第17回目 有志がつなぐ知多四国巡拝ウオーク 第八日目

世話人 = ナビ野儀さん・吉田さん そして参加のミンナが一緒になって もちろんパパもママもだヨ〜ン♪

 
九日日(結願) 巡拝路 9ヶ寺 = 名鉄河和線・高横須賀駅スタート 〜 82番・観福寺 〜 83番・弥勒寺 〜 86番・観音寺 〜 85番・清水寺 〜 84番・玄猷寺                 
                      〜 5番・地蔵寺 〜 88番・円通寺 〜 87番・長寿寺 ・・・ 電車・地下鉄で移動 ・・・ 結願 興正寺 〜 興正寺・奥之院

3月11日から数えて100日の明日でありますが、亡くなった日を忌日として100日目を「出苦忌」(しゅっくき)または「卒哭忌」(そつこくき)と言います。
突然の別離となったあの日あの瞬間を思ってどれほど多くの方々が「もしもあの時・・・」という思いに苦しまれたことか、呆然自失の中で悲しみに泣き明かしたであろうか。
そんな日々も3ヵ月以上を経て、時というものが心を癒して苦しみから抜け出し、慟哭の日々からも卒業出来るであろうと「出苦忌」であり「卒哭忌」の百ヵ日ですが、どれほど多くの方が心の晴れ間を見つけられたでしょうか。

6/18(土)は我がライフワークと化した知多四国巡拝9日目へとですが、変則に変則を重ねる今回は初めて降りた名鉄河和線・
高横須賀駅へとで、事前に地図で確認していたオレは納得だけど、ミンナは「あらぁ〜、もう着いたの〜」って、82番札所・観福寺へとです。
家が近い「ヒゲおじさん(菊池さん)に電話をして缶ビールでも届けてもらおうか」ってオレが言うと、誰かが「逆にこっちに届けろって言われるぞ〜」っていい、やぶ蛇にならぬよう電話を我慢のワタクシなのでありました。




東日本大震災から百ヵ日を前に諸行無常を思いつつ
我々が前に立ってから灯明が点いた弘法堂に向って、今日も唱える般若心経です。


梅雨前線の位置によって変わる天気予報で快復に向う週末の中部地方だと言っていたのが、傘マークになった本日だけど怪しげな雲は有るものの落ちぬ雨の中を歩く東海市内で83番札所・弥勒寺へとです。
真新しくなって三年目の仁王門、正面に新規に立った仁王像で首や手に金色の飾りが付いているのに気付き、後で納経所のお庫裏さんにお聞きしたらや建てた最初からの飾りだそうだけど、最初は白木の肌が眩し過ぎて金色の飾りが目に入らなかったようです。


紫陽花や菖蒲類、そして弥勒寺境内横の水盤には色とり取りの睡蓮で、我がママは携帯のカメラで撮ったそれを何処に発信だったでしょうか?
例年とスタートが異なるために、毎年昼食休憩をさせて頂いた東海市役所に隣接する大池公園に寄らずにメルヘンロードへとですが、7年間も繰り返して歩いた体内リズムが働くためか、なぜか空腹感を感じながら歩くまだ十時前デス。





有志がつなぐ徒歩巡拝も、80番台の札所巡りとなりました。



連なる大公園たちですが
わずか数キロ西側は延々と製鉄所が立ち並ぶコンビナートとなっていて、木々が途切れた隙間から見える工場群だけど
今回も先導をしてくれるナビ野儀さんや
この歩き遍路に登場だったヒゲおじさんに鶴田パパ、猪又御大なども共にあの工場群の中にお勤めだったのです。

聞くと一つの工場の建屋の長さが2キロ以上もあり、社内は全て車で移動だし「本当かいな?」って思ったけど信号はもちろん、ネズミ捕りレーダー(スピード違反感知機)も設置されていて、社内で違反をしたら減給だったり査定考課にも影響すると言い、社外の人は工場内への出入りが禁止になるというのです。
工場は伊勢湾岸に沿っていて原材料となる鉄鉱石を積んだ船が何隻も横付けだし、同様に製品となった鋼板の積出港ともなっていて、その壮観な風景を「一度見学に来やぁ」でアリマした。

