「伊能ウオークが歩いた道を辿ろうin愛知」第三日目に参加の一歩たち 2012年5月29日(日曜) 天気 晴れ 距離 14・27キロ 
コース = 名古屋市役所スタート 〜 朝日新聞・名古屋支社前 〜 白川公園 〜 白鳥公園(昼食) 〜 笠寺観音・一里塚 〜 有松宿 〜 名鉄豊明駅ゴール

4/29(日曜)は表記タイトルへとで、連泊の孫達を自宅に送り届けて集合場所となる前回ゴールの名古屋市役所へとですが、早速に本企画の主である西川阿羅漢さんや敦子さん、そして本日コースリーダーとなる服部さんとハイチーズです。

第5日曜ということで他協会の例会も無いためか、岐阜から豊橋まで当時と同じく6日間を掛けて歩くその三日目、シリーズの完歩を目指そうとの思いか、ここ名古屋市役所から豊明までの27キロに大勢の参加者です。
実際に伊能ウオークが行われた2000年12月の当時、月曜日に開催だったため我が家は共に仕事で参加出来ませんでしたので、初めて歩くコースとなりますが、先ずは市役所前を出て伊能Wを主催の朝日新聞社・名古屋支社を通るそうで、御用旗を持つ井上さんとリーダーの服部さんが先導です。

阿羅漢さんの前を歩く水野ママですが、朝から晴天で暑くなりそうな予感の中を果たしてどこまで一緒に歩けるか、きっと貴重となるであろうこの勇姿を撮らずにおれぬワタクシで向けるカメラです。
懐かしいけど我が家もタンスの引出に有るかものこのバンダナ、4万キロウオーカーの中村功さんが首に巻いていたものを開いて頂きましたが、伊能グッズの中でも記憶に残る2000年のカレンダーにもなっていました。
更には美和町の水谷さん、「この伊能Wがきっかけでウオーキングというものを始めたんだけど、大概の物は捨てちゃうのにこれだけは残っていてさ」って参加ゼッケンも当時のままで、全国を2年掛かりで歩いた伊能ウオークがどれほど多くのウオーカーを生み出したことか、を実感させる皆さまです。


白川公園の休憩場所で我がママと腰を下ろす今日の阿羅漢さんは、白色に黒いつばの付いた帽子でしたが、当初の本部隊員はこの色柄だったそうです。

本部隊・ステージ・エリア・ディリー隊などと、互いの帽子の色柄で立場が分かるようにもなっていましたが、ゴールまで残り1ヵ月を切って全国各地から参集の隊列が、白川公園や大須観音なども通り、名古屋国際会議場の建つ白鳥公園へと進んだそうで、なぞるように忠実に歩く先導の服部さんと井上さんです。

ダビンチの騎馬像が立つ国際会議場中庭で昼食休憩となった本日ですが、渋谷さんが持参の大きなシートに集うみんなで、朝からずーっとマスクをしている岡本会長に「花粉症の予防かな」って勝手に思っていたら、食事時になって外したマスクの下は口の周りに大きな絆創膏で、聞くと筍掘りに出掛けて傾斜地に足を取られて竹の切り株に嫌というほど顔を強打してしまったというのです。
しかもその時掘ったという筍が、敦子さんの手料理の一つとしてシートの上に出て来て、大笑いしながらも味わって頂いたその収穫のタケノコなのです。
さあぁ、お腹を満たして午後のスタートだけど、午前中は10キロ弱、午後が長丁場となるこれからです。





熱田神宮は寄らず七里の渡しにも寄らずと旧東海道を避けるようなコースで、ワタクシは初めて歩く場所も多かった名古屋市南部だったけど
大人数が歩くであろう配慮から考えられた当時のコース設定だったのでしょうか。
一部の方は名鉄・桜駅で14キロショートのゴールとなり



他のミンナは
笠寺観音から



新緑に映える
笠寺一里塚へとです。



途中、緑区学習センターでトイレ休憩をさせて頂き東進する東海道



電信柱を地下にして昔ながらの風景を取り戻したという
有松宿を進む敦子さんや我がママですが



電線というものが景観というものを如何に邪魔しているかを再認識です。


10キロも歩かずに昼食休憩となった今回でやや暑いほどの午後、休憩する度に「あと何キロ〜」って、進めど進めど減らぬ残距離でしたが、「翌日月曜も祝日で休みだから気分的には楽だね」って言ってたら「わたし等毎日祝日よ」って方々もで、有松宿での休憩を終えて一気に国道一号線に沿うように豊明駅へと、午後4時に無事にロング参加の全員が27キロのフィニッシュとなりました。

次回第四日目はやや間を置いて9月27日となりますが、多数の方がここまで連続参加で、12年前の伊能ウオークを思い返しての豊明から新安城25キロとなります。
でわでわ ネ〜