10回目となる知多四国徒歩巡拝 初めての秋遍路(逆打ちにて)


「秋彼岸 過ぎて高みの 空見上げ  二人向かうは 知多四国路に」

「佛心も 無き我なれど 逆打ちの 先に見ゆるは 誰の姿ぞ」

四国遍路の祖を追った衛門三郎の故事に習って、閏年に逆打ちをすると特段のご利益があるという今年
徳を望んだ訳ではないけど、逆目線で歩く知多四国に新たな丁石との出会いを求めて秋遍路をママと開始。
(2012年10月6日)

10回目となる知多四国徒歩巡拝、初めての秋遍路・逆打ち第四日目の一歩たち 2012年10月20日(土曜) 天気 晴れ 
67番・三光院 → 66番・中之坊寺 → 64番・宝全寺 → 65番・相持院 → 63番・大善院 → 62番・洞雲寺 → 61番・高讃寺 → 60番・安楽寺
                                             → 59番・玉泉寺 → 58番・来応寺 → 番外・曹源寺
にて打ち止め

例年以上に厳しかった8月・9月の猛暑と所用も重なりウオーキングの機会が減り落ちていた脚力ですが、筋力というものがアッという間に落ちて消える事を実感した今年、鍛え直しているヒラメ筋も逆打ち遍路のお陰か、東海市南端の67番から内海の奥44番まで歩いた10/20・21の土日の2日間です。

先ずは10/20(土)からですが、早い時間に春日井駅に向かう自宅前のバス停で偶然に一緒になった顔見知りの近所の奥様、聞けば名鉄が企画の「歩いて巡拝・知多四国」に参加の本日だそうで、今日は篠島や日間賀島を参るコースだそうです。
我が家のウオーキングの事はリュックを背負って出掛ける二人の姿から承知されていたそうだけど「へえぇ〜 10年も遍路を続けているの〜 大先輩じゃない!」って「やっぱり歩く姿も違うわネ〜」って感心もされ名鉄金山駅でお別れとなりました。
我々は先週日曜にゴールとした名鉄空港線・大野町駅を下車だったけど、本日最初は
67番札所・三光院へとで先ずは残された丁石が寂しげに閉まった山門を指し示す旧三光院にご挨拶です。

逆打ち巡拝に6倍の功徳が有るとの迷信ですが、既に今までの三日間でも新たに確認の正しい巡拝路を地元の方に教えて頂いたり、我々をわざわざ追い掛けて来てお茶の接待を頂いたり「ああぁ、これが6倍のアレコレだろうか・・・」って振り返る道中です。
そんな方々の分もって、あげる灯明や立てる線香は兄弟寺だという
連生院(新三光院)境内でしたが、第一声となる般若心経を唱えて参拝を済ませ進む道中。




我々をジッと見つめる巡拝路の丁石たちです。



既に承知の隠れた丁石君にもご挨拶ですが



茂った葉に覆われた先にカメラを向けると丁石である事を皆さまも分かりますでしょうか。
横書きで八丁、その下に南無大師



路端にに座り込んだりカメラを向ける我々を、2台のジャンボタクシーと呼ばれる後部三列シートの大型ハイエースの
車窓から見られていた方々が
先に入った
66番札所・中之坊寺境内、このサイズより大きな車になると逆に通る知多四国巡拝道に制約が出来るそうです。

「全部歩くなんて考えられん」って、順打ちのジャンボタクシーの皆様と我々は一瞬の一期一会でしたが、立てた線香は互いの香と煙を薫らせて今しばらく何を語り合うのか。
中之坊寺を出て以前から気になる正しい大師道と丁石の位置、入った路地を進むと目を潤ませて「懐かしいわ〜」ってしみじみと我がママの手をさすって握手を求めるお婆ちゃん、「昔は残っていたけど今はねぇ」って、歩き遍路が家の前を通るのは「十数年振りかしら」って話です。




