岐阜ウ協12月例会・「美濃陶器のふるさとを訪ねて忘年ウオーク」に参加の一歩たち 10年12月12日(日曜) 天気 晴れ 距離 14キロ
コース = JR中央線・土岐駅スタート 〜 常林寺川 〜 土岐市運動場 〜 道の駅「志野・織部」(昼食) 〜 織部の里・美濃陶磁器資料館 〜 土岐駅ゴール

12/12(日)は表記タイトルのウオークに参加しして参りましたが、JR中央線・土岐駅前に集合の朝で、お揃いのオレンジ色を羽織るスタッフが受付などで忙しくされていたけど、長年親しく交流させて頂き突然のように去って往かれた森賢三さんの姿はもちろん有りません。
当日受付の世話をされていることが多く、我がママが森さんから参加票を頂く様子にカメラを向けると「また写ったらミンナにばれちゃうがな〜」って、我が掲示板へのハリコを照れながらも喜んで頂いていた彼を思って今日は歩かせて頂こうと思います。


多治見までは青空だったのが、一山越えて土岐に入った途端に真っ白な霧に包まれいっ時は100m先も見えぬほどの午前9時前でしたが、出発式が始まって河瀬会長の挨拶のころに一気に消えてく白い霧のようすが撮った写真からお分かりでしょうか。(左側から青い空が・・・)
たぶん湿気をもった暖かな空気の中に寒気が入り込んだからだと思いますが、その寒気が太陽に熱せられて霧散したようで、ウソのような青空となった土岐川沿いへとイザ・スタートです。
森さんのことをメールで知らせてくれた岩田の敏ちゃんと我がママが肩を並べていますが、きっと賢三さんのことを語っているのだと思います。

逝った人の「魂」は、残された人の心の中に残るものだと信じているオレですが、「供養」とは逝った人を懐かしく思い出すことなのです。
何時までも忘れられない人がまた一人増えた12月の忘年さよならウオークです。


駅前広場から一旦は土岐川の堤防道路へとで、更にその支流となる常林寺川沿いへと歩を進めますが、立ち止まっては掛る橋の欄干を飾る陶磁器細工をみんなして眺め「へえぇ〜」ってそれぞれに趣があります。
今朝の出会い写真はママが原因でボツとなりハリコが出来ませんでしたが、垂井の伊藤さんもご一緒ウオークなのが分かりますでしょうか?!


常林寺川沿いを右へ左へ寺屋敷橋から瑞雲橋へと素敵な名前が並び、その欄干の面白さにもう少しゆっくり歩きたいほどだけど、いつごろの何方の作なのか、川沿いには陶磁器工房もたくさん並んでいて彼らの先代の作品なのかもしれません。
そうそう 寺屋敷橋を渡る青い服の背中は、カッパの堀さんの幼馴染みの鈴木さんも参加で、これまた我がママとの出会いツーショットはボツでアリマする。。。





どんどんと上流へとですが、当たり前だけど進む先のほうが標高が高い・・・だって、じゃなきゃ川が下流へは流れない。
緩やかながらも延々の登り道は後で地図を見ると標高差200m以上でしたが
ガサゴソと枯葉を鳴らして歩く隊列が中央高速道の高い橋脚の下を通って更に奥へと



異常なほどの真夏の猛暑がサイワイしたのか、紅葉風景が格段に美しく長く楽しめる今年の各地です。


常林寺川を登り切ったところは堰堤で仕切られた貯水池のようになっていましたが常林寺湖という名前で、更に登ったところが土岐市運動場となっていて一旦はトイレ休憩となりました。
朝から無風で陽射しも暖かく12月とは思えぬ絶好のウオーク日和でしたが、みんなして上着を減らして肩を軽くして旗手の高島さんを先頭に再スタートです。


11時20分にかめさんもよく利用されるという「道の駅」の一つ「志野・織部」が本日の昼食場所となり、みんなして農産物や土産物で賑わう売店を眺めたり、野外でお弁当もです。

ところで皆さまテレビの「なんでも鑑定団」という番組で中島誠之助さんが「いい仕事をしてますね〜」って言いながら陶磁器を手にして「志野」や「織部」という名前を出しますが、我が小牧からもそう遠くない土岐市と、道の駅の名前についた「志野・織部」がどう関係有るのか・・・実はワタクシ・・・チンプンカンプンなのでげす。


「それでは教えて進ぜよう」とばかりに昼食後は真っ直ぐと織部の里・美濃陶磁器資料館へとですが、学芸員の方の説明によると1300年以上の長きに渡って土岐市を中心に瑞浪市・多治見市・可児市一帯が陶磁器に適した土の宝庫であり、その陶器を焼くための赤松も山野に豊富で、今も国内陶磁器の半分以上をこの美濃焼きが占めているのだそうです。
この地で作られるものを美濃焼と総称し、それを時代や作風などで黄瀬戸・志野・織部焼きなどと名付けているようですが、どれが何やらやっぱりチンプンカンプンです。


東濃地方と呼ばれる土岐市一帯は原料となる土や燃料となる薪が潤沢だったとの説明だったけど、この地独特の山肌をぬうようにして吹き渡る柔らかな「強風」も陶磁器の生産に欠かせぬものだったのだと思います。
実際にここに有ったという復元された大窯の前に立つと、肌で感じる谷底から吹き上げる風でしたが、これが自然の鞴(ふいご)となって大窯の中を高温にして日本随一の陶磁器作りがなされていた大昔からなのだということを実感出来ます。


更にその隣りには全長24mだという連房式登り窯が有りましたが、作っても作っても需要に追いつかぬ製陶作業に先人達の知恵が大量生産が出来るようにと作り出したのだと思うけど、登り窯全体の温度を上げるために何昼夜も掛けて薪をくべ、温度を見ては製品の焼き上がりに気を揉んだであろう陶工たちの右往左往が目に映るようです。

観歩・感歩・歓歩・・・ウオーキングを通していっぱいのアレコレが楽しめますが、参加者の喜々とした顔が企画のスタッフの満足ともなるのでしょうか。
今年もいっぱいのウオークを有難うございました。

「たまに顔を出しとかんと忘れられるもんで」って歩く達人こと垂井の伊藤さんもご一緒となった年末忘年ウオークです。

最近はお一人でも参加をされるカッパの堀さんの幼馴染みの鈴木さんは本日道の駅で奥さまのお土産にと買った椎茸を忘れたり、伊吹山の守人だという若尾さんも今年の役目を終えて下山した11月だそうで、来年も暫くはご一緒ウオークとなりますでしょうか。
いっぱい撮った写真ながらもハリコ枚数に制限がありますのと、我がママや撮った方々がヘンテコ顔だったりと、でもこれらの全てが人生の一瞬です。

                         「我が胸の 中に住み付く 逝った人 あなたの事を 思って歩く日」

森賢三さんのお顔が見られなくなった岐阜ウ協ですが、来年もこころの中でご一緒に でわでわ ネ〜♪