で預かる係りが居て、今度はそれを納経所に運ぶ係りも居て、更には庫裏の中でご朱印を押してくれる方との連携で上手に納経帳を差し出し押印済みのものを回収もしているお世話係りの皆さまなのです。
粛々と楽しんでお世話係りをしていた今までと異なりナンか粗雑な作業の様相になっている今年ですが、開基200年の印が余分に押されている今年の納経帳の・・・果たしてゴリヤクは??
そんな様子を見ながらも福住寺の千体佛たちにご挨拶をさせて頂いたオレですが、無言で手を合わす向こうから「今年は大変だね」って微笑んでくれているような気がするワタクシです。


大人数を引き連れて歩く遍路道の途中では今年から愛歩役員になった瀬戸の松原さんも黄旗を持ち、パパはと言いますと写真はアリマセンが最後尾前を昨年同様に「背中を突ついちゃいやよぉ〜」って甘える岩田さんの更に後ろを、赤旗をもって静かに見守りながらのアンカー役なのです。




このお遍路を始めた頃は随分と長い距離を移動していたように思っていた安楽寺さんへの田んぼ道でしたが
道が判ってくると位置関係や距離感もはっきりとしてきて遠さを感じなくなったオレの前を
「みんな早過ぎだわぁ〜」って遥か先を行く先頭を眺めながら、わざとブレーキを掛けて歩く岩田さんです。


10時半、真新しい山門をくぐって境内に入ると開創200年を意識して新しくした建物たちに囲まれて立派な宝塔が二本も建ち、難しい漢字たちがいっぱい並んでいて何処から読んで何処で切っていいのやらですが、この四年間を歩かせて頂き13番札所・安楽寺さんが新しくなっていく過程を見させて頂くことが出来ました。
きれいになった建物と境内の調和がまた後世へと引き継がれていくのでしょうが、お寺に守られお寺を守る安楽寺さんの住職家族やその檀家の皆さまのようです。




さあぁ アンカーのパパをママが撮ってくれましたが、福住寺さんで一旦は「暑いくらいだね」って上着を脱ごうとしたら
それを見られていたように空から大粒の雨が落ちて来てまた着直したカッパだったのです。

納経帳係のママがアンカーのオレの写真を撮ってくれる余裕があるほど近いお隣りの14番札所・興昌寺さんでしたが、託す納経帳を受け取り我々がお参りをしている間にご朱印を頂き、皆さまにお戻しをしているお世話係りです。

開創者のお一人の半蔵行者さんが山門横の行者堂に祭られもしていて、本堂の濡れ縁に座っているのを半蔵さんを初めて見つけた昨年のオレですが、何時からここに座ってお参りにくる人々を見つめていたのだろうか?
なんとも言えぬやさしい笑顔で穏やかに巡拝者を見守ってくれる彼に「我がママだよ〜」って、ママにも彼を紹介していると、いつまでも取りに来ぬ納経帳が「重いぞ〜」ってヒゲおじさんの返していた納経帳の中に我が家のがあったようです。


先ほどまでの穏やかで暖かだった空気から冷たい空気が一気に流れ込んできて、空中で暖気と寒気が一気に入れ替わっていく空の様子が手に取るようでしたが、それと共に冷たい強風が吹き出した11時20分過ぎに到着の15番札所・洞雲院さんです。
ここは大通りの側に立派な門柱が有るのですがその先にお寺が見えず、集落の民家たちに囲まれた細い路地を進んでいくと広い境内のお寺となっているのですが、お遍路の人たちに奥まったお寺の存在を教える為なのか、広大な境内を民衆に明け渡した結果なのか・・・「おおぅ門柱じゃ」って安心した後で「あれれ、何処じゃいな」って心配になるほどの路地の奥の山門なのです。


洞雲院さんの境内には見事に咲き誇った梅の木が境内の真ん中に有りましたが、強風にはためく南無大師遍照金剛の昇り旗たちと一緒にいい具合のパチリが出来ました。
そしてお参りの途中からまた降り出した雨の中を出た洞雲院さんですが、昨年の歩きの時にプリントした地図を持って「このお遍路道たちをシッカリと覚えよう」って思ったら、予想した地図にナイ「これは道なの」ってところを進むのでキチンと覚えられなかった昨年です。

今日はアンカーのワタクシの近くを歩きながら時々は遍路道をレクチャーしてくれるナビ野儀さんが、オレの地図をのぞき込みながら「これでは判らんわな」って、更に今年は新しく目印となったコンクリ壁の横を進んで「どっこいしょ」って左手の幼稚園の駐車場へと歩を進めます。
今まで盛り土の上の幼稚園の駐車場って感じだったのが直角のコンクリ塀が作られて広くなり、その幼稚園前を通ってご覧のような仮設なのかホンちゃんなのかの歩道を通って昼食場所となる阿久比町役場へと進みます。
来年辺りはフェンスでも作られていて通り抜けが出来なくなるかものような工事途中を見たナビ野儀さんが「竹樋君、もしここが通れなくなったらさっきのコンクリ壁を右に行って裏から廻る道があってこの道に出てくるからね」って以前はそのコースを使っていたこともあったそうです。