農地改革で整備された田んぼの横に残した一本は、この先のその消えた山越えの大師道の途中に有ったものを移したそうで
「ここをアッチに真っ直ぐだったんだよ」って当時の道を教えてくれました。


往時を教えてくれるお婆ちゃん情報に従って進む先は、ぷっつりと旧道が途切れて新興住宅地へと出て、その脇を南に向かって進むとまたまた放置の休耕田へとです。
進む先の左手はるか向こうに独特なデザインの常滑市立体育館が見えましたが、先ほどお婆ちゃんと出会った路地への道を曲がらずに行くと立つ現在の丁石が、誤った大師道を類推させて、改良地の田園に残るであろう丁石を探し求めて歩いていた懐かしき愛歩時代です。





「おぅ 牧場はみどり〜♪ 良く茂ったものだ〜♪ ホイ!」って
足元はいっぱいの草の種をくっ付けてセイタカアワダチ草が茂る雑草地から抜けると



やっぱりお婆ちゃんが教えてくれた通りに有った初出会いの丁石君
右上に縦書きで「二十」、その左側に「丁」、そして下に続けて南無大師が刻まれ
誰を待つことも誰に教える必要も無くなったと、寂しさ一杯だったであろう丁石君に
「我々は歩き遍路だよ。待っててくれてありがとう」ってしみじみと彼を撫ぜ撫ぜのママとワタクシです。



「誰ひとり 来ぬ大師道 丁石が 虚空見つめて ただ一人立つ」

古い時代の話を地元の方にお聞きして
一本でも多くの丁石の存在をこの目とこの足で実際に確認をして
開創の時代の正しい大師道というものの存在を明確にしたいと思う10回目の徒歩遍路です。


線を引きたいと思っても情報が一点だけでは角度が決まらないけど、二点の情報によって線が引け、更にもう一点が有ると確実性が生まれ、確証となる。
そんな思いで札所を結んでいた査証を得たくて探す丁石たち、たとえ通行止めの看板が有ろうと先ずは怪しく臭う細い路地から外れる訳にはいかず、左右の足元に隠れるように立っていないかチェック・チェックだけど、本当に工事中でシッカリと足元を見ないと「ママ〜・危険が危ないヨ〜ン♪」って言ってたら、ほらネ〜。。。


ここでも初出会いの丁石君の立つ全景やアップの写真を撮っていたら自転車に乗ったおばさんが「昔は全部見えてたんだよ」って言いながらビューンと行っちゃったけど、ワタクシは独自作成のマイ地図にシッカリとここの位置やその状態、指差す手や刻字なども記録だけど、新たに発見の初出会いに緩む顔が嬉しそうでしょう。




現在の国道筋には出ずに南下をするパパママの逆打ち遍路ですが
正面左手の道を真っ直ぐ進んで出て来たY字道
先ほど同様に順打ち巡拝者のための丁石が来た方向を示して残っているはず。



でもママが立つ側から素直に歩いて来たはずが、Y字のもう一方の道の電信柱のところに立つ丁石???
指す手の方向は明らかにもう一方の道を示しているが
「オイオイそっちが正しいのかよ!」って不思議に思ったけど、これまた地図をしばらく眺めていて丁石君が間違っていないことを理解したワタクシです。



今は学校が出来て寸断された大師道で
その代用となっているのが我々が歩いて来た道で、時代の変遷と共にどんどんと変化している街並みや道たちです。


66番・中之坊寺から7キロほども有っただろうか?
二又路地を右に進むように指示する電信柱横の丁石と、山から移動したとお婆ちゃんに教えてもらった中之坊寺南の再整備された田んぼに立つ丁石に騙され続けた9年間の不思議が霧散して光明のようにハッキリと見えた正統の大師道、それを裏付けてくれるように新発見の丁石たちとの初出会い。
満たされた心を持って真っ青な青空を見上げながら常滑地区へとですが、お寺の位置から順不同になったけど庭の大木たちが断ち切られた
64番札所・宝全寺、そして陶都風景を眺めながら65番札所・相持院へとです。




