丁石を訪ねて歩くパパママの知多四国巡拝(3.11を発心日として)


「雨だれの 如くに詠めと 教えられ 心の一滴 込める心経」

昨年の3.11から丸一年 この日を発心日として今年も知多四国巡拝を開始致しました。

 知多四国巡拝 第一日目の一歩たち 2012年3月11日(日曜) 天気 晴れ 距離 約21キロ
 第一日目  9ヵ所参拝 名鉄本線・前後駅スタート 1番・曹厳寺 → 2番・極楽寺 → 3番・普門寺 → 4番・延命寺 → 6番・常福寺              
                                       → 7番・極楽寺 → 8番・傳宗院 → 9番・明徳寺 → 10番・観音寺
 東浦駅ゴール

咋朝はカーテンを開けると青空なのに雪が降っててしかも前の家の屋根を見ると真っ白となっていてビックリでしたが、名古屋では25年振りだという3月の降雪でした。
一年前、発災の日はテレビ画像を通して見ているだけでも心臓がどきどきとした闇夜を焦がす猛る炎のコンビナートや津波の被災地、一夜明けて同様に雪が舞う中に黒煙が上がる東日本各地と重ねた昨日でしたが、3.12夕刻には福島第一原発1号機の爆発も発生だったけど、テレビの前で無意味に安全を繰り返していた原発村のあの先生達は今どうしているのでしょうか。

                               「先見えぬ 辛抱強いて 早一年 心に花の 咲く日来るのか」 

さてさて 様々な思いを持ってママと出掛ける事とした知多遍路へとですが、3/11(日)名鉄本線・前後駅を下車して先ずは
1番札所・清涼山曹源寺へとです。

知多四国が開創された200余年前はこのエリアも知多郡の一部だったそうでその東北端となる、現在は豊明市となっている大脇地区に位置する一番札所です。
一年振りのこの門をくぐると目に入る「闇照」の灯篭、そして正面本堂の屋根の上に座する鬼神、しばらく見上げていると真っ青な青空に目が眩み、弘法堂の中が真っ暗に見えたけど、座する何者かに合わせる合掌ですが3.11から一年となる本日です。
                             
                           「差し伸べる 手は何処なのか 探せども 見えぬ無常に 日々が流れる」


1番札所でご朱印を受ける白衣を購入し、歩き遍路の門出を祝って飴の接待も頂き、晴天ながらも冷ややかな清々しい空気の中を2番札所へとで、きっと遍路で歩かれても気付かぬ方も多いであろうこんなところの丁石とも再会のオレです。

ママが手に持つ袋は、昨年暎子ちゃんを真似てご朱印用の白衣を1番札所で買ったけど、そのまま持っていたら「これに入れたら」って2番札所・極楽寺のお庫裏さんから頂いたもので、今年も会ったお庫裏さんにその事のお礼をすると「たくさんの方々で覚えてないわ」って言っていたけど、千躰仏が並ぶ弘法堂の如くに無償の愛で77年、自宅裏の梅で作った梅干も参拝者に接待です。
2番から
3番・普門寺へと、「おーいオレはココだよ」って向こうから声を掛けてくれる丁石の一本一本とも立ち止まって会話だけど、どれほど多くの人がこれらを見て安心の歩を進めたことでしょうか。

一年を経て直止まぬ大きな余震が被災の人々の心の傷を掻きむしるかのように繰り返されるけど、自然がもたらす恩恵と邪悪に対して人々がどのように付き合っていったら良いのか考えさせられる3.11の知多四国巡拝、居並ぶ丁石に従い消えた丁石たちが有ったであろうと推測の道を尋ねて向かう4番札所・延命寺へとです。
境内の紅梅が山門を入る前から赤い色を見せてくれていましたが、先ずは水舎で手と口を清めてだけど、真新しい青竹の柄杓が汲まれた水の量と似合わぬほど重くって笑っちうほどです。





