10回目となる知多四国徒歩巡拝 初めての秋遍路(逆打ちにて)


「秋彼岸 過ぎて高みの 空見上げ  二人向かうは 知多四国路に」

「佛心も 無き我なれど 逆打ちの 先に見ゆるは 誰の姿ぞ」

四国遍路の祖を追った衛門三郎の故事に習って、閏年に逆打ちをすると特段のご利益があるという今年
徳を望んだ訳ではないけど、逆目線で歩く知多四国に新たな丁石との出会いを求めて秋遍路をママと開始。
(2012年10月6日)

10回目となる知多四国徒歩巡拝、初めての秋遍路・逆打ち第五日目の一歩たち 2012年10月21日(日曜) 天気 晴れ
57番・報恩寺 → 55番・法山寺 → 51番・野間大坊 → 50番・大御堂寺 → 53番・安養院 → 52番・蜜蔵院 → 56番・瑞境寺 → 49番・吉祥寺 → 48番・良参寺 
→ 45番・泉蔵院 → 44番・大宝寺 → 46番・如意輪寺 → 47番・持宝院にて打ち止め

10/21(日)は野間の紅葉屋さんに宿泊をして早い時間に朝食も頂いて、女将にお礼を言って車でご主人に遍路寺まで送って頂くご利益ですが、本日最初の源義朝殺害の湯殿近くに建つ55番札所・法山寺と、山号を乳寳山と書き「にゅうとうさん」と読むお乳が宝の57番札所・報恩寺は、我がママのスタイルで判るかもだけど車遍路となりました。




宿の運営を女将や息子に譲って釣り三昧の楽隠居だというご主人に甘えて
二ヶ寺を巡って
51番札所・野間大坊へとでしたが
車中での話は30〜40年前に比べて1/10近くまで減ったという海水浴客で
部活などの学生が宿泊者の中心として運営しているという紅葉屋の現在だそうで
この夏場でも合宿のレクリェーションとして海水浴を取入れても半数近くは海に行きたがらない若者たちだそうです。

そんな話を聞きながらお礼を言って下ろして頂いた野間大坊でも、女将同様にご主人とのお別れ記念の写真をですが
近くに居た彼らに撮ってもらったけどハリコはその彼らを入れたワタクシのパチリで



我が分身の「天邪鬼」君にもご挨拶をして



野間大坊の境内へとです。


リュックスタイルの我々を撮って頂いたお庫裡さんと逆打ち遍路のお話をしていたら、奥から住職が出て来られ「良かったら」って「檀家が仏前に供えたもののお下がりです」って大根を1本頂き、50番札所・大御堂寺へとです。
大屋根を包むように昨日同様の雲一つない秋晴れの真っ青な空ですが、「無」と「空」が数多く並ぶ心経を唱える我が心も、やすらぎ色の中に溶けて行きそうです。





義朝が湯殿で襲われた際に言ったという「我に小太刀の一本でもあらば」のその思いに霊に向かって供えられる木太刀



これは紅葉屋で頂いた小太刀にそれぞれの祈りを書いて「源義朝公御廟」の刀塚に供えた今回逆遍路です。

続いては、その紅葉屋さん近くの路地を通って53番札所・安養院へ、そして丁石の案内に従ってトントン拍子で巡る鶴林山の最後となる真っ赤な山門が特徴の52番札所・密蔵院へとです。




境内に立つ丁石の上には小さな青蛙



そして横に咲くホトトギスの花、鳥のホトトギスとは天敵となるでしょうが仲良く並ぶ境内の生き物たちです。


その蛙が乗った境内の丁石の刻字は五丁でしたが、さて何処に立っていて何番への五丁を示したものか、早朝の墓参をされていたご夫婦に撮って頂いた二人の左手後ろに立つ彼はここに居て幸せだろうか・・・
埋まっても傾いても道端で大師道を示す役目を果たしている彼らを羨ましく思っているのではないだろうか?
続いて行った並ぶように建つ
56番札所・瑞境寺には大勢の方々が居られましたが、海抜4mほどのこの辺り、津波への防災訓練で駆け上がった瑞境寺奥の山へとだった先ほどだそうです。

