岐阜ウ協「和紙の里・美濃市から、刃物の町・関市巡りウオーク」に参加の一歩たち 10年2月14日(日曜) 天気 晴れ 距離 15キロ
コース = 長良川鉄道・美濃市駅スタート 〜 美濃和紙の里 〜 名鉄美濃町線廃線跡 〜 わかくさプラザ(昼食) 〜 関善光寺 〜 春日神社 〜 関鍛冶伝承館ゴール

2/14(日)は岐阜ウ協の2月例会に参加で、前以って歩友からの情報にゴール場所にマイカーで出掛けましたが、坂祝バイパスという真新しい道路も使えて我が家から40分ほどで、岐阜県中濃地方となる鍛冶と刃物の町「関市」へとです。
そして長良川鉄道を使って「刃物会館前」から集合場所となる「美濃市」へと移動ですが、岩田の敏ちゃん敦ちゃんご夫妻も我が家同様だし、碧海幡豆仲間の樋田さんなども同様の方法で参加なのです。
無人駅も多く単線を一両のみの車両がコトコトと走る第三セクターの長良川鉄道ですが、以前はJR越美南線と呼ばれていたといいナンともローカルで、鉄道好きな方ならば垂涎となりそうな空気の
長良川鉄道・美濃市駅です。

我々は一本早い電車で到着で、定刻電車からは岐阜ウ協役員の長谷さんや岩村カッパの堀さんなども降りて来て遅ればせの新年のご挨拶もですが、始まった出発式では本日コースに500選が二つ含まれていることもあり、遠くは佐賀県からや関東関西各地からの参加者もいる本日です。

初めて出掛けた美濃市というところで、降りて開会式を開く駅舎前を見ながら「えらい寂れた市なんだね〜」などと思っていたら、駅舎を離れて街に足を踏み入れると「なんと立派で素晴らしい街並みだろう!」って、一気に前言撤回の美濃和紙の里です。




河瀬会長のご挨拶でも説明が有りましたが、奈良の正倉院に保存されている1300年以上前の書簡にも美濃和紙が使われていたほどで
薄くて丈夫で美しい最高級の紙として知られていた美濃和紙の起源だそうです。
その和紙商売が盛んだったのか立派な家並みの特徴に「うだつ」という
屋根の両端を一段高くして火災の類焼を防ぐために造られた防火壁も風景の一つとなっていますが
「うだつが上がる・うだつが上がらない」の語源の通り各家の財力の象徴ともなったという「うだつ」が連なる風景に感激の我々です。



街角を曲がっても同様の風景が続くのにも感心ですが
電信柱を地中化して、より一層の重厚感が増す街の景観に時代をタイムスリップしたかのようで、みんなして見上げる屋根たちです。



その屋根作りの説明をしてくれた長谷さんですが、屋根の形にはお寺のように反り(そり)形や
美濃のうだつのように膨らむムクり形があり、瓦にも唐草瓦や一文字瓦や巴瓦などと具体的に屋根を指差して説明して頂けて
一層フムフムと感心のオレでアリマす。



「よう来てくんさったなも」って中濃弁でしょうか。。。素敵な町並みを歩かせて頂きます。

30分ほどながらも美濃和紙の里の風景を堪能して進む我々ですが、ここ「和紙とうだつ風景の美濃の里」と、今から向う「鍛冶の町・関」の二つが本日の500選コースに入ってるとの事で、埼玉から来られ嶋村ご夫妻をご存知だという山中さんとも同歩となったけど既に全国各地の500選を400ヵ所近く巡っているそうです。
そして皆さま、右ハリコのこれがお分かりでしょうか?
水路の立体交差なんて初めて見たかもで「へええぇ〜!」って、気付かず歩くミンナにも教えちゃうワタクシなのですが、果たして珍しいのかそうでもナイのか?!?


