碧海幡豆ウ協5月例会「碧南探訪・郷土再発見ウオーク」の一歩たち 08年5月4日(日曜) 天気 晴れ 距離 20キロ
コース = 名鉄三河線・碧南駅前スタート〜大濱陣屋跡〜碧南水族館〜藤井達吉美術館〜あおいパーク(昼食)〜権現灯台〜えびせん家族〜碧南駅ゴール

ゴールデンウイーク真っ只中の5/4(日)でしたが、この4月まで1年間頑張った地域自治会の役員の仕事から解放となり(我がママがね)出掛けた碧海幡豆ウ協です。
GW中ということもあり朝から乗客の多い電車を乗り継いで刈谷駅から更に名鉄三河線で30分ほどで到着の
碧南駅でしたが、晴天続きの毎日で更に良いお天気となるという本日は朝から蒸し暑いほどで駅舎の影で受付の敦子さんたちでした。
碧海幡豆ウ協の今回は「郷土再発見シリーズ」として地元の会員たちがコース設定をして案内もして頂ける碧南編の本日で、今は名鉄三河線の終点駅となっている碧南駅を下車です。
早速に駅舎横の日陰の場所でシートを広げてしゃがみこんで受付をしている敦子さんとご対面ですし、毎度簡単な出発式で丁寧にストレッチ指導をして頂ける阿羅漢さんです。


「もしや毎日酢でもがぶ飲みしてるかな」ってナニを食べたらこんなに柔らかくなれるのか?失礼なオレですが、今や碧海幡豆ウ協のアイドル的存在となってぃる今年が年女の84歳横井さんが開脚をしたり前屈をしたりで手の平が地べたにペタリです。
周囲のストレッチの方々と見比べてもとてもそのお歳とは信じられないほどの柔らかさですが、昨年も安城市政55周年記念・市内一周55キロウオークを一緒に歩き、今年の一月も安城から熱田神宮までの29キロを「あらら、今日は往復かと思って電車代を持ってこなかったわ」ってサラリと語るスーパーおばあちゃんなのです。
そして本人は海老反りでもしているつもりなのか、曲がっているようで曲がってイナイ我がママのストレッチ風景です。

碧海ブルーの青空の下をどんな探訪が有るのか先ずはまだ出来立てで新しく整備し直されたのか「菊間藩大濱陣屋跡」というところでしたが、行って説明書きを読んで笑っちゃうのが千葉県のほうの大名に与えるべき石高が足りなかったので「まあぁ、三河の海の側の埋立地でも足して君にあげちゃおうかなぁ〜」って「それでは全く飛び地だけど遠慮なく」って貰った菊間さんだったそうです。
更には「津島神社」や
「熊野神社」などと由緒も系統も立派な大きな神社も巡りましたが、これまた境内には那智大社だのお伊勢様だのと全国から有名所を掻き集めたのではと思えるほどのたくさんの分社も立ち並ぶ賑やかな神社たちで、どちらも本当に広くて中ではこの地方特有の「おまんとう祭り」の馬場になるかもと思える境内です。
その通った道はというと他所様の庭先でも歩いているのではって思うような路地たちをクネクネで、もう一度通れって言われても絶対に歩けないし、曇り空なら方角も分からなくなるほどのカクカクを繰り返していたら、九重本味醂のブランド名で名前だけはよく知っていた
九重味醂が有った碧南市であります。




九重味醂さんの昔から使っているという年代物の建物の前でミンナで記念写真などもです

次はまだオープン間無しで1ヵ月前の4月5日に開館したばかりだという「藤井藤吉美術館」へと参りました。

            われ元来画人にあらず 工芸彫刻建築の人にあらず 歌人にあらず 俳人にあらず
            音楽人ならず 茶人にはなれず 文筆の人にはあまりに遠し 無学文盲名誉なく地位なし
            才能なし 妻子もとよりなし また恩師なく弟子なし 産なく信なし
            今日賜いにし命有て 破れし筆硯あるのみ 忘恩の罪悠々重し 浪々漂々水の如きか
            明日頼むなし 凡俗の俗 愚の愚 しらず生かされしこと七十幾年
            人らしき何物もなし あわれとは斯ごとき人間をいわん

            「無きとても 何かはせん これの世の ゆめのまたゆめ 夢のまた夢」  吾勿草庵 愚翁

  
初めて聞いた名前の方ですが、この時世の句を読んで入たく気に入ったオレで、多少は現代風に漢字も交えて書き直しましたが全文を記してみます。
どんな人生だったのかどのような作品を残されたのか、またゆっくりと時間を掛けて知りたい藤井藤吉さんです。

更には
永井直勝という人が住んだ場所だと言う宝珠寺さんにも寄りましたが、この人は永井荷風の先祖だとか・・・いっぱいの知らない名前が出てくる碧南の街で、道端に立つバロメートルと彫られなにやらケージのようなものが付いた石柱は気圧を現すフランス語だそうで、昔は漁師さんがこの気圧計を見て漁に出たという往時のまま、埋め立てが進んだ街なかに今も残っているのだそうです。

地元 岡本さんの案内で「敷地の中を歩いているのでは?」って思うような狭い路地を迷路のようにアッチに曲がりこっちを曲がって、今度は埋立地であろう上に立つ臨海工業地帯の工場群の中を抜けると、潮の香のする衣浦港の港風景などが出てきました。




お昼休憩はJAあおいパークですが、昼食を終えての再スタートです。



午後は権現崎灯台跡との案内でしたが、未使用となっただけで灯台は形をシッカリ残していました。
臨海工業地帯を前に海ははるか先だけど、今も首を伸ばして航行の船の安全を祈っているかのような権現崎灯台です。



蜆川(しじみがわ)沿いの堤防を上流に上るように進む歩ですが、名前の通り今も貝類が取れるようで
胴長靴を履いた人が大きなクワのようなもので海底を漁っていました。
そして驚くほどの数のレジャーボートが奥の奥まで係留されています。




湾岸特有の海を前に工業地帯が続き、きっとここが元は海岸だったんだろう思うて堤防の名残りのところを戻ると
漁村らしい生活のにおいがする狭い路地へと戻ってきます。



今回レポートは掲示板での作業が途中で止まってしまい、ウオーク日記は写真中心となった午後の様子ですが
えびせん家族」という名前通りのお菓子屋さんに寄り道をしたり、午前中のHM美術館で知った
藤井達吉さんの生家などにも足を運んで20キロを散策の郷土再発見・碧南編の本日でした。
そして碧南駅へと戻りましたが
以前は西尾方面から豊橋へと続いていたのに碧南市以降が廃線になった今の様子です。


    目次に戻る