碧海幡豆ウ協9月例会「余呉湖と賤ケ岳(七本槍の古戦場)ウオーク」に参加の一歩たち 08年9月7日 天気 晴れ 距離 10キロ
コース = JR北陸線・余呉駅スタート 〜 衣掛けの柳 〜 余呉湖岸半周 〜 賤ケ岳登山・山頂(昼食) 〜 伊香具神社 〜 北国街道 〜 木之本駅ゴール

前日に続いてマイカーを走らせる朝ですが、二日続けて小牧ICから関ヶ原ICまで名神高速をETC割引き利用で、ガソリンが高くなっている今もこの方が費用も時間もかなり割安な我が家からの滋賀県方面です。
9/7(日)は関ヶ原からは国道を北に一本道で自宅からほぼ1時間半・80キロほどですが、懐かしの「木之本駅」は旧駅舎の横に立派な観光物産店も兼ねた大きな新駅舎となっていました。
そこからミンナが乗っている北陸線の電車に乗り込み一駅移動の
「余呉駅」で下車ですが、わずか一ヶ月ほどの再会なのに懐かしさを感じる仲間との出会いってどんな風でしょうか。

改札口を出てみると「ひょっとしたら」って思っていた垂井の伊藤さんが本当に居られ「ワーオ」ですが、7月例会で置いてけぼりになった横井さんや、敦子さんや水野ママなどと駅前をバックに出会いの一枚デス!
伊藤さんがパパに「金是在さんから暑中見舞いが届いたけど、元気な姿をよく見てますヨ、って書いてあったわ」との事で、金是在さ〜ん 今日も伊藤さんともご一緒ウオークですヨ〜ン♪

本日は山に登るとのことで阿羅漢さんご指導の丁寧なストレッチもして、リーダーの大江さんからのコース説明も有りましたが、そうそう 地面が濡れているのが判りますでしょうか。
パパママが木之本に着いてから通り雨のように雨雲が抜けていった朝の30分ほどですが、余呉駅に下車したと同時に水道の蛇口を絞ったかのように止み、青空が戻ってきている湖北地方です。


さあぁ 余呉駅をスタートですが、歩き始めた我々の横を行く「国民宿舎・余呉湖荘」のバスの中には水野ママです。
朝から「ねえねえ 今日の山ってどんなふうよ」って心配をしていた水野ママですが、たまたま泊り客を駅まで送ってきたバスに同乗をさせて頂き、賤ケ岳の登山口となる余呉湖荘まで脚力温存なのです。
我々はと言いますと、パパが前回経験したコースと異なり
余呉湖を反時計回りに周るコースの今回で、名前だけは知っていた「衣掛けの柳」が立つ余呉湖の北側へと歩を進めます。
以前にも地元ボランティアの方からお聞きしていて軽い知識は有りましたが、初めて見た木にビックリで「柳の木」と聞いていたのに「コレってやなぎ〜!?」なのであります。





「天女の衣掛柳」の説明書きも有りましたので、皆さまにも語って聞かせようぞ。

往古、天の八乙女が白鳥となってこの地に舞い降り
この柳の木に羽衣を掛けて余呉の湖で水浴をしたそうな。
これを見た地元の豪志が、珍しい羽衣を見て家に持ち帰ったと。
天女は羽衣が無くては天に帰ることも出来ず
しかたなくその伊香の刀美という豪志の元に嫁いだんだと。

そして二男二女をもうけたんじゃが、その子孫が後に伊香地方を栄えさせ
日本に一つという山と海の神を一緒に迎える形の大鳥居の伊香具神社を作った
伊香一族の祖だそうじゃ・・・ふにゃふにゃ。


さてさて 歩く余呉湖岸ですが、もう一説です。

         桐畠太夫という豪志が羽衣を隠し、妻となった天女は一人の男児を授かったそうな。
         その後天女は隠してあった羽衣を見つけて天に帰ったそうで
         残された幼児は母を恋しと泣き続けたそうじゃ。
         だからここから1キロほど離れた場所には今も「子泣き石」が残っておる。
         この子の泣き声が法華経のように聞こえるため、近くの菅山寺の和尚が引き取り教育をして
         更には京の菅原是清侯という人の養子となり、後の菅原道真公がこの子なんじゃと・・・ふにゃふにゃ。