右写真は一旦は降り出した雨も喫茶店の食事中に上がってくれ、午後の再スタートの阿久比町役場前を12時35分ころですが、20分ほどで
観音寺さんへと到着です。

17番札所・観音寺さんでは毎年のようにチョコレートとお茶の接待をして頂けるのですが、この大人数が一気に押し掛けたために混乱をしたのか、お参りの前から接待が始まり狭い境内でザワザワのひと時となった中を、ふと南側からの直角の階段を見下ろしていたら横に女道が有る事を見つけたワタクシで五年目にしても新発見あるこのお遍路です。

そして昨年はお寺の可愛いおチビさんたちも加わってのカタコトの接待にホホを緩めて「ありがとう」って、代わりに我々が持っているお菓子や飴がいっぱいお返しにお盆に乗せたことを思い出しますが、門前の小僧習わぬ経を読むで、こまっしゃくれた口調で「一人1個づづだよ」とか「もらってない人に渡してね」とかと、行儀の悪く群がる大人たちと生意気な子供たちとのやり取りにニガイ気持ちとなるはワタクシだけだったでしょうか。

観音寺さんを出て10分ほどで番号が前後する16番札所・平泉寺さんへアンカーのオレも到着ですが、この大人数に今までのレポートのように参加の皆さまやお遍路寺のアレコレをクローズアップしてレポートするのもままならず、混雑の中をナニを今年のテーマとしてパチリとしようか?・・・でもこの混雑風景がテーマで良いのかも。
納経帳のご朱印に手間取り待たされることも多くなった境内で愛歩の重鎮たちと一緒にハイチーズですが、この方々が主役でおられる間は現場での足軽パパを務められるけど、どんどんと変わっていく札所巡りウオークのようです。


東京ではビルの屋上の大きな看板を囲っていた足場が強風で路上に落下してきたり、大型クレーンが風に倒されたり、日本海側でも強風で起きた高波が防波堤を越えて住宅地に水害をもたらしたりの一日だった事を帰宅後に知ったワタクシですが、知多半島のお遍路道中も写真では表現出来ていないけど晴天ながらも体が飛ばされる暴風で台風の様相の中を歩を進めていました。

知多半島の中央部・阿久比インター付近まで一旦は入ったお遍路道を一旦は南下してまた三河湾側に戻ってくる本日のコースですが、平泉寺から3キロ半を突風に混じって飛ぶ砂たちが顔に当たって痛い中、帽子はもちろん体も飛ばされないようにと体も足も踏ん張って黙々と歩き通した40分ほどで無事に14時10分に18番札所・光照寺さんへと到着です。

この光照寺さんに到着の手前で今使っているカメラ袋を左写真の路地に落としてしまったオレだったのですが、気付かずに山門に入るミンナをパチリとしようとミンナの先に駆け出していて、写真を撮り終えてカメラを袋に戻して山門に入ろうとした時「ありゃりゃ・手に袋がナイ」
慌てて路地方面に探しに行くと、まるで生きている子犬のように向こうからオレのカメラ袋がコロコロと風に飛ばされて、路地から道路を横断してオレの足元まで来るではアリマセヌか・・・ワーオ・奇跡じゃ・可愛いのう・って愛を以って抱き上げた我がカメラ袋君なのでしたデス。

愛しのカメラ袋君との再会のお礼はもちろん、宝塔へと伸びた紅白の紐を握って「どうかどうか弘法様・オレの気持ちをよろしくお願いします」って、巡拝のお寺毎にしっかりと今強く願っていることを繰り返すこのお遍路ですが「念ずれば花開く」の思いで眺める山門の扉の後ろの寒アヤメです。
「あそこのお寺にはあれが有りここのお寺にはこれが居る」って、まだまだ知らぬ事ばかりですが、オレの中では「寒アヤメの居る光照寺さん」です。
さあぁ お参りが済み納経帳にもハンコがまた一つ増え、最後の方もトイレから出でこられ全員が境内を出発したことを確認後に丁寧にお礼をして出る山門下の道標は真っ直ぐ進むように19番札所を指差していますが、我々は左手の路地方面へと向います。


