岐阜ウ協「一時代 名残りの町 明智・大正村を歩く」に参加の一歩たち 2013年12月8日(日曜) 天気 腫れ 距離 14キロ
コース = 明知鉄道・野志駅スタート 〜 安住寺 〜 八王子神社 〜 龍護寺(明智光秀ご霊廟) 〜 大正浪漫館 〜 千畳敷みはらし台(昼食) 〜 大正村村内 〜 明智駅ゴール

自会の如くにお世話になっている岐阜ウ協・12月例会開催の第二日曜ですが、信州のアリババさんもご参加との事でイソイソと出掛けた大好きな東濃地方へとでして、ミンナが来る1時間も前に朝霧が漂うJR中央線・恵那駅に到着で、駅前でモーニングを頂き明知鉄道・恵那駅へとです。
するとリュックを背負った我々を見て「岐阜県ウオーキング協会にご参加ですか?」って、ナンで例会のことを知っているんだろうと思ったら、本日の岐阜ウ協向けに作ったというの専用往復切符まで用意の明知鉄道で、普段は一両のみなのに本日は二両編成、その秘密は後でネ〜


9時20分到着予定のJR中央線が5分遅れで、明知鉄道・明智行きが9時27分発だったものだから、長谷さんを先頭に掛けるように乗り換えてきた岐阜ウ協の皆さまで、改札口にテーブルを出して用意の専用往復切符は車内で販売となりました。
そんな賑やかさながらも、岐阜ウ協歓迎の挨拶に続いて明知鉄道の概要や沿線紹介の放送も流れた車内で、総営業距離25.1キロの中に11の駅を抱え、日本一の勾配(33/1000=33パーミル)を持つという飯沼駅のことや、2008年に新たに作られた極楽駅は名前の縁起が良いことや、昨今に珍しい硬券のため切符のみも人気であることなど、左右の車窓風景の説明も有り至れり尽せりの中を
野志駅に到着です。




到着の野志駅では「おいおい、そんなとこ歩いて良いの〜」って笑っちゃうけど
線路をまたいで集合場所へとで

そこがまた狭い道のど真ん中で押されたら田んぼに落っこちそうな場所、下車したミンナを出迎えてくれたカッパの堀さんや鈴木さんたちでしたが、車内合流の信州のアリババさんの登場は後でネ〜




本年最後の例会ということで河瀬会長のご挨拶や
何度か下見をされたであろうコースリーダーの長谷さんによるコース説明
そして恒例となる鷲見さん指導のストレッチもしての出発式写真は狭い道路を使ってだったもんだから上手に写真が撮れずだったけど
無事に歩き始めたのが丁度10時半。
長谷さんは無線機の具合確認でやや下を向いちゃっているけど、旗手は愛知さん、そしてストレッチの鷲見さんも役員服を揃えて先導となります。



そして「ヨッ、大統領!」って、登場を頂く信州のアリババさんと
堀さんの竹馬の友である鈴木さんも地元明智をご一緒ウオークの本日です。


陽の当たらぬ場所は霜でまだ白くなっていたけど、突き抜けるような真っ青な空を包む空気はあくまでも清々しく、野志駅を出て緩やかながらも東海自然歩道のアップダウンに上着を一枚減らすほど。
そして着いたところは明智発展の始祖となる遠山景行夫妻の墓所となる
安住寺へとですが、ワタクシにとっては記憶に鮮明な懐かしい場所。
ウオーキングという世界を知って「愛歩」に入会、当時の愛歩は元気いっぱいで通常例会の歩行距離も30〜40キロは当り前、団体で道を飛ぶように歩いていた当時、福田女史がリーダーとなって明智から恵那までの道中で寄った安住寺なのです。





その記憶に焼き付く境内に可愛い石仏や仏教詩人・坂村真民の詩

「念ずれば花ひらく 座すれば道ひらく  真民」

当時はフムフムって思ったけど、今は「歩けば道ひらく」じゃナ〜イって思うほど、いっぱいの人と出合いや語らいの宝庫となるウオーキング、観歩・感歩・歓歩って様々な楽しみや、知らぬ間に快食快眠はもちろん快心・快便などといっぱいの「快」の効用を実感。

