碧海幡豆ウ協12月例会「知立から刈谷市内散策・忘年ウオーク」に参加の一歩たち 09年12月6日(日曜) 天気 晴れ 距離 16キロ
コース = 名鉄本線・知立駅スタート 〜 刈谷総合運動公園 〜 日高公園 〜 刈谷城址・亀城公園頂(昼食) 〜 名鉄・刈谷市駅 〜 刈谷総合駅 〜 知立駅ゴール

12/6(日)は表記タイトルのウオーキングに出掛けたパパママで、ウオーキングの後は忘年会もあるとの事でバスと電車で向かった名鉄本線・知立駅です。
同日例会開催の昭和歩こう会も鳴海宿から知里附宿との事で、同じ電車に乗った見知った顔につられて一緒に鳴海駅で下車しそうになっちゃったけど無事に着いた知立駅前です。
水野パパがコースリーダーとなって本日は刈谷市内を一周して元に戻るコースだそうです。
そのスタート直後のマンホールのフタには、平安時代の歌人といわれる在原業平(ありわらのなりひら)が京都から東路に向かう途中のここ知里附(当時はちりふと言い、今は知立と書いて、ちりゅうという地名になってます)の八橋で、咲く杜若(かきつばた)の花に足を止めて詠ったという一句が刻まれていました。
五・七・五・七・七の句の頭の文字のみを順に読むと「かきつばた」の文字が並び、「都には長年馴れ親しんだ妻がいるので、はるばると遠くここまでやって来た旅を、悲しく思う」という意味だそうたけど、句に言葉遊びをさせた在原業平だということを、知らなかったオレ敦子さんたちがに教えてくれます。


刈谷の地はパパママが結婚2年後から6年ほどを過ごした懐かしい地でも有りますが、ママと知り合う前の夜学生時代にも住んでいた町でコースを見ると向かう途中でその思い出の場所も通るようです。
コースは知立から東海道新幹線をくぐって刈谷へと入り、
刈谷市総合運動公園日高公園を巡り裏道のようなところや住宅地の中の緑道のようなところを通って進みます。

公園を巡って進んだ先は、車もギリギリの狭いJR東海道線高架下をくぐりましたが、古そうな石積みとトンネルの幅から類推するに東海道線が出来た当時のままのようです。
東海道線・刈谷地内は邦楽「春の海」などで知られる宮城道雄が走る列車から転落死をしたことで知られてますが、この石積みの狭いトンネルの上を走っていた列車の中で道雄は何を思ってステップへと向っていたのだろうか。


東海道線下をくぐり大府と刈谷の間に新しく出来た逢妻駅を通って南下をしましたが、今から35年以上も前にオレが仕事をしながら夜学に通っていた頃の一年半ほど暮らしていた八幡町に入り、一旦はミンナと離れてママを連れて向かう当時のアパートへです。
当時からボロ屋で既に取り壊されて無いものと思っていましたが、行ってみてビックリ!若干改築をなされたようですがまだ現存だったのです。
見てみると一階部分が広くなっていますが、昔は二階部分と同じ形で4部屋有って、今は空き地になり草が生えているけど、同じ形の建物がもう一棟有って二棟・8部屋のアパートだったのです。
そして私が住んでいたが二階手前の雨戸が締まっている部屋で、北側に外階段が有って玄関に小さい台所と南に六畳間の間取りだった覚えています。
「給料の一割は読書に」って言っていた恩師に従い、この二階の部屋の窓を除く壁部分にはスチール本棚が並んで書籍に囲まれた生活だったことを思い出すけど、直ぐそばの「八幡町北」の信号角のお世話になった食堂は閉じてしまっていました。
夜学から帰って夜遅くに食事に行くと店を開けて待っていてくれ、ラーメンライスのご飯を山盛りに盛ってくれたおじさんやおばさんは今どうしているのか?、家主のおばちゃんも健在なのか?
短い時間をアレコレ思いつつ、ミンナから離れて我が青春の思い出の地を尋ねたオレでアリマした。


我が青春の1ページを眺めて懐かしく思う当時の思い出をママに語りながら、昼食休憩場所となっている刈谷城址・亀城公園へと八幡町から1キロほどで、広い公園内の何処にみんなが居るのか暫く探しちゃったけど、敦子さんや水野パパとも携帯で連絡を取り合って無事に合流することが出来ました。
本日は午後3時からの忘年会ということでかなり遠慮気味に食べた昼食休憩でしたが、コースをショートにして知立を出た時から列を離れ真っ直ぐに亀城公園に向かったという水野ママと西尾城主酒の神の大竹さんの二人は、午後も途中から電車で戻るそうで貴重な一枚をパチリとして再スタートです。


午後は「旧刈谷銀座通り」を通りましたが、八幡町のアパートに住んでいた頃は賑わっていたアーケード街がすっかり変わって、アーケードの屋根も外され並んでいたはずの商店街も完全に消えてしまって面影さえも無い状態でした。
でも、銀座通りから刈谷市駅に向かう道沿いに昔の名残りが有って、当時よく寄った本屋さん(明文堂)が昔のままにまだお店を開いていたのには嬉しささえ感じたワタクシで、一人だけノスタルジックに浸っていたお昼前後のオレなのでアリマした。


名鉄三河線・刈谷市駅からは昔はどぶ川のような用水路だったけど、フタをしてキレイに緑道にした通りを通ってJR刈谷駅へとでしたが、一年ほど前に出来たという駅前の真新しい大きなショッピングセンターにここもガラリと様変わりです。
景色というものは不思議で、古い建物が消えて新しいものが建ってしまうと、以前を思い出そうとしても完全に記憶の外となってしまいますが、カメラに残して頭の記憶を画像の記録に残さなくちゃって思いますデス。
そして駅前のトイレ休憩中のスナップ写真ですが、敦子さんたち碧海幡豆仲間や、今日は福田女史も参加してくれている忘年ウオークです。


刈谷から知立に戻る途中に何故かお天気表示のような名前の信号がありましたが「南重原曇り」って、南重原の地名は知っていたけどナゼ「曇り」が付いているのでしょうか??




先導リーダーの水野パパもかなり時間調整をしなからの本日でしたが、16キロの刈谷市内散策も快調なみんなの歩には勝てずか
それとも早く忘年会に繰り出して「一杯やろうや」っていう呑み助ウオーカーたちのせいか
スタートの知立駅に無事に午後2時過ぎに戻った我々で、一年間の全ての行事を終えて締めくくった本日です。

昨年同様の知立駅近くのお座敷のあるお店で碧海幡豆ウ協忘年会の様子ですが、いっぱいのご馳走とお酒に酔ったママのピンボケ写真を以って締めくくり、コレにてチョ〜ン!でアリマした。 でわでわネ〜♪