第17回目 有志がつなぐ知多四国巡拝ウオーク 第2日代行

世話人 = ワタクシです。 3月5日にナビ野儀さんが実施・参加出来なかった皆さまを、オレがご案内だヨ〜ン♪

 
2日目 巡拝路 11ヶ寺 = JR武豊線・東浦駅スタート 〜 11番・安徳寺 〜 12番・福住寺 〜 13番・安楽寺 〜 14番・興昌寺 〜 15番・洞雲院               
〜 17番・観音寺 〜 16番・平泉寺 〜 18番・光照寺 〜 番外・海蔵寺 〜  54番・海潮院 〜 番外・東光寺 〜 JR武豊線・亀崎駅ゴール

3/12(土曜)朝8時半ですが、紆余曲折を以って開催の今回お遍路で、第一日目が2/26で第2日目を3/5(土)としたもんだから、我が家同様に参加が叶わぬ方々が居られ、「ほんじゃワタクシの案内で翌週末に実施しましょうかね」って集まった方々で、無謀にもワタクシに先導を託す皆様を果たしてナビ野儀さんのようにお連れ出来ますでしょうか??

丁石ウオッチャーを自負のワタクシですが、東浦駅から線路沿いを南下して県道に出るコースを止めて、駅前を真っ直ぐに行くオレでして、案の定コレも初出会いとなったけど、やっぱり居てくれた11番を案内する丁石君です。
「ほらネ〜 コレが有るからここが正しい巡拝コースなんだよ!」ってミンナに自慢もしたり、我が虎の巻の地図帳にも正確な位置を記録して写真も撮ったりしていたら「オーイ!、先導のオレを置いて行くんじゃナイヨ〜」でアリマす。
でも新発見の丁石君の前でしばし出会いの喜びに浸るオレなのです。




「探したよ 逢いたかったよ 出会えたね 君を抱きしめ 言葉などなし」」

3月11日午後2時46分 東日本大震災発生 三陸沿岸を中心に十数メートルの大津波が各地を襲い未曾有の大災害となっている模様 また福島第一原発も火災発生で延焼中・・・
昨夜、即日報道のテレビ映像の想像を絶する惨状を見て本当にこの歩きを実施すべきかどうか悩んだけど、今はただ祈ることしか出来ない我々で、ならば普段と変わらぬ日々を過ごすべきで、止める必要は無いであろうとやって来た知多四国路へとです。
11番札所・安徳寺で合掌をして般若心経をですが、今朝家を出掛けには春日井駐屯地から「緊急救援隊」の幕を張り自衛隊員が大勢乗り込んだトラックや重機を積んだトレーラーが隊列を組んで出て行くところと出会ったけど、早く現地に到着をして多くの方々が救済されますようにとただただ祈った弘法堂前です。
お庫裏さんにご朱印を頂きましたが、テレビニュースの被災情報などもお聞きして、本日道中の無事の労わりと一緒に飴もご接待頂きました。

11番から12番札所・福住寺へと十五丁でしたが、ここでも正統派の道にこだわって歩いた結果ワタクシが確認した丁石が13本で開創の師たちが指示した道であると確信だけど、水路工事やフェンス設置で危うく消えてしまいそうな丁石も今は無事に立っていてくれます。




「耳澄ます 千躰仏よ 聞いてくれ  光届けて 震災の地に」



「何思い 何を願いて 何処へ行く ただひたすらに 歩禅の世界に」



朝は薄雲が出ていましたが、時が進むごとに青空に・・・北の空は晴れているだろうか。。。

大地の形を変え大きな建造物を並べ風景さえも一変させる今、自然というものを我々があたかもコントロールしているかのように思うことも多い現代ですが、そんな事とは関係なく雨や雪を交え三寒四温を繰り返して流れる季節というものです。
「自然は人が居なくても成り立つが、人間は自然が無くては生きていけない」 よく聞く言葉ですが、自然に抱かれて歩かせて頂く知多巡拝の道です。

急ぐことなくほぼ10時に13番札所・安楽寺へとでしたが、我々がお参りを済ませご朱印を頂いて間無しにどやどやと大勢の正統派の装束の方々がワンサカで、お聞きすると知多四国霊場会が実施する「寿参る会」の方々の巡拝だそうです。
ホンのタッチの差でご朱印も頂いており、この順番が逆だったら「ドエライ待たされたかもナ」って岩田の敏ちゃんでしたが、100名をはるかに越える方々が山門からで一気に賑やかになった境内です。