続いて本堂へとお参りですが
紅梅の咲く弘法堂を見るとお年寄りが二人、互いに上と下で階段の手摺りを探すように手を伸ばしていて
危なっかしい足取りに思わず目を留めたけど
お参りを済ませたお二人としばし会話でお聞きするとご夫婦で息子さんに車で連れて来てもらっての巡拝だそうです。

我々が歩き遍路と知って感心をして頂き、皺を一層深くした笑顔で「わしらの分まで歩いてな」って手を振って境内を後にされましたが
一期一会の中に気が通じて挨拶もして言葉も交わす、時間の止まったようないっ時でありました。



我々もお参りを済ませてご朱印も頂き、山門で深くお辞儀をして門前へとですが
「四番従六番ヘ三十丁」と指差す手



西に出ると正面に「廿九丁目」の丁石が
しかし指し示す手の方向がどっちなのか石の汚れも有って不明で、右なのか左に出るのが正しいのか・・・



知多四国巡拝九年目にして初めて出会った丁石がコレで
道沿いからやや離れた場所に「廿七丁目」の刻印指し示す手もクッキリと、六番札所へ向かう道筋が
光明の如くに見えてくるワタクシなのです。

今までは「あいち健康の森公園」で昼食でしたが、何度も列詰めなどで立ち止まった森岡の信号近くのラーメン屋さん、いつも店の換気口からただよう中華料理の匂いに昼前の空腹時とも重なってクラクラだったけど、今回は二人だけなので昼食場所として入ったら美味しいラーメンでありました。
お腹を満たして歩を進めるほどに気温も上がる日中でしたが、梅が咲き菜の花も咲く道々を、オレの分身が座る
6番札所・萬年山常福寺へとです。

討論・議論とはちょっと違う「ディベート」、一つのテーマについて敢えて互いに異なる(相反する)立場に分れて、その立場の正論を説き相手を納得させる。
正に天邪鬼の世界で、相手が右といえば「いや左だろう」、これが正しいと言われれば「ホントかや?違うだろう!」って常に疑念を持ち、信念に変えて反論を交わす。
我がママに「ハイハイ・ヨシヨシ」って頭を撫ぜられちゃっているオレの分身の天邪鬼君だけど、紅白の梅だって実は赤く見えているのが本当は白色で、白く見えているのは赤色かも・・・だいたい誰がこの色を赤なんて決めたんだ!って、頭を触るじゃナイでアリマす。





六番を前に食事を済ませていたのでそのまま寄らずに進んだ「あいち健康の森公園」外周となる南側の道路へとで
もちろん安全を考えれば公園内を歩くのがベストだけれど
一昨年末の碧海幡豆の下見をしていて見つけた「二十七丁」の丁石から
次のお寺に向かう道筋を想像するのがこの外周路だったのです。



くっきりと判読の「拾八町目」と初出会い



更に進んだ先で「拾七町」とも初出会い、きっと「目」も刻んであったと思うけど土の中です。


新たな丁石を立て続けに3本も新発見の初日ですが、古地図を眺めて札所の位置を当てはめどのように辿ったかを類推をする。
まるで知多半島を大舞台にしたオリエンテーリングゲームのような感覚もだけど、200余年を経て開創の師たちが辿った巡拝路を忠実に歩ける喜びというものに満足感さえも感じるオレで、会員限定の今年にこだわって二人歩きの天邪鬼は常に探究心だらけだけど、我がママはどのように思って歩くこの道でしょうか。


家の前を通る車が近付き過ぎぬよう石やブロックを置く狭い道ですが、裏を向けられていたら気付きようも無かったかもの折れた「一町目」の丁石、既にこれはこの八年の中で発見済みだったけど「丁」の字が「町」で表され、上の新発見のものたちと一連と符号して7番札所・極楽寺へとです。