伝説というものには意が有って語り継がれ今に残るものですが、果たして伊香一族の祖で有るのか、はたまたかの学問の神様と言われる菅原道真公なのか・・・あなたはどちらの説に耳を傾けるでしょうか。




観光案内のカンバンには「一周約6.5キロ 海抜133m」とありましたが
我々の歩く後ろから余呉駅で借りたレンタサイクルで湖畔周遊の方々も居られ
チリン・チリ〜ンって、我々を追い越していく9時半ころでした。


途中で何度も足を止めトイレ休憩などもして風景を楽しむ我々ですが、二週間前には伊能本部隊仲間だった東京の野依さんたちと、70歳超のメンバーで5日間ほどのウオーク合宿をして来たという阿羅漢さんとママも腰を下ろして水分補給の一服です。
そして小1時間ほども掛からずに、余呉駅からバスで
余呉湖荘まで先に来ていた水野ママとも湖を半周ほどした南の端で合流です。
山が苦手で「どっか登らんで済む道は無いのかね」って聞く水野ママですが、登り道のない山というものをワタクシも知りませんデス。
でも「山の高さは420mだけどここが海抜130mほどの高さだから、まあぁ登りは300mほどだね」って言葉に一安心のようですが、既に杖も出していて実は登る気満々の彼女なのです。


以前にパパママが登った大岩山コースと違い、余呉湖南岸側から賤ケ岳山頂へと比較的短い距離(1,5キロ)で登るコースのようです。
登山口には
「賤ケ岳ハイキングコース」とあり、登山者の為に杖も用意してあるなど、手軽に登れるコースのようですが、足で登らず口で登るという碧海幡豆ウ協仲間の賑やかな笑い声が山中へと移動です。




今朝の雨で足元を心配しましたが柔らかい腐葉土の絨毯も思ったほど濡れていず
直登に近い登山道を先頭案内の大江さんや加藤さんはドンドン・グングンと登って行き、84歳の横井さんもその中のようです。




そしてママはと言いますとグングン・ドンドンと後に下がって行きへっぴり腰にハアハアですが
一旦は大岩山や山本山コースと合流する広場で足を止めて呼吸を整えます。




まるで雑巾のように巨人に頭と足を持たれてグリグリと体を絞られたかのように
体中の水分が全部汗となって流れ出る山中ですが
足を止めたここは琵琶湖と余呉湖の両方が林越しに見える場所で
風の通り道となっていて天然の扇風機に煽られながら暫しの休憩でありました。
足を止めて間無しは疲労困憊のミンナの顔も、笑顔となったこの一枚です。


山道というものは平らな道と違い体を前に移動させるだけではなく、引力というものに逆らって上に上にと体を持ち上げなければイケナイ。
その作業が延々と続くことで自然と呼吸が荒くなり吐く息も苦しくなり、大きく吐いた分だけいっぱいの山の空気を体に取り入れる為に自然と背筋を伸ばし胸をそっくり返して深呼吸をするという、健康の源のような行為が勝手に繰り返されるのです。
平らな道を幾ら歩いていてもこうはいきませんが、山の効用というものを十分に感じながら、疲れたら腰を降ろしもしてお互いに前に後へとなって確実に一歩づつ・・・気分は8合目だけどまだ道半分・・・頂上はまだだヨ〜♪〜 ママ〜 ファイト〜♪


掲示板を読んでハリコの写真を眺めて頂きますとあなたご自身も「今賤ケ岳の山中に居るのでは」って錯覚をして頂けるかもですが、ほぼ1時間の苦闘の末にやっとこさ登り切る賤ケ岳です。
お名前は存じませんが水野ママの前の方が具合のいいリングになったバンドで水野ママを途中からずーっとサポートですし、頂上手前で後から背を押す山賀さんですが、これはこの時だけで「証拠写真をネー」って言う山賀さんの期待に応えてのオレの一枚です。


