碧海幡豆・忘年会ウオーク「三河浄土真宗ゆかりの地を訪ねる」に参加の一歩たち 2015年12月6日(日曜) 天気 晴れ 距離 15キロ
コース = 名鉄本線・宇頭駅・宇頭公園スタート 〜 蓮華寺 〜 正法寺 〜 妙源寺 〜 上宮神社 安城市歴史博物館(昼食) 〜 安城総合運動公園 〜 新安城駅ゴール

12/6(日曜)は何ヶ月振りに参加するやらの碧海幡豆ウ協へとですが、二人して目覚めたのが7時過ぎ、慌ててバスに飛び乗りJR春日井駅へとだけど、ワタクシがトイレに寄っていたら混んでいて二列車遅れ、金山乗り換えでママのマナカが料金不足、不慣れなチャージに手間取ってコレまた特急に乗り遅れ、飛び乗った急行は中京競馬場前にも停るというスローなヤツ。
お陰で大遅刻の集合場所へとですが、一人我々を迎えに来た樋田さんが真正面に居るのに気付かずミンナを探す我がママ。
三人して集合場所となる
宇頭公園に向かいましたが・・・




着いた途端に「さあぁ・出発〜」って、本日の先導は地元安城の竹下さんデス。

名鉄本線・新安城駅の次となる宇頭駅で下車でしたが、ここは岡崎となり徳川家の影響もあってか社寺仏閣が県内でも一番多いのだそうで、歩く道沿いにも地蔵群たち。
出会うミンナに「ひさしぶり〜」って朝の挨拶を兼ねて向けるカメラですが、皆さま変わらぬ笑顔デス。




そして最初に寄ったのが芙蓉山・蓮華寺、宗教宗派というものに無縁でチンプンカンプンのワタクシですが
浄土真宗のお寺なのでしょう・・・たぶん

鎌倉時代初期に親鸞(しんらん)という人が、師匠法然(ほうねん)が唱えた「浄土はどこに有るのか」という教えを世に広め、それが後の「浄土真宗」になったと言われるそうです。
よく耳にする「他力本願」と言う仏語ですが、平たく言うと現世から浄土へと昇華を願う人々に、「南無阿弥陀佛を唱えればもうOK、全て大丈夫だよ!」って教えだそうです。
それを信ずる人々による寄進によって建てられたのであろうか、立派な鐘楼門を入ると広い境内に空海を祀る弘法堂も有りました。


温故知新とは古いものを訪ねて新しきことを知ること、ここ三河の地ですが昔は参の字が使われていた証の参河国と刻まれた石柱、そして妙源寺山門入口には読めなかったのを周りの方が教えてくれたけど説法旧跡と旧字で刻まれているのだそうで、随分に簡略化された現在の「旧」の字だという事が判りました。




例年に比べて暖かく若干の曇天ながらも無風の岡崎西部に居並ぶ社寺巡り
文歴2年(1235年)全国を布教のために行脚したという親鸞が、三河に入って三週間近くも逗留をしたというこの地域ですが



このお堂で説法を行ったという
妙源寺柳堂、それが所以になって国重文に定められた明治36年だそうです。



ところでこの一枚、久々参加の言い訳のように本日は黄旗安全班を買って出たワタクシなのデス。


進める歩は岡崎西部地区に集まる「岡崎石工団地」と呼ばれる石材加工の工場群の中を通りますが、敦子さんが踏んでいるのは石を切る円盤状の鋸の刃、使い古したものを側溝のフタ代わりに並べて有ったけど、石材作品同様にまるでアートのようです。

酒人神社にも寄り一端は安城市歴史博物館で早めの昼食休憩となりましたが、午後2時から始まる宴会用にお腹を一杯にしないようにとミンナして軽い食事を済ませてて再スタート。
向かうは新安城駅へとですが、途中の
安城総合運動公園でトイレ休憩です。




公園内に入ると「元気フェスタ」という催事が模様されていましたが



大勢の家族連れで賑わうイベントのようで、その会場内に衣浦消防が用意した「なまず号」という起震車ブースが有り
地震体験が出来るといって乗り込んだ4人。



起動前は笑顔のVサインの4人でしたが
近々来るのではという東南海大震災を予想したという震度7を体感



写真を撮ろうと下から見ていたワタクシも驚くほどだったけど
もしその揺れが来たら「我が家はどうなるのだろうか?!」って、恐怖さえ感じるほどの激震。



クタクタ・フラフラになって、地に足の付かぬように手摺や壁を頼りして降りてくる体験後の皆さまなのでした。


正に知るは百聞に如かずで「あんなに凄いなんて!!」って体験をした4人でしたが、降りて来た時には宴席が待ち遠しいミンナは既に居らず、やっと追い付いた時には、既に新安城駅前の忘年宴会場「いこい」の中へとなのでした。

ここ数年利用しているココですが、お昼の営業を終えて夜の営業が始まるまでの3時間をお借りしての大宴会、お店にとっても本来準備中となる時間の活用で余分の売上と上がるし、我々はお値打ちに美味しい料理を酒の肴に呑めや食えや!呑ん兵が大勢いて利益のお酒をじゃんじゃん注文、有り難く大切なお客様なのデス。
だから多少のお酒の持ち込みはOK、海口事務局長が持つのは有志たちが持ち寄ったホンの一部ですが、次期事務局長候補の音頭によって始まった午後2時デス。


ワタクシも酔っ払って宴会後の写真は少ないですが、伊能本部隊員だった西川阿羅環さんを名誉会長に据える我が碧海幡豆ウ協、今から17年前伊能ウオークが一宮−名古屋を通った時に朝日新聞を見て「ちょっと行ってみようか」って出掛けたという水谷さん、これが切っ掛けとなって本日も一緒に歩くお二人です。
それが左ハリコだけど真ん中に斉藤さんを挟んで、昭和5年の阿羅環さんと、昭和7年の水谷さんのVサインの一枚デス。
そして締めは松岡さんの三三七拍子ですが





午後5時にお開きとなってお店の前でバイバイ記念の一枚を撮って皆さまと別れたワタクシとママ
心地良い電車に揺られて目覚めれば車内アナウンスは国府駅、一宮からUターンをして何とか無事にたどり着いた我が家へとでした。


でわでわ コレにて ネ〜♪