さあぁ そんな話をしていたら
86番札所・観音寺へと到着で、ここにも80番同様のビックリするほど大きな楠木が立っていて、冬は風除けとなり、この時期は緑陰として心経を唱える我々を優しく覆ってくれています。

長崎に遊びに行って来たという横幕さんが出す長崎堂の抹茶カステラをみんなで頂いて一服をして、コース都合で86→85→84番と逆打ちで巡る東海市内です。
指差す方向が逆向きですが、ワタクシの虎の巻となるプリント地図に丁石の場所も追記して、過去に確認出来ているものか新たなものかの確認もです。





カメラ片手に地図を持ち、何が刻まれているか丁石を確認してポケットからペンを出して地図に追記
そんなことをしているとアッと言う間にみんなに置いて行かれます。



時には「もしかしたらこっちの道が大師道では?」ってオレの勝手な判断で一人だけ別の道を行ったりもですが
みんなは信号を渡って東進だったけど、ワタクシは斜めに行ける道を進んでみました。



すると細い道の先のお家の玄関先に倒れたままに横たわるコヤツだけど
上から眺める分には文字も判読出来ませんでしたが、丁石君にも見えるけど・・・どんなもんじゃろか??


ミンナと別れて歩いた道は直線に近く、みんなより先に到着をした85番札所・清水寺(せいすいじと読みます)ですが、道路と境内が一体となっていて、それを識別するかのように水盤が並べられ蓮なども葉を伸ばしていました。
ここは尼僧院だといい女性の僧職がご朱印を押してくれていましたが、大きな飼い猫は北欧の種だといい名前を「キャラ」といい「最初に出逢った時は伽羅木のような枯れ木を思わせたの」だそうだけど、今は小トラのように丸々と大きく誰が寄っても動じません。





近所に買い物に行くが如くに路地から路地へとですが
猪又御大の住まれるお近くでここ数年大改装のなされていた
84番札所・玄猷寺へとで
昨年は未だだった山門も完成をして中には四体の木像が立っていました。



納経所でお聞きするとインド仏教に由来する「四天王」といい
天上界に位置するこれらの人は、仏法を信仰し衆生を悟りへと導く大師たちを外敵から守る役に有り
それ等は仏教と信者の守護を意味して山門に立つのだそうです。
持国天(東南)・増長天(西南)・広目天(西北)・多聞天(東北)と配置され



立つ足元には邪気という鬼を踏んでいます。
ミンナに教えると中を覗いて「あっほんとだ」って言ってたけど、隅の隅まで観察のオレでアリマす。


お参りをした後は玄猷寺(げんにゅうじ)さんの境内で昼食休憩をさせて頂いた我々ですが、鶴田パパが本堂内に具物を寄贈されていたり、お庫裏さんから「まだまだお元気ですヨ」って猪又御大も檀家だというここですが、お寺の名前を最初は【獣】という字だと思ったら【猷】という字でユウと読み、意味は辞書によると「はかる・はかりごと・考えを引き出す・工夫して計略をめぐらす・企てる・長くのびる道」だとか。。。
どこから来たお寺の名前なのでしょうか。




ミンナして大改装の終わった山門全景を入れて記念のパチリでしたが、ちょっとアップで、ハイもう一枚!

玄猷寺を出て東海市から知多半島の背骨となる知多中央道や、血脈の愛知用水なども渡って一気に大府市共和町へとデス。
雨は落ちぬものの高い湿度の中を歩くと奪われる体力で、食後の歩きなもんだから余計に体も重く、まだ午後1時前でしたがミンナの背中を見ると判るかもだけど、ややお疲れ気味で飛んでいた
5番札所・地蔵寺さんへとです。

