碧海・幡豆12月忘年例会「小垣江から安城へ碧海三市巡りウオーク」に参加の一歩たち 2013年12月1日(日曜) 天気 晴れ 距離16キロ 
コース = 名鉄三河線・小垣江駅スタート 〜 フローラルガーデン 〜 ミササガパーク 〜 パティオ池鯉鮒(昼食) 〜 遍照院 〜 知立団地 〜 新安城駅ゴール

小春日和(こはるびより)とは、「晩秋から初冬にかけて移動性高気圧に覆われた時などの穏やかで暖かい天候のことである」と有りますが、正に春陽と間違えるかのような無風で穏やかな12/1(日曜)、第1日曜恒例の表記ウオークへと出掛けて参りました。
集合場所はパパママが8年間を過ごした懐かしい刈谷市小垣江町へとでしたが、先週中川にご一緒をした高蔵寺の森ご夫妻と同じ電車で合流をして中央線から金山で東海道線に乗り換え、更に刈谷で名鉄三河線に乗り換えて小垣江駅へとです。
下車したところには、中川ウオークにご一緒する予定が留守番となった阿羅漢さんが既に先着でお待ちでアリマした。





「碧海・幡豆W協会」の会名の元となる「碧海五市+幡豆」の内の三つを巡って忘年会会場へとだそうですが
集合が一駅隣だったら高浜市も加わり
もうチョイ頑張ったら碧南市も加わって
更にドーンと頑張れば幡豆も加わって一気通貫になるのに残念って思ったけど
それでは宴会が遅くなっちゃうって事で、刈谷から知立そし安城の三市を歩く本日だそうです。

参加受付や次年度会費に忘年会費の徴収などと慌ただしい出発前でしたが、本日リーダーとなる自他共に公認の暴走老人ことハイスピードウオーカーの大江さんが、皆んなから「忘年会の始まる時間は決まってるんだから、今日はゆっくりナ」って釘を刺されてイザ・スタートなのデス。




長距離・ハイスピードが売り物のの当会だけど
先導リーダーの大江さん曰く「これじゃあ、お散歩会に改名だよな」って言いながらも
グッとスピードを抑えてのスタート後でしたが
前の人の足を蹴っちゃうほどのスロースピードにワタクシはコースアウトして

校章が「尾が消え」たカモメの図柄という笑っちゃうような小垣江(おがきえ)小学校へと行ったけど
グランド側に入れず写真を断念して正規コースに戻ろうとしたけど・・・アレレ〜?



小垣江小の校章のカモメの尾っぽのように消えちゃったミンナで



「何処へ行っちゃったんだろう?!」って思っていたら、ナント水路下の遊歩道の中に居りましたとサ。


パパママが8年間を過ごした小垣江から、刈谷市南部に広がる大公園を巡って進む本日、上着が必要だったのは朝のホンの少しで、歩くほどに軽装になる皆さまです。
最初に寄ったのが三河地方の方なら誰もがご存知だった依佐美送信所跡(よさみ)となる
フローラル・ガーデンへとでしたが、山のない碧海地域で唯一方角を知る手掛かりだったのが250m8本林立のこの鉄塔で、夜間でも赤く点滅する「航空障害灯」が大いに目印となったものです。
現在はその記念として1本一節の25mを残すのみですが、この十倍の高さの鉄塔が2キロ近い距離に2列8本も並んでいたんですヨ〜
って、当時を懐かしく語る地元メンバーの皆さまデス。





進んだ先は刈谷市と姉妹都市となるカナダ・ミササガ市の名前を冠とするミササガパークへとで



歩かぬ水野ママは車で伴走となり先回りをして園内で花を買っていましたが
事前情報で「忘年会に参加しないと、水野ママが次年度入会を許さないからネ」って
オレのデマカセを信じて上山さんも万難を排して参加の本日です。



そんなバカ話で大笑いですが、紅葉の木々も燃ゆるが如くにキラキラとする素敵な公園を巡って西へ西へとです。



懐かしい児童交通公園なども通って寄ったのが
JR東海道線・刈谷駅のやや東側、誰もが知っている「春の海」などを作曲の邦楽の聖「宮城道雄」供養塔へとですが

過去にもここに紹介をしたことが有る私自身の若い頃です。
何を思い立ったかと思われるかもだけど、ここ刈谷市の小垣江に住んでいた頃
町内に尺八の先生がいて習いに通ったこと数年。
隣の家の風呂場と我が家の練習部屋が近く、尺八の練習をするワタクシの様子をその家のお爺ちゃんが常々お風呂で聴かれていたそうで
暫くして我がママに「良い黒髪(謡曲)じゃった、上手になったもんだ」って
褒めて頂いたのを懐かしく思い出すけど、先生から聞いた昭和32年の生々しい宮城道雄の最期。

