丁石を訪ねて歩くパパママの知多四国巡拝(3.11を発心日として)


「雨だれの 如くに詠めと 教えられ 心の一滴 込める心経」

 第九日目 10ヵ所参拝  名鉄空港線・古見駅スタート 〜 79番・妙楽寺 → 番外・開山所 → 80番・栖光院 → 81番・龍蔵寺                
                     → 82番・観福寺 → 83番・弥勒寺 → 84番・玄猷寺 → 85番・清水寺 → 86番・観音寺 → 5番・地蔵寺
 〜 JR東海道線・共和駅ゴール

5/19(土)に続いて近過ぎて宿泊はしなかったけど前日ゴールとなった古見駅へと名鉄電車で行き、開創の大師・亮山阿闍梨が眠る番外札所・開山所を抱える79番札所・妙楽寺へとで、境内の掲示物によると亮山阿闍梨が1809年に知多四国霊場開創を発願、岡戸半蔵行者と武田安兵衛行者を伴って1824年に大願を成就したと有ります。
開創200年記念を祝ったのが2008年でしたが、発願の年を基準にして数えられる開創だったことを知った今回二人遍路の境内でです。
さあぁ 今日もいっぱいの丁石くんと出会っちゃおうかナ〜


妙楽寺の山門を出たところに立つ「八十番ヘ十四町」に従って進み最初の曲り角の電信柱の根元に居るコヤツ、卍と指差す手の下がすっぽりと埋まって苦しげだけど、今も十分にシッカリと役目を果たしてくれています。




更にどんどんと真っ直ぐ行くと、これまた初出会いの丁石くん♪



向かう
80番札所・栖光院への距離をしっかりと教えてくれていましたが
卍の下の七に気が付きますでしょうか?



丁石に従って着いた栖光院山門前に三本の丁石でしたが、「壱丁大師道」「指差す手と八十番」「八十一番ヘ六丁」の刻字で
前後する近隣の巡拝路から移動されたものでしょうか。



朱塗りの仁王像が立つ山門をくぐると大楠木が有り
勝手にこのお寺の名前を楠光院と間違えて覚えてしまったオレでしたが、正しくは木偏 に「南」ではなく「西」だったことを知ったワタクシだけど



それほど印象的な樹齢千年に近い大老が「よう来たナ、今年は二人でかい、うんうん」って愛情いっぱいの暖かさです。

我がママと二人遍路で自由に丁石探訪を繰り返して歩く今年で、これまた新たな出会いがいっぱいの81番札所・龍蔵寺から82番札所・観福寺へと、丸髷のお庫裏さんに代わってご朱印を頂いたお婆ちゃんからお八つの接待も頂いて進む大師道です。

                               「よっぽどの 縁があっての あなたと私」

龍蔵寺境内に貼ってあったこれ、アハハハのハですが正にそうなのです!この地球上で、いや日本の中だけだって一人の人間が持っている世界は所詮ホンの小さなもの、今出会っている自分の周りに居られる人々は超が付くほど奇特なご縁の方々ばかりなのです。
そしてこの丁石くんたちとワタクシもネ♪〜





上右ハリコが廿一丁大師道、そして折れているけどこれが十五丁大師道



十四丁大師道



十三丁大師道と・・・「お〜」、「おお〜」、「おおぅ」って、居並ぶ丁石たちに王道となる大師道を新発見
立ち止まっては事前用意のマイ地図に位置と刻字内容も記録だし
写真だって前からや左右の風景も入れたり、どアップも数枚と・・・オ〜イ ママ〜 待ってヨ〜


いっぱいの隠れていた丁石君たちが一気に目の前に現れて「へえぇ〜」って感激ですが、観福寺から83番札所・弥勒寺へとは昨年も道に迷いながら探したけど、大きな新しい道が出来たり新造成の家並に見つからぬ丁石でアリマした。
埋まっちゃったのか、抜いて何処かに持って行っちゃったのか・・・或いは別の道なのかも。。。





弘法堂で般若心経を唱え終えて
堂前の水盤に咲く睡蓮を見ていたら鏡のような水面に南無大師金剛遍照の法号旗が逆さに映っていたけど
気が付いたら既に80番台の札所を歩いているパパママです。

本四国遍路では各県を踏み進む毎の巡拝者の気持ちを「発心」「修行」「菩提」「涅槃」と言うそうで
涅槃(ネハン)とは「吹き消す」という意味で、煩悩の火が吹き消され、煩悩から解放された悟りの境地を表すそうです。

信心など薄く「摩訶般若」と詠んだ先は「腹減った〜」と続けるオレですが、あれから一年の3.11を発心日としてママと二人、新たな丁石たちがいっぱい向こうからオレを迎えてくれた今年、初めて札所順に巡って着いたところは84番札所・玄猷寺へとです。

我々が知多四国巡拝を始めて9年、歳月を掛けた古かったお寺の建て替えも全て完成ととなって様変わりのナンバーワンかもだけど、絢爛たる四天王が迎える白木の山門を前に収まらぬほど大屋根の本堂を正面に、入って右手の手水舎もお洒落だし、以前のボロだったころが懐かしく思えるほどこれまた白木が眩しい弘法堂もです。
納経所では我々のリュック姿を見て歩き遍路だとみたか、玄猷寺のお庫裏さんが前記の「涅槃」の話をしてくれたけど、こころの解放さえ感じる80番台の札所たちです。





順打ちの83番から84番へ進んだ道の途中に有った大丁石
二面を使って卍の下に大きな手が八十四番八十五番の方向を指差していて
「ああぁ、84番からココにまた戻って85番に向かうんだ」って教えてくれていて
それに従うと、
85番札所・清水寺(せいすいじ)です。



更に向かう順打ちは以前に確認済みだけど将棋の駒のような形の丁石



似たような姿勢の我がママと垣根の下のこれ等ですが
立つママの足元から違う場所のものだと判りますでしょうか・・・十二丁九丁です。


更に進む先にも同じ寄進者によるものだと思うけど珍しい薄平たい形の石に五丁と有り、86番札所・潮音閣観音寺へとで寺の名前から過ってはここまで海が有ったことを示していますが、伊勢湾台風以降の埋め立てとそこに製鉄所が出来て海は遥か遠くです。
そして目を正面に向けると栖光院同様に気高くそびえる大楠さんが高みから、今年の我々の知多巡拝の全てを見ていたかのように笑顔で「今年も廻ったね。さあぁ、おいで」って迎えてくれています。





「腹からの 心経となえて 幾札所  君を思って 願って合唱」



「近付けた 君の世界に ちょっとだけ この手伸ばせば 君は直ぐそこ」



開創当初のころはこの足で87番へと向かったのか
やはり古い丁石も示すように飛ばして進み残した
5番札所・地蔵寺へと行ったのか?
丁石との出会いは無かったけど、進んだ先の真っ直ぐ前に本堂の大屋根が見え、新四国五番札所の丁石も迎えてくれ



以前から入っていた正面階段は新しい道と共に新たに作られた入り口かもです。



さあぁ 本日はパパママが昭和50年から二年間新婚時代を過ごした、ここ共和駅で打ち切りデス。
でわでわ ネ〜




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