丁石を訪ねて歩くパパママの知多四国巡拝(3.11を発心日として)


「雨だれの 如くに詠めと 教えられ 心の一滴 込める心経」

 知多四国巡拝 第七日目の一歩たち 2012年5月06日(日曜) 天気 曇り 距離 約15キロ
 第七日目  9ヵ所参拝  野間・紅葉館スタート(ご主人に送ってもらう) 〜 番外・曹源寺 → 58番・来応寺 → 59番・玉泉寺 → 60番・安楽寺                
                      → 61番・高讃寺 → 62番・洞雲寺 → 64番・宝全寺 → 63番・大善院 → 65番・相持寺 → 常滑
駅ゴール
帰宅してから見たニュースでは暖かかった春風を上から覆うように大陸からの強い寒気が入り、発生の竜巻によって大きな被害を出した東日本でしたが、東海地方も乱れるという朝の天気予報で、早めに朝食を用意して頂き前日打切りとした報恩寺の次、番外札所・曹源寺からスタートとした5/6(日曜)です。
お世話になった紅葉屋さんの女将にご挨拶もして、天気の心配が無ければ宿を出て奥田から海岸へ出て砂浜を歩こうかとも思ったけど、ご主人に車で本日最初に巡拝の札所門前まで送って頂きました。

紅葉屋さ〜ん 連日の送迎を有難うございました。 またお世話になりますネ〜♪


わずか500mほどの距離に並ぶように建つ曹源寺を経て、58番札所・来応寺・更に59番札所・玉泉寺へとで、過ってナビ野儀さんに教えて頂いた海岸沿いを行く古道へとです。
海沿いに出ると中部国際空港・セントレアが一望でしたが、GWを国内外各地へと出掛けた方々が戻ってくる今日であろうか、次々と離着陸を繰り返す大きなエンジン音や飛行機の機影もクッキリです。





そんな風景を進み途中にあったカーブミラーでも遊ぶパパママの結婚38年目と2日目です。



60番札所・安楽寺への手前500mほどに有った置石に守られる埋まった丁石ですが
「卍廿三」の刻字が判読出来て、これは距離から推測して次の札所に向かうためにここに戻れという意味だと理解です。

お参りを済ませて、その丁石に従って距離は長くなるものの再度戻った海岸沿いの古道へとですが、またもや一望の中部国際空港で「皆さま〜 こちらに見えますのがセントレアでございまぁ〜す」の我がママです。

自分達だけで自由勝手に歩けることを最大限の武器として、事前に用意の歩行路周辺の詳細地図、車が堂々と通れる道はバッサリと切り捨てて、手を伸ばせば両側の家々に付きそうになる道でしかも目的を持っているかのように延々と伸びる道、それらを選んで進む先に待つ初めての出会い、埋まっていたり、傾いていたり。




そして守られるように民家の敷地内に立つもの
これらの一本一本との出会いを重ねる度に自分達の知多四国巡拝が、より純粋になっていくように思えるのは何故なんだろうか




丁石の立つ細い道を見えぬ大師に手を引かれるように進むと、61番札所・高讃寺が真っ正面で



新緑に彩られた石柱の立つ入り口から仁王たちが居る山門を抜けると、花が咲いていないと木の種類も見分けがつかないけど
真っ白く雪が被ったように白い花が咲く「なんじゃもんじゃの木」が満開で



我々を本堂へと案内してくれました。


続いて参った62番札所・洞雲寺でも咲いていたなんじゃもんじゃ君ですが、この後に寄るやはりなんじゃもんじゃの木が境内に立つ宝全寺の住職に今回聞いた話を先に皆さまにも紹介です。

                 中国大陸では珍しくない「なんじゃもんじゃの木」(学名・ヒトツバタゴ)だそうですが
                 日本では我がママの生れ故郷の長崎県・対馬と、岐阜県東濃地方のみに何故か自生で
                 名前も分からぬ木だからと「なんじゃもんじゃ」と通称されていたそうな
                 それを岐阜県の植物学者でもあった学校の先生が解明し、その珍しい木の苗木を
                 知多四国88ヵ所の寺々や、愛知県の学校などに贈ったそうな
                 それが今大木となって各地で花を咲かせているんじゃよ

花が終わると他の緑と一緒になって、全くなんじゃもんじゃの木だと分からなくなってしまいますが、既に巡拝を済ませたところやこれから先の札所でも、今真っ盛りに咲いている雪のような白い花なのでしょうか。




さあぁ 広い道は通らずに向かうはその宝全寺へとです。



山手を進むと民家の庭先のようなところで行止りかと思ったら、洗濯物を干していた奥さんが居られ
狭い家の間を抜けられると教えて頂き



従って進んだ道の先には後光が射すが如く輝く、この丁石が!