まだ機関車と客車の時代
自ら列車の扉を開けてデッキに出て線路に転落したようで事故か自殺かを疑ったりもの当時だったそうで
邦聖を偲んでは先生と連奏の「春の海」だった、昭和50年代のワタクシです。

進んで重原駅近くの「あかえ」という地名のところが、大昔はまだ三河湾の入江が続いていて、赤エイが押し寄せたことに由来するなども説明の大江さんで、歴史探訪ウオークともなっている本日です。

更に進む徳重地区の田んぼの中の今盛りとした木の繁るところに有るお堂、大江さんが言うには豪雨によって我々が立つところまで流されてきたお堂を、田んぼが水没している間に村の衆がフンドシ一丁でプカプカとさせ元の場所に移動して戻したとか。
雨天ならば更に先の遍照院を借りているというリーダーでしたが、小春日和の本日は予定等り
パティオ池鯉鮒という施設を借りての昼食、そこに顔を出した碧海幡豆ウ協の岡本会長でアリマした。
ここ一年、地元の役職者となって本会に全く参加できずの彼だったけど、ワタクシが「お久し振り〜♪」って声を掛けたら、後ろが「どちら様でしたかネ〜、って言わなくちゃ」ってツッコミもデス。




さあぁ お昼ご飯だよ〜ん




食事を終えて三河弘法の基幹寺となる遍照院へとですが



「過去・現在・未来への思いを込めて、仏前に三本立てるのが線香なのよ」って
水野ママが教えてくれたけど
香炉に用意の一本でも十分に価値が有りそうな太い線香を皆んなして立てて、「頭じゃ、目じゃ、耳じゃ、いやいや体全部よネ」って
香の煙を体中にペタペタ。



「もう手遅れじゃ?」って海口さんに茶化されていたけど、十分にご利益を得た皆さまなのデス。


陽光に映える紅葉たちの境内を満喫して後にした遍照院さんでしたが、闇の世界に陥った一隅の人をも遍く(あまねく)照らすという仏心を寺号にした境内の木々は陽光は受けてあくまでも美しく、境内を出る我々を優しく見送ってくれるようです。
途中の民家の庭木にカメラを向ける岩倉の萩原さんですが、ワタクシも真似てパチリ。
再調整をした我がデジカメ君ですが、腕のせいやら修理が必要やら、さてどちらでアリマスでしょうか?!


昭和40年代、経済成長の象徴のように水洗トイレや家庭風呂が備えられた全国各地の公団住宅ですが、知立団地内を一回りして元に戻るコースを取り入れたりもの大江さんが先導で、知立市から明治用水緑道などでつながる安城市内へとで、無事に名鉄・新安城駅ゴールが丁度午後2時半でアリマした。
ゴール後は阿羅漢さんがストレッチを教えてくれてミンナで足の曲げ伸ばしですが、最低でも五秒以上の時間を掛けて座ったり立ったり、そのゆっくり動作が辛いけどコレで明日の筋肉疲労が楽になるんだよネ〜、って16キロのフィニッシュです。





ゴール後は阿羅漢さんがストレッチを教えてくれてミンナで足の曲げ伸ばしですが
最低でも五秒以上の時間を掛けて座ったり立ったり
そのゆっくり動作が辛いけど「コレで明日の筋肉疲労が楽になるんだよネ〜」って16キロのフィニッシュです。


ゴール後はミンナで忘年会会場へとですが、左の一枚はお昼休憩中のパティオ池鯉鮒での海口さん。
事務局と会計を兼ねて受け持つ海口さんの手腕によって切り盛りの碧海幡豆ウ協財政ですが、今朝の小垣江駅で集めた参加者からの忘年会費を元職の技を使って披露だけど、手早くペラペラと数えた後、更に今度は扇形に広げて五枚ずつ数え直して検算、先に数えたお札を右足の踵で抑えているのにも気付かれますでしょうか。
そんな事で呑めや歌えやの賑やかな宴会が2時間半、望年の思いも込めて森宴会部長の三本締めでお開きとなった忘年会なのでした。
皆んなして千鳥足の帰路でしたが、皆さま無事にお帰りだったでしょか? でわでわ コレにてネ〜