第17回目 有志がつなぐ知多四国巡拝ウオーク 第七日目

世話人 = ナビ野儀さん・吉田さん そして参加のミンナが一緒になって もちろんパパもママもだヨ〜ン♪

 
第七日目  9ヵ所参拝   名鉄内海線・上野間駅スタート → 番番外・味の館 → 番外・曹源寺 → 58番・来応寺 → 59番・玉泉寺 → 60番・安楽寺
                                      → 61番・高讃寺 → 62番・洞雲寺 → 63番・大善院 → 64番・宝全寺 → 65番・相持寺 → 常滑駅ゴール

3.11大震災発生から数えて11回目の土曜日です。
人の噂もそれぞれの心から忘れ去られると言う「75日」に喃々とする長き日々を重ねて、今も残る瓦礫の中に放置されたのではと思えるような状況の被災地の11万人です。
現在117通常国会が開かれており「震災復興特別委員会」の様子も中継されていますが、被災地復興計画や原発対策について質問者も答弁者も「これが国を代表する人たちの会話なのか」と思えるような、なんの実効性も無い上滑りの指摘やのらりくらりのやり取りで、「議論」とは程遠い中味の無さに不毛を感じるばかりです。
逝った人を思い瓦礫の町を見つめて2ヶ月半、辛く苦しく重い荷を背負っている同じ境遇の仲間が居て現実に立ち向かおうとしている被災地の方々、どうかその気力に応えるられる日本という国であって欲しいものです。

晴天の東海地方 5/21(土)は、ナビ野儀さんの提案で集合場所を
名鉄内海線・上野間駅として、従来の奥田駅より二つ手前です。
初めて下車する駅でしたので事前に地図をチェックのオレでしたが、ナビ野儀さんは何時歩いたのか?スタスタと我々を先導です。





3.11大震災発生から数えて11回目の土曜日、上野間駅スタート前の本日メンバーです。

ほどなく伊勢湾岸に出て例年コースと重なる場所に「従来よりも3〜4キロは楽が出来たかも」って今回だけど、大潮と重なってか毎年潮干狩りで賑わう砂浜は堤防まで波で、沖に見える中部国際空港もやや霞んで見える本日です。
我がママが「大井のお大師様も海の中よね」って言ってたけど、潮の香満載の風に吹かれながら暫し続く海岸堤防の海側を楽しむ我々です。





その心地良さをママと二人、カーブミラーを使って表現のワタクシだったりして・・・

少人数の今回巡拝ウオークで、ミンナが集まって「さあぁ行こか〜」でスタートだし、道路横断も右見て左見て「さあぁOK!」でスッと渡れるし、決して急がずのんびりと歩いているけれどスイスイで泳ぐが如くの歩を30分ほど、SONY創設のご実家となる盛田酒造「味の館」へとです。
通常は10時開館だというものを「ちょっと早めに着きますが」って事前連絡をしたナビ野儀さんだそうですが、「それはチョットじゃナイだろう!」という1時間近く前の9時過ぎには玄関先へとで、でも扉を開けて笑顔で迎えたくれた館内へとです。
みんなして名物の「ところてん」を頂いたり試飲をしたりでしたが、館長さんに「度数の高い日本酒は舐めるようにゆっくり呑むのがコツだ」と教えて頂き、ペロペロとネコのように舐めていたけど、少人数での試飲についつい酒瓶に何度も手が伸びるワタクシでアリマした。





その館長さんと記念のパチリですが
早い時間に開けて頂いたお礼も込めて、ミンナしてお土産も買ったりでもちろんオレのリュックにも一本です。


30分ほどを過ごした「酒の館」でしたが、従来と道を変えて盛田酒造の酒蔵を一旦は山手へとで、立派な松並木の通りは「鈴渓の里」とあり、小鈴谷の地の海岸通りはこちらが正統だったようで、進んだ先には初めて見る丁石で間違いのない遍路道です。
ナビ野儀さんはオレの知らない丁石を幾つ知っているのか?・・・恐るべし!ナビ野儀でアリマす。
でもスタートからまだの巡拝寺で、本日は心経を唱えてないんだよネ〜