向った先は乙川地区の番外札所・海蔵院さんですが、この途中で今まで普通通りに歩いていたと思われた一名が急に止まったかと思うと「もう足が痛くて歩けないんです」って仰られ「ゴールの亀崎駅に帰りたい」って言われるのです。
そこでたまたま黄旗仕事で最後尾になっていたハイブリッジさんと一緒に近くのバス停の時刻表を見に行ったのですが、上り下り共に本数も少なく1時間近く待たなくてはバスも来ないようで「タクシーが良かろう」と近くのお店からタクシーを呼ぶように指示をしてミンナの後を急いだ海蔵院さんです。
ご夫婦で参加をされていたご主人にその事も伝えて事無きを得たいっ時ですが、初回は雪の中を今回は晴天の台風の中を歩くお遍路となっております。

更にお参りを済ませて向う3キロ半ほどの海潮院さんへの道中ですが、岩田さんがまたまたオレの前を行き「ナンか人はいっぱいだけど知った人が減っちゃったわねぇ〜」ってポツリで、初回は雪を心配して6番札所で打ち止めにしただけかと思った河西さんも「やっぱりミンナに迷惑を掛けるから自分でボチボチ歩こうかと思って」って言っていた事が現実となった今年二日目のお遍路です。


後ろから見るとネズミ男かと間違えそうな岩田さんを付かず離れずで見守りながら一番札所でもらった資料を歩きながら見ていたら、海蔵寺さんの事を「奥の院」と書いてありましたが何処の奥の院になるのやら・・・確かに弘法堂の前には石碑が有り「この寺に大師伝来の法衣有り」って書いて有ったけど??・・・また来年にでもお尋ねしてみましょうかね〜
って、またまた3キロ半ほどを歩いて
54番札所・海潮院さんへと到着が午後3時半でした。
これも聞きたい54番なのですが、どっさりと積まれた納経帳と格闘の庫裏を見るとまた来年にでもしようと思うけど「なぜココに54番札所が有るのか!」知多新四国お遍路道中七不思議のひとつとして数えなければイケナイほどで、おおよそは知多半島を三河湾側から時計回りに先端まで行き伊勢湾側をくるりと廻る順番の札所たちの中で50番台の札所は全て伊勢湾側の野間地区に集中しているのに・・・ナゼにここにポツンと54番が有るんじゃろうか??
そんな事を思いながらのお参りを済ませましたが、昨年「本四国をこの格好で廻ってきたんだよ」って「でも金剛杖までは恥ずかしくて持って来てないけどね」豊田の中村さんを皆さまにご紹介しますネ〜


ちょっとアップですがマフラーでほっかむりの加藤翁も本四国をお一人で歩かれましたし、これまたフードで頭を覆った鶴田パパも何度も本四国を歩かれていてお遍路巡拝のあれこれをオレに教えてくれる書の達人なのです。
今日はアンカー役だったので人と会話をすることの少ない一日でしたが、ミンナも痛いほどに当たる砂から顔を守るためにフードなどで防御の日で会話が弾むという訳にはいかなかったかも。
太陽が西に大きく傾き眩しい中を来た道を戻って本日最後となるお寺へと歩を進めます。


これはオレ記録ですが、かなり理解度が進んだ五回目のお遍路道中で分かり難い道を忘れないようにハリコだけど、もうこれで忘れません・・・絶対に!きっと!たぶん・だとイイな・・かな??
米和商店のクリーニングの看板を目印に細い路地を突然に曲がるんだけど、この目印のはずの道標が立ち並ぶ家々の植木鉢やら停めたバイクやらに隠れていて曲がった後で気が付くというややこしい場所なのです。
さあぁ 来年は自力で歩けるだろうかな。


海潮院さんからわずか500mほどですが、丁寧にハリコで綴るお遍路道中です。
歩かせて頂くどの道にもそこに見知らぬ方々の生活が有り人が生きている・・・ただただ感謝の気持ちをいっぱいにして路地を進み、坂道もエンヤコラの
番外札所・東光寺さんへとやって参りました。

西日が大きく傾き東光寺さんの狭い境内に大きな影が出来る午後4時に本日最後のお参りを済ませ、ご朱印が増えた納経帳をミンナにお返しですが、時々はパパもこのようにお手伝いをさせて頂いております。
誰よりも大きな声で腹の底から納経帳の裏に書かれたお名前を呼ぶもんだから、他のお世話係りの方々の呼ぶ名前の声がかき消され、オレのところに取りに来られるまでしつこく連呼のご自分のお名前に平身低頭で皆さまで手伝っているのやら邪魔をしているのやら、でもオレの威力でアッと言う間にご本人へと戻っていくパパ担当の納経帳たちなのです。
この後は伊藤会長のご挨拶で解散式を行い亀崎駅へと向った我々ですが、各地の強風の為に電車のダイヤも乱れていた帰路でした。
ても2日目もなんとか無事に完歩出来ましたヨーン♪〜



  三日目につづく   目次に戻る