パパママ三年連続となる韓国ウオーキングの旅・2日目  2011.9.1〜9/5

 韓国訪問 第5日目の一歩たち 2011年09月05日(月) 天気 ピカピカの晴天
第5日目 =北村 〜 北嶽山 〜 東大門市場  仁川国際空港(インチョン)出国 PM7:00 〜 中部国際空港(セントレア) PM9:00着

9/1(木)から始まった今回ソウルですが、長〜い五日間も本日夜9時に中部国際空港(セントレア)に戻る予定のパパママです。

「第9回・ソウル国際ツーデーウオーク」を終えて月曜、ママと二人して「今日はどこへ行こうか」って朝でしたが、金曜に時間都合で拝観出来なかった
「昌徳宮」へと行くと本日はお休みだというのです。
確かにガイドブックを見ると博物館を含め休みのところが多い月曜で、前回も案内の柳さんからそのような事を聞いたことを思い出しました。


足を北に向けましたが、途中では立派なビルの前の大きな石に「現代」とあり、あの財閥企業の中枢部となるのでしょうか?
でも直ぐ横の通りでは小さな間口の店が並びキムチの準備だそうですが、日本人はキムチと言いますが韓国の人はキンチといい「ン」の部分は口を閉じるように発音だそうです。




更に山手へと行くと
こちらも日本語が上手な女性が声を掛けてくれたけど
来たところは
北村といい冬のソナタのロケ地となった場所で「ほんとうに私の住んでいた家が、ユジンの家となったのよ」お話です。



オレにはよく分からなかったけどママは結構「わぁ〜」って興奮で



ユジンが通ったとされる高校の前でも彼女が写真を撮ってくれ
ユジンの家も見に行きました。



このハリコたちを見ると冬のソナタのドラマシーンが回想されるというそうですが
韓流ドラマがお好きな方はこれがお分かりでしょうか?


北へ北へと足を進め高級住宅街を抜けて市内を眺めると意外にも高いところへと来ているようで、ならば同宿となったアルクハイマーさんも行ったという北嶽山へとです。
途中には健康の為か身体測定の出来る機器があり、その上に立つと数字から推測ですが身長や体重、他にも二つの数字が表示されていたけどこちらは分からずでした。
ママも立ったので数字を見ようとするとオレにもシークレットの体重部分です。





現在居る場所が用意した観光ガイドの地図には無く若干の不安も有りましたが
真っ青な青空、澄んだ空気、ホテルからテクテクと歩いて来ただけで
眺めの良い緑の濃い山中へとで



整備された木道をたくさんの人が歩いており



市街の向こうにはナムサンタワーの南山も見え



城壁沿いを登ったり下ったりです。




石碑に刻んであるハングルの言葉を訳します。
2007年4月5日第62回植物の日 
北嶽山全面開放記念 大統領 蘆武鉉

この北嶽山は大統領官邸の裏山に当り警備の関係で入山が禁止されていたところです。
市民運動家の蘆武鉉大統領が2007年に開放して登ることが出来たのです。
(上記の説明はオッパーさんから帰国後に教えて頂いたものです)




行き交う方々に「ここは何処ですか」って地図を開いて聞くと
相手の方の目が点
「よくもこんな地図でここまで来たものだ」ってのがお顔の様子から分かりますが



ハングルの分からぬ我々をエスコートしてくれ三清閣へとです。


歩くって不思議で、三清閣前で止めて頂いたタクシーの運転手に「二人を市内に届けるように」って(たぶんね)言ってもらった車に乗りましたが、走るタクシーから見る風景と、乗ったその距離に知らぬ間に遠くまで来ていたことを実感です。
でも運賃は6000ウォンほどで日本円では480円、
東大門市場で降ろしてもらい、方向感の良いオレは金是在さんに金曜夜に連れて来て頂いた市場内の同じ屋台へとで、お店の方は覚えておられ「3日前にも来ましたネ」デス。
日本語でこの五日間を語り合うパパママの声に他の日本の人たちも気付いて安心して一緒の屋台に座られたりもでしたが、お腹を満たして「オモニ〜、来年もまた来ますよ」って言って腰を上げたのが午後2時です。


この活気はなんだろう?って、数十年前に日本からは既に消えてしまった「誰もが泥臭く明るく元気に生きている」って空気がムンムンで、一億総中流という表現もあったけどなにか上品になり過ぎた日本とは違うオレの好きな空気がこの街にはあります。




「一期一会」の人々との交流や「いっぱいの再会」で過ごした五日間の満足を抱えて



午後7時フライトの
仁川空港でしたが、まだ夕暮れで無事に帰国が出来ました。

でわでわ また何時の日か