ほろ酔い気分で歩く小鈴谷を抜けて本日最初に参ったのは、難病を治すという厄除弘法大師が弘法堂に座る番外札所・曹源寺へとで、門前にはすぐ北にある次の札所を示す「一丁」の丁石君ですが、堂の扉を開いて我がママが叩く木魚に合わせて本日最初となる般若心経をです。
暎子ちゃんに習って白衣に押して頂く朱印も数が増えていますが、プリントされた札所にはキチンと番外札所も載っていて、その場所に頂くご朱印なのです。


行儀よく400mほどの間に並ぶ札所ですが、100mで58番札所・来應寺、更に続いて59番札所・玉泉寺へとで、今時の訪問販売の如くに「ねえぇ、お隣も入って頂いたんだけどお宅もいかがかね!?」って札所になってもらおうと頼み込んだ三開人なのか、57番札所から8キロ以上も空振りだった札所依頼で、「それならここでまとめて入ってもらっちゃおう!」って風に並べた三ヶ寺かも・・・それは下世話なオレの浅推量でしょうか?!

盛田酒造さんの般若湯で喉の調子も良くなって腹の底からのナムナムも声が一段と大きくなるオレだけど、三開人はこの心経を「ありゃりゃ」って空で笑ってお聞きでしょうか。

続けて参った三ヶ寺で暫し一服休憩のミンナでしたが、弘法堂の横にあるお堂を覗くと位牌があり「有縁無縁三界萬霊」とあり、この世を過ごした全ての生命のために手を合わせて祈って欲しいとの意でしょうか。
生きているってどんなこと、米を食べ、野菜を食べ、肉を食べ、衣服を着て、住居に住まう、車に乗り、電車に乗り、電気を使い、水道をひねると水が得られる・・・生きている事の全てにおいて無縁ながらも無限の多く方々によって生かされているのだという事を認識する今です。
位牌に向かい手を合わせて「ありがとうございます」って何度も繰り返したけど、どれほど言っても足りぬ感謝の思いです。


                         「万遍を 言っても足らぬ ありがとう 頭を垂れて 手を合わすのみ」


玉泉寺での一服を済ませて先導のナビ野儀さんに従って進む巡拝路ですが、水路の溝の中からかろうじて頭を出す丁石で「よくもこんな状態ながらも残っていてくれたものだ」と感心だけど、旧来と異なる海岸沿いの正統な遍路道を歩かせて頂けることが嬉しいオレです。
続いて参った
60番札所・安楽寺へとですが、遍路寺も60番台へと進んだ7日目です。




巡拝コース途中の地元野菜や手作り弁当なども販売している「多賀の里」で11時半に昼食休憩となった我々ですが
ここでも100円の新玉ねぎを
みんなが「これは安いわ」って言葉につられて買ったオレだけど、更に重くなったリュックを背負って



特別な空気を感じる
61番札所・高讃寺へとです。



「おい、ここを通れるか!」って、この一年のあれこれを心に問うてくる仁王たちが立つ山門ですが
二人して睨みながらも無言でオレを通して頂けました。




今までは大人数過ぎてゆっくりと参拝が出来ずでしたが
各寺境内の手水舎で身を清める今回遍路で、高讃寺さんの手水舎は新しくなっていて使う皆さまです。



更に進んだ弘法堂では



先客の巡拝の皆さまでしたが
おなじ般若心経なのに唱える節回しやテンポも違ってすごく早いスピードで
お参りの時間短縮なのか流儀なのか、でも大師堂に向う気持ちや心はきっと我々と同じなのです。


誰が設計をして建てたのか寄る寺々に一つ一つの顔があり空気が有る。
凛と厳しい姿勢で迎える雰囲気のところもあれば、柔らかく温かくふわふわの綿菓子のような空気のところも。
寺の建つ場所や規模地形ももちろんでしょうが、地域とも相まって建つ
62番札所・洞雲寺、本堂横の納経所でご朱印を頂いてから参るその上の弘法堂へとだけど、皆さまはどのような空気を感じられますでしょうか。