地図を真剣に眺めながら若い番号へと向かう逆打ちの難易さを時々実感しちゃうけど
山門を出て右に曲がりたいのになぜか左に行ってしまったりと



9年間の順打ちで体が勝手に覚えた感覚からなかなか抜け出せず我がママに迷惑を掛けながらもコース修正です。



清貧の
63番札所・大善院の子らも住職も不在だそうですが、お庫裡さんから接待の飴を口に入れて笑顔に送られ進める歩です。

この春巡拝でもしやと思って突っ込んだ路地、その時発見の丁石君とも再会で歩いたこの細い大師道、逆から来たことのある実績で進むけど、初めてだったら絶対にこんなところには進まない。
でも車などもちろん無い明治期以前、人が歩けるだけで十分に機能していた毛細血管のような道が弘法寺を結んでいたのです。





山を超えて下りた先
これ又逆打ち遍路の功徳のように待っていてくれた2本の丁石



我々が歩いて来た道を「大師」の刻字と共にハッキリと大きな手がその方向を指していました。



外に居られた近所の奥さまに思い出写真をお願いしましたが、もちろん地図にもシッカリと記録です。


境内前の高台に建つ弘法堂に石段を登って参る62番札所・洞雲寺、巡拝者の素行を山門で吟味するかのように睨みを利かす仁王たちが立つ61番札所・高讃寺へとです。




見つけた丁石の位置と埋まりながらも「卍廿三」の刻字が教えてくれて知った海沿いが大師道で有るという事実



現在は2005年に開港をして常滑沖に浮かぶセントレア・中部国際空港が輝く海面のその先に一望ですが
我々が知多遍路を始めた頃は山沿いの道を歩きながら眺めた工事真っ最中の空港風景でした。



そんな海沿いを進んで、丁石君とも再会をして、
60番札所・安楽寺へとです。

再度立つ丁石に従って海辺へと出て南下ですが、セントレアはその姿を既に傾く太陽が海鏡にキラキラと反射するその後ろへと移し、もう直ぐ打止め予定の三ヶ寺が並ぶ小鈴谷地区へとで、先ずは59番札所・玉泉寺へとです。

日の出日の入りの太陽が赤く見えるのは空気中の塵によるものだと言いますが、お蔭で美しい朝夕の景色が楽しめる我が地球号、地球の自転によって世界中の人々が一つの太陽を見つめながら、夕暮れを感じたり、朝を感じたり・・・二つの長くなった影を並べて




58番札所・来応寺へとです。

本日の予定だった一番札所と同名の番外札所・曹源寺にて打ち止めとなり、住職に撮って頂いた一枚ですが、交差する多くの方々と一期一会の会話を楽しみ、スムーズに歩いたようなレポートながらも実は各地で行き来を繰り返した本日で、折角来たんだからと貪欲に隠れているんじゃないかと思う丁石を探すワタクシに、付き合ってくれた我がママ。




お疲れモードながらも秋遍路、伊勢湾の夕景を浴びながら南下で



修行の如くに更にこんなところも

本日はこの春にもお世話になった野間の紅葉屋さんにだけど宿泊手配をしたのが実は昨日、無理に一部屋をキープして頂き道中の途中まで車で迎えに来てくれたご主人と合流の上野間地区でした。
春にお世話になった時はまだかと言うほどに出てくる料理にお腹が苦しいほどでしたが、腹ペコとなっていた今回ササッと湯につかって座った夕食の間、松茸の土瓶蒸しや前菜の並ぶ写真以降は、姿造りのお刺身やフグのフライなど、カメラの事など忘れてビール片手に次々と平らげて釜飯もペロリ。
それだけ気力も体力も使って歩いた本日で、爆睡となった逆打ち遍路、四日目です。
でわでわ 五日目は明日だヨ〜ン♪