正に忽然と現れるって感じだけど、「お前をずっーっと待ってたよ、さあぁ こっちに進めば良いんだよ」って
立体的な手や深く刻まれた大師の文字たちが慰労と慈愛の感情を持ってオレや我がママにも語ってくれているようで
素直に進むその路地は、常滑らしさがいっぱいです。


新たな丁石に教えられた道を通って先ずは64番札所・宝全寺へとですが、ここのなんじゃもんじゃの木もきっと真っ白に雪が被ったようになっているかと思ったら・・・アリャリャって、妙に境内がスッキリ。
住職と話した内容は先に記述の通りですが、本堂に近くに植えたなんじゃもんじゃの木が今後大木となって本堂に掛かる事を心配して昨年秋に手前のケヤキも含めて思い切ってバッサリと幹から落としたというのです。
ワタクシの旧ウオーク日記の中に64番札所門前からの境内風景が残っていますので比較して見て頂くと・・・これを惨いと思うのか、止む無しと考えるべきか・・・

更にはその昨2011年7日目レポートに記載の通り、門前のお茶屋さんの抹茶アイスを今年は我がママがゲットとなりました。


午後は「突然のように荒れる天気になるかも」って天気予報で、時折り遠方に黒い雲が現れたり強い風が吹くこともあり、今日は常滑駅で終えて早めに帰宅しようと思っていたので、順番が前後だけど続いて行ったオレが大好きな知多四国一番のボロ寺、そしてイブキの巨木が境内に立つ63番札所・大善院へとです。
今年は住職ご夫妻が迎えてくれましたが、明るく元気な三男一女の子供達からもご朱印を頂き会話を楽しんだ9年間で、お子達も成長してそれぞれの人生を歩んでいる日々だそうです。





弘法堂前に置かれた木魚が有ると叩く我がママで
倣って雨垂れボタボタの如くに声を張り上げて腹の底から般若心経を唱えるオレ
互いに負けまいと、大声と木魚が割れるんじゃってほど強いポクポクの音がお堂の中で響きあう。
互いのそれが可笑しくって
吹出しながら笑っての光明真言、これではイカンと〆て唱える大師宝号と回向。

大善院弘法堂に新しく鎮座した帝国ホテルの外壁を模したという陶製の灯篭に囲まれるように正面に座る弘法大師です。

そんなお参りをしていたら、笑われちゃったけど境内でお会いした巡拝の方々としばし会話で、名刺代わりだという赤や緑の納め札を交換だったけど、我が家は持っていないというと「札所はもちろん、接待を受けたりした場合も差し出してお礼とするための必需品」との説明もです。
しかし天邪鬼のオレ、参拝回数によって異なる指定色はまるで巡拝者の格付けのようで素直に受け入れられない・・・でも、やっぱり何らかの名刺は持とうかな?って思う今後です。


本日打切りとなる65番札所・相持院のお参りを済ませ、お庫裏さんにこの2日間のことをお話もしたりでしたが、遠雷が届くようになり急ぎ足で「やきもの散歩道」を通って常滑駅へと向かった午後1時前でした。




進む前方に賑やかな音楽と音で、出会ったチンドン屋さんが△帽子の我々に先方から声を掛けて来られ
昨日の岩屋寺からここまで知多四国巡拝をして来たことや
昨日が38回目の結婚記念日だと説明をすると

音楽のリクエストを聞かれ、「上を向いて歩こう」と答える我がママで、一緒に踊ったり



祝福の言葉も頂いて、互いの出会い記念の全員パチリもです。




無事に常滑駅へと到着をして駅構内にあるお店で昼食をして帰宅中の電車に乗るころに降り出した雨ですが



帰路の途中、思い付いたように寄ったパパママが挙式を上げた徳川町の教会へとです。



当時対応して頂いた牧師さんはもう亡くなられたとの事でしたが
名古屋市から歴史的建造物に指定される今年だそうで「また遊びに来て下さいネ」ってお話もです。

でわでわ これにてネ〜



 八日目につづく