62番・洞雲寺を出て今までは64番へと歩いていたものを今回初めて番号通りにと変えたナビ野儀さんで、着いたところはカイヅカイブキの巨木と知多四国NO1となっているボロ本堂の63番札所・大善院へとです。
札所巡りをする中で「少しでも楽をしようか」と距離短縮のために参るお寺の順番を前後したりもですが、丁石を探して三開人の背を追って歩くオレとしてはやはり札所順の道が自身の中でも心地良く感じられます。





本堂の崩落防止のためにか軒を支えるように足場が掛けられていましたが
昨年も同様の返事だったようだけど「年内には工事着工が出来るかと」って言い・・・



朱印を押してくれるのは、昨年長谷寺での修行を終えて帰って来たという杲尋(こうじん)君です。



どこに立っていたものなのか丁石や素焼きの地蔵さまがイブキの根元を守るように並んでいますが
暑いほどの陽射しの中
我々も大イブキの木陰に腰を下ろしてのんびりと一服です。
大勢は大勢で楽しいけれど、少人数のこの時間が止ったかのようなゆったりがなんとも言えず
贅沢さえも感じるような大善院境内でのひと時です。


昨年までの逆コースを歩いて向う64番札所・宝全寺ですが、歩く横の常滑西中学校の塀の上には子供たちの作品が並んでいて歩く我々を楽しませてくれるけど、感心なのは町の文化です。
あちこちにこのような作品が点在の「焼物の町常滑」ですが、すぐ手を伸ばせば触れるような場所に無造作に展示してあるのにどれも破損しているものを見かけないのです。
きっと焼き物で生計をする家族や地域から伝わる文化伝統が連綿として続き、いたずら坊主たちさえも大切に守るこれらなとだと思います。




宝全寺さんのお参りを済ませるとミンナして寺の前の店に行きこれですが
抹茶アイス1個を買うと一枚のサービス券がもらえ、ミンナの分を管理のオレだけど来年はタダで1個貰えちゃう今回なのデス。

ちょっとこの街角アートを皆さまにもですが、この「福禄寿と布袋」はいったい何をしているのでしょうか。
二人してもめているのか?相撲でもして遊んでいるのか?・・・どっちでしょう。
次は、大きな壺が先に座っていて後から工場を作ったのか、この一角にこれを置こうと引っ込めた工場角地なのか?・・・どっちでしょうか。
そして、大きな陶壁画に舞う二匹の龍ですが、これまたライバルが戦いの真っ最中なのか、はたまた仲良し兄弟なのか?・・・町のいたる所にアートが有り楽しめます。


ちょっと道を変えただけで新発見のあれこれですが、焼物の町を63・64・そして65番札所・相持院へと札所順に巡拝で、初めて歩く道の点在の焼物たちに目を奪われてしまいついつい足元の丁石まで目が届かなかったオレでした。
次回はしっかりと君を探して見つけるから待っていてよネ、丁石くん。





9つの大師堂に向って唱えた般若心経
弘法さま(空海)の宝号と言われる「南無大師遍照金剛」を三度繰り返して祈った被災地域の方々のことですが
朝から「味の館」で腰を落ち着け
行く先々のお寺で休憩もしてのんびりとして歩いたのに午後3時を前にしてフィニッシュとなりました。



みんなして本日のゴール記念をパチリとして帰路へとですが



如何にも焼物の町って道でしょう。


名鉄・常滑駅に向う道にも陶磁器作品がいっぱいですが、こんな題材の作品も並んでいました。
「息災」という言葉の「息」は「自らの心」という字が合さって出来ていますが、災いが自らの心の中から消えて安らかになるようにとの意が「息災」だとのことです。
諸行無常も時が癒すことも有ろうかと思いますが、忘れてはならぬ事もいっぱいです。 でわでわ




 八日目につづく