田園の中を歩く真っ直ぐな道でしたがふと横を見るとこんなものが!なんと読むのか判読もし難くなっていたけど、間違いなく駅ホームの跡で、周りの方に教えてもらったけど、過っては岐阜市と美濃市を結んでいた名鉄・美濃町線廃線跡を歩いている我々だそうです。
寂しそうに田んぼの横にポツンと立つ文字も消えそうな駅案内版だったけど、今も赤い電車が来るのを待っているかのようでした。


メタボ会話で笑わせて頂けるスタッフの平井さんとも同歩でしたが、「お腹が空いたネ〜」って腹時計も早めの催促の11時40分ころに美濃市から関市へと入り、わかくさプラザという正に若草色に塗られた総合福祉会館・体育館併設の園内で昼食休憩となりました。

「この時期はまだ寒かろう」とポットにお湯も入れて暖かい飲み物も用意だったけど、寒さも感じぬままに50分ほどの休憩をして午後のスタートは12時半です。
コースリーダーの矢島さんの先導で中村さんが旗手ですが、カッパの堀さんもワタクシも例会風景の一コマを旗手の前に出て撮らせて頂け、このようにハリコだけど、スタッフの林さんからも「昔のレポートも見させてもらってるけど懐かしいよ」って仰って頂けます。

関の町に入り今度は関善光寺というところへやって来ましたが、関市にも善光寺が有ったなんて!?世の中、知らぬ事ばかりですナ〜
「一突き50円」という関の孫六の作だという梵鐘を我がママも突かせて頂いたけど、なんと優しくと言うべきか弱弱しいというべきか「コ〜〜ン」の音は甘ささえ感じる音色で笑っちゃったけど、その前に強く「ゴ〜〜ン」と突いた若尾さんと並んで孫六鐘の前でです。

更に進む市街では長谷さんに教えてもらったけど「超有名なのだ」といううなぎの辻屋さんだそうですが、もうもうの鰻を焼く煙と丸髷の女将さんが我々を店の中へと誘おうとするのをグッと我慢して素通りです。

左ハリコの山は安桜山(あさくら)といい関市自体を二分するように長く横たわっているのだそうですが、皆さまご存知だったでしょうか!?ここ関を境に東側を関東と呼び、西側を関の西だから関西と呼ぶようになったということを。
奈良正倉院に納められている書簡も美濃和紙だったといい、素晴らしい景観の美濃の町並みだったし、関東・関西の分かれ目が鍛冶の町・岐阜県関市だということも含め、長い日本の歴史の中でこの地域はどのような役割を果たしてきたのだろうか。
春日神社でお参りもして関鍛冶伝承館でゴールとなった午後2時前です。
一緒に歩いた樋田さんたち碧海幡豆仲間も「今度はみんなでこのコースをどうかね」って言ってましたが、どこも素敵な15キロを完歩となりました。





皆さま、500選のハンコを二つもらう為に長蛇の列でしたが「500選に相応しいコースだったわ」って遠方から来た方のお話で
場所によっては「どこが500選の道なんだか?」ってところも有るのだそうです。



その後は平和通会館年次総会となった岐阜ウ協で初めての参加でしたが、全役員が揃って前に座る中
挨拶の河瀬会長の話を皆さまにも少々披露です。



    骨というものは常に生まれ変わっていて、最初は芯の部分に「骨芽細胞」というものが生まれ
    それが18ヶ月ほど掛って表層に移動をして破骨細胞というものになる
    歩く歩幅を普段より3センチでも多く心掛けると、自然と踵からの着地となって、踵から体中の骨全体に微震動となって伝わり
    このビリビリ感が骨を丈夫にしなくちゃ!と細胞芯に伝わるそうな
    さあぁ歩けば元気に、元気はやる気になるから一緒に歩こうネ〜

って、総会挨拶とは思えぬご挨拶にミンナしてフムフムでしたが、良いお話でした。



そして議事も無事進行で、最後は年間完歩賞の受賞で皆さまと一緒に、パパは岩田の敏ちゃん11回の代理として
ママは岩田の敦ちゃん10回の代理として白いTシャツを頂いて散会となった本日です。

岐阜ウ協の皆さま 楽しい一日を有難うございました。 でわでわ これにて ネ〜