10回目となる知多四国徒歩巡拝 初めての秋遍路(逆打ちにて)


「秋彼岸 過ぎて高みの 空見上げ  二人向かうは 知多四国路に」

「佛心も 無き我なれど 逆打ちの 先に見ゆるは 誰の姿ぞ」

四国遍路の祖を追った衛門三郎の故事に習って、閏年に逆打ちをすると特段のご利益があるという今年
徳を望んだ訳ではないけど、逆目線で歩く知多四国に新たな丁石との出会いを求めて秋遍路をママと開始。
(2012年10月6日)

10回目となる知多四国徒歩巡拝、初めての秋遍路・逆打ち結願日の一歩たち 2013年2月3日(日曜) 天気 晴れ 
10番・観音寺 → 9番・明徳寺 → 8番・傳宗院 → 7番・極楽寺 → 6番・常福寺 → 4番・延命寺 → 3番・普門寺 → 2番・極楽寺 → 1番・曹厳寺にて結願

                             → 八事興正寺お礼参り 本堂 → 大日堂 → 弘法堂 → 奥之院にて満願

2/3(日曜)は「立春」を翌日に控えた「節分」旧暦12月23日、旧暦や二十四節気年を引用して好都合な言い訳にしていますが、閏年に逆打ちをすると御利益三倍が達成となるという迷信に他のウオークを断念して出掛けた逆打ち遍路最終日はJR武豊線・東浦駅へとです。
知多半島各地で見られる塩害を防ぐためか狭い路地にならぶ黒壁ですが、これらが大師道を混沌とさせるけど、もう10回目迷うことなく
10番札所・観音寺へとです。

回を重ねて歩く毎に新たな出会いを繰り返す丁石たちで、今回も「おおぅ!」って驚くけど、二股に分かれた道が再合流をするところ地図を眺めても「自然に歩くならばこちらだろう」と目を凝らして探しても見つからなかった「九丁目」、まさかと思った回り道側に立っていたコイツでこれまた正統の大師道が実線としてつながりました。

丁石がもっとも多く残る東浦地域で105m毎や曲り角にも「大師道」と刻まれた丁石で、どれほど多くの方々が同行二人を感じながら安心の巡拝となったことでしょうか。
その一本一本に「こんにちわ、ありがとう」って声を掛けているとトントンと進む札所巡りで、
9番札所・明徳寺へとです。




そしてもう一本、我が地図に「タオレ丁石・十一丁」と昨春まで記録していたコヤツ
誰かに持って行かれちゃうんじゃ?って心配もしていたコイツですが
どなたが立て直してくれたのか、ちょっと埋め過ぎだけどキチンと真っ直ぐで「ウンウン 良かったね〜」なのでアリマす。(2013.2.3撮影)



右側ハリコは昨春のもので参考にハリコしますが
ちょっと天気も撮影角度も違うけど、周りの風景から皆さまも立て直された事がご理解出来ますでしょうか。(2012.3.11撮影)




そして8番札所・伝正院へとです。



本当に様々な丁石、荷車がやっと交差出来る程度の今は路地と呼ぶに相応しい大師道なれど
過っては知多半島をグルリと一周するように繋がる大動脈だったはず。
大八車程度がぶつかっても「危なかろうが!」と睨みを効かせた丁石たちも、車社会の到来と共に鉄の塊には流石に勝てず
どれほどの犠牲者が出たことか



この「二町目」は、今は敷地境界の置石として使われていたり



この「三丁目」は折れた片割れがギロチン状態で置かれていたり
でも傷病を受けてなお孤軍奮闘で立つ雑兵のように思え、戦場カメラマンの如くに向けるカメラのワタクシなのです。

盛岡地区の7番札所・極楽寺を経てあいち健康の森を超えた先の6番札所・常福寺へとですが、どんどんと若くなる札所番号が結願への予感をさせる11時過ぎ、開花を始めた水仙や菜の花も目に入る巡拝路です。