梵鐘台の前では、河瀬会長が諏訪から参加のアリババさんの紹介もありご挨拶の小林さんですが、横ではカッパの堀さんたちが大正村各施設拝観券を皆さまに販売もです。





後ろ姿になっちゃったけど、尾鷲ツーデーでも一緒となった青木さんと伊藤さんがワタクシの前で
好天の中、田園風景を楽しむこと約3キロ



明智の町へと入って
八王子神社へとですが
本殿と長谷さんをバックハイチーズだけど、またまた寝ている我がママだったので



大垣ウ協会長の辻さんたちと「ちゃんと目を開けてよナ」ってハイ・チーズ!




巡る明智町内・大正村ですが

歴史ロマンの中に諸説有るも明智光秀出生地として、八王子神社裏手の紅葉が美しい龍護寺内には光秀のご霊廟があり、墓所の前に鳥居が立つことから考えるに廃仏毀釈(神仏分離)の明治期以前からのものでしょうか。
そして行く先には大正村・初代村長である高峰峰子像が立つ
大正浪漫館前へとですが、参加ウオーカーの多くは昼食後にカッパの堀さんが明智町観光協会に事前手配をして販売の村内各所拝観券(400円)を使って館内拝観にこられる事になります。

数えて何度目の訪問だろうか?教えて頂くに『中馬街道の宿場町として発展した明智町は、養蚕・製糸(生糸)・陶器で栄えた明治大正期で、当時の建築物が多く残っていることから町起こしとして「日本大正村」を名乗り、往時を残す景観保存や観光の街作りをしている』とのこと。
特に素晴らしいのはその「大正村」が一つの観光施設となっているのではなく、街と地域が一体となって生活の場をそのまま「大正村」と銘打って一時代を残していること。
一旦は村内外周を巡ってやすらぎの森の頂上となる、村内全景が眺められる「
千畳敷みはらし台」へとです。

千畳敷みはらし台で昼食休憩となりましたが、今朝皆んなが乗った明知鉄道で同社の歴史説明や沿線各地の観光案内をして頂いたのがカッパさんの同級生、そして昼食会場でお茶やお酒の出張販売も知り合いの酒屋さん、更には観光協会を通して食後の大正村散策拝観券の事前手配と、明智の仲間や知り合いにも協力を頂いての「おもてなし」
至れり尽せりの堀さんや鈴木さんに大満足の岐阜ウ協昼食休憩なのでした。


本日コースリーダーの長谷さんからもその堀さんの功績をミンナにお知らせして感謝もですが、「今朝下見に行ったらトイレが使えなくってサ」って、急遽町役場の友達に連絡をしてカギを開け使用出来る様にしたという千畳敷みはらし台のトイレ。
白い紙で隠していますが「凍結防止のため、12月から3月迄使用できません」ってのを、水栓を開けてくれたそうで、この後再度の水抜き作業をされるそうで、正に感謝の極みデス。
さあぁ、今から下山をして大正村の村内風景を、帰路の電車の時間までたっぷりと楽しみましょうネ〜


河瀬会長からも「また来年も一緒にネ」って声を掛けて頂いたり、パパママにカメラを向ける平井さんからはお昼に美味しいどぶろくも頂いたり、下山して岐阜ウ協の皆さまとお別れをした我々は、カッパの堀さんと同名である地元同級生の堀さんと合流。




この写真は宴会中の我々

カッパの堀さんやその竹馬の友が案内をしてくれた「岩角」
出された常燗一合徳利の酒を波々とコップに注いでもまだ残る徳利の中の酒
何処に行っても上げ底世界が当たり前の現在ですが、流石に大正村!
呑ん兵衞にとってこんなに嬉しい事はナイ!
更にはそれにもまして熱燗二合徳利のデカいことデカいこと



ご機嫌で「岩角」を出た店の前
美味しい料理と大正時代の気風う徳利を目当てに、次回は明智駅から「岩角」に直行でも良いほど



そして電車待ちの恵那駅でのワタクシと信州のアリババさんなのデス。
待合室の時計は午後5時前だったけど、十二分に楽しんだ大正村忘年ウオークのひとコマたちでした。
でわでわ これにてネ〜