21世紀の朝鮮通信使  ソウル−東京・友情ウオーク36日目をお見送り 07/5/6(日)


「尋ね行き 知った歴史と 優しさに 思い届けと 習うハングル」

韓国の行く先々で迎えてくれた方々の熱い思いと優しさがユキちゃんのハートに突き刺さり
何とかそのお礼の気持ちを自分の言葉で伝えたくて習い始めた2年前の朝鮮通信使ウオーク後だそうですが
「右から左で月謝ほどの成果が上がってナイんだわ〜」って笑う札幌のユキちゃんが、ハングル語で
参加の韓国メンバーに何ぞを語っているのが印象の参加初日でしたデス。


金井カメラマンの公式ホームページもご覧下さいネ

 中山道・垂井宿から美濃路を通って尾張一宮まで 09年5月05日(火曜) 天気 晴れ後雨 距離 37キロ 
GW前半は身内の来訪が有り、休日の度にウオーク三昧で過ごしていた10年分の大掃除や、思い切っての若干のリフォームなどもして片付けた我が家で、お陰でサッパリと小キレイになり落ち着いた5月5日はパパママの結婚記念日ですが、そんな中を頂いていたスケジュール表をニラメッコしながら「行きたいな!」って思っていた朝鮮通信使ウオークへと出掛けて参りました。
久々に会えると思うとそれだけでミンナのお顔が浮かび緩んでしまいますが「逢いたいあなた」の顔を見に、いそいそと乗った電車には安城の西川ご夫妻も居られ一緒に降りた
JR東海道線・垂井駅です。

既にデイリー参加の方もたくさん居られユキちゃんは忙しく受付をしていて、でも嶋さんや菅さんや遠藤さんや、疲れ切ったように座っていた金井カメラマンもガラガラ声で、本隊員全体に風邪が蔓延している今だそうです。
そんな中を「体中をアルコール消毒しているから大丈夫なんだわ」ってミンナが言うオッパーさんの司会で出発式ですが、
正使・副使・従使官の三使に加え更に三人の韓国からの参加者を紹介で、目と目と合う宣さんはパパママの事を覚えていてくれたようで笑顔と握手でご挨拶です。

今回は韓国から参加の方の人数も増えた為か朝の出発式の様子も変わり、宣正使のご挨拶も無くひと言韓国語講座も消え、朝鮮通信使に関する歴史のレクチャーも有りませんでしたが、清田のダンナさまの指導でストレッチをして、副使役の車(チャ)さんの檄で動き出した隊列です。
出発式前は体調も今イチだと言い座り込んでいた金井カメラマンでしたが、第一回目の時もそうですが取材担当として大きなカメラを首から下げて隊列の前へ後へと「たった今しか無いこの一瞬」を画像に残すべく足早に前へ前へとです。





中山道ウオークでもコースリーダーを何回もされている地元垂井の伊藤さんと
本隊の阿部覚さんが両国と通信使のコースを描いた友情ウオークの旗を持ち先導で渡る鯉のぼりが泳ぐ相川です。


その隊列の中に伊能ウオークから生まれ育って続けてきた中仙道ウオークの主役たちがいっぱいですが、10年前に金哲秀さんから編笠を引き継いだ2次の渡部園子さんが居て、3次の西川ご夫妻の敦子さんも右画面の中で、4次は遠藤さん5次は嶋さんです。
そして今朝ストレッチ指導の6次の清田さんが居られ、ママと手をつなぎ手を振るユキちゃんが7次で、今年第10次を受け持たれ春ステージを済ませた森宴会部長の顔が半分ですが、9次の金井さんはカメラを向ける側で、8次の畑中さんを除く9人が揃っている本日です。


気持ち良さそうに垂井の相川に飾られた鯉のぼりが川面に写りながらそよいでいるのを背景にして、第9次を担当した金井カメラマンが連日の通信使ウオークをブログで紹介していますが、こんな所によじ登って流石にプロのカメラマンです。

でオレはと言いますとママが語らうミンナとのスナップですが、敦子さんやユキちゃんのお陰なのか、エニシとご縁が重なって普通なら立ち入る事も拒まれそうな伊能ウオークから育った特別な仲間の輪の中に加えて頂き、嶋さんとも正に十年来のお友だち状態の今です。
更には今回の通信使ウオーク参加募集を民団新聞で知り全くウオークの経験の無いままに参加されたという埼玉の天野さんとママが会話を弾ませているけど「一緒に歩く」という行為の中で急速に深まる友情は何ものにも変えがたい貴重なものです。
韓国で生まれ育ちアメリカに移住をして日本男性と結婚をして今は埼玉県にお住みだそうですが、ソウルからの連日のウオークやその後のアフターなど「全てが初めての経験です」って色々と親しく語ってくれます。


敦子さんもハングル語を交えて正使役の宣さんと語り合いながらですが、第1回目を実施した時に今回の二次となるような計画が考えられていたのかどうか、韓国体育振興会の会長職にある宣さんの協力も有って実現したであろう二度目で、季節も重なる4月1日ソウルスタートから1ヵ月余、水が張られた田んぼ道を田植え風景を眺めながらの道中です。