話が飛ぶようですが、昨今の円安が進んでドル決済の輸出企業にとっては喜ばしい事ですが、その原材料の多くを海外に頼る日本という国にとって正に「糾える縄の如し」です。
でも、超円高といわれていたときにどれほどの恩恵を受けた我々でしょうか?
利益追求の企業に正商としての倫理観を求めるのは無理なことですが、温々とダンマリだった輸入企業が今声高に円安を嘆きつつ、既に値上がりをするガソリンや灯油です。

踏みつけられながらも地べたから世の動きを斜めに見る常福寺の天邪鬼君と意気投合のワタクシですが、一つの現象に必ず二面性が有るのは世の常で、場合によってはジャンケンポンのように三面も有るこの世で、今を生きる我々です。
知多遍路をやり始めてずーっと気になっていたラーメン屋さん、毎年通る時間が11時ころで開店前から列をなす店、10年目逆打ち遍路で叶った入店です。

お腹を満たして行った4番札所・延命寺は5月に17年に一回というご本尊様の御開帳にあたる今年だそうで、祈祷の護摩木に婿殿の厄払いを記す我がママですが、お庫裡さんによると稚児行列なども含めて様々な行事を重ねて忙しくなるこれからだそうです。




4番札所を出て結願札所まで残すところ「1・2・3・ダー」って



アントニオ猪木の如くに天空に拳を突き上げたくなるような高揚の大師道



淡々の我がママと逆打ちの中に見る丁石たちをパチリとしながら、
3番札所・普門寺



そしてラスト前となる
2番札所・極楽寺へととうとうデス。
そんな札所風景を愛しむようにファインダー(正しくはデジカメ君の液晶画面だけどネ)を覗き込むと
振り向く我がママが「着いたわヨ〜」って
昨年10月第1週から始めて丸三ヶ月、歩いて巡って何度の般若心経だったでしょうか。




「奥底の 心見せよと 千体が 聴き入る堂に 唱える心経」

「大勢の人だからなかなか覚えられないわ」って言いつつ、以前にもお抹茶の接待を受けたり、今使用している御朱印白衣を入れる緑の手提げ袋も頂いた2番札所のお庫裡さんだけど、今回の逆打ち遍路の事を話すと「じゃあ残り1ヶ寺なんだから、ゆっくりして行きなさい」って今回もお抹茶と甘いお菓子を頂きながら暫し雑談で、もちろん2番名物の口がひん曲がる塩っぱい梅干もです。




当初から逆打ち遍路の方々を考慮してか
お庫裡さんにお礼を言って後にする二番札所参道横には大きな丁石で三番のことはもちろん「一番ヘ廿七丁」の刻字もで



途中二股の小さな川が合流する手前に掛かる二つが一体となった夫婦橋を越えて



いよいよ
1番札所・曹源寺山門へとで、いよいよフィニッシュです。

手水舎・本堂でのご本尊真言・そして弘法堂での般若心経を済ませて納経所へとですが、最後に残った一番札所の御朱印を頂いて旧暦ながらも無事に閏年の秋遍路が結願となりました。




昨年10月6日、第一日曜にここで御朱印用の白衣を手に入れ歩き始めた88番札所・円通寺へとでしたが
今回も知多半島に輪を以て結ぶ事が出来ました。



そこに居合わせた
これから知多四国巡拝を始めようかと、笠寺観音での節分祭を終えて帰りに納経所に寄ったという
西尾の中村さんが祝ってくれて結願記念のパチリもですが



そのまま名鉄・前後駅から、電車・地下鉄で移動をして




八事興正寺
へとお礼参りデス。



菅笠にリュックスタイルで判るのか
興正寺境内を本堂に向かって歩いていると節分祭のお下がりだという「豆」を頂けたり



「写真を撮りましょうか?」って声を掛けて頂いたり
知多四国巡拝のあれこれを思い出して感激の暫しです。



本堂から奥の院へと巡って参って傾いていた西日が更に傾く午後4時半
ご褒美にと寄った蟹本家は節分の本日で太巻きを求める大勢の人の混雑に断念となったけど
無事に満願が叶った通常年の順打ちに対し6倍のご利益(ホントかな??)を以て
逆打ち・秋遍路も無事に完結となりました。

でわでわ これにて満願ネ〜