「寿参る会」と書いてスマイル会とも呼んでいるそうですが、知多四国霊場会という番外を含めた99ヶ寺が一体となって知多四国巡拝の方々を迎え入れようとの活動だそうで、会長となる第57番札所報恩寺の新見忍雄住職が本日は先達として先導だそうです。
偶然ながらも出会い記念のパチリをご一緒にですが、本堂に向って唱える般若心経を我々もご一緒させて頂きました。




三開人のお一人 岡戸半蔵行者が眠る14番札所・興昌寺の弘法堂横には、縁側に座る半蔵行者の石仏が我々の経に耳を



改築が進む15番札所・洞雲院では、仮設の弘法堂でお参りを

例年は15番から17番、そして16番札所へと巡拝なのですが、オレ自身は丁石が教えてくれる距離表示や向きから番号順に巡るのが正しいように思えるのだけど、今日はナビ野儀さんも不在の為、ミンナに迷惑を掛けてはと断念で今まで通りの道を歩きましたが、昼食休憩も何時ものように阿久比町役場にてです。

食事を済ませて12時35分、17番札所・観音寺へとですが、お寺の裏から入ってそのまま又裏から出る従来ルートを止めて正面階段側に降りることにしましたが、急階段を一気に駆け下りて来るミンナに「顔を上げてハイチーズね〜」ってオレに「前を向いたら階段から落ちるだろうが!」って皆さまで「ごもっとも」デス。
観音寺から約200mほど東に位置する16番札所・平泉寺へ行くと、午前中に13番札所で出会った「寿参る会」の方々が昼食休憩中でしたが、お聞きすると本日は15→14→13→16→17→20番と巡拝だそうで、全体の札所の配置を見ると「なるほど」で、回を重ねて今は様々な道を楽しまれる知多四国霊場会の方々だそうです。

まだ八回目の未熟者のワタクシとしては、開創の師達が開いたであろう道を求めて、その確証を得るべく警察犬のように右や左をキョロキョロ・クンクンだし、あっちの道を行ってみたり、こっちはどうかと入ってみたりですが「犬も歩けば棒に当たる」で、「イヒヒヒ・ヒ、有ったぜベイビー」なのでアリマす。
平泉寺から途中田んぼ道を行く従来だったけど、ミンナを引き連れ「絶対こっちじゃ!」って、行った先には電信柱がちょん切られたみたいなのが有り、「まさか違うよな」って思って刻字に目を凝らすと正面に「新四国創立百年記念」とあり、来た側からには下にアップした文字で「新四国十八番札所」と、右を示す手がシッカリと有ったのに・・・オレの勘違いで皆さまを真っ直ぐ行かせて・・・ごめんネ〜




「安堵する 今は少なき 丁石の 立つに出会って 大師道知る」

折角の丁石君の道案内を無視したもんだから道に迷って辿り着いたけど後で地図を確認すると海蔵寺さんの近くまで行って戻った18番札所・光照寺へとで、変わらずに咲いていた寒アヤメです。
ここまでは無事に来たけど昨日の東日本大震災のその後が気になり、この先は三河湾の入江となる衣浦方面へと進む事になるので一旦はこれで打切りにしようかとの提案もしたけどミンナの総意で2日目日程をそのまま進めることにしました。

番外札所・海蔵寺の境内に立派に横に伸ばしていた松の木の枝が消えていて、ご朱印を押してくれたお庫裏さんにお聞きすると数年前から松食い虫にやられ、樹医さんに見てもらい処置をしたけど既に手遅れで切った昨年だったとの事です。
番外札所のここには弘法大師が着ていたという法衣が祭ってあり、その事もお聞きすると「滅多に出さないけど、朽ち掛けた布が畳まれているのを見たわ」って事で、代々口伝でそのように伝わり今も大事に保管されているそうです。
続いて参った
54番札所・海潮院に3時20分でした。




本日から改定されたJR時刻表を調べて来られた岩田の敏ちゃん情報から「まあぁ、ゆっくりしよまい」って、腰を下ろす海潮院境内です。



三体弘法とか年弘法と呼ばれる番外札所・東光寺で11ヵ寺の巡拝を終えた本日ですが

「場所隔て 普段通りに 変わらぬ日 被災の悲劇に 手を合わすのみ」



きっと多くの方が思ったでしょうが、「普段通りに過ごして良いんだろうか?」って自問自答をしながらの巡拝で
出来たのは、腹の底から般若心経を唱えることのみの一日でありました。