例年はここで9日目をフィニッシュとなるのだけど歩を進める変則の今回で、共和駅へ向わずお寺の配置の都合上で先にお参りの88番札所・円通寺さんとですが、初めて歩く最短(三角形の一辺の様)コースです。
途中では色付いた枇杷がたわわで一つ二つと手を伸ばし、自然の甘味と水分を補給でしたが、お寺の名前から「円い通じ」の意を以って下のお寺と称する今風で言う「トイレの神様」ならぬ「トイレの仏様」へと到着であります。
ここでも一人高台に立ちお堂に置かれた木魚を叩く我がママでしたが、お経は相変わらず下手だけど、木魚のリズムは段々と良くなっている今回です。
さあぁ 本当に最後の札所へとですが、我慢し切れぬ雨君が空からだったけど、今回遍路9日目最後にして初めて出した傘や合羽なのでアリマす。(その証拠は日記やここの過去ログでネ〜)
定点パチリの歩道橋のオレに、我がママや暎子ちゃんが手を振ってくれたけど、久々に雨具を使った我が家であります。





さあぁ 本当に最後の札所へとですが、我慢し切れぬ雨君が空からだったけど
今回遍路9日目、最後にして初めて出した傘や合羽なのでアリマす。(その証拠は今までの日記でネ〜)
定点パチリの歩道橋のオレに、我がママや暎子ちゃんが手を振ってくれたけど、久々に雨具を使った我が家であります。


その雨もいっ時で歩いている途中で合羽を脱いだ方もいたけれど、とうとう今年も休む事無く全ての札所を巡ることが出来て、87番札所・長寿寺さんの山門をくぐることが出来ました。

元々の原点は木村の親分や姉御やナビ野儀さんなど有志によって続けられたという「知多四国巡拝ウオーク」
突然のように愛歩会員限定としたり、他の行事運営に注力をしたいからと協会としては中断を決めた今年の愛知ウ協、ウオーキングの頂点となる日本ウオーキング協会では不正会計の話題もですが、組織が先導して人を歩かせているのではなく、みんなは自身が歩く喜び歩けられる幸せを感じて、感歩・観歩・完歩なのです。
オレは時々、缶歩だけどネ。





何が縁で始めたのかも忘れるほどだけど、我が家にとって今年8回目となった知多四国巡拝ウオークも無事に全てのお寺を巡拝して
お参りも済ませ長寿寺山門前で今年最後の記念写真をパチリです。
当初は次回第10日目を7/2(土)にしようと言っていたのですが、変則に変則を重ねた今回は、朝のスタート時に「このまま八事まで行っちゃおう!」ってナビ野儀さんで、そのままJR大高駅から電車に乗って地下鉄・八事駅まで一気にです。

当初は次回第10日目を7/2(土)にしようと言っていたのですが、変則に変則を重ねた今回は、朝のスタート時に「このまま八事まで行っちゃおう!」ってナビ野儀さんで、そのままJR大高駅から電車に乗って地下鉄・八事駅まで一気にです。




本四国巡拝の方々が足を運ぶと聞く高野山ですが
その奥の院の霊廟では現在も空海(弘法さま)が禅定を続けているというのです。
奥の院には維那(ゆいな)と呼ばれる空海に仕える仕侍僧が現在も居て
着替えの衣服や朝夕二食の給仕もしていると言いますが
霊廟内の様子は維那以外が窺う事はできず、また務めた維那も一切を他言しないために、その詳細は我々が知ることは出来ないそうです。



知多四国巡拝にとって高野山に相当するという
八事山・興正寺ですが
本堂でお参りをして更に奥之院・弘法堂にお参りをして結願となった第9日目で
「人数が少ないから今年はこれに」って言った暎子ちゃんにならった我がママだけど
番外札所や上陸大師、そして興正寺さんと無事に全てのご朱印を白衣に頂いて結願となりました。



愛知ウ協が他行事勘案を理由に中止をして
有志がつないで第17回目の巡拝を始めたのが今年は2月26日でしたが
その後直ぐに起きた東日本大震災と大津波、更には原発事故。

例年と心も気持ちも全く違う異例尽くしの知多四国巡拝の四ヶ月でしたが、続けられたことに感謝です。


でわでわ これにて ネ〜