続いて行った8番札所・傳宗院、随分前にここのお婆ちゃんが「孫が大学に受かって」って言っていたけど、今日はそのお嬢さんが出られ、ご朱印を押す左手を見るとエンゲージリングが光っていて、聞くと来月結婚をするそうで「おめでとう♪」ってお祝いのパチリもです。
何年か後には可愛いチビがこの境内を駆け回って遊ぶかも





いつの間にか脱いでいた上着で、風も無く向かう9番札所・明徳寺へと
昨年新たに見つけた他寺の石垣に同化する様な「卍二丁目」を含めて7本、抜かれて倒れたままのものなど
一本一本に足を止めて挨拶もして歩かせて頂く巡拝路



天気予報通りに雲が出て来た午後2時半に明徳寺へとです。



水浄と彫られた手水舎で手と口を清め本堂にお参り
線香を立てて弘法堂に二人して並んで唱える般若心経、知らぬ間に覚えた作法ですが、もう直ぐそこに迫り来る2時46分
誰しもがあの一瞬までそしてその後の惨状のことなど微塵も思うことなく
当たり前として我を通していたり、互いのつまらぬ揉め事が今は最大の問題と思っていたり
失うものの大きさに愕然とすることなど露ほども知らずに・・・

「君愛す 思い誰にも 負けはせぬ 裂けて破れた こころ縫う今」

どれほど多くの方々が自責の念を持って過ごした震災以降でしょうか


14時40分に出た九番札所で向かう「十番札所へ十五丁」、狭い路地を右左へとで、ナビ野儀さんに連れられて歩いていた当初は同じところをグルグルと回っているんじゃって思うほどややこしい道たちでしたが、今は完璧に正しく歩けるワタクシで、再確認をした丁石たちも「大師道」「十四丁目」「大師道」「十三丁目」「十一丁目」「大師道」「卍十丁目」「卍八丁目」「卍五丁目」「卍四丁」「卍二丁」「一丁目」と並んで「弘法道」十番札所まで全て合わせて13本でアリマした。
途中「卍十丁目」を過ぎたところの玉洞院さんで梵鐘の音が聞こえ、まもなくあちこちからサイレンの音が鳴り響いたので境内に入らせて頂き本堂に向かって黙祷をさせて頂きましたが、忘れ得ぬ午後2時46分全国各地で響いているであろう鎮魂の叫びたちです。





大地が大揺れをしたその後、刻々と往く分単位の中で想像し得なかった大津波の襲来まで・・・
10番札所・観音寺に到着が午後3時5分でした。



お参りをしながら、二人して弘法堂に向かって唱える般若心経を後ろでじっと聞いておられる方を気配で感じていましたが
我々の回向が終わるのを待って弘法堂に膝ま付いて納経を始められました。
共にお参りを済ませて納経所前でご挨拶をしましたが、開いたご朱印帳が真っ赤っかで、お聞きすると既に249回目となる今回だそう
知多四国の先達もされているという知多市の山口さんです。



仏心を体現のような優しい目と声の方で、名刺代わりに頂いた錦の納め札には「祈願 世界平和 天下泰平」とあり「慈佛」の文字もです。
普段余り耳にしない先ほどのお経のことを訪ねると
我々が普段お参りで唱えているのは簡略化したもので、正しいお経のことやお寺の事もです。

「弘法寺として200余年ながらもお寺というものは更にずーっと以前から存在していたもので
先ずはお寺のご本尊様へのご挨拶が大事なんだよ」って
初めて知った真言のことです。



またどこかで再会が出来ますようにと、ご挨拶をして後にした境内ですが
今までは初日十番までのお参りを済ませると帰路となる
JR東浦駅へと表通りに出ていましたが
今回は11番札所への正しい弘法道を捜し歩くことにしたパパママでして、最初に見つけた「卍十四丁」



で次の横倒しがコレなんだけど、ただ倒れているだけかと思ったら接着剤でも付いているんじゃって思うほどビクともせず
見られる面をシゲシゲだけど・・・姿・形は丁石君のようなんだけど???でアリマした。