11年間の最終章「関ヶ原宿から奥の細道結びの地大垣宿」に参加の一歩たち 2013年10月13日(日曜) 天気 晴れ 距離 17キロ
コース = JR東海道線・関ヶ原駅 〜 徳川家康陣地公園 〜 中山道 〜 垂井宿 〜 美濃街道 〜 奥の細道・結びの地 大垣宿ゴール

三連休2日目10/13(日)は岐阜ウ協例会へとで、その例会が表記大会へのデイリー参加という素晴らしい企画だったのです。

我が家は交通の便を考えて、高速道路を使って本日フィニッシュとなる大垣までマイカーで出掛け、大垣駅からJR東海道線で関ヶ原駅へと移動としましたが、ご縁の不思議!駅に向かう大垣市内でバッタリと出会えた多賀城の和田さんとです。
駅に着くと一宮付近で上下線共に長時間の運休となる大事故が発生したとの事で、名古屋方面から電車で来られた方々は名鉄電車に迂回を余儀なくされるなど大混乱のダイヤだったそうで、大垣駅ホームでも動かぬ下り電車にホームも超満員となり、ようやく動いた臨時電車は都会の通勤時のような大混雑でした。
時間余裕を持ったつもりが、無事に
関ヶ原駅に着いたのが8時40分、集合場所へ向かう大行列の参加者たちです。




会場では伊能ウオーク隊長を務めた大内さんとも出会えましたが、
大会の大会委員長もお務めだとの事です。

そして11年間を通して奥の細道を歩いたという垂井の伊藤さんともですが11年間の最終章となる本日はどんなお気持ちでしょうか!?岐阜ウ協スタッフの高島さんにも加わって頂いてお祝いのパチリなど、にぎやかな朝の集合場所です。

朝の列車ダイヤ混乱を配慮してか若干時間調整となった出発式のようですが、和田さんから鹿児島の前園さんを紹介して頂けたけど、西川ご夫妻や春日井の森ご夫妻などとも親しい伊能仲間だとのことで、みんなから教えてもらって「パパママのHPを見てるから初対面とは思えないわ」ってお話でした。
そして和田さんの独創ゼッケンを皆さまにも読んで頂きたいですが、長い年月を一緒に歩いた方々の「絆」とはいか程か・・・





互いに肩を寄せ合って結びの地に向けての出発式となりました。

大内惣之丞大会委員長の挨拶で始まった出発式は「辛いこと、苦しいこと、悲しいことなどいっぱい有って、様々な思いで歩かれた11年もいよいよ結びの地を迎える本日です」って言葉からでしたが、本日のような晴天爽風のような日ばかりではなく、三年前の3.11の大災害も。
一緒に歩いた仲間と思われる方の写真をリュックに貼って居られる人も何人か・・・その方々の今現在は。。。

パパママがウオーキングというものを始めて4年後、この「奥の細道ウオーク」の企画を聞いた時、「11年先のゴールのことなんて」って想像も付かなかったけど、それに参加の垂井の伊藤さんや岡崎の橋本姫たち、正に「継続は力也」であります。


2003年4月、各隊毎にグループとなって互いに仲間を得ての11年前の東京(江戸)、25隊に分けられた各々に100名近くの隊員を抱えて二千余を超える参加者でスタートしたとの事ですが、松尾芭蕉の「奥の細道」の旅程に加えて盛岡・青森・秋田を毎年3回全国各地から集って紡いでつないでの本日だそうです。
我々ディリー参加の岐阜ウ協隊は、本日最後尾となる芭蕉に帯同した弟子「河合曾良隊」の更に後ろをで、我がママはアンカーを務める大内さんと一緒にスタートです。




最後尾前には松尾芭蕉隊でしたが
ナントそこには「たまっち・あやっち・パパらっち」ファミリーも居られ
お嬢さんは高校2年生となった現在だそうで、同隊の北生さんや正子姫と一緒にデイリー参加のカッパの堀さんも並んで頂きハイチーズでアリマス!

しっかりとお嬢さんとなった「あやっち」のハリコは遠慮しましたが
06年・07年の「ブルーベリーとオオムラサキの里ウオーク」レポートに小学生だった彼女が登場しています。




余りにも大勢の参加者にトイレ休憩であったり昼食休憩の最中にバッタリと「アレ・エェ〜」って方々もいっぱいでしたが
愛知の福田女史は「中村汀女隊」の隊長をお務めだそうで
陽に焼けたタスキが11年間の歳月を語っています。



更には埼玉の遠藤さんとはトイレ行列の中でバッタリ



大垣歩こう会はコース途中の垂井駅から参加だったそうで、初めて見た可愛い会旗と辻会長たちです。




「おくのほそ道」   月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり

どなたも耳にした一文から始まる元禄時代に活動した俳人松尾芭蕉による紀行文集ですが
元禄2年春(1689年)に江戸深川を出立して辿った旅程を、11年間の歳月を掛けてウオーキングで巡った方々。



無線機や小型スピーカーを持つ岐阜ウ協の河瀬会長が先導となり
地元、大垣歩こう会の辻会長も
下を向いちゃってるけど「奥の細道ウオーク」の大会旗を持つ小林さんです。



そして続く各隊旗と隊員ですが



赤タスキは25隊有るというその隊長たちです。




自身の日々はもちろん
父母、爺婆、曾爺婆と連綿と受け継がれた過去



これらの全てが時空の中の旅なのだ!って、その悠久の長大を実践して歩いた芭蕉が
その瞬間を切り取って五七五の極短俳文にする。



結びの地を目指す皆さまにとっても、長く短い11年間だったでしょうか。




我がママは久々に出会った、宮沢賢治隊の隊長を務めたよしえもんさんと同歩となっていましたが



大内委員長はアンカーで矢印シールの回収もです。



ところで上手に写った松尾芭蕉隊の旗の横の文「800年の時空を越えて 奥の細道」と判読出来ますが
今年は2013年で芭蕉が歩いたのが西暦1689年。
2013-1689=324・・・って、11年前のスタート時の年だとしても計算が合わず??

ナンで800年の時空なんでしょうか?
誰かボンクラのワタクシに解説をお願い申します。

関ヶ原から垂井を経て美濃路へと入り結びの地となる大垣へ入ると「十万石祭り」の本日で、各町内で車を通行止めにして祭り屋台を繰り出してお囃子披露の中を歩く我々です。
そして登場が最後になっちゃったけど、昨日10/12は「碧海幡豆ウ協の例会に出掛けて、やぶ蚊に襲われちゃったよ」って言う上山さんも同歩ですが、電車事故で関ヶ原駅に到着がスタート後となってしまった本日だったそうで最後尾近くです。





福島の柳沼さんとのツーショットも最後になっちゃったけど
まだまだいっぱいの全国区の有名人たちの紹介も割愛になって16キロのゴールとなった大垣最終章です。




河合曾良と並ぶ芭蕉像の前で記念写真を撮る各隊ですが
しばしカメラマンとなって皆さまから依頼のカメラを両手いっぱいにして
加賀千代女隊の皆さま〜 さあぁ 撮りますヨ〜♪ハイ・チーズ」って
パチリを何度も繰り返したワタクシです。



この後奥の細道ウオーク隊員の方々は、大垣城ホールにて祝賀行事が行われるとの事でフィニッシュとなりましたが
11年の集大成となる貴重な一日にご一緒させて頂き有難うございました。

でわでわ これにてネ〜