35日目は垂井から一宮まで美濃路を37キロですが、朝のスタート時には先導の伊藤さんと一緒に地元歴史家の方が垂井の地を案内してくれ、進む大垣の地では通信使ウオークの昇旗の隊列に、今週末のお祭りの準備だと言って祭り屋台を組み上げる地元の方々が「これは朝鮮通信使が残した絵を元に作った龍です」って、屋台を飾る龍の彫り物を高いところからミンナに見せて説明をしてくれます。
一日に40キロ近い距離を進む中で慌ただしいながらも、あちこちで足を止め「交流ウオーク」に努める皆さまで、本日三つの大きな川越えの先ずは
一つ目揖斐川越えです。

揖斐川を越えて墨俣城公園で昼食休憩となりましたが、敦子さん手作りのサンマ寿司や色々な野菜がミョウガの味に漬かった漬け物を頂き、一緒に座ったユキちゃんや嶋ちゃん、そして紀乃ちゃんからも「用意されたお弁当よりもこちらが美味しいワ〜」って、オレとママと阿羅漢さんが通信使隊員用に用意された弁当係となり、ミンナは久々に敦子さんの手料理に舌鼓です。
でもその弁当の量が多くて腹が苦しいほどの食後で、午後のスタート後は直ぐに、本日
2本目の大きな長良川越えです。

デイリー参加の我々はソウルから釜山までのアチラでの話を色々とお聞きするのが楽しくて面白く「何キロ歩いた」とか言うことを忘れてしまいますが、連日の長距離ウオークと疲労からくる体調不良なども重なる中を、飛び回ってカメラを向けたりママがお腹を抱えるバカ話をするオレで気を紛らわせて頂けたでしょうか。
アンカーには名コンビの清田のダンナさまと森宴会部長のお二人が見守る通信使ウオークです。


そうそう途中のスーパーマーケットでトイレ休憩の時に雑談は「仙台藩・足軽 時々かろう(家老?過労?)」と背中に自作ゼッケンの多賀城の和田さんとも親しくなって久しいのですが「5月5日が結婚記念日の我々でして」って、そんな話題も出たところ「わたしもそうだけど一度も記念日に家に居たことがナイなぁ」って和田さんで、初めて知ったご一緒の結婚記念日の本日でしたデス。
そして写真が無いけどお昼休憩の墨俣へ車で駆け付けてくれた新潟の篠崎幸ちゃんがお弁当の差し入れもしてくれましたが、ここでもおやつを用意して追い掛けて来てくれ、どうも遠藤さんが携帯電話で連絡を取り合っていたようです。
世の中、携帯電話というものが出来て本当に便利になり有り難いことですネ〜。


本日三つ目となる大きな川越えは木曽川で、この頃になると我慢していた雨が空から落ちてカッパやポンチョに傘の花も咲きましたが、敦子さんと嶋さんも並んで語らい、後には韓国内ではご夫婦ご一緒だった大津ご夫妻のダンナさま・武ちゃんが所用で帰り「一人で寂しくな〜い?」ってお聞きすると「貴方たちを見るとよけいにネ!」って紀乃さんが居て、伊藤さんの先導に宣さんの赤いポンチョが肩を並べ、オッパーさんがシンボルの旗を持って雨の中でもお元気です。

第1回目の時も寄った尾西歴史資料館にも寄りましたが、朝鮮通信使が通った時に作ったという木曽川の船橋の説明では、長さ475間3尺(864m)幅は9尺(2.7m)で、大型船を中央部に44艘並べその前後に小船230艘を半分づづ並べ、陸地や川底に楔を打って船を繋いで固定してその上に板を張って仮橋としたそうです。
軍事上の必要から毎回往路で渡り終えると解体して、復路で朝鮮に帰る時にはまた組んだそうですが、絵図や模型などの道中風景に興味深く耳を傾け色々な質問もしていた三使や韓国参加者の方々です。


今回は都合も有り35日目となる本日の垂井から参加をさせて頂いたパパママですが、スタート後に同じTシャツを着た人が自転車用のヘルメットをかぶりアンカーの更に後ろから着いて来て「誰ナンだろう?」って思っていたら韓国からの本ウオークへの参加者で「そんなには歩けないので自転車で参加はダメだろうか」って宣会長に申し入れをしてOKになったという方で、嶋さんに教えて頂いたけど「それが笑っちゃうけど名前を車(チャ)さんって言うのよ〜」って「車に縁がある名前でしょ〜う」でした。
「友情ウオーク」にこのような形で参加される方が居るのを不思議にも思いますが、日韓の友情が主眼で受容をして共に東京という同じ方向を向いて一緒に行こうと言うのも「コレも又良し」なのだと思われます。
オレが「尻は痛くないですか?」ってジェスチャーを交えて聞くと「ケンチャナヨ〜」って笑顔が優しく、そういえば今朝スタート時に「檄」をされた方だったとゴール手前で気付いたオレです。
今朝8時10分ころに垂井を出て
一宮駅ゴールがほぼ5時の37キロでしたが、ゴールではコース先導の伊藤さんに記念のペナントが贈られ、我々ディリー参加者もハングル文字で名前を書かれた参加証を頂き解散となりました。
様々な形で結婚記念日を過ごす毎年ですが、歩ける元気とその環境に感謝をして一日を終えられた本日デス。
ではでは明日もネ〜♪〜