登り始めて約1時間で全員が山頂に到着ですが、先着の方々は既にシートもひいてくつろいで食事も始めて居られました。
そこへやっとこさ登り切った汗だくヘロヘロの後続組みが足を引きずるようにして、昼食休憩場所のシートにどっかりと倒れこむように座った一枚です。
「もうイイわ」「もうよかろうよ」と腰を下ろして暫し呆然・・・やや時間を置いて「ああぁ・そうだ!ご飯なんだ」と気が付いてお弁当を広げ始める皆さまです。
山頂から撮って重ねた二枚ですが上手にパノラマ写真になっているでしょうか?
左手は伊香一族が干拓をした木之本方面でやや右に琵琶湖に伸びるのは葛籠尾崎で、右端が琵琶湖北岸となっています。


体中から全部の水分を出し切ったのではと思うような賤ケ岳登山でしたが、萎れた花に水を与えるが如くに冷たいものを頂き、ペコペコのお腹に「さあぁのり巻きよ・お稲荷さんよ」って勧めて頂ける敦子さんの手料理や、鰻有り・鮭有り・鰤有りといっぱいのおかずが水野ご夫妻からもです。
1時間ほどを掛けて登った山の天辺で日本海を渡ってくるそよ風に秋の空気を感じながら、また1時間以上ものんびりとくつろいだ昼食休憩も済ませ歩いて登って来た余呉湖側を一望です。





ミンナで集合写真も撮って「さあぁ・汗も乾いて下山じゃぞう」の12時半ころです。
ウン!!ちゃんと横井さんもござるワイ(*^^*)V


お昼休憩中に敦子さんが「今日は支笏湖一周ウオークのアンカー役なの」って言う札幌のユキちゃんに電話をされて、パパママも声を聞かせて頂きましたが、お互いに日本の北と西とで湖を楽しみながらの一日とはこれもご縁なのでしょうか。
意識しなくても勝手にスピードが出てしまう下り坂は「足を滑らさないようにネ〜」って、疲れた足で浮石にでも乗るとズルリとしてしまいますのでお互いに注意をしながらの下山です。
そして急ぐ道中では有りませんので琵琶湖が一望のロケーションではミンナで足も止めて暫しの観覧もして、ママは携帯メールでドチラヘでしょうか?


賤ケ岳には山頂と下の大音地区を結ぶリフトカーが有り琵琶湖側からはヒイ・ヒイ言わずともハイヒールで昇り降りが出来るのですが、片道だけでも利用が出来て、水野ママが「私が乗らんで誰が乗るのよ!」ってリフトカーのお客様となり、乗りたかった岡本さんは重量制限で乗れず(これはオレのウソです)我々と一緒に自力で下山です。
わずかな標高差といいながら山頂での食事中に「これは間違いなく秋の空気だな」って仰る阿羅漢さんでしたが、徐々に下るに従ってムンムン・ムシムシとなり地上近くとやや上では空気そのものが違うことを実感しながら30分ほどで大音地区へとです。


歩きながらもスナップ写真たちですが、本日リーダーのお一人刈谷の加藤さんが左端の黒い服の女性です。
「もう、おばあちゃんよ」って言いながら、本日の下見を今回コース担当の仲間として、更にまた四日ほど前にも「あのお天気で心配だったから」って、たった一人で再下見をなされたそうです。
午前中はずーっと先頭を歩き、午後は大江さんにバトンタッチのようで、我々と同歩で下山となりました。
大音のリフト乗り場横で一服の水野ママとオレですが、実は心配で「本当にリフトを上手に降りれるだろうか?」「気が付いたらまた上に昇ってしまい、リフトから降りれずに二・三周余分にクルクルでは!?」ってでしたが、要らぬ心配だったようで涼しげな彼女とオレのハイチーズをママがパチリです。




さあぁ 伊香具神社のお参りなどもして向うは木之本へであります。



広大な大豆畑を抜け穂を垂れた田園の中を抜けて、一旦は北国街道筋に入り
木之本地蔵
にお参りをして木之本駅に午後2時に到着で解散となった碧海幡豆ウ協9月例会でありました。




パパママはマイカーで来たのでここでお別れとなりましたが
ミンナは仲間と一緒に
青春キップを利用して電車で帰路となりました。
後で敦子さんからのメールによると、時間が早かったことも有ってか混雑もなく
北陸線から米原経由で東海道線に乗り換えて「ミンナして座席に座って、樂々で帰れたわヨ〜♪」だったそうです。

ではでは コレにてネ〜



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