パパママ初挑戦・韓国ウオーキングの旅  2009.10/21〜27

 韓国訪問 第6日目の一歩たち 2009年10月26日(月) 天気 晴れ
第6日目 旅程 = ソウル市内観光ウオーク(ソウルユース 〜 南山 〜 南大門 〜 セジョン通りなど) ソウルユースホステル連泊 

盛り沢山の交流に「二人で来たので費用は二倍かもしれないけど、楽しみようは人の三倍も四倍もだネ」って言われて、嬉しいやら恥ずかしいやらのパパママの韓国ですが、時間は刻々と流れています。
10/26(月)は雪嶽山行きでも大変お世話になった柳(ゆう)さんが前夜から一緒にユースに泊って頂き、今日もソウル市内の観光ウオークの案内をして頂けるそうです。
甘えっ放しの彼ですが出発前の柳さんとだったり「翌日札幌便は午前中だから」と、今日は一人で市内散策をするというユキちゃんとも、ツーショットのワタクシでります。





今日は市内ウオークで「万が一行方不明になる方が居たら最後の写真になるから」と、この時はまだ一緒だったという証拠となる
ソウル国際ユースホステル前の団体撮影だけど、タクシーに見せるとここに送ってくれるというカードも持つ我々です。

ユキちゃんがハングル語を勉強し始めてどのぐらいなのか、札幌では専属の先生も得ている今だそうだけど、最初に「話せるだけで良いのか、読み書きもしたいのか」って問われて「全部したいの」って答えたユキちゃん本人は「まだまだよ」って言うけれど、心も気持ちもこもったハングルが特徴のユキちゃんです。
彼女やえっちゃんの後押しも有って参加の今回ですが、来れなかった えっちゃ〜ん 誘ってくれてありがとう!次回はご一緒をネ〜
ユキちゃんはミンナと分かれて一人歩きのソウル市内へで、我々は鴨の子供の如くに柳さんの後をぞろぞろと、先ずは
南山コル韓屋村というところへです。

ここ南山の谷と書いてナムスンコルと読むそうだけど、ここに点在した旧家を復元して、往時の人々の生活や文化を実演して頂けたり、体験も出来る日本の明治村のようなところのようです。
これまたへっぴり腰ですが、お正月に子供が遊ぶコマ回しですが、棒の先に付いた革のムチで、どんぐりのオバケのようなコマを叩いて廻すものです。




今回の旅のパパママのツーショットは、カメラを向けると「私が撮ってやるけん」って逆にこんな風で
福岡の大村さん(仲間からはミナコと呼ばれています)に
甘えるパパママです。




更にもう一枚もミナコさんに撮ってもらいましたが、チマチョゴリの女性と一緒にです。

小1時間を園内で楽しみ、今度は南山の頂上までウオーキングです。
通信使ウオークで正史役をお勤めの宣会長を始め、韓国体育協会の要職を担う柳さんのお話では、毎年9月の第一週目に開催される韓国体育協会主催の「ソウルツーデー」でも使うコースの一部になっているとの説明ですが、ウオーキング専用道路として自転車を含めた車の乗り入れが一斉無いクッションの効いた道を歩かせて頂きます。
登坂の歩を進めるたびにハアハアですが、眼下にソウルの中心部が見え、足を止めては景色を眺め、更にどんどんとハアハアです。


泊っているユースも南山コル韓屋村も南山の麓に有りますが、高さがどのぐらいなのか登ること1時間、長い階段も有って足がクタクタながらも、紅葉の景色や周りの木々を跳び回るリスに気持ちを和ませられて自力登頂の我々です。

しかも紅葉の景色越しに目をやると動いているロープウエイが目に入って「なんだ、ロープウエイも有るじゃない!」って、これを見た途端に「疲労も倍化よ」って女性陣でしたが、全員が自力登頂のナムスン頂上なのです。
頂上には初日仁川空港からソウル市内を通って東海岸に向かった際にもハッキリと見えましたが、更に高く立つソウルタワーが建ってます。


南山タワーはソウルの観光スポットで日本人はもちろん海外からの観光客も多く、互いのカメラを渡しあって記念写真などもアチコチですが、パパママには専属のミナコカメラマンが居られます。
そして「有名なのよ」って案内をしてくれたのがタワーを囲むようにあるフェンスですが、面白いのや可愛い形のもいっぱいだったけど、愛を誓い合った二人がカギを掛けて永遠を祈る場所だそうです。





