10回目となる知多四国徒歩巡拝 初めての秋遍路(逆打ちにて)


「秋彼岸 過ぎて高みの 空見上げ  二人向かうは 知多四国路に」

「佛心も 無き我なれど 逆打ちの 先に見ゆるは 誰の姿ぞ」

四国遍路の祖を追った衛門三郎の故事に習って、閏年に逆打ちをすると特段のご利益があるという今年
徳を望んだ訳ではないけど、逆目線で歩く知多四国に新たな丁石との出会いを求めて秋遍路をママと開始。
(2012年10月6日)

10回目となる知多四国徒歩巡拝、初めての秋遍路・逆打ち第三日目の一歩たち 2012年10月14日(日曜) 天気 晴れ 
80番・栖光院 → 79番・妙楽寺 → 番外・開山所 → 78番・福生寺 → 76番・如意寺 → 74番・蜜厳寺 → 75番・誕生堂 → 73番・正法院 → 77番・浄連寺
                      → 72番・慈雲寺 → 71番・大智院 → 70番・地蔵寺 → 69番・慈光寺 → 68番・宝蔵寺にて打ち止め

思い立ったが吉日の如く前夜にふたりして即決をして向かう三日目逆打ち巡拝へとですが、10/14(日)まだ陽が低い時間に1週間前に打ち止めとした寺本駅へとです。
そうそう 二日目レポートで書き忘れたけど、帰りの名鉄太田川駅でパパママが電車乗り換えをしたんだけど、それを「見てたぞ!」って乗り換えた電車の中にヒゲおじさんから電話が・・・
駅ホームでニアミスだったけど、やっぱり切っても切れぬご縁デスね〜♪
通過するつもりだった
81番・龍蔵寺の横を通ったところ境内に人影が、入ったところ住職が庭の水撒き中で、手が濡れているからとお庫裡さんを呼び、巨淵山をバックに二人の写真を撮って頂けて本日巡拝のスタートとしました。




10月から3月までは納経所の受付時間が朝7時と夏場より1時間遅くなりますが
到着の
80番札所・栖光院前で通りがかった近所の方が「歩いているの〜」って声を掛けてくれ
「お揃い姿が良いじゃナ〜イ」って並んだ写真をパチリとして頂けたけど
ご自分は先ほどの龍蔵寺のお庫裡さん同様に「ワタシはボサボサだから」ってご遠慮です。



進む先、大楠の根元でも「墓参りに来たんだわ」って方が「早くからお参りじゃな」って声を掛けてくれ、大樹をバックに暫しの会話もです。


以前は栖光院の裏山越えが正しい大師道であったとの情報から、墓地横の裏山へと足を踏み入れたけど残念ながら行き止り、戻って進んだ先ですが、何度も歩いた愛歩コースと異なる道を選んで、埋没ながらもこれ又10年目にして初出会いの卍七丁の丁石です。

七丁の丁石君との出会いによって正統と確認された大師道を向かう79番札所・妙楽寺へとですが、開山の祖亮山阿闍梨が200余年前、知多半島に平安・奈良時代から連綿と続く社寺たちを本四国に習って「知多新四国」として結んで作られた巡拝の道場、その彼が往事住職として過ごしたといい、番外札所・開山所も設置の境内です。

東海市同様に製鉄や火力発電など名古屋湾岸コンビナートの一角となる知多市も大きな新しい道や大型団地、伴う商圏も大通り沿いに出来て旧来の漁村から大きく変遷で、79番から真っ黒けの大黒様が座る78番札所・福生寺、そして佐布里地区に五ヶ寺が集まる遍路団地・雨宝山各寺まで昔ながらと思われる探索するものの出会えぬ丁石です。
でも何処かにまだ隠れているヤツが居そうなんだけどナ〜


従来に変えて反時計回りとした今回で、境内には人の現世の罪を審査するという十王堂も建つ76番札所・如意寺、74番札所・蜜厳寺、75番札所・誕生堂、73番札所・正法院へとです。




そして最後に77番札所・浄蓮寺の五ヶ寺で般若心経を唱えて御朱印を頂きました。



遍路団地の一つ「佐布里地区」を抜けて旧道を進みますが



読みなを「そうり」って習っていたけど道標には「左さぶり 大し道」と刻字されていて
どの様な変遷で現在の「そうり」と呼ぶようになったのでしょうか?

お昼を前にして岡田地区へと入り、72番札所・慈雲寺へとです。
昼食休憩は慈雲寺近くの「おかき茶屋」へとでしたが、他のお客や店員によると芸能人が来てテレビ中継の有った昨日だそうで、その時にも話題になったという目玉焼きが二つ乗ったカツ丼でお腹を満たし、進める巡拝路です。




そして以前から気になっていた五丁目の丁石の存在と、公式本にも載っている正しい巡拝路としての旧佐布里道。
一本だけだと事情により正しい大師道から移設された可能性も有ると思い半信半疑でしたが



今回逆打ち遍路で発見をしたこれ等
土留めのコンクリ柱に紛れるように隠れていたけど、ママが枯れた雑草を取り除いてくれました。



すると出て来た3本の丁石「六丁大師道・七丁大師道・八丁大師道」と刻字されており
この道沿いの前後する位置に立っていたものをまとめた様で
手前にあった五丁大師道とも符合して
ここでも三開人の導く光明を見た思いに感激の徒歩巡拝です。
でも何時の時期からか料亭なども建つ賑やかな旧佐布里道を使うようになった巡拝者たちなのでしょうか。




しかもこんな経験も初めてですが
我々を窓から見て知多四国巡拝の徒と判断したのか
通りのお店の方が店内から掛け出て来て「荷物になっちゃうかな〜」って、お茶の接待を頂きました。
納め札も持たぬままの我々でしたので
お礼の言葉だけで別れましたが、次回はこの写真を持ってお店に寄り、お礼の食事休憩をさせて貰おと思います。

春遍路では伸びる草木に隠れていたり順打ちコースで目線が異なり、丸9年間気付かなかった丁石君たちともいっぱいの出会いですが、順打ちでママの立つ側から歩いて来ていた為に電信柱が隠していたか、初夏の茂った雑草の影となっていたのかコイツとも今回はコンニチワが出来ました。。。って、その土手上の鳥が無造作に突き残した柿もゲットのワタクシです。

72番から4キロほどを歩いて71番札所・大智院へと、この春から瓦の葺替え中の本堂大屋根はまだ足場が掛かったのままでしたが、年内には仕上がる予定だそうです。
巧みな講話で各地を引っ張りだこの現住職は不在でしたが、将来27代目となる息子殿に御朱印を頂き、その納経所の中ではアニメに夢中の28代目もです。


続いて行った70番札所・地蔵寺ですが、南方に目を移すと大野城も見えてくる城下町へとで、真ん中ハリコ遠方に見える住宅地右手に小高い山とお城が肉眼ではチョコンと見えてたけどハリコではちょっと無理ですネ。
真っ直ぐ進むとすぐ先は大野海岸から伊勢湾も目の前に広がる風景だけど、ここはまだ山間部の雰囲気です。





灯明とお線香を立ててご縁の不思議に感謝してママと二人して入れるお賽銭



合わせる手祈る思い、
69番札所・慈光寺の境内です。



四季桜の咲く境内を後にして



名鉄空港線・大野町駅の前に建つ
68番札所・龍蔵寺にて打ち切りとした三日目です。

でわでわ 次回は四日目だヨ〜ン♪