「第10回横浜ツーデーマーチ」初日に参加の一歩たち 08年10月11日(土曜) 天気 雨のち晴れ 距離20キロ
コース = レンガ倉庫広場スタート 〜 港みらい地区 〜 大岡川遊歩道 〜 久良岐公園 〜 根岸駅(昼食) 〜 港の見える丘公園 〜 山下公園 〜 会場ゴール

10/11(土)は一昨年に続いて二回目となる横浜ツーデーマーチへの参加ですが、迎えに来て頂いた地元のなおきちさんと一緒に会場入りとなる電車道です。
歩いている途中で「もしかして」って恐る恐るのように声を掛けて来られた埼玉の栗山さんですが「ホームページのパパママでは?」って、TS.マウスさんともお友達だとの事で歩きながら会話をしていたら後ろからは東京の仲村さんも来られ「ハイハイ・並んで、並んで〜」のオレの朝です。

お祭りが始まる前のように「こころウキウキ・からだフワフワ」で、行ったレンガ倉庫広場会場受付には鶴田ママの妹さんの西山さんもスタッフとして大忙しの8時半です。
会場には大きな大会に行くとよく見かけるヘルメットおじさんですが、以前にも頂いたことのあるメモ帳を今回も「さあぁ・どうぞ」ってパパママも頂けましたが、メモ帳の絵柄は全て手書きの手作りで「ヒマな時に作ってます」ってその絵柄もご本人同様にステキなものです。
頂いた袋からゼッケンに名前を書くため移動でしたが、そこにチョコンと座っていたのが滋賀の宝・因さんで確か今年の「熱田−伊勢初詣でウオーク」以来だったと思います。
「いつもお元気で」ってパパも声を掛けましたが、周りの方が「ちっとも変わらず若いわよね」って言うと「それじゃ化け物でしょ〜」ってウイットのある会話もして来年2月の誕生日で90歳の卒寿となる因さんとママの一枚もパチリです。

更に奥の開会式会場に行くと岐阜県・伊那市の山中ご夫妻ですが、また下呂にも行く今年だそうです。
何人ぐらいの参加なのか林立の参加者たちの間を縫うように見知った方々をウオッチのパパでしたが「おっ・益子さんが居るわいな」って近づいて行くとそこにはナンと徳島の佐々木さんも居られお聞きすると「今週は知多半島で開かれた本四国遍路OB会」で木村ご夫妻などとも一緒だったとの事です。
更には「ワーオ!」ですが札幌の照井さんや川野さんが居られたりで、照井さんは「日本の100名城巡り」もしていて、昨日は群馬県だったとのことです。


あちこちをウロウロしていたら歓迎のご挨拶なども済んでストレッチもしてイザ・スタートですが、マイクからは「旭川の藤田ご夫妻にお願いします」ってことです。
ママも前に走り携帯カメラでパチリですが、旭川と聞いたらのりちゃんに早速送信なのだと思いますがエイ・エイ・オー!って三回の後は一気に動き出したスタート会場で、その中には朝会った須田ご夫妻もです。


「檄」が終わって一気に動き出したウォーカーの波にママやなおきちさんを見失ったオレでしたが、笠帽子をかぶって目立つところに立っていたけどママたちが結局は分からず、気が付くといつもの様に「足が遅いから事務局に前以ってお願いをして20キロスタートの時間に10キロコースに出るのよ」って言う因さんが最後尾です。
しかもママの携帯に何回電話を掛けても「ただ今電波の届かないところに居るか電源が・・・」って「肝心なときにどうして電源OFFなんだよ」って思ったら、今朝の一瞬の間に故障してしまったママの携帯電話だったようです。
来ないパパに不思議に思いやや歩いてから会場に戻って出会ったパパママでしたが、
レンガ倉庫街を一生懸命に携帯電話の復活のため格闘のママの歩をパチリのオレです。

ママによると電源も入っていて画面も出ているのに受信もせず、もちろん発信機能も動かずで「どうしたのかしら」って、顔はまだ笑顔だけど心では半べそ状態です。
みなと未来地区の電車道を高層ビル群や係留展示の日本丸を眺めながら一キロほどを歩いた信号のところで大きな協会旗を持った横浜の中村よっちゃんと再会です。
会場ではスタート先頭から離れたところに居て気付きませんでしたが、20キロコースの旗手をされ、この後は戻ってアンカーをされる本日だそうです。


携帯電話が使えず撮った写真を写メールで送ることも出来ず凹むママですが、大きな桜の木の根が歩道をうねらせる大岡川遊歩道を足元にも注意だし油断をすると頭も打ちそうな道を大行列が行きます。
そんな中を藤沢の大田さんですが「中山道でご一緒でしたね」って最初は??でしたが、お話をしているうちに思い出す伊能仲間の中山道でご一緒だった背の高い大田さんと暫し同歩です。


「港よこはまツーデーマーチ・海と港と街巡り20キロコース」の初日はスタート以降も時折落ちる雨粒でしたが「この程度ならカッパを出すほどでも」って言いながらも、ママは孫の萌生ちゃんとお揃いのオモチャの傘が面白くてその傘を開いたり閉じたりながら、休憩もほとんど無いままに大岡川を上流へと10キロほど歩いた久良岐公園がチェックポイントでありました。
多くの方はここで昼食休憩でしたが、パパママは途中で愛歩仲間だった石文さんとも同歩をしながらも目指せ「根岸のサンマ」で、なおきちさんに何度も「後どのくらい?」って聞きながら二年前の思い出の「サンマ麺」を味わいに歩が弾みます。

そして出会ったコヤツですが、初めに聞いたときは鰊そばのように丸ごとのニシンがドーンみたいのイメージでしたが、ホントにラーメンの上にサンマが乗っているのだと信じていたオレです。
お店の経営は中国出身の方々のようでホールの店員の方の丁寧な日本語にも何となくイントネーションが違い、厨房のほうから聞こえてくる声は完全にアチラの言葉で、その賑やかさがまるで異国で食事をしているかのように感じます。
その上手な日本語のきれいな女性にお聞きすると日本に来て18年だそうで、オレが「それじゃあ間違いなく18才以上ですね」って言うと「ハイ・そうです」って赤ら顔が可愛く、なおきちさんのこともご存知で「こちらの方は良く来られていますね」って、根岸駅前のなおきちさんが常連の
金龍園さんでの昼食休憩なのでした。

そしてコースに戻るとこれまた可愛いおチビがママと一緒に頑張って歩いていて、既に15キロを超えた1時過ぎです。
名前を聞いたり住所を聞いたりこちらの事も伝えたり、ウオーク仲間というものは本当に不思議で年代を超えた「軽い一言」がお互いに心を開きあって語らいや和みまでもが生まれるのです。


出逢った親子は小学校2年生の彩加ちゃんとママで「パパは土日も仕事でして」って、初めて参加をしたこのようなウオーク大会だそうです。
おかあさんに似たクリクリの目が可愛くて5月生まれでクラスの中でも一番大きいほうだそうですが「水泳とテニス」が得意なスポーツウーマンの彼女の学校は今に珍しい千人を超える子供達で賑わうジャンボ小学校だそうで、神奈川県央の大和市というところから参加の彩加ちゃんです。
「いろいろと質問をしてくる変なおじさん」って思われたかもですが、気が紛れたかものまま着いた
港の見える丘公園では「足の裏がちょっと痛いの」ってママに足を見てもらい、その足で山下公園へと歩が進みます。
港沿いに続く
山下公園では「世界の食のカーニバル」というお祭りが開かれていて、ドイツの民族衣装の彼と記念写真を彩加ちゃんたちとです。
このドイツの青年によると日本留学の先輩達が「生活費の一端を」って作った楽隊で、この衣装で音楽を演奏して学資資金を生み出した15年ほど前で「今も続くこの楽隊でわたし達も助かってます」って説明なのでした。


そんな彼が「3時からの出演ですので是非どうぞ」って事でしたが、ドイツ民謡を創造しながらその舞台での外国の方々の演奏をしばらく見て後にした食のフェスティバル会場です。
更になおきちさんが案内をしてくれましたが、昨夜は暗くて分からなかった「
赤い靴をはいた女の子像」で、以前は本当に「赤い靴」を履かせていたことも有ったけど「盗難などで今はこの姿で座る彼女で既に100歳を超えてます」ってボランティアガイドの方にシャッターを押してもらいました。
さあぁ お天気も回復して海がきれいなみなと未来地区が近付いてきた午後2時半ころです。


我々がゴールしたのが二時半ころでしたが20キロのアンカーを務め中村よっちゃんたちも会場にもどり、そこで40キロを歩いているというかめさんに電話をすると根岸森林公園付近との事で、1時間ほどを会場で待つことにした我々です。
そしてふとレンガ倉庫の奥を見ると「工作船展示場」とあり、どうも海上保安庁の施設のようでその横の岸壁には大きな巡洋艇も停泊している横浜港です。
なおきちさんと三人で見学に行きましたが、二年ほど前に海上での切迫した追尾の様子や衝撃的な射撃映像が印象に深い朝鮮工作船がそのままの姿で展示されていたのです。
館内で説明の方のお話によると「海上保安庁は警察と同様でたとえ犯罪者でも相手に危害を加えることは禁止されていて、正当防衛による抑止行為以上の事は許されない」そうで、この時の攻撃行為も相手方からのランチャーというロケット弾攻撃に対する阻止行為の結果で、しかも工作船が沈没したのは、逃げられないことを悟った相手側の自爆によるものだと言い、当時のその瞬間の画像が繰り返し流れるモニターも壁際です。
韓国同様に隣国の朝鮮ですが、歴史の不幸が積み重なっての今の関係を考えると胸が焼ける思いで眺めた展示物たちです。


今回のウオークに参加して「もしかしたら出会えるかな!」って期待をしていた、海保出身の伊能本部隊員でもあり碧海幡豆ウ協仲間の西川阿羅漢さんのご縁で愛知県で知り合いになった、現役海保の上山さんです。
仕事の都合で町田に引っ越したという上山さんですが、もしかしたらが偶然にかめさんと同じ40キロコースを歩いてゴールところと、我々が工作船を見学して会場に戻ったのがピッタンコのタイミングだったのです。
職場の仲間が20キロを歩き既に横浜中華街で盛り上がっているところに急ぐ彼と記念のパチリでしたが、ママも携帯カメラでパチリをして敦子さんに送信です。
そうそう 今朝は故障のママの携帯電話ですが、なおきちさんが金龍園での昼食休憩中にママに「ちょっとお借りして良いですか」ってチョチョイと触ったら故障解消の携帯電話で、サンマ麺でお腹も満ちたことも有り復活の我が携帯電話に半ペソもウソのように直ったママだったのです。
そこにゴール到着のかめさんですが、トトロさんや中村よっちゃんも加わってゴール記念を撮って、さあぁ・今からミンナでゴール祝いにお出掛けです。


かめさんのゴール後は同じ40キロを歩いていたという愛知の鈴木さんご夫妻たちもご一緒に向うは前日同様に桜木町駅近くの餃子の王将ですが、久々にかめさんとじっくりの会話です。
普段もネット上でかめさんの行動のほとんどが判り、久々の出会いという感じも無いままに「あの時のウオークは」のかめさんに「そうそう」で、東京スリーデーやら東松山やらナイメヘンの話などとウオーク談義に花盛りのアフターです。
そして全国区の大将にも有った「サンマ麺」ですが、広東省のメニュー名がそのままラーメンの名前になったという神奈川県だけのあんかけもやしラーメンを鈴木ご夫妻にも味わって頂き解散となった午後6時半です。
ではでは 横浜ツーデー初日レポートを これにてネ〜



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