「パパママにも前以って言っとけばよかったけんね」って大村さんでしたが
カギは無くても「これで十分」って腕を組み合ってフルムーンのような気分の異国の地を堪能の我々で失礼さまです。


柳さんのご配慮で「一般交通機関も楽しんでもらいましょう」ってバス亭まで降りて今度はバスで南大門までですが、乗り降りのシステムや料金など、言葉が通じないという事は大変なことです。
でも柳さんやオッパーさん、通信使ウオークなどで何度も韓国に来られている阿部さんや押川さんや中村さんなど、韓国語に通じる方々が居られて心配の無い毎日です。


南大門市場ではショッピングの下見ということで20分ほどの自由散策でしたが、いっぱいのアレコレが並ぶお店の呼込みのお兄ちゃん達から声を掛けられ捕まり、数軒を回っただけで何も買えずに再集合です。

そしてきれいになった大通りですが、危なく突然噴出した噴水にずぶ濡れになりそうになった大村さんにミンナして大笑いです。

セジョン通りという大きな通りを観光客よろしく柳さんの後を行く我々ですが、時々立ち止まってはジョークを交えた観光ガイドをして頂け、ミンナして路上に注目していたら、何を見ているのかと周りを通行の方も寄って来たけどそれはコレで、分かりやすい観光ポイント図でした。




どんどんと変貌して美しくしている都市だそうですが



以前は非常時には戦闘機も発着出来るようにと広い車道だった部分に中央分離帯を設け



花いっぱいにして飾った2ヶ月前だそうです。



朝鮮通信使ウオークもスタート時に通ったこの道だそうですが、4月はまだフェンスで覆われていたというところが
素晴らしい公園に変身していてイベントもいっぱいです。


昨夜再会が出来た韓(はん)ちゃんですが、突然に前に現れ3年前の一次通信使同様に大きなカメラを構えて我々を撮ってくれ「ワーオ!」のビックリだったけど、柳さんと電話でコンタクトをして我々の居場所を先回りしてくれて居たのでしょうか。

韓ちゃんも合流してミンナで昼食はソウルでも一番有名で一番美味しい参鶏湯(サンゲタン)を食べさせてくれるという総督府近くの土俗村(トソクチョン)というお店へです。
お昼時もあってか大行列でしたが、座って食べたこの参鶏湯の美味しさは、15年ほど前に個人で来たときに知り合ったカバン屋さんのおじさんが連れて行ってくれたお店の味と一緒で、スープまでキレイに平らげたんだけど、あまりの美味しさに写真を撮る事を忘れていることに気付いたのは既に完食間近で撮ることが出来ずゴメンナサイであります。
お腹がいっぱいになってまた同じ道を戻りますが、韓ちゃんのリュックには世界各地のワッペンが。


行く時は気が付かなかったけど、水の流れるところが有りよくよく見ると韓国の歴史が書かれている年表のようです。
水の流れのように歴史も流れるという意味なのでしょうか延々の数キロの間を、一年づつをかいつまんだ記録によって書かれているようですが、400年記念としてスタートした第一次朝鮮通信使のことも書かれているコレです。


パパママの生まれた年のところも有りましたが、ナンと書いて有るのでしょうか。
更には娘や息子の生まれた年や、孫たちの生まれた年も有りましたが、正に川の流れのように浪々とあるいは激しく荒くと、みんながそれぞれに歴史同様に重ねて流れる一人一人の人生なのです。


過っては上を高速道路が走り、下はどぶ川になっていたというところを大きく変貌させて、今は恋人たちの憩いの場となっているという水路沿いを通りましたが、クリスマスイブの夜は男も女も一人では歩けないほどの所となるそうです。
独身の柳さんにオッパーさんが「早く彼女を作って来なくちゃ」って言い「去年はどうしていた」と聞くと、手を頭に当てて「寝ていた」と言い「今年は」と聞くと同様のしぐさで「たぶん寝ているだろう」って大笑いです。

街には色々な道具街が有ったり、荷物をいっぱい積んだバイクが走っていたり、人が真剣に生きている活気というものが感じられたソウルの街で、夕方まで15キロほども歩いて廻った市内ウオークでしたデス。

夜は宣さんのご招待で一行一同が夕食に地下鉄を使って移動だったけど、これまた慣れぬシステムに大変だったけど、美味しい焼肉をお腹いっぱいだったし、宣さんの奥さまも同席をして頂くなど賑やかな食事会となり、その後は有志でカラオケにも出掛けた韓国訪問最終日夜となりました。
でわでわ ネ〜♪