道を歩くと様々な方との出会いがあり、畑の手入れをする91歳のお婆ちゃんは、「安城や名古屋に住む息子や孫たちのために、無農薬の野菜作りが止められぬわ」って嬉しそうにボヤき「ジッとしとるとボケるしナ」だし、爺ちゃん達はうるち米の手間を教えてくれたけど「白米が混じると台無しなんだわ」って、全ての機械を丁寧に掃除してから収穫のもち米なのだそうです。
また、丁石の立つ大師道を順打ちで来られる数少ない歩き遍路の方との出会いは格別で、HPの事を話したらアップの了解を頂きましたのでご紹介ですが、闘病中のご主人の回復を願って歩いた春遍路、そして二回目となる今回は逝かれたご主人を忍びご自分を励まして秋遍路となったと言う名古屋の森さんです。

逝かれたご主人を思っての一人遍路「一緒に行こうかって言ってくれる友達が居ない訳じゃないけど、迷ったりしたら迷惑を掛けるし歩くペースもね」って言い「ご夫婦は良いわよネ〜」って、互いに別れ難い思いを抱きながらも進める歩ですが、一人辿ってきた彼女の思いを感じながら歩を踏む大師道です。
知多遍路を今後も続けていたらまた何処かで再会が叶うかも・・・森さん 是非また出会いましょう!





一山越えて



杉の木の根元に子を抱く人の姿が現れたという
48番札所・良参寺へとでしたが



賑やかなワンちゃんや住職一家に迎えられて



参拝を済ませ進む大師道です。




この春遍路でも大潮で引いた美浜の浜辺を進んで辿った弘法寺でしたが
果たして海苔そだが立つこの時期はどうなのか?



ダメだったら国道沿いを歩こうかって
中日小野浦バンガロー村から山手を進む従来に変えて海岸沿いに出たパパママですが
寄せ来る波と戯れながらの砂浜遍路となった小野浦の浜辺です。



美浜の時も思ったけど、潮の都合によっては景色の良い海岸沿いの砂浜を歩いた巡拝者も大勢居たのでは?
近くに見える山手を歩いた9年間でしたが



金剛杖を手にした白衣の巡拝の列は青い海と空に似合い、これも正しい大師道だと信じるワタクシです。




堤防下の砂浜を5キロ以上も延々と進む波打ち際、平坦だから山道よりも楽だろうと思ったら意外にも砂浜の歩き難いこと・・・
でも、青空に映える海岸風景を満喫です。


波と戯れながら遊ぶ我がママでしたが潮騒を聞きながら進めた先に見えてきた内海海水浴場へとで、海岸に出る前の48番・良参寺から逆打ち順となる内海駅近くの47番へ向かうつもりだったけど、9年間で覚えた知多四国、更に進んで海沿いの高台に建つ45番札所・泉蔵院へとです。

境内裏手の坂を登って上がったところにこの春に仲良しになったワンコがシッポを振って迎えてくれましたが、参拝後に晴天の境内で寺の掃除をしていた若住職が写真を撮ってくれ、お庫裡さんにもご挨拶をして後にした山門側を出ていこうとすると「山門不幸」の掲示が・・・
この夏にご住職が亡くなられたことを知って、手を合わせた山門前です。
時計を見るとちょうど12時、昼食休憩と思って立ち寄った「白砂の湯」ですが、日曜なのに閉館の表示で「まあぁ、残念!」って言ってたら中から女将が出て来て「ごめんね〜 ボイラが急に壊れちゃって」って「持てるだけ持って行ってよ」って砂地で作った辛味大根を頂き、昼食場所として隣の中華料理のお店を紹介してもらい休憩となりました。


お腹を満たして進む内海の街ですが、この作品たちが知多四国八十八ヶ所の札所に似合って各札所にも同様のものが飾られており、寄るギャラリーへとで、お茶を頂き作品も購入して歩を山手へと進めるパパママです。

山有り海有りの昨日来でしたが逆打ち遍路で45番から向かった44番札所・大宝寺へとで、気が付けば午後2時半となり内海駅をゴールとすべく、再度同じ道を戻ったパパママです。

見知った丁石たちの案内に従って46番札所・如意輪寺へと戻り、一旦は名鉄・内海駅の高架下をくぐって47番札所・持宝院へとですが、新たな丁石発見のため何度も行き来を繰り返した逆打ちの2日間、野間から内海への海岸で拾った竹棒を杖にして歩いた我がママもお疲れモードがピークとなった午後三時、手に持つその杖を手放すことなく持宝院の境内へとです。




内海の街が見渡せる高台にある本堂への階段がキツイこの時間
荒れた呼吸を整えて二日間の無事を感謝して般若心経でしたが、2日間で二十四ヶ寺を巡って打ち止めとなりました。

でわでわ 次回ネ〜