岐阜ウ協9月例会「ごん狐の里と半田運河の蔵巡りウオーク」に参加の一歩たち 2011年10月9日(日曜) 天気 晴れ 距離 10キロ
コース = JR武豊線・半田駅スタート 〜 旧カブトビール 〜 南吉生家 〜 矢勝川 〜 雁宿公園(昼食) 〜 酒の文化館 〜 酢の里 〜 半田駅ゴール

10/9(日曜)は、本タイトルへと出掛けたパパママですが、前日孫達の運動会で頑張り過ぎて筋肉痛や疲れも有り寝坊で遅刻、かろうじてスタート時間に間に合うかと思って役員の長谷さんに電話すると「ワシは用事で今日は行っとらんのや」って事で、今度は岩田の敏ちゃんへ。
「今体操中やけど、駅で待っとったるわ」って、既にスタートをしたみんなを追って待って頂いた岩田さんの持っていた地図を頼りに
紺屋街道へとです。




そして、最初に寄った旧カブトビールのレンガ倉庫で岐阜ウ協のミンナを発見デス。

カッパの堀さんも居られ無事に合流でしたが、ミンナからも「お久し振りネ〜」って、考えたら2月例会以来の参加で懐かしい笑顔がいっぱいの本日、どなたも変わらずに元気に会旗を先頭に南吉の里を歩く本日です。

南吉の生家で休憩となり大垣の辻さんが和菓子をミンナにで、パパママやカッパさんも頂きましたが、彼女はお茶の先生もされているそうで、いつも頂く格別に美味しい和菓子は正座をして食べたいほどのものです。
2週間前の9/24(土)孫のMEIちゃんやYUU君と一緒に歩いたJRさわやかウオークの逆コースとなる今回で、
八幡神社の路地を抜け矢勝川へとですが、アッという間に満開を向かえ既に咲き終わりかけた彼岸花の土手へとです。




本日のコースリーダーは大きな森さんと林さんの二人ですが



同様に役員をされていた小さな森(賢三)さんが逝かれてもう少しで丸一年
3.11を知らずに逝かれた森さんだけど、彼岸に渡った大勢の方々からあの日のことを聞いているだろうか。



いっぱいの彼岸花の一つ一つに誰かの魂が宿り、矢勝の堤防を歩く我々を見守ってくれているような青空の中です。


午前中は南吉の足跡を訪ね雁宿公園で昼食休憩でしたが、午後は蔵巡りへとで、二班に分かれて「酒の文化館」と「酢の里」を交互に見学の予定で、河瀬会長から説明を受けて向う半田運河へとです。




途中では名鉄の線路を渡ったり



丁石も立っていますが、光照院から龍台院へと続く知多四国の遍路道を横切ったりもデス。


我がA班は先に「国盛」という清酒で有名な中埜酒造が運営する「酒の文化館」とですが、「先に酒が呑めるぞ!」「やっぱりA班はエー班だなぁ」って、向う途中から賑やかになるミンナで気分は既にほろ酔いです。
案内譲の説明によると新酒の仕込みに合わせて杉玉(酒林ともいうそうです)の交換がされ、「翌週には交換の予定です」って説明でしたが、後日10/13の中日新聞にここの杉玉が新しいものに代わったとの記事が載っていました。
館内見学の後はもちろんコレですが、「試飲は静かにシィ〜ン」って、くだらぬオヤジギャグも滑らかに飛び出す皆さまと我がママたちだけど、今日はソウルで手に入れた目玉帽子でデス。


何度か同じカキコをしているけど、尾州半田は紀伊半島を越えてくる灘方面(関西)よりも、早くて安全に江戸に物資を届けられる優位性を活用で、運河を整備し大きな蔵を並べて酒や醤油や酢作りに精を出したそうで、中でも中埜家は隆盛を極めた200年前からだそうです。

我が家の「たけひ」と読む苗字はどなたからも「珍しいわネ〜」って言われますが、名前の元はこれで竹(たけ)の樋(ひ)デス。
樋の一字は「木」と「通」に分かれ、木の芯をくり抜いた筒を意味し「ひ・とい」と読み、材料が竹のものを「竹樋」と言ったそうです。
実際にどのように使われていたのかが見学の「
酢の里」で見られましたが、竹が乾いて割れぬように縄を巻いて時々水で縄を濡らしていたと案内譲の説明です。
でもなぜ「樋」の字を使った名前の多くは樋口一葉や樋口加奈子など、全体の一部分である「といの口」を意味する「ひぐちさん」なんだろうか?
全体を表現の、本家はオレのように思うけど・・・
歩きに行くと色々な事を学んだり知ったり様々な興味が沸くけれど、名前って不思議ですネ〜


お酒を頂き、酢のミネガーというジュースも味わい、それらをお土産に色々を購入して、半田運河を横にしてストレッチを終えて散会となった岐阜ウ協10月例会ですが、本日は10キロ・・・観光気分の一日となりました。
でわでわ これにてネ〜