碧海幡豆ウ協「鎌倉街道を通って熱田神宮へ初詣でウオーク」に参加の一歩たち 09年1月4日(日) 天気 晴れ  距離 20キロ
コース = 名鉄本線・前後駅スタート 〜 二村山 〜 鎌倉街道 〜 新海池公園(昼食) 〜 村上神社 〜 百毫寺 〜 呼続公園 〜 熱田神宮ゴール

2009年初歩きは1/4(日)で、昨年末に今まで使用していたカメラが突然のように動かなくなり、急遽新しく買ったカメラの使用方法も不明確なまま持って出掛けた碧海幡豆ウ協の初詣でウオークでしたが、カメラが小さすぎて手に馴染まず、不慣れなせいも有ってか今までの様な画像がゲット出来なかった年初ウオークです。
しかも撮ったつもりの写真が写っていないばかりか、同じような写真が何枚も撮れていたり(連写機能のようです)でしたが、先ずはウオークレポートを。
今回のウオークは安城市から
「鎌倉街道」という「東海道」よりやや北側に位置して平行に伸びる道を利用して「熱田神宮までお参りに出掛けよう!」という12月例会の続きとなるコースで、集合場所は12月例会でゴールとなった名鉄本線・前後駅です。
受付で忙しい敦子さんが出迎えて頂けますが、顔馴染みの皆さまとも新年のご挨拶もして、前回同様に水野パパの先導で前後駅から豊明の街を抜け鎌倉街道へと初歩きの歩を動かします。


前後駅から旧東海道を横切るように北に向かい二村台団地を抜けて二村山に登って鎌倉街道と合流をしましたが、名前の通り鎌倉時代に制定され京都と鎌倉幕府の有った鎌倉を結ぶ街道で、八波木宿(当時は岡崎の矢作のことをこんな字で書いていたのかな?)・八ツ橋宿(今の刈谷市北部)沓掛宿(今の豊明市)、そして東海道とも重なっている鳴海宿・熱田宿となっていたそうです。

二村山を降り進む先には鎌倉街道の地名から取って名付けたという「鎌倉台中学校」が有り校門口には校名由来碑も有りましたが、新海池公園(にいのみいけ)というところで昼食休憩となりました。
午前中は他協会参加の方も多く黄旗安全班だったことや新しいカメラ君に慣れずにほとんど写真を撮ることが出来ませんでしたが、ママも今までより広角のカメラの上下左右がつかめないのか被写体の上下左右に収まりがイマイチの写真たちです。
そして敦子さんの「ままかり」とも新年のご挨拶をさせて頂き、水野パパからもお屠蘇代りの缶ビールを頂き、穏やかで風も無い陽だまりの公園で腰をどっかりの小1時間ほどです。





寒さなど 微塵も感じぬ 陽だまりで 新春祝って 交わす美酒たち

食後に新春のご挨拶のパパママのスナップ写真もですが、お元気な横井さんもご参加です。
今年1月30日に満85歳をお迎えで、今や我等が碧海幡豆ウ協のアイドル的存在の彼女ですが、毎日一万歩は歩き出たものは残さず食べて、今は毎週通うカラオケ教室で「大声を出すのが楽しみなのよね」って言い、今朝も参加票の年齢欄には「もう今朝の参加票に85って書いちゃったわ、アハハハ・ハ」って、いまだに五十ウン才をナンとか少なめに誤魔化そうとする我がママとはエライ違いです。
しかも阿羅漢さんも仰られますが、全国数多のウオーカーの中でも年齢比ではピカイチではと思う元気度とスピードで歩かれる横井さんで、今日も常に先頭グループで周囲にパワフルモードを振りまいておられます。


そうそう もう3枚、ねらった訳じゃないけれで不慣れな新品カメラが連写機能となっていたようで、1回のシャッターでごらんの通りですが、阿羅漢さんやみんなが見守る中を水野パパが鉄棒の逆上がりで、果たして上手くいったかどうかは身軽な水野パパご本人にご確認をネ〜




午後のスタート前に何グループかに分かれて碧海幡豆ウ協公認カメラマンの後藤さんが撮った
集合写真をパパもですが、今年も元気な笑顔がいっぱいです。

昼食休憩後は千句塚公園村上神社など鎌倉街道筋の神社などにも参って進んだ我々ですが、途中では旧東海道とも交差をする鎌倉街道となっていました。
パパは黄旗安全班を務めていて写真を撮る時はママに黄旗を持ってもらってでしたが、水野パパの先導で快なっている快歩となっている午後も、まだ一月で影が伸びだす午後2時過ぎです。


順調な歩がどんどんと進み呼続公園や、愛知県の語源ともなったと聞く年魚市潟(あゆちがた)景勝跡の碑が建つ百毫寺(びゃくごうじ)など、この時期の配慮だと思いますがコマメなトイレ休憩も上手に取り入れながら予定より30分ほども早い午後3時過ぎに熱田神宮南正門前に到着の初詣でウオーク20キロです。




まだ松の内の参道は両側にいっぱいの屋台が建ち並び大勢の参拝者でしたが、山門横で解散式を行なって
自由にお参りや帰路につく碧海幡豆ウ協1月例会でした。 でわでわネ〜




「手を合わせ 祈るは元気に いっぱいの 素敵な仲